第五話
翌朝、カイルとリアーナは食堂で朝食をとりながらこれからの予定を話し合うことにする。
「……あ、あの、これは、いつもこうなのですか?」
二人のテーブルはテーブルをはさんで向かい合って話している。それだけでなく、家の使用人たちも同じテーブルで朝食を食べていた。
「ん? あぁ、別々に食べても仕方ないからな。それに、こいつらは俺が連れて来た信用できるやつらだから、家族みたいなもんだ」
それを聞いた使用人たちは、感動して涙ぐみながらカイルのことを見ている。
「申し訳ないが、これがうちにやり方だから慣れてほしい」
「は、はい、もちろんです」
慣れていないことに面食らっただけで、リアーナも決して嫌というわけではなかった。
「……あの、それでこれから私はどうしていけばいいのでしょうか?」
どうすればカイルの力になれるのかわからないため、リアーナは不安そうな表情になっている。
「あー、今日は俺の研究室に一緒に来てもらっていくつかテストに付き合ってもらおうかな。昼を食べたあとは自由にしてもらって構わない。その頃には、寮に置いてある荷物が届くはずだからな。男に色々いじられたくないだろうから、ミーナに取りに行かせるから安心してくれ」
(他人に自分の荷物を扱われるのも不快だろうし、ましてや男になんて嫌だろうからな)
これは彼女のことを気遣ったカイルの配慮である。
「そ、そんな、そのようにお気を遣われなくても大丈夫です。何もできていないのに、みなさんのお手を煩われせるなんて……」
彼女の視線は昨日案内を担当してくれて、朝の支度も手伝ってくれたミーナに向いている。
「もう、リアーナ様! 昨日も言いましたが、私たちは使用人でリアーナ様は大事なお客様なんですから、気にしないで下さい!」
ミーナは頬を膨らませながらそんな風に言う。
「あ、ご、ごめんなさい……」
そんな彼女を見て、カイルは不思議そうな顔をする。
「リアーナはうちの使用人にも気を遣うんだな。貴族だったら、それも伯爵令嬢ともなれば他家のメイドなんて見下しそうなもんだけど」
カイルはあえてストレートに質問する。それほどに、彼女の対応は疑問だった。
(こっちの世界の貴族なんて、大抵横柄だからなあ……使用人の扱いも酷いやつが多い)
その例に当てはまらないリアーナがなんと答えるのかカイルは楽しみでいる。
「そ、それではみなさんに失礼です! 貴族社会において身分はもちろん重要なものです。ですが、お世話になっている相手に敬意を払うのは人として当然ではないでしょうか?」
これはリアーナの心からの言葉であり、彼女は実家でも使用人のことを大事にしていた。
そんな彼女の言葉を聞いて、使用人たちは感動に打ち震える。
「カイル様、この人女神だよ!」
「そうです、カイル様のもとへ嫁いでもらいましょう!」
「カイル様とリアーナ様……悪くない」
庭師、メイドのカナ、シェフの順番にこんなことを言ってくる。
「おいおい、お前たちなあ。彼女が困っているだろ? 俺は落ちた王族なんて言われてて、権力は一応あるものの、貴族連中からはあんまり良く思われていないんだ。そんな俺をあてがわれたらリアーナに失礼だろ」
カイルは使用人たちの言葉に、肩を竦めながら答える。
「あ、あの……カイル様」
「うん?」
すると、リアーナが少し怒りを含んだ視線をカイルに向ける。
「失礼ですが、あなたは昨日、自分を卑下する私におっしゃいました。『そんな風に言わないでくれ。前を向いて立ち上がって、俺とともに進もう』と。私はその言葉にすごく励まされました。そんなあなたがご自分を卑下するような言い方はおやめください!」
そう言われて、全員が固まってしまう。
(や、やってしまいました!)
彼女は今回のように、必要であると思う言葉をアースティアにも正面からぶつけていた。それが彼にとって疎ましいものだったことを思い出し、肩を落とす。
(王弟殿下にこのようなことを言ってしまったからには、きっともう……)
ここに置いてもらえないかもしれない、と下を向いてしまう。
「ははっ! 確かにそのとおりだ。これは申し訳ないことをしたな。いやあ、しかしこれだけストレートに言われるとスッキリするものだ」
「えっ? あ、あの?」
想定外の反応にリアーナはキョトンとしてしまう。
「ふふっ、やはりリアーナ様はお強いお方ですね。カイル様は自己評価が低い方なのでビシビシ言ってあげて下さい」
これはミーナの言葉だったが、全員が彼女に同意して何度も頷いていた。
「あぁ、俺からも頼む。どうにも今まで兄貴以外から良く思われてこなかったのが尾を引いててな、たまにあんなことを言ってしまう。そこも注意してくれるのはありがたい」
フランクだとはいえ、さすがに使用人からそのようなことを注意することはできないため、リアーナの登場は使用人たちからもありがたいことだった。
「そ、そんな……私など、で、でも頑張ります!」
一瞬自分のことを卑下しそうになるが、すぐに気持ちを奮い立たせて笑顔を見せる。
「これはなかなか心強い仲間が増えたな……そうそう、学院のほうはどうする? しばらく休んでも構わないが……」
「行きます」
カイルの言葉にリアーナは即答する。
その目に迷いはなく、自らは恥ずべき行動を行っていないと信じている。だからこそ、彼女は学院に行き、胸を張って登校すると自らの心に強く決めていた。
「そうか、わかった。だったら俺は何も言わない」
カイルは元々彼女の意志を尊重するつもりだった。行きたくないと言えばそのように、行くと決めたならできる限りの助力をするつもりでいる。
「ま、今日はそのことよりも研究だ! 飯食ったら行くぞ!」
「はい!」
あまり学院に気持ちを引っ張られないように話題を切り上げると、食事に集中していった。
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