79話 もどかしい戦い
79話 もどかしい戦い
中山からモクモクと出ていた悪魔の群れは翌日の朝には見えなくなっていた。
待っている時間がもったいないからオベロンの救出に俺が行こうというのに、ハルドが反対する。
「相手は空中戦が得意です。 空を飛べない我々には不利です。 精霊様達を待ちましょう」
そう押し切られて二日待ったが、精霊たちは戻ってこない。
もう待てない。 一刻も早くオベロンを助ける必要があると思ったからだ。
「悪魔達は冬の国に行ってしまって危険はないだろう? それにラグナルたちもいるのだから、多少悪魔がいても、問題ないのじゃないか?
オベロンさんも精気を溜めるのに時間がかかるだろうから、少しでも早く助け出してあげるべきだと思うのだが」
ハルドは暫く考えていたが、俺の意見に賛同してくれた。
「分かりました。では彼らを呼びましょう」
俺とハルドは飛竜笛を取り出して、空に向かって吹いた。
プオォォォ~~、プオォォォ~~、プオォォォ~~。
思ったより小さい音で、夏の国まで聞こえるとは思わない。
「本当にこれで来てくれるのかな?」
「さぁ?」
しかし待つ以外に方法はないので、ボ~っと待っていた。
すると昼過ぎに黒い点が二つ見えたかと思うと、みるみる大きくなってきて、あっという間にラグナルとイエンスが、目の前に降り立った。
「お待たせしました。 ご用ですか?」
「来てくれてありがとう。 早速だがトゥルク山まで連れて行ってもらいたい」
「お安い御用です。 それにしても、春が来ましたね。ケント様のお陰です。 ありがとうございました」
「俺は何もしていないよ。 春の女王様が頑張ってくれたんだよ」
ラグナルは少し驚いていたが、イエンスと顔を見合わせてから笑った。
「クックック、やはりお優しいですね。 さぁ、お乗りください」
俺はラグナルの首の付け根辺りに飛び乗った。 トゲの間に座り、鱗の隙間に足場を探す。
ハルドの背中より少し太い程度のラグナルの首の付け根は、思ったより乗りやすくて安定する。
ただ、空の上なのでいくら何でも手放しで乗るのはちょっと怖い。 その点、ハルドが羨ましい。 イエンスが宙返りしても落ちる事がないのだ。
「よろしいてすか?」
「おう」
「では参りましょう」
◇
夕方にトゥルク山の近くまで来た。 トゥルク山の長い影が湖の湖面に浮かび上がっている。 とても美しい光景だ。
「ケント様、これからどうしますか?」
「火口の中を調べたいんだ。 手前から順に火口の中に入ってくれるか?」
「わかりました」
ラグナルが高度を上げて西山の火口近くまで来た時、中山の上から煙のような黒い塊が飛び出してきた。
「悪魔だ!!」
まだいたのだ。 全員冬の国に飛んでいったとばかり思っていた。
ラグナルとイエンスが一塊になっている悪魔に炎を噴いてくれたので、半分以上が霧となって消えた。 しかし残りの悪魔達は四方に散って、ドラゴンたちの炎を上手く躱し、なかなか数が減らない。
俺も剣を抜いて構えるが、俺の方から向かって行くことができないし、片手を使えない上に座っているので死角も多く自由が効かない。
悪魔達はラグナルの翼に咬みつき、しがみ付いてくる。 当然彼らの牙ではドラゴンの皮膚をキズつけることが出来ないのだが、ラグナルの動きを鈍らせるためだろう。 しかしラグナルはここぞとばかりに翼に咬みついている悪魔達を炎で丸焼きにして、霧に変えていった。
しかし俺は何もできない。 わざわざ俺の剣の届く範囲に来ようとする悪魔はいない。 戦おうにも戦えないのだ。
これだけもどかしい戦いは初めてだ。
ハルドや馬に騎乗している時なら俺がコントロールして戦いやすいように動いてもらっていたのだが、ドラゴンは乗せてもらっているだけで、俺がコントロールすることは出来ない。
近くに来た悪魔を切り捨てるが、ラグナルの口や炎から逃れようとした悪魔がたまたま近づいた時だけだ。
