第百一話「やーっと終わった」「良く働いたな同士よ」
「───全く、本当にタフな魔獣だったなぁ……こっちはクタクタだってのに平気なツラしてやがる。少しは弱った感じ見せろっての」
「素の状態でも凄まじい耐久力に、他の魔獣よりも優れた自然回復力も相まってどうしても長期戦になりますからね。それに三日目は何度も進路を変えようとして、その度に全力攻撃したから皆さんの消耗が激しかったです」
テントの中で、組み立て式の円卓の上に広げた地図を見ながら、疲労感たっぷりに愚痴るシム団長に周りの皆が同感だと頷く。
「オウカ、今のところ動きはあるか?」
「目立った動きはありません。身動き出来ないと理解してからは、大人しくして体力回復に努めているようです」
要塞竜が現れてから四日目の夜。
身に纏っていた鎧は全て砕け落ち、全身傷ついて血を流しながら、それでも脚力は衰えることなく前進する巨大な竜を、道中苦労したものの、なんとか作戦通りに進行ルートを反らすことに成功した。
攻撃を加えることで王都の西側にある『ザスラット峡谷』の特に狭い谷間に無理矢理追い込み、魔力節約の為だからと、先に峡谷で待機していたカイトが仕掛けた爆弾で土砂崩れを起こして生き埋めにさせたのだ。
「余程、城壁好きなんでしょうか。土砂を纏うようなことはしませんでしたね」
「そんなことされたら今頃もっと消耗してただろうな。……そうだ、誰かアーゼスを見なかったか? そろそろ戻って来る頃だと思うんだが」
聞いていた全員が首を横に振る。そうか、とシム団長はため息をついた。
大型弩砲により出た負傷者を回収する為に、医療班数人を連れて行ったアーゼス副団長だけど、負傷者たちを連れて一度は王都まで行き、あとは医療班に任せて彼女だけでも戻って来るものだと思っていたけど、未だに戻って来ていない。
中々戻らないから思考が悪い方向に行ってしまっているのかシム団長は落ち着きがなく、作戦行動中に他の団長さん達がフォローことが度々あった。
「シム、ここから王都までならそこまで遠くはない。誰か一人か二人くらい行かせて、隊舎にいるか確認させたらどうだ?」
ゼストさんの提案にシム団長は少し考えてから、そうだな、と言って顔を上げる。
「夜通しになってしまうが今から向かって欲しい。まだ馬が元気なヤツ、手を上げろ」
「「「はーい/……あっ、いや、大丈夫かな?」」」
「じゃあそこ二人、頼んだ」
三人ほど手を上げ、そのうち一人が不安げに手を下げた。
私達だけじゃなく馬もほぼ走りっぱなしだ。体力がまだ残っているのは僅かだろう、よく逃げ出さずに付き合ってくれたと思う。
結果二人が選ばれ、同期達に見送られて王都へと出発。あとはしっかり休んで翌朝になったら最後の力を出し切って要塞竜を討伐するぞ、と改めて決意して就寝。
そして、翌朝───五日目の朝。
「まあ、予想はしていたけどよ。ここまできてしまったら作戦なんて要らないよな」
「そうだね……」
生き埋めになった要塞竜は朝になっても動かず、谷にスッポリ収まったままでいたので、容赦なく騎士総掛かりで攻撃されることになった。
シム団長の一声と共に大規模魔法が雨のように撃ち込まれるのを私はカイトと一緒に見ていた。
魔力が足りなくなったら補給班からポーションをもらって回復して即戦線復帰。ポーションの飲み過ぎは体調不良と回復力の低下を招くけど、そんなのお構い無し休み無しのゴリ押しもゴリ押し。
一晩でどこまで回復したか分からないけどとにかく攻撃を繰り返してヤツの命を削っていく。
「『要塞』の名を持つだけあって頑丈だな。全身を覆う甲殻が鉄みたいだ。五日間も攻撃し続けてやっとあちこち砕け始めるとか、流石は『災害級』と言ったところか」
「要塞竜は攻撃手段がなく、城とか砦みたいな大きな建造物ばかり狙うから、まだ『災害級』の中でもマシな方みたいだよ」
ヤバすぎだろ、と言いながらカイトは太めの筒を六つ束ねたようなものを取り付けた、少し短めの銃を召喚する。
「それは?」
