第二話
「……私はいいと思います。カイル様は信頼のできるお方ですし、なにより今回窮地にあった娘を救って下さいました。もちろんリアーナの意志が最優先ですが」
シナバー伯爵はそっと目を伏せると感謝の気持ちを込めつつそう言った。
彼は今回の一連のカイルの行動を好ましく思っており、そもそも彼の人柄を気に入っていた。
加えて、伯爵が守ろうとしても、相手は王子であるアースティアである。
しかも、彼の側近も学院の生徒もみんな彼の側についている。
となれば、この状況においてリアーナを守れるのは王弟であるカイルしかいないのではないかと考えていたのだ。
「わ、私は、その、捨てられた傷物であって……何も望める立場にありません。カイル様の望むままに……」
誰かから欲しいと言われたのが初めてのリアーナはドキドキと胸を高鳴らせながらお願いしますと言おうとしたが、ふと顔を上げるとカイルが腕を組んで難しい顔をしているのに気づく。
「どうかしたか?」
王はカイルの表情がおかしいことに気づいて質問する。
カイルが望む方向に話が進んでいるはずなのに、なぜそんな顔をするのかと、疑問に思っている。
「……いや、なんていうかみんな勘違いしていないか? 俺がリアーナ嬢をくれって言ったのは嫁にくれって意味じゃないぞ」
「えっ……?」
「なんだと?」
「ど、どういうことでしょうか?」
リアーナ、王、シナバー伯爵が、順番に困惑の表情とともに驚きの反応をみせる。
「いやさ、兄貴は俺がアーティファクトの研究をしているのは知っているだろ? アーティファクトっていうのは、いわゆる古代の遺産で武器や道具なんかで特別な力を持っているアイテムなんだよ。俺はそれの簡易版でもいいから、実現できないかと研究を進めているんだ。魔道具っていう名前でな」
何を言い出すのかと思いながらも、三人はとりあえずカイルの話に耳を傾ける。
「で、魔道具の試験をするのには色々な魔力を使う必要があるんだよ。でも、俺はほら」
そう言ってカイルは右手に魔力を纏わせる。
それは馬を呼び出した時と同じ影魔法であり、彼にはこの魔法しか使うことができない。
「このとおり、他の属性魔法は使えないんだよ。これだと試験をするのに困る。さて、ここで質問。リアーナ嬢が使える属性はなにがある?」
急に質問されたリアーナだったが、背筋を伸ばして彼の疑問に答える。
「はい、私は火、水、風、土、雷、闇、光の属性魔法を使用することができます。最後の二つに関しては他と比べると威力は弱いですが……」
この答えにカイルは満足そうに頷いている。
彼女はオールエレメンタルと呼ばれる、世界に一人しかいない全属性を使うことができる特別な存在だった。
リアーナが第一王子の婚約者として認められた一因に、この力の保持者であることもあった。
「ほらな? 七つの属性を使えるなんてすごすぎるだろ。しかも俺が研究をして、試験をしていく上で最も適した人員だ。しかも、頭がいい」
学院では、各学年五百人以上の生徒がいる。
その中でリアーナは毎回試験でトップクラスの結果を残している。
ちなみに、カイルは興味のある科目しか出席しないが、そのテストは全て満点をとっている。
「確か、リアーナ嬢は全教科で高得点を取っているが、特に魔法学では毎回満点をとっているはずだ」
リアーナを自分の陣営に引き込もうと考えた際に、カイルは彼女の調査をしていた。
最初は人柄にはあまり興味はなかった。
せっかく長い間一緒にいることになるのだから見た目も良いに越したことはないが、そこまで重視はしていない。
ただただ、純粋に彼女の才能に惹かれていた。
「ふふっ、色々知ってくれているんですね」
まさか自分の努力をきちんと見て評価してくれている人が学園にいるとは思わず、リアーナは嬉しさから顔を綻ばせる。
婚約者であるアースティアは彼女から完全に興味を失っていた。
しかし、カイルは彼とは反対に興味を持ってくれている。
そのことが、リアーナの心を癒してくれていた。
(なんであのバカは彼女のこういうところを見てやらなかったのか……)
カイルは才能のある彼女が、ただただバカな甥に潰されるのが我慢ならなかった。
そして、あのパーティ会場で周りから孤立して仲間のいないあの状況で、毅然とした態度で涙をこらえていた彼女。
誰一人として味方がいないあの場所から逃げ出さず、アースティアたちになんとか立ち向かおうとしていた。
そんな彼女の弱さと強さを感じ取り、元々の興味も相まってカイルはリアーナの魅力に気づき始めていた。
「まあ、そういうわけだから、俺の共同研究者になってくれると助かるんだけど……」
ここまで言ったところで、カイルは気づいてしまう。
(俺の利益のことだけ考えて動いたが……もしかして、女の子ってそういう研究に興味ないものか? というか、お茶とかダンスとかパーティとかのほうがいいのか?)
