第百六話「いつ広めたあんな名前」「同士にはピッタリだろう?」
この異世界『オースティナント』も当然四季があり、自然はその都度変化し、人々はそれに合わせて生活していく。日本と比較した場合、一番の違いとしてあげるならやはり今の季節である冬だろう。
『オースティナント』の冬はかなり厳しい。
全ての国に等しく猛吹雪と積雪が襲い、それに悩まされ、魔法で一気に溶かすにしても限度があるからほぼ人の手でやるしかなく、殆どの人は家周りの除雪で手一杯。『冒険者ギルド』では、この時期魔獣の多くが冬眠する為にやることが無くなって稼げなくなった冒険者に対して除雪依頼を出すところが多く、良い小遣い稼ぎになっている。
しかし、どこも自分の周りの除雪するだけで大変なのは変わりなく、都市間や街や村を繋ぐ道は手付かずだし、国と国を行き来するのに使う道も同じく積雪で通行不能。よって、どこも自国に引きこもるしかなくなるのだ。
「なにこれ、ほんのり暖かい……」
だが『ガザリア帝国』は魔道具を用いることで、そんなこの時期特有の問題を、局所的にだが解決することに成功した。
「それは熱を発して周囲の温度を上げる魔道具だ、帝都各所に設置してある。主に大通りや建物の扉など、人がよく通る場所だけでも積雪や凍結で困らないようにな」
ススランカ宮殿に到着し、馬車から降りて道端にある発光体に気付いたアーゼスさんに、セレネスがそれがなんなのか答える。
「まだ試作段階で量産出来ていないが有用性があるのでね。少ないがいくつか専任の技士に持たせて、特に高齢者が多い街や村に派遣している」
「こんなの、王国には無いわ……」
「王国は戦闘面の開発ばかりだろう? いかに帝国より大国だろうと武力ではこちらが上だ、隣り合ってることも相まって、力で対応出来るようにしようとするのも無理はない」
「それは……否定、出来ないわね。その辺の調べもついているってわけ?」
セレネスはフッと微笑して俺を指差す。同時に俺を見るアーゼスさんの目付きは鋭いものになっていく。……セレネスめ、あっさりバラしたな。
「……そう、王国の内部事情を流したのね」
「調べるのは簡単でしたよ。王女の私兵という便利な立場だったんで、ね」
国内を調査する際、俺はあちこちから必要な物をかき集め、それらを用いて知りたいことを探ってきた。
───聖女アリシアからは、王族と公爵家しか閲覧を許されていない書庫に入る為の鍵を鋳造で複製した物を。
───『冒険者ギルド』の受付嬢からは、裏社会の殺し屋が常備している『消音』の魔道具を。
───お嬢こと第二王女ジブリールからは、俺の後ろ盾になっただけでなく重要な施設への入場許可書を。
───そして王国の女王レティシア様からは……お嬢や第一王女には知らされていない、王国の王族が隠していた秘密を。
大変だったかと聞かれれば、まあ大変だったと答えるしかない。
休日はお嬢からの仕事で国中を駆け回り、後ろ髪を引かれる思いで寂しそうな顔をするオウカに見送られながら夜中に外出し、セレネスとの定期連絡を怠らず、団長や先輩方に見つからないよう朝帰りして、そのまま休む暇もなく訓練に加わって───しばらくは薬に頼る日々だった。
覚悟してたとはいえ、ほんとツラかったな。何度疲労でぶっ倒れそうになったことか。誰かに言うでもなくなぜか突然バカヤローと叫んだ時はとうとう頭がイカれたかと思ったわ。
「お帰りなさいませ、セレネス様。ジルク様から、戻ったら直ぐに来るようにと仰せつかっております」
「ああ、分かった。ありがとう。……そうだ、二人ほど手が空いている者を呼んできてくれるか? そこの捕虜を見張ってもらいたい」
「はっ、直ぐに呼んで参りますが……そちらの黒服の者は?」
ススランカ宮殿の入口に立っていた二人の騎士が怪しい者を見るような視線を俺に送ってくる。しかし、大丈夫だ、とセレネスは首を横に振った。
「彼は私の新たな同士だ、心配はいらない」
「なっ!? まさか、その者がセレネス様が以前仰っていた……」
「四番目の同士───『撃鉄公』なのですか!?」
えっ、待って、なにその名前。初耳なんだが?