「グレネードランチャーだ。爆発するタイプのヤツなんだが、撃つ時の音聞いてみろ面白いぞ」
爆発と聞いてとっさに耳を塞ぐ。
しかしポンッと、少し気が抜ける音がしたと思ったら子供の拳くらいの弾が撃ち出されて、谷底にいる要塞竜の背中に当たり、その直後に爆発した。
そのまま五回続けて撃ち、全弾命中。そしてガチャンと筒を束ねたようなものだけが銃から外れて地面に落ち、光の粒子となって消える。
「火力だけならこれ以上のものがあるが、こうして連発できる。顔周りをこれで撃ってれば向こうは顔すら上げられねえだろ」
悪人がするような笑み浮かべながら、カイトは空いた左手に先ほど消えたものと同じものを召喚。慣れた手付きで銃に取り付ける。
「それに弾が入ってるんだ……」
「おう。……っと、オウカ。精神浄化を強めた方が良さそうだぞ。あの辺り、ツラそうな顔してる」
カイトが指さした方を見ると、魔法を放ちながらポーションを飲んで顔色が悪くなっている先輩方がいた。早くも体調不良になってしまったようだ。
「壱ノ式───『サホヒメ』」
『野狐』が先輩方の頭上から明るいピンク色の花びらを無数に降らす。花びらは先輩方の体を包んでいき、心身の状態を改善していく。
「お、おお? これは花びらか?」
「なんだか優しくて、温かい」
「さっきまで気持ち悪かったのに……」
「ようし、これならまだイケるなっ!!」
よし、上手くいった。
「次は向こうだ。魔力量が多いメンバーだから、ここは強化効率を上げたい」
「弐ノ式───『ツツヒメ』」
今にもポーションを飲もうとしてる同期達に一滴の水が落ちる。淡く輝き、飲んだ後に驚いたように目を見開いて、ありがとう、と私を見て手を振った。
「次、あそこは魔力量が少ない人が多い。ポーション飲むと過剰回復になるぞ」
「参ノ式───『タツタヒメ』」
吐きそうな顔をして、ポーションを飲む姉貴分に妹分達の体から過剰の魔力が溢れ、鳥の形になり各々の肩に止まる。魔力が無くなればあの鳥から自動で供給されるだろう。
「最後に全体へ、かなりの人が反撃されないからって攻撃に熱中し過ぎてる。頭を冷やしてやれ」
「肆ノ式───『シラヒメ』」
領域の中心、その上空から薄っすらと雪が降り始める。気温が下がったような感覚に、前のめりになっていた人達が冷静さを取り戻していく。
『四季千変・流転万象』の四つの式(四季)。
私の故郷で呼ばれている、春夏秋冬それぞれを司る女神の名をお借りしたこの式は、補助効果を式ごとに調整したもの。
壱ノ式は心身の状態異常を改善、もしくは回復させる浄化系統を重視した、春の女神『サホヒメ』。
弐ノ式は自他の強化魔法、ポーションなどの回復や強化の効率を向上させる、夏の女神『ツツヒメ』。
参ノ式は回復によってできてしまう余剰魔力、もしくは回復した分から何割かを体外に出して貯める、秋の女神『タツタヒメ』。
肆ノ式は精神に作用し、目的意識の補強や興奮状態の沈静化、相手からの精神や意思に干渉する魔法への耐性付与をする、冬の女神『シラヒメ』。
これらは全ての式を領域全体、それぞれの式を特定の範囲に、もしくは指定した個人別々に補助したりと自由にできる。ちなみに、これは私の目となって領域内に配置した『野狐』達を介しているから可能となっている。
「───攻撃と防御の強化に、体力と魔力の増幅や持続回復、それを弱めだとしても全体に付与するだけ十分なのに、それに加えて自由が利く四つの式とは……補助役としては表彰モノだぜ?」
カイトが褒めながら絶え間なくグレードランチャーを撃ち続ける。
「『野狐』達がいるからこそ、だよ。私一人だけだとどうしても手が足りなくなる」
「勇者の大結界を参考にしたんだったか。確かにアレは勇者の持つ力を最大限に発揮した、とても強力な結界だった。ただ同時に勇者自身が一人で出来る限界を晒すことになった」
「うん。あの時にレンくんが指摘したように、一人でやれることには限度がある。それで思ったんだ、私の魔力量と『野狐』の特性を活かせばあの大結界には劣るだろうけど、もっと上手くやれるかもってね」
