第一話「一発で十分だ」「ホントにね」
カンカンカンカンと鉄製の階段を駆け上がる音が建物の中に響き渡る。
いつもはこんな音を出さないよう慎重に、他に誰かいないか注意しながら動くのだが、今はそんな悠長なことをしている場合じゃない。この機を逃せば絶好の瞬間は二度と来ないのだから。
「……銃声はそこまで遠くない。狙うなら、ここの屋上がベストポジション、か」
屋外から連続で聞こえる銃声から使用されている銃の種類を探る。
「どちらもアサルトライフル……でもそろそろ───」
屋上に出て落下防止の柵の隙間から戦況を見る。
「トマトヘッドは大通りの真ん中……車を盾にして撃ち合ってるが、車の耐久値が減っている。そろそろ爆発するな。対して騎士さんは安地に嫌われたか? 隠れずにサブマシンガンに変えて突撃……んで、車は耐久値がゼロになり爆発……」
爆発で吹き飛んだ頭がトマトの人型は自棄になったのかアサルトライフルを撃ちながら突撃を仕掛けるが、それを全身鎧の騎士は被弾しながらも落ち着いてサブマシンガンで蜂の巣にする。撃たれたトマト人間は青い粒子となって消え、残った騎士は足早に近くの物陰に身を隠す。
「お前が何発食らったか見ていた……」
騎士は懐から緑色の液体が入った瓶を取り出し、それを飲もうとする。飲み干すまでにかかる時間は五秒。
「今のお前を倒すには」
スコープを覗き、照準を合わせ、ニヤリと笑いながら引き金を───引く。
「この一発で十分だ」
バシュンと音をたて、発射されたロケットランチャーは真っ直ぐ騎士がいる場所へと向かっていき、回避する間もなく命中し大爆発を起こした。
『WINNER ok狭間』
『合計キル数:1』
『おめでとうございます、あなたはこの島に降り立った100人の最後の1人です』
「よっしゃー!! これが俺のやり方よお!!」
画面に出かでかと表示されたそれを見て俺──『七ヶ岳 海人』はガッツポーズを決めた。
『FPS』と聞いて多くのゲーマーが思い浮かべるこのゲームは、友人が始めたのを見てそれに便乗して始めた俺をあっという間に魅了した。
今ではその友人以上にプレイして、自己流のプレイスタイルを確立させたほどだ。
言動が屑な人間が多い、チーターがいる、初心者には向かない、そんな印象を持つ者が多いが、このゲームはそんなものが無かったのも大きい。
調べた限りではこのゲームのプレイを配信したり動画を出して稼いでいる人たちはみんな常識的で、たまにネタに走っては視聴者を楽しませる。チャンネル登録? もちろん、登録したに決まってるじゃないか。
「よーし、今日はここまでにして寝るか。今はイベント中だし、明日は休みだ。ポイント稼いでアイテム交換でもするとしようかねー」
ゲーミングPCの電源を切り、ベッドに腰かけて予定を決める。勝った余韻に浸りながら寝るのが最高なのだよハッハッハ───
『あっ、やべっ』
その日は大雨で、時折雷が落ちていた。
たとえうるさくても、気持ちよく寝れると思っていた俺だったがまさかその雷がよりにもよって家の……俺がいた部屋を直撃するとは思わないじゃん?
「見事な爆散で逝っちまった俺に、なにか言うことあるのでは?」
『一発で十分だ(キリッ)』
「……………」
父さん、母さん、俺はこの罪悪感を全く感じられない態度の神と名乗る不審者を殴っても誰からも責められないと思うんだ。というか殴るくらいの権利はあるだろ、これは。
「一発で、十分……じゃないな。十発くらいは……」
『まあまあ、落ち着いて。詫び転生で許しておくんなまし』
「詳しく聞こうじゃあないか」
『食い付きスゴいね』
父さん、母さん、聞いたか? 転生と言ったぞ、この不審者。これは殴らずにちゃんと話を聞いた方がいいと俺は思う。変に好感度下げて、圧倒的弱者に転生されでもしたら最悪だからな。
「ちなみに転生先は?」
『剣と魔法のファンタジー世界さ』
「なにか役目を押し付けたりとかは?」
『無いよ、自由に第二の人生を送るといい』
「若者なら一度は考える夢の異世界転生をしてくれると?」
『もちろんさ~』
「じゃあチート能力とかは!?」
『…………(ニコ)』
俺、知ってる。こうして返事をせずニッコリされた時は早とちりしちゃいけないと。
「俺の死因はアンタだ、ちょっとは融通しろよ?」
『引っ掛からないかぁ……分かった、じゃあここからはキャラメイクの時間だ。同時に転生先のことも説明してあげるよ』
この時の俺の判断は間違っていなかった。
異世界転生できることに興奮し、冷静さを欠いた状態で神の言うまま勢いに任せて転生していたら、俺はこの先あらゆる戦いにおいて不利になっていたのだから。
