プロローグ
これは夢だ。でも、この人は誰だろ。お父様に似てる。
夢の中の人は蠢く黒い塊に何かを言った。
「僕は"もう"負けない」
この一言だけしか聞き取れない。
そうして夢の中の人は倒れた。
「………おき……おきて……おにいたんおーきーてー!」
僕はハッと目を覚まして周りを見渡す。
「おにいたん、おきた!おはよ!」
そこには可愛いらしい3歳の妹が立っていた。
うーん、かわいい。可愛すぎる。
母譲りの金髪に青い瞳。母さんに似て本当よかった。
「おはよう。セルビア。」
「おにいたん。おかあしゃまがよんでりゅ!」
あー、なんて可愛いんだ。まだ滑舌が良くないのが、たまらなく可愛い。
僕はこの世界で一番愛らしい妹のためなら何だってできる。
「おにいたま?」
ぐはっ!可愛すぎる!あ!早く準備しなきゃ。
セルビアが可愛すぎて忘れるところだった。
「ありがと。セルビア。今準備するよ。」
可愛い妹の頭を撫で、笑顔を見てから準備に、準備に、
無理だ。可愛すぎて、手が離れない。
いや、手を離したくない!
「もう、アルー。セルビアが可愛いのもわかるけど、早く準備しなさい。今日何の日か忘れたの?」
「あ!ジョブがもらえる日だ!!」
子供は6歳になると未来見の鏡という鏡を使って将来の自分の姿を見ると、ジョブが魂に刻まれる。ジョブはレベルを上げると、より上位のジョブに変わると言われている。
また、ごく稀に最上位のジョブに最初からなる人もいるらしい。
「早く準備してね。もうそろそろ出発するから。」
「わかった!すぐ準備する!」
「おにいたん、いそげーー!」
あー、なんて可愛いんだ。はっ!また可愛さで忘れるところだった。
ガタ、ガタ、ガタ
「お母様、僕はどんなジョブになると思いますか?」
「そうねぇ、私がクアッドマジシャンでお父さんがソードマスターだからマジシャンかソードマンかも!もしかしたら上位ジョブのマジックソードマンになるかもしれないわね!」
僕のお父様はソードマンの上位ジョブのソードマスター
お母様はマジシャンの上位ジョブのクアッドマジシャンだ。
お父様とお母様は元々冒険者で功績を残して、名誉貴族として辺境伯爵の爵位をもらったと聞いてる。
「どんなジョブになるか楽しみだなぁ」
「どんなジョブでも、お母さんも、お父さんも構わないわ。どんなジョブにも色々な可能性があるのよ?」
そう、どんなジョブにも色々な可能性がある。例えば農民がドルイドというマジシャンの上位ジョブになったのは有名な話だ。
ただ一つを除いて………
「でも、ノージョブだったらどうしよう」
「最悪ノージョブでも構わないわよ?もしかしたらノージョブにも見つかってないだけで可能性があるのかもしれないじゃない!可能性は否定しちゃダメよ?」
この世界にはノージョブというのがある。どのジョブにも当てはまらない最弱のジョブ。今までノージョブから上位のジョブになったという話はない。
「ほら、ついたわよ?行きましょ?」
「うん!」
綺麗な教会の中に2mほどの鏡がある。あれが未来見の鏡。
周りにはたくさんの同じ歳くらいの子供たちがいる。
「どうしたの?緊張してるの?」
「うん。少し怖くなってきちゃった。」
「大丈夫よ。どんなジョブになってもお母さんがついてるからね」
神官の声が響き渡る。
「次の方、鏡の前に来てください。」
すると赤髪の男の子が鏡の前に走っていく。
「スルトです!お願いします!」
「スルトくんですね。で鏡を向いて目を閉じてください」
鏡に映っていた赤髪少年スルトくんの姿が変わっていく。
その姿は燃える大剣を構えている美青年だ。
「スルトくん。目をあけていいですよ。スルトくんのジョブは上位ジョブのフレイムソードマンですね!おめでとうございます!」
「やったーー!!ありがとうございます!」
ざわ…ざわ…ざわ…
「おい、上位ジョブだってよ。珍しいな。」
「エンチャンター系とソードマン系の派生ジョブだよな。」
「あの子の親も鼻が高いだろうな!」
やっぱり上位ジョブは珍しいんだな。できれば、僕も可愛い妹と守れるジョブに就きたいな。
「次の方。鏡の前に来てください。」
「ほら、アルの番よ!行ってきなさい!」
「はい!行ってきます!」
僕は鏡の前まで走っていく。
「アルセント・ユーデリアです!よろしくお願いします!」
「では、アルセントくん。鏡を向いて目を閉じてください」
僕は目を閉じた。
ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…
何やら周りが騒がしい。どんなジョブなんだ。気になる。
「ア、アルセントくん。目をあけてもいいですよ。」
神官の人も驚いているようだ。僕は目をあけてた。
そこには何も映っていない。そう"何も"映っていないのだ。
「え、えっ!?なんですかこれ!」
「未来見の鏡で未来が見えないのは初めてです。ノージョブの方ですら映らないことはありませんでした。原因は調べてみますが、あなたのジョブはノージョブということになります。」
「……………ノージョブ」
僕は何が起きたのかわからない。ただ僕はノージョブ。
最弱のジョブ。想像していた最悪の状況になった。
「………ありがとうございました。」
僕はふらふらとお母様の元へ戻る。聞きたくない言葉が周りから聞こえてくる。
「あいつ、ノージョブだってよ。ユーデリアの嫡男が出来損ないだと。笑えるな。」
「ノージョブなんて生き恥晒すくらいなら俺なら死んでるな」
「最強の親から最弱の子供か。プフッ。」
周りから聞こえる言葉で僕はもう涙が止まらなかった。
「私の大事な息子のアルを馬鹿にするな!!」
そこに聞き慣れた声が周りの言葉を消し去った。
「例え最弱のジョブであろうと私の息子はユーデリア家の誇りです。私はこの子が新しい可能性を見つけると信じている。アルのこと何も知らないあなた方が私の息子の可能性を否定しないでください。お騒がせしました。失礼致します。アル帰りましょ」
僕は何も言えず、ただ母が笑顔で差し出した手を握り締め、
そのまま馬車に乗った。
「行者さん出してもらえるかしら。」
「このままお屋敷にお戻りですか?」
「ええ。どこも寄るところはありません。そのまま屋敷はお願いします」
「かしこまりました。」
ガタ、ガタ、ガタ、ガタ
「アル、大丈夫?あんなの気にしちゃダメよ?」
「ごめんなさい。僕がノージョブだったせいで…」
「アル!そんなこと言わないの!私は言ったわよね?どんなジョブであろうとも可能性があるかもしれないって。アルの場合、鏡に映ってなかったからノージョブっていうことでしょ?原因が分かったらもしかしたらすごいジョブかもしれないじゃない!!だから、自分で可能性を否定しちゃダメ。わかった?」
「…………わかった。僕、どんなジョブになってもいいようになんでもやる!頑張る!絶対に諦めない。」
僕はどんな可能性にでも全力を尽くす。
なんでもやって、どんなジョブにでもなれるように。
もうお母様にあんな悲しそうな顔をさせないように。