51話 対戦相手
51話 対戦相手
「どうしても殺せない方は申し出てください。 パートナーと一緒に今すぐ殺して差し上げます。 この場所から出ることが出来るのは、パートナーの亡骸を我々の目の前に運んできた者だけです」
平然と言い放つ先生に背筋が凍った。 その時、キーンコーンカーンコーンと始業ベルが鳴った。
「始業ベルが鳴りました。 この場で戦いたい方は残っていただいても結構です。 それ以外の方は左右に散会して作戦を練った方が得策かと思いますよ。
それでは解散!!」
殺したくはないが殺されたくもない。
······唯一の友達と戦わにゃければにゃらにゃいにゃんて······
······生涯の友達が出来たと思っていたのにゃ······
とにかく私は森の中に向かって走った。
◇
この場所は高い木が生え低木も生い茂り、小さな山や岩棚なども作ってある。 少し離れると見えなくなるし、隠れる場所はいくらでもある。
10年間一緒に訓練をしてきたのでリエネアの戦い方はよく分かっている。