雷で部屋ごとぶっ壊された後、俺は真っ白な空間の中にいて、バスローブ姿でワイングラスを片手に優雅に佇む男が現れた。
その男は自身を神と名乗り、この空間で片手間に雷で遊んでたら、その雷がたまたま運悪く俺の部屋に落っこちてしまったゴメンチャイと謝ってきた。
『ごっめーん、雷で遊んでたら落っこちてキミに当たっちゃった。まあキミみたいな変人なら、こっちでも上手くやれそうだし異世界転生で許してちょ。お詫びにキミだけはそのゲームで出来ることの全てを授けようじゃないか」
「それ転生先の設定によってはだいぶ強さ変わらない? まあ、相手が誰だろうと俺は俺のプレイスタイルで戦うだけか。一度でも死んだら終わりのデスゲーム……汚く生き抜いて、楽しく謳歌してやろうじゃん』
キャラメイク自体は直ぐに終わった。
というかこのゲームにキャラメイク機能はなく、スキンと呼ばれる、無料で配布されたり課金して入手するゲームオリジナルのキャラクターの中から選んで、それを操作するだけなのだ。
キャラクターごとに性能が変わる訳でもないので完全に見た目の好みの問題でしかなく、転生後の俺のステータスにも影響はしない。なので死ぬ前の俺の容姿のまま、服装はゲーム内の中から選ぶだけにしてキャラメイクは終了した。
「それで、転生先の世界ってどんなとこ?」
一番気になることを聞く。剣と魔法のファンタジー世界とこの神は言った……そしてサラッと俺には魔法の適性が無いことも。クソがよ。
「銃しか使えないのにそれが通用しないとかそんな感じになったら詰むんだけど」
『そこは安心して欲しい。肉があり血も出る、なら死ぬまで撃てば殺せるだろの精神でやっても勝てるからさ』
「でも防ぐ手段とかあるよな? 盾とか、魔法とか」
もちろん、と神は頷く。
『世界の名前は『オースティナント』……人だけでなく、魔獣、獣人やエルフなどの種族、ファンタジー小説にはだいたい出てくる要素が盛りだくさんの世界さ。この世界の中で一番大きな国である『アテリア』が、キミが行くべき国になる』
「行くべき国? その国からスタートじゃないのか?」
『それがねぇ、ちょっと前に『アテリア』に勇者として他の異世界から一人の男子が召喚されたんだけど性格に問題があってね』
その勇者曰く、勇者として選ばれた自分は特別であり、同じく異世界から来た者は勇者の立場を狙う賊である、らしい。
『大勢の国民の前でそれを言った挙げ句、国王が異世界から来たと思わしき者は拘束した後、処刑すると宣言しちゃってね。そんな状況下で往来のど真ん中にキミを送ったら……ね?』
「なら、なんでそんな危なっかしい国に行かなきゃならないんだ? 他にも国はあるだろ」
『『アテリア』以外の国は戦争の真っ只中なんだよ。それで一番安全なのが『アテリア』しかなく、勇者の問題があるから国の近く……人の目につかない場所にキミを送るしかないんだ』
戦争中でも構わないならそっちにするけど、と目で問われて俺は全力で拒否した。異世界転生したらそこは戦場だった!! なんて嫌だからね。せっかくの第二の人生が秒で終わってしまう。
『『オースティナント』の一般的な知識は転生後に自動でキミの脳に記憶される。それなりの量だから初めは頭痛がするかもだけど、我慢してね」
「うへぇ、まあ仕方ないか。分かった」
『うん──じゃあ、おまちかねの転生タイムだ』
パンと神が手を叩く。すると俺の体が光だした。
「うお!?」
『転移っていう魔法だ。これでキミを『アテリア』の南西、領土のギリギリ外側にある『スネア平原』に送る。暫くはこの平原で色々と知るといい。ゲームで言うチュートリアルだ』
光はどんどんを強く、目が開けられないほどに明るくなる。
『あっ、もし勇者になりたかったら問題の勇者を殺すしかないから』
「ならねぇよ!! そもそも、勇者みたいなチートの塊に挑む度胸なんか無いわ!!」
俺は好きに生きるんだ。勇者とかいかにも面倒ごとを抱えまくるのが目に見えてる役職なんて、死んでもゴメンだね!!
『それじゃ、素敵な異世界でのセカンドライフを~』
その言葉を最後に神に見送られ、光が収まったのを感じてゆっくりと目を開けると、
「おお……」
そこは見渡す限りの大草原だった。
青い空には太陽。これだけなら転生前の日本でも見ることが出来るが──大小二つの月に、浮遊する無数の島、そして空を飛ぶやけにカラフルな四枚羽根の鳥の群れ。
この三つだけでも、ここは日本ではないと俺に知らしめるには十分過ぎた。
「日本じゃ、ない……ここは……この世界が、異世界──『オースティナント』か」
一度は考えた異世界転生。それが今、叶ったのだった。