第十一話
それからは、カイルは資料となる本集めに書庫内を回っていく。
一方で、リアーナは気に入った本を何冊か見つけて部屋の入口近くに設置されている机で読書をしていく。
外では見かけないような小説なども置かれていたため、リアーナは物語の世界に没頭していく。
それぞれの作業に集中していき、気づけば室内に設置されている時計が六時を告げる鐘を鳴らしていた。
「えっ? も、もうこんな時間でしたか」
リアーナは本を閉じて、慌てて時計に目を向ける。
「あぁ、もう外も暗くなってるだろうな。そのあたりの本まだ途中だろ? 気に入ったなら持っていくといい」
カイルは、リアーナが先ほどまで読んでいた本と、その隣に何冊か積んであるものを指さして言う。
「えっ? ここの本は貴重なものばかりなので、持ち出し禁止なのではありませんか?」
立ち入れる者を限定している場所であるため、本の管理もかなり厳しい。リアーナは書庫の扱いに関してはそう聞いていた。
「あー、まあそういう類の本も確かにあるけど、リアーナが読んでるような小説関連は問題ないよ。ほら、ここに本の名前を書いてくれ」
一冊の台帳を取り出すと、ペンとともにリアーナへと渡す。
「は、はい……」
言われるままにリアーナは借りていく本の題名を記していく。
「あの、この借主の欄は……」
「あぁ、そこは書かなくていいよ。無記名の時は俺が借りてることになるから、まあここの責任者は俺になってるからできることだけどな」
「!?」
ここでとんでもない発言が出て来たため、リアーナは驚いてしまう。
「あれ、これも言ってなかったか? ここの改善案を色々出していたら、だったらお前が管理をしろ、って言われてね。まあ、普段は司書さんが手伝ってくれているから、たまに顔を出す程度なんだけど」
そう言って、カイルは自分が持っていく本と、リアーナが借りていく本をバッグにいれていく。
「あの、もしかしてそれはマジックバッグでしょうか?」
リアーナも噂には聞いたことのある伝説のアーティファクト。見た目よりもかなり多くの物を収納することができるバッグ。
これは誰もが欲しがるものであり、リアーナもキラキラと目を輝かせて見ている。
「あー、似たようなものかな……」
煮え切らない頬を掻きながらのカイルの言葉にリアーナはピンとくる。
「わかりました! これは……魔道具のマジックバッグですね!」
すごいことに気づいてしまったと、リアーナは興奮気味にカイルに近づいている。
「ちょ、ち、近いぞ。そうだ、そのとおりだよ。これは俺が自分用に作った魔道具のマジックバッグだ。さすがにアーティファクトと同じとはいかなくて、入る量も制限されているけどな」
そう言いながら、カイルはバッグから花を一輪取り出してリアーナへと渡す。
「あ、ありがとうございます…………っ!?」
なぜこのタイミングで花を渡すのか一瞬理解できずにいたが、花の香りを嗅ごうとしてその意図に気づきハッとした顔になる。
「正解、容量は本物ほど大きくないんだけど……時間停止機能がついているんだよ」
「じ、時間停止!?」
この回答にリアーナは大きな声を出して驚いてしまう。
その機能があれば、食べ物も花も武器や防具もなんでも劣化せずに保管することができる。
「しっ! このことは内緒だ。兄貴にも言ってないものなんだ……わかるよな?」
カイルが慌てて口元に指をあててきたため、リアーナは顔を赤くしながら何度も頷いている。
「……戦争の加速ですね」
指が離れたところで、彼女はポツリと答える。
武器、防具、食料を手軽に持ち運びすることで、行軍速度をかなり上げることができる。そうなれば、この魔道具を手に入れた国が次々に戦争に動く可能性が考えられた。
「世の中にはアーティファクトのマジックバッグが存在するのは知られているけど、魔道具のマジックバッグ……つまり、作れるマジックバッグに関してはほとんど知られていないんだよ。ま、そういうわけだからこれに関しては内緒で頼むよ」
最後はあえて少し軽い調子で言うカイル。
「ふふっ、そうですね。二人だけの内緒です」
それがわかっているため、リアーナも笑顔を見せて、人差し指を口元にあてておどけることで話の重さを感じさせないようにしていた。
「さて、それじゃそろそろ帰るとするか」
「はい、今日はここに連れてきてくれてありがとうございました」
カイルがバッグを持ちあげると、リアーナは深々と頭を下げて礼を言う。普通では得られなかった経験をしていることに素直に感謝していた。
「いやいや、気にしなくていいさ。俺の用事のついでだったからな。まあ、またここに来たくなったら遠慮なく言ってくれよ」
カイルとしても、自分の仕事を手伝わせる以外にも何か楽しみを提供したいと思っているため、ここを気に入ってくれたならまた案内しようと考えていた。
そんな二人は部屋から出て施錠をしていく。鍵自体も特別製であり、王族の魔力を持つものでしか開けることができないものになっている。
「はあ、ちょっと根を詰め過ぎたみたいだ。こんなに空腹を感じるとはな」
その言葉とともに、ぐーっとカイルの腹がなる。
「ふふっ、ずっと作業してらっしゃいましたからね。私もお腹がだいぶ空いてきました」
ここでタイミングよく、くーっと小さな音がリアーナから聞こえて来た。
「お、リアーナも同じだな」
「き、聞かなかったことにして下さい!」
顔を逸らした彼女の頬は真っ赤に染まっていた。




