第十話
「それで、我々がヒソヒソと話していた内容についてですが、まずは謝罪を。私もそうですが、みんなお二人を見て微笑ましい気持ちになりましたので、ついお二人を話題にしてしまいました。申し訳ありませんでした」
この時点で悪評でないことがわかり、リアーナはキョトンとしている。
「いつもお一人で行動されているカイル様が同行者と共に書庫へと向かう様子が我々にはとても珍しく、そのいつもと違う状況はとても素晴らしいことであり、しかもそのお相手が美人と評判のリアーナ伯爵令嬢ともあれば、我々も思わず話題にせずにはいられなかったのです!」
つまり、彼らにとって今回の話題の中心はカイルだった。
カイルが誰かといる。カイルが女性といる。カイルが美人といる。それらが、とても衝撃なことであった。
「はあ、そんなことだろうと思ったよ。リアーナ、ここのやつらは俺に慣れているやつらばかりなんだよ。俺が小さい頃から勤めているやつもいるし、そうじゃないやつも俺に気にせず話しかけてくるようなやつばかりだ。つまり、俺の見た目や噂に左右されるようなやつらじゃない」
王城に仕える者ともなれば、そのあたりの情報をしっかりと精査して自らの目で判断するものばかりである。
「ってことは、リアーナがあの馬鹿王子に婚約破棄されて、しかも悪事を糾弾されようとしていたとしてもだ。それが真実かどうかわからない段階で、リアーナのことを悪く言うようなやつもいないってことだ。なあ、トールマン?」
あえて少し大きめの声で話し、全員に聞こえるようにしてからトールマンに尋ねる。
「もちろんでございます。私が実際にお会いしてみた感想といたしましては、カイル様とともに行動できるというだけで、とても寛大なお心の持ち主なのではないかと推察されます」
「おい!」
自分を引き合いにだされたため、カイルは思わずツッコミをいれてしまう。
「うはっ、それじゃ私は失礼します!」
そう言うと、トールマンは素早くその場から逃げ去って行った。
「やれやれ……まあ、そういうわけだからここにいるやつらは変なことを言うやつはいないはずだ。もしそんな声が聞こえてきたら俺に言ってくれ。クビに……はしないで、説教をくらわしてやるから」
自分のことを揶揄されるのは特に気にすることでもないが、リアーナが辛い思いをするのだけは避けたかった。
「ふふっ、みなさんと仲がよろしいのですね。カイル様を見る視線が暖かいものだというのがよくわかります」
トールマンとのやりとりも、互いに信頼関係ができているからこそのものであり、他のメイドや使用人なども微笑ましくやりとりを見守っていた。
そして、落ち着いて周囲の言葉に耳を傾けると、そのなかにリアーナのことを馬鹿にしているようなものはなく、二人がお似合いだなどというものが多かった。
「わかってくれてよかった。それじゃ、書庫に行こう」
「はい!」
その後は周囲の声も気にならず、何事もなく二人は書庫へと到着する。
「ここの鍵も限られた者しか持つことができないんだよ。だから、こうして邪魔されずに入ることができる、と」
ガチャリという音とともに開錠される。扉は両開きの木製でできた重厚なものであり、リアーナが想定してた倉庫とはイメージが異なる。
そのイメージは、入室することで更に大きく覆されることとなった。
「えっ!?」
扉を開けて中に入ると、そこには巨大な図書館があった。
「あれ?」
リアーナは驚きのあまり、一度外に出て、再び中に入る。
「ははっ、俺も最初に来た時には似たようなリアクションをしたもんだ。ここは、空間魔法で作られていて外見よりも広大な空間になっていて、全て書庫として使っているんだ」
足元は赤いカーペットが敷き詰められており、足音が読書の邪魔をすることがない。本棚も丈夫な木材が使われており、揺れなどがあっても決して倒れることのないデザインになっている。
窓はなく、本が日に焼けることはない。
部屋の中の照明も普段は消えていて、鍵が開いて入室すると点灯する仕組みになっている。以前は手動でつけるランプなどが主だったが、今ではカイルが子どもの頃に開発した灯りの魔道具を設置している。
「ちなみに、空気も循環させているんだよ。放っておいたら、カビが生えたりもするからな。更にいうと、虫などの対策もしていて書棚の下のほうに防虫の薬が塗ってあるんだ」
カイルは、この書庫のことを気に入っている。そのため、兄である王に提言してここまでのテコ入れをしていた。
「あとは、魔導士に頼んで劣化防止の魔法をかけてもらって……って、こんな話面白くないよな。すまない、自由に見てもらっていいぞ」
途中まで説明したところで、カイルは自分だけが熱くなっていると感じて話を中断する。
「いえ、すごく興味深いです! 劣化防止の魔法なんてあるのですね! しかも虫よけやカビ対策……初めて聞いたことばかりで、私は今感動しています!」
本自体に関しての知識のなかったリアーナは、保存状態を維持するために様々な工夫をしていることに心を強く刺激されていた。
「思えば、実家でも本を読んでいましたがただ本棚にいれておいただけでした。でも、それだと久しぶりに手に取って本が悪くなっていたりすることもありました……本をしっかりと保存するにはここまでの工夫が必要なのですね……」
リアーナは本のことを考えた工夫が施されているこの空間を、来る前よりも一層気に入っていた。
「そう言ってくれると頑張ったかいがあるというものだ……」
「えっ? もしかして、この工夫はカイル様が提案されたのですか?」
「あれ? 言ってなかったか……親父と兄貴に言って、色々と手を加えさせてもらったんだよ」
カイルは自分がやってきた工夫を説明していたが、思い返せば発案者のことを言っていなかったことに気づく。
この書庫に初めて足を踏み入れた際に、ボロボロになった本があったため、カイルは前世での記憶を引っ張り出して少しでも紙に影響がないように対応していた。
「す、すごいです……。学院にも図書館はありますが、最高峰の学院でもこれほどの対応はしていませんよ! これが標準になればすごいことに……」
これまで、劣化で読めなくなった本に出会った経験があるため、そんな経験をしなくてすむのならすぐに世界中に導入されるべきだと考えていた。
「まあ、今は開発費とかがかかるからなかなか、な。でも、こういうのも色々な場面で使えるようにしたいというのが俺の研究なんだよ」
カイルは少し照れくさそうに答える。
「今まで以上にすごくやる気が出てきました! がんばります!」
話をしていくほどに、カイルの研究のすごさ、大事さを実感していくリアーナは自身にも熱い思いをみなぎらせていた。