単独行動の多いカイルは、よその令嬢との交流がなく、一般的にどういうものが好まれて、どういうものが嫌われるかを考えていなかった。
そして、ふと前世の記憶からこういった研究職に興味があるのは一部の女の子だけなのではないかと頭を抱えてしまう。
「あ、あの、カイル様、大丈夫ですか……?」
そんなカイルの様子を気にかけて、リアーナはそっと顔を覗く。
「――えっ? いや、その、大丈夫だ。それより、リアーナ嬢は魔導具とか、興味なんて……」
「あります!」
そう答えたリアーナの目はキラキラと輝いていた。
「は……?」
まさかのリアクションにカイルは変な声を出してしまう。
「アーティファクトとは、失われた技術が使われている特別な剣であったり、特別な防具であったり、特別なアクセサリーであったり、今では再現不可能と言われています。それを今の世に、今の技術で再現するというのは……ロマンがありますわ! 私自身勉強の最中にそういった類のものの話も聞いていたのですが、身近にはなかったので触れられる機会があるなんて感動です!」
ずっと我慢していたものを吐き出すように生き生きとしだしたリアーナは立ち上がって、両手に拳を握り、そんな熱い思いを語り始める。
「そもそも、どうしてそんなにすごい技術が失われたのでしょうか? 世界を揺るがす何かがあったのか。それとも、作る人が限られていてその方々が亡くなられたのか……興味は尽きません!」
饒舌に語り始めたリアーナを見て、父であるシナバー伯爵は手で顔を覆っていた。
年頃の娘がこのようにロマンなどというものについて熱く語ることはありえなかった。
ずっと第一王子の婚約者として王妃教育を施し、暇な時間をあまり与えてこなかった抑圧からの解放がきっかけだと思われる。
(あれ? もしかして、すごい適任者を見つけたのかも?)
しかし、それを聞いていたカイルは自然と笑顔になっている。
才能、実績、能力だけだと思っていたが、なんと彼女は考え方までピッタリとはまっていた。
これはカイルにとっては想定外の特典だった。
「……あっ! そ、その、熱くなってしまって、えっと、恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません……」
令嬢としてあるまじき態度であったことをリアーナは反省して、今では顔を赤くして身体を小さくしている。
「ははっ、いやいや、むしろよかったよ。リアーナ嬢とはもっとアーティファクトや魔道具について話をしたいところだ。ただ、その前に、王と伯爵に確認しておかないと……いかがでしょうか? 彼女には俺のパートナーとして研究を手伝ってもらいたいと思うのですが……」
リアーナ本人が乗り気であるため、カイルは王と伯爵の意向を確認する。
「彼女がそう望むのであれば、私は構わん。バカ息子との婚約関係もしっかりと破棄しておこう……今まで本当にすまなかったな」
王も優秀な彼女にはしたいことをしてもらいたいと思っている。
そのためには、あまりのバカさ加減に呆れる息子との関係をさっさと断つ必要があるとさえ考えていた。
「私は、リアーナがその道を選ぶのなら止めないよ。今までずっとずっと国のために家のために頑張ってくれた。もういいんだよ、自由にしなさい」
そう言いながら伯爵はリアーナのもとへ移動して、優しく頭を撫でていく。
「お父様……はい!」
父に向かって嬉しそうに笑ったリアーナは元気よく返事をすると、改めてカイルへと向き直る。
「カイル様、どうか私にあなたの研究を手伝わせて下さい。お願いします!」
そもそもはカイルから頼んだことだったが、好奇心が刺激された彼女はいつしか自分からお願いする立場へと移行していた。
「もちろん、元々こちらがお願いしていたくらいだからな」
そう言って二人は握手した。
これが魔道具実用化に向けた、二人の小さな、そして世界には大きな第一歩となる……。
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