2話 もしかしてここは夢の中?
< 異世界移転英雄伝説 第一章 昆虫世界編 >
2話 もしかしてここは夢の中?
「ギギギギ」
「えっ?!」
虫のような声が聞こえて慌てて振り返ると、5人のオレンジ色の人型の生物が槍を持って俺の後ろに立っていた。
大きい奴で身長が3m以上ある。 しかし一人だけ小柄なのがいて、先頭を歩いていた。
女性のように思える。
ただ驚いたのは、腕が四本あることだった。 上の2本より下の2本の方が僅かに小さく、胸の前で組んでいた。
簡単な衣服を身につけ、首や腕には派手な装飾品を付けている。 思いほか手入れされた緑色の髪は後ろで編まれていて、腰より長い。
顔はバッタを思い出させる。 耳たぶは無く穴だけが開いていて、目は複眼で触角まであり、口は蟻のようにハサミのようになっていた。
「仮面○イダーとそっくりだ」
仮面○イダーもバッタが元になっていると聞いた。 しかしこいつらはリアル昆虫人間だ。
これで確実だ。 ここは天国ではない。
夢だ! 夢だ! 夢であってくれ!!
しかしこんな岩の上に立っていて丸見えになっているから、逃げ出すこともできない。
「ど···どうしよう······」
ただ、俺を見上げている彼らに不穏な雰囲気は無く、お互いボソボソギーギー話していて、逆に少し不安そうな雰囲気に見える。
すると突然5人が槍を下に置き、片膝をついた。
俺が戸惑っているのを見て、先頭にいた小さいのがにっこり笑いかけたように見えた。
やはり女性に見える。 というのも、胸の膨らみがあるからだ。 ということは大きいのは男性なのだろう。
槍を置いたまま立ち上がり、ゆっくりと近付いてきてもう一度片膝をついてから立ち上がった。 どうやら挨拶のようだ。
彼女は2m弱ほどの身長で、男性に比べると小柄だが他の4人より位が上のように見える。
何かを一生懸命話しかけてくるが、まるでわからない。
当然だ。
あの虫のような口で人間の言葉の発声は出来ないだろう。 当然俺もどれだけ練習しても昆虫人間の言葉を習得する事も、それ以前に聞き取る事さえ出来ない気がする。
「ヤバいな······どうやって意思の疎通をすればいいんだ?······」
「腕を失くした神、お待ちしておりました」
「へっ? 誰が喋った?」
周りを見ても彼らしかいない。 しかし昆虫人間たちも顔を見合わせて驚いている。
「私の······言葉が分かるのですか?」
「やっぱり君が話したのか?」
「まぁ! さすが神です! 先ほどまでは聞き取ることも出来なかった言葉が通じるとは!」
「いやいや、俺は何もしてないし」
「私共にそのような力はございません。 神のお力によるものです」
「いやいやいや、俺は神じゃないよ。 俺の名前は倉木賢斗。 賢斗と呼んでくれ」
俺はピョンと岩の上から飛び降りた。
「私の名前はビルビです。 ケント様、是非とも私共の村にお越しください」
ビルビ達は再び深く頭を下げた。
よく見ると微妙に口の動きと言葉が合っていない気がする。 彼らの言葉を誰かが同時通訳してくれているような感じと言えば分かりやすいかもしれない。
夢だからそういう事も有りだよな。 それに言葉が分からないままは困るし。
······深く考えるのはよそう······
とりあえず村に招待してくれるというので遠慮なくついて行く事に決めた。
ここが夢の中だとしても一人は寂しい。 何か企みがあるのかもしれないがどうせ夢だし、このやたら友好的な昆虫人間達に乗っかるのも面白いかと思った。
「うん、よろしく!」
「ありがとうございます」
男性4人が立ち上がった。
立ち上がると思った以上に大きい。 186㎝の俺が彼らの胸ほどの高さしかなかった。
学校では俺が一番高かったので、いつも上から見下ろしていたのだが、見下ろされるってこんな気分なのか。
······凄い威圧感······
しかし気のせいか、一番大きい男性に睨まれている気がする。
······気のせいかな? まぁいいか······
先ほどの森に沿って少し歩くと森の奥に入っていく道がある。 森の中に見えた道はこれだったようだ。
