78話 春の国への知らせ
78話 春の国への知らせ
シルは春の国の上空にさしかかった。
そこには150年前の懐かしい光景が広がっていた。
ペガサスやヒッポグリフにグリフォンなど、飛翔系の妖精たちが楽しげに空を飛び回っているのだ。 以前は当然のように見ていた光景なのだが、久しぶりに目にした。
そして下を見ると、そこにも大勢の妖精たちが結界の名残りから出てきて、春が来た事を喜び合っている。
手放しで喜んでいる国民たちを見ながら、結界の名残りの中に入り、城に向かって飛んだ。
街中でもみんなが抱き合って喜んでいるのだが、城門に近づいて驚いた。
というのも門は無惨に壊され、仮の門のようなバリケードが築かれていたのだ。
そう言えばゲオルグ将軍が、大変な事になっていると言っていた。 女王に助けを求める妖精たちが城に押し寄せたのだろう。
春が来たので暴動は治まったのか、今はそのバリケードを片付けて門の修理をしようとしている。
それを見ながら城内に入るが、人影がない。
女王の部屋にもセシーリアの部屋にも誰もいない。
「どうなっているのかしら?」
兵舎の方に行こうとした時、エルフの女官が歩いているのを見つけた。
「ちょっと!」
「あっ! シルフィーネ様」
「女王様かセシーリアさんか、ゲオルグ将軍を知らない?」
「ゲオルグ将軍なら先程······あっ、あちらに」
エルフが指さす方を見ると、ゲオルグ将軍が数人の兵士と話しながら歩いていくのが見えた。 エルフにお礼を言って、そちらに飛んでいく。
「ゲオルグ将軍!!」
シルに気付いたゲオルグ将軍と兵士たちが頭を下げた。
「シルフィーネ様、戻られたのですか?」
「大事な報告があってきたのですけど、女王様かセシーリアさんはどこにいるのですか?」
ゲオルグ将軍の顔が一瞬曇った。 後ろの兵士達も戸惑った様子で顔を見合わせている。
それを見てシルは嫌な予感がした。
「どうしたの?! 何があったの?! マーリットは無事なの?!!」
「慌てないでください、ご無事ですから。 お連れしますのでついてきてください」
一緒にいた兵士たちに2~3指示すると、兵士はそのまま先に歩いていき、ゲオルグ将軍は「こちらです」と、歩き出した。
なぜか建物から出て、城の敷地内の奥の方に向かって行く。 その先はドライアドのセシーリアの樹がある場所だ。
大きなその樹の周りを数人のクーシーたちが護るように取り囲んでいる。 そして木の前に一人のクーシーが座っていた。
近衛隊副隊長のクストだった。
「どうしてクストさんが?」
シルの声に気づいたクスト副隊長が立ち上がって一歩下がった。 するとセシーリアの樹にある大きな洞の中に女王が丸くなって寝ているのが見えた。
「あっ! マーリット!!」
シルが急いで飛んでいき、声をかけるがピクリとも動かない。 息はしているようだが顔も唇も土気色で、何度呼んでも反応がないのだ。
「どうなっているの?! 何があったのですか?!」
シルはクスト副隊長に詰め寄るが、クスト副隊長は助けを求めるようにゲオルグ将軍に視線を送った。
それを見てシルはゲオルグ将軍の目の前に飛んで行った。
「説明して!」
「実は、女王様は精気が溜まったという事で、季節変換の儀式をなさったのですが、冬の季節術が強すぎて入れ替えが出来なかったのです。 しかしこのまま諦める訳にもいかないと仰って、セシーリア殿を含むこの国のドライアド全員の力を集結して、どうにか冬の季節を退けることが出来ました」
「もしかして精気を全て使い果たしちゃったのね」
「精気だけでなく、体力と気力とも全て使い果たされて、眠りに入ってしまわれました」
シルは涙を浮かべながら洞の中で眠っている女王に視線を落とした。
「マーリット、私がいればこんな事にはならなかったのに。 ごめんね、本当に頑張ったのね。 精気をあげることは出来ないけど、せめて体力だけでも回復してあげるわ」
シルは女王の顔の前に飛んで行き、そっと額に手を触れる。 するとその部分が、ほんのりと光った。
暫くすると、女王の顔に赤みが差してきて唇もピンク色になってきた。
シルは回復の術を持っている。 女王の顔色が戻った事で、安心して微笑んだ。
「体力を回復したので、そのうち目覚めると思いますわ」
ゲオルグ将軍やクーシーたちも、やっとホッとした顔を見せた。
「シルフィーネ様、ありがとうございます」
「回復の術くらいしか、してさしあげる事がありませんから。 でもセシーリアさんが眠ってしまったという事は、オベロン様も姿を現す事が出来ませんね。 女王様もこの状態なので、今の春の国の最高責任者はゲオルグ将軍という事になりますね」
「はい。 大事な報告がおありだとか」
シルは改めてゲオルグ将軍の顔の前に飛んできて、かしこまる。
「先日、トゥルク山に行った時、中山から悪魔の大群が冬の国に向かって飛んでいくのを見ました」
「なんですと?!!」
クーシーたちも驚いて立ち上がる。
「恐らく数百万はいると思います。 春がきてしまった事からデーモンは焦っていると思われます。
お祭りムードに水を差すようですが、すぐにでも対策をしていただきたいと思います」
「分かりました!」
ゲオルグ将軍はクーシーたちに指示を出す。
「副隊長は引き続き女王様を御守りするように」
「承知!」
ゲオルグ将軍はすぐ横のクーシーを見る。
「北の砦の進捗状況は分かるか?」
「まだ半分ほどだと聞きました」
「急いで完成させねばならない。 春が来たので以前より作業が進むだろうが、人員を増員して大急ぎで完成させるように、お前が指示をしろ」
「承知!」
そのクーシーは走って行った。
「他の者は各隊長以上と重臣たちを大広間に急いで集めるように」
「「「承知!」」」
他のクーシーたちも走って行った。
ゲオルグ将軍はうんと頷いて、シルに視線を戻す。
「シルフィーネ様は、このまま女王様といらっしゃるのですか?」
「いいえ、急いで戻ってケントと一緒にオベロン様を助けに行きます」
その時、「ケント」という言葉を聞いたクスト副隊長の目が変わった。 立ち上がってシルの方に来ようとするのをゲオルグ将軍が怒鳴る。
「待機しろ!!」
怒鳴られたクスト副隊長は我に返ったように元の位置で座った。
分かっていたが、冬の王が掛けた洗脳術がまだ解けていないという事だ。
「······まだダメなのね」
「残念ながらそのようです」
シルは悲しい表情でクスト副隊長を見ていたが、意を決したように振り返った。
「じゃあ、あとはお願いするわ」
「身命を賭しても!」
頭を下げるゲオルグ将軍を置いて、シルは窓から飛んで行った。