その上、ラグナルも戦うために素早く動き回るので、しっかり掴まっていないと振り落とされそうになる。
今まで無い力を望んだことはないが、空を飛べればこんな悪魔達など簡単に倒せるのに。
······空を飛べるようになりたい!!······
その時、左肩と左足に衝撃があった。 俺が考え事をしている隙に悪魔が咬みついてきたのだ。
肩の悪魔を切り捨て、剣を持ち換えて足に咬みついている悪魔を霧に変えた。
ミスリルメイルとズブグクの防具のお陰でケガはない。 と思った途端、右太ももに激痛が走った。
「グワッ!!」
太ももに咬みついている悪魔の顔を殴り、離れたところを剣で切り捨てた。
······ヤバイ、無いものを望んで気を散じてしまったばかりに······
······クソほど痛い。 痛くて足に力が入らない······
痛みで足で踏ん張る事が出来ない。 仕方がないので振り落とされないように両手でトゲを持つ。 その上俺の血の臭いに引きつけられるのか、悪魔達が俺を狙ってくる。
あり得ない力を望んで気を散じてしまった自分が悪い。
これ以上は無理そうだ。 地面に降りればもう少し戦える。
地面に降ろしてくれるように頼もうと思った時、パンパンパン!と眩しい光の球が放たれ、悪魔が霧に代わっていった。
既に日は沈んだ月明かりの中、黄色い蝶のような羽がこちらに飛んでくる。
「ノーラド!!」
「ドラゴンが見えたから急いで追ってきたんだ。 無理するなよって言った······ケント様!! 足が!」
「大丈夫だ、来てくれて助かった」
そう言っている間も、銃のようにパンパンと雷球を放って、悪魔達を倒していく。
すると今度は、赤い炎の球が飛んできて、悪魔を消し飛ばした。
「サラードも来てくれたか!」
「なんで悪魔がいるんだ? あれからずっと中山から出てきていたの?」
「いや、俺たちが来た時に出てきた」
「見張りかな? ちょっ待って」
サラードは悪魔を打ち落とすのに専念する。
ノーラドとサラードが、次々に悪魔を霧に変えていくので、ラグナルたちの仕事がなくなった。
ホバリングして様子を見ているラグナルの近くにハルドを乗せたイエンスが寄ってきた。
「ケント殿、ケガはないですか?」
「油断して足を咬まれた」
「「「えっ?!!」」
ハルドとドラゴンたちが驚いている。 ラグナルも気付いていなかったようだ。
「ケント様?! 怪我されていたのですか? 気付かずに申し訳ありません。 下に降ります」
サラードとノーラドに戦いは任せて湖岸に降りた。 上空を見ると、黄色い光と赤い光が瞬いている。 何も知らずに見ると、キレイだと感動していただろう。
応急処置をしながら上を見ていると、攻撃の瞬きがなくなり、赤と黄色の光が降りて来た。
「ケント様!!」「ケント!!」
俺の目の前まで降りてきたサラードとノーラドは、腰に手を当てていた。
怒っている?
「ケント様! 無理はしないように言ったよな!」
「悪魔は弱いけど、数が多いから大変なのは知っていたでしょ! どうして僕たちを待てないかな!」
「す···すまん。 ハルドに止められたのだが、押し切ってしまった。 まさか悪魔がまだいるとは思わなくて。 ハハハ」
「ケント殿、笑い事ではありませんよ。 かなり酷くやられましたね」
ハルドが俺の前まで来て、太もものケガの様子を見ている。
「ハルドはケガはないか?」
「ありませんよ! もう直ぐシル殿が来ると思うので、それまでの辛抱です」
ハルドはちょっと怒っているみたいだ。
他の異世界でも、いつも一人で突っ走ると文句を言われていた。 気をつけていたつもりだが、またやってしまった。
しかし······
「?······俺のケガとシルは何の関係があるんだ?」
「知らないのですか?」
「何を?」
「あっ!! シルフィーネが来た!」
サラードが指さす方を見ると、緑の光りが近付いてくるのが見えた。