そうして完成したのがこの補助領域であり、小さい頃からお世話になった騎士団の皆へ、精一杯の恩返しとして今の私が出来る最高傑作だ。
「火力支援は俺がやる。オウカは補助に専念してくれ。集中するのはいいが補給はちゃんとやれよ」
「うん、分かってるよ。カイトもちゃんと狙って当ててよね」
「……先輩にも言ったがどうやれば外れるってんだよ、あの大きさの相手に」
なんてことを言いながらも、カイトはちょっと気にしたのか初弾の時よりもしっかり狙って撃ち始めた。ヨシ、ヨシ、と命中する度に呟くのがおかしくて、笑いそうになるのを我慢して私は補助に徹する。
そうして───シム団長や、先輩方に後輩、他の騎士団の皆、一人一人が全力を尽くした攻撃は衰えることなく、少しずつ反応が弱くなっていく要塞竜により一層攻撃の激しさは増していって……
昼を過ぎて空が夕焼け色になりかけた頃、五日間かけて私達の攻撃を受け、それでも王都まで迫ろうした『災害級』の大型魔獣はついに力尽きた。
「───やった……やったぞ、倒れた、倒したんだ……!! 我らの勝利だあああ!!」
力を出し尽くし、疲労困憊となりながらも、王都を守り魔獣を倒したことの達成感と喜びが伝播して、あらん限りの勝鬨が『ザスラット峡谷』に響くのだった。
「───シム団長!!」
「ん? おお、お前ら、王都にアーゼスはいたか……ってなんだその怪我は!?」
要塞竜を倒し、一先ず死体の撤去は後にして王都に帰還しようとした時、昨晩からアーゼス副団長がいるか確認の為に離脱していた二人の騎士が血相を変えて戻ってきた。
二人の鎧は私達よりもボロボロに壊れていて、死にものぐるいでここまで来たのか息も絶え絶えといった様子に、シム団長や見ていた先輩方が只事ではないと集まる。
「我らのことは後で、それよりも……撤退した仲間たちは全員が銃殺されていたのを確認しました!! そしてアーゼス副団長の行方が不明!!」
「銃、殺……だァ?」
この場にいた全員の視線が私の隣にいるある一人の騎士に向けられる。
その言葉が出たという意味がどういうことか、
その行いが出来る者が誰なのか、
間近で見てきた私達はよく知っているから───
「ど、どういう……ことなの、カイト……?」
「…………………」
全員からの視線を平然とした様子で受けながら彼は私の言葉になにを思ったのか空を見上げて、
「まあ、試練はこの辺りで終いにしていいんじゃないか、セレネス?」
「そうだな───ご苦労だった、同士よ」
音もなく彼の横に現れた男。その姿にシム団長は私の腕を掴んで引き寄せ、先輩方は即座に武器を構える。
「良い気迫だ。あの時よりも強くなったようだな、シム」
「貴様……まさか、セレネスかっ!? 噂では聞いていたが本当に帝国に渡っていたとはな!!」
「セレネスって……!?」
その名前は騎士団に属している者なら誰もが知っている。私は直接会ったことはないけど、名前とその人物がやった行いについて、シム団長やアーゼス副団長から詳しく聞かされていた。
「今は正規軍元帥だったか……『サザール騎士団』を抜けて、随分と偉い立場になったもんだな。いったい何人斬り落とした?」
「悉くだ、古き友よ。お前が言った、いきすぎた向上心の持ち主はここまで上り詰めたぞ」
強くなることに固執し、強き者やいずれ強くなる可能性を秘めた者を見つけては、何度も特訓と称して痛め付けて再起不能に追いやった『破壊者』。
これ以上犠牲者を増やすまいとして、当時はまだ今の立場ではなかったシム団長とアーゼス副団長が二人がかりで止め、処罰を受けて『団長』という立場どころか『サザール騎士団』から抜け、王国の騎士ですらなくなった者。
「あの人が……シム団長の前任───『サザール騎士団』の元団長、セレネス・アンバース!!」
『未来の破壊者』とまで呼ばれた歴代騎士団団長の中でも最悪の人物。そんな男が、帝国騎士のトップとなって私達の前に戻ってきた。