中から見る森も美しい。
太陽の光がほとんど入ってこないにも関わらず、ほんのりと明るい。 というのもオレンジの木の幹が光っているのだ。 それだけでなく、足元の草も仄かに光っているものがある。
「わぁ······綺麗だなぁ······」
俺が呟くと、ビルビは嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇◇
暫く行くと森の中にある直径15mほどの広場に出た。
広場の奥に緑色の馬のような動物が六頭、草を食んでいる。 その生物はタムと言うのだと教えてもらった。
タムは肩までの高さが2m以上あり、耳は無く、これも穴だけが開いている。
耳の前から二本の角が前に向かって生えていて、その角に手綱が付けられていた。
そして頭の上から、馬のような鬣が生えているのだが、背中を通って地面につきそうなほど長い尾に繋がっていて、とても美しい。
そしてこの星の生物は全てなのか、足が6本あった。
男達はヒラリとタムに飛び乗った。
しかしビルビは飛び乗らずにタムの中足をポンポンと叩く。 するとタムが叩かれた足を上げ、その足を踏み台にして背中の鬣を掴み、器用にタムの背中に乗った。
とてもよく調教されているようだ。
ビルビが俺に向かって後ろに乗るように手招きするので、ジャンプして飛び乗った。
小さな体で軽々と飛び乗ったのを見て、みんなが驚く。 しかし、先程の睨んできた男性の顔が一層険しくなったように見えた。
······気にしない、気にしない······
馬といえば子供の頃、ふれあいパークでポニーに乗ったことがある。 その時も高いと思った記憶はあるが、タムの背中の上はそんなものじゃない!
2階から見下ろしているのかと思えるほど高い。
俺が乗ったのを確認すると、一斉に走り出した。
タムには鞍を付けていない。
裸馬ならず裸タムなので何度も落ちそうになり、背中の鬣に必死でしがみ付く。 それを見て、例の男が後ろでバカにしたような声をあげた。
彼の名前はガルヤというらしい。 ビルビがいる村の警備隊長だそうだ。
しかしガルヤは常に俺に対して敵対心をむき出しにしてくる。 理由はもちろん俺に分かるはずはなかった。
しかしこのままでは絶対に落ちる。 昆虫人間といえ女性のビルビにしがみつくのもどうかと思う。
ビルビは背中に乗る俺が落ちそうになっている事に気が付いていなさそうなので、恥を忍んでお願いしてみた。
「なぁビルビ······もう少しゆっくり走ってもらえないかな」
「どうされたのですか?」
「俺、こういうのに乗ったことがなくて落ちそうなのだけど」
「失礼しました」
ビルビがヒュイ!と口を鳴らすと一斉に手綱が引かれて、スピードが落ちた。
「あ···ありがとう」
◇◇◇◇
幾つ目かの広場を通り過ぎ、4~5個目の広場に出ると休憩するという。 その頃には随分タムに乗るのにも馴れていた。
ビルビは腰に付けていた水袋とパンのような食べ物を渡してくれた。
それはミルというこの種族の携帯食らしい。 ほのかに甘く、芋のような味がしてなかなか美味しい。
そういえば美味しいと感じるし、腹も減るし喉も乾く。
夢の中でもそういう事もあるのだろうか?
······深く考えるのはよそう······
この辺りの木は海辺の森の木に比べると格段に大きく、幹の色がオレンジのものもあるが、淡いピンクや、赤っぽいもの、真っ白いものもある。
そして今休んでいる所もそうだが、森の中の所々に大きな広場が作られている。
この広場の事をサールと言うのだそうだが、サールとサールの間は真っ直ぐな道でつながっている。 そのお陰でこの鬱蒼とした森の中の移動はかなりスムーズにできる。
舗装はされていないが、こんな所に道を造るのは大変だっただろう。
しばらく休んでから、また走り始めた。
タムはとても足が速いが、六本足のせいか安定した走りで、慣れるととても心地よい。
そのまましばらく走り続け、一つ目の太陽が沈んだ頃にひと際大きなサールに着いて、そこでタムから降りた。
読んでいただいてありがとうございました。