頭の中が疑問符で埋め尽くされる中、新たに二人の騎士がやって来てアーゼスさんの左右について睨みを利かせる。行こうかと中へ入って行くセレネスの後に続きながら、これはあとで問い詰めないとな、と思うのだった。
ススランカ宮殿の中は超高級ホテルですら比較にならないほどに煌めいていた。
金色の壁、でっかいシャンデリア、どこまでも続く赤絨毯、武具をモチーフにした装飾、ピラミッドの如く積まれたなんか高級そうな壺、照明代わりの発光する大量の宝石……いったいどれほどの大金を使ったのか分からないほど、そしてところどころ頭の悪さが露呈するような、あまりにも眩しくて華美な内装だった。
「……予想していたよりも中は豪勢なんだな。まあ、宮殿だから当然っちゃ当然か」
どうコメントしようか迷いに迷って、無難そうな言葉しか出なかった。
「少し前はここまでではなかった。我らの主はこういうのにあまり興味がない性格でね、ただ立場と威厳を示す為には必要だからとなんとか納得してもらって、予算を装飾の費用に回してもらった」
そう言うセレネスの声はどこか満足そうだった。良い仕事をした、設計には私も加わった、と聞いてもないのにベラベラ話を続ける元帥様。
(お前以外に携わった奴らは、この出来に何も言わなかったのか? いや、言えるわけねぇか。嬉々としてああしようこうしようとアイデアを出す元帥に誰が反論出来るんだって話だしな……)
とりあえずセレネスにインテリアコーディネーターの才能が無いことが分かった。
肩越しに後ろを見ればアーゼスさんはあまりの眩しさに目を細めてる。彼女を見張ってる二人の騎士さんは、流石に慣れてるのか平気そうな顔だ。
「やはり、ここだったか……」
着いたのは中庭と思われる場所だった。
四方を壁に囲われ、天井もなく吹き抜けとなっており、草花が生い茂り、小さな噴水のある池には蓮の花のような白い花が顔を出している。そして中心にある日除け用の東屋の下で二人の男女がこちらに気付いて出てきた。
「おお、やっと戻って来たかセレネス!!」
「ご無事でなによりでした」
男性は親しげに、女性は静かに。二人はセレネスの帰還を喜ぶ。
「ジルク皇太子殿下、ネラリア様。セレネス・オルト・アンバース、只今戻りました」
セレネスが右手を胸元に当てながら軽く頭を下げる。
(なるほど、あの二人が……)
俺は当然、その二人のことは調べていた。新たな就職先のツートップとは今後何度も会うことになるだろうからだ。
「それで、そこの二人がお前が言っていた新たな同士と捕虜か」
獅子の鬣を思わせる長い金髪金眼、ガッシリとした体格に、黒のシャツに同色のレザーパンツ、金毛で縁取った真紅のマントを羽織った男性。彼が帝国で実質最高権力者である皇族、ジルク・オルト・ガザリア。
「……お気をつけ下さい、殿下。その男は胡散臭いです」
そして隣に立つ白銀の装飾が施された美しい白のドレスに、大きな丸い水晶が付いた杖を持った、両目を閉ざした白金色の長髪の女性。彼女は王国で言うところの聖女なような存在。その杖を使って『起こるかもしれない未来』を予言し、帝国を支えてきた予言者、ネラリア・オルト・アドラー。
「同士よ、挨拶を」
「お初にお目にかかります。私は」
「あー、いらんいらん。そんな堅苦しいの」
セレネスに促され、相手が皇族だからと片膝をついて自己紹介しようとしたら、苛立ち混じりに止められた。
「俺は俺を嘲るヤツと行儀良くされるのが嫌いだ。だから膝なんざ付かずに、そうだな……クラスメイトに自己紹介するような、軽い感じでいい。ほれ、不敬罪で牢獄にぶち込んだりしねぇから、立て立て」
チラッとセレネスを見る。
(……構わない)
(all right)
俺は立ち上がり、では改めて、と仕切り直す。
「カイトです。だいたい半年前くらい前から、セレネスとやり取りをして王国を抜け、帝国の軍門に下りました。以後、よろしくお願いします」
「んー、まだ堅いが……良しとすっか。よろしくな、『撃鉄公』」
「ネラリア様も、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。一応言っておきますが、あまり近寄らないで下さいね」
なんか知らんが彼女には嫌われたようだ。第一声で、胡散臭いから気をつけろ、なんてジルク殿下に言ってたし……そんなに胡散臭いか、俺って?
「後ろの彼女は、王国の『サザール騎士団』の副団長をやっていたアーゼス・カトリエル。今後、俺の副官となる予定になっています」
「そっちもセレネスから聞いている。なかなかユニークな女だ、とな。その秘めた力を解き放つところを見るのが楽しみだ」
「誰が……っ!!」
「おい、動くな」
詰め寄ろうとするアーゼスさんを左右に付いていた騎士が抑える。
「セレネス、彼女は長旅でお疲れのようだ。先に部屋に送った方が良いんじゃないか?」
「ああ、それがいいだろう。二人とも、彼女を時計塔のあの部屋を送ってくれるか。専属メイドが待機しているからそちらに預ければいい。くれぐれも、丁重にな」
「「はっ!!」」
セレネスの命令に騎士は頷き、アーゼスさんの腕を掴んで構造の関係で宮殿の中へと連れて行く。次に顔を合わせるのが怖いな、物凄い剣幕で俺を見てたし。
「まだ反抗的みてぇだが、副官にして大丈夫なのか?」
「それについては考えがあります。殿下からの許可が必要かと思って、まだ実行してません」
「おっ、そうなのか? どんなのか言ってみろ」
いったいなにを想像しているのか、ワクワクしながら前のめりになって急かしてくるジルク殿下。なんか前世で近所に住んでた落ち着きのないガキ大将を思い出すな……。
「以前、とある特殊部隊がネラリア様の予言の確認の為に訪れた場所。そこに俺を行かせて欲しい」
「ほう?」
「へえ?」
「ま、まさか……!!」
セレネスは興味深そうに、ジルク殿下は面白そうに、ネラリア様は答えを察して恐怖に体を震わせる。
そっか、そういう反応するのか男二人は。もしかしたら他国から恐怖の象徴として見られて、下手したら今の情勢が逆転して、支配下に置いた小国が王国側につくかもしれないってのに。
「かの村にある『悪魔神像』───そこにいる悪魔と、契約する許可を頂きたい」
さて、まだあの村には性欲で頭がいっぱいの『共犯者』がいるはずだ。約束通りにしてくれてればいいが、もし俺よりもお嬢の側についたのなら、少し面倒なことになるな。
「なるほど、確かに事後報告だとちょっと困るな。それについては少し考える、早めに答えを出すからそれまではセレネスから色々と聞いとけ。任せたぞ、セレネス」
ジルク殿下はこの場では回答を控えた。
まあ、あっさりオーケー貰ったら、ほんとに大丈夫かとこっちが不安になるからな。よく考えてから言ってくれた方がいい。
俺とセレネスが頷くと、それじゃあなー、とジルク殿下はネラリア様を連れて中庭を後にした。たぶん二人で悪魔について話し合うんだろう。……ああ、しまった。あまり急ぎではないって言っておけば良かったな。
「同士よ、私はキミにもっと帝国を知って欲しいと思っている。今日一日付き合ってもらうがいいかな?」
「もちろんだ、セレネス。他の同士達にも挨拶したいしな。それからもう一人、俺に副官をつけるんだろ? 俺をまだ信用しない連中に対して監視役をつけるというポーズとして」
今育成しているという帝国騎士から一人を、アーゼスさんとは別に副官としてつけることになっている。元とはいえ王国騎士だった俺をまだ危険視する者が何人かいると前から教えられていたから、監視しているから心配は無用だ、と周知させるのだという。
「私や他の同士達、ジルク殿下、ネラリア様は納得済みだ。キミを怪しんでいるのは少数の臣下や帝国騎士、そんな彼らの信用を勝ち取れるかは今後のキミの努力次第だな」
「まあそれは誰もが通る道だ、なんとかするさ。ただ、そのもう一人の副官を選ぶ時は俺も同席させてくれよ?」
「もちろんそのつもりだ、キミの『縁』とやら……それがどんな結果を生むのか私も見てみたいからな」
フフッと微笑を浮かべながらセレネスは言う。
「どうなるのかは俺にも分からないし、良い結果になることを願うしかないな。───それはともかくとして、なあセレネス……」
「……? どうした、同士よ」
「そ、そろそろ中に入らないか? めちゃくちゃ寒い、凍えて歯がガチガチ鳴るの我慢してんだ……」
ここは吹き抜けになっている。だからなのか、真上から冷たい風が入り込んできて瞬間冷凍されるような感覚なのだ。一刻も早く屋内に戻りたい。
「…………すまない、私達は慣れていたから、そこまで気が回らなかった。ああ、そうだな、中に入ろう。温かい紅茶も用意させて、少し休憩しようか」
余裕を持った立ち居振る舞いはどこへやら。少し慌てて、本気でこちらを気遣う様子で、セレネスに連れられて逃げるように宮殿の中へと入るのだった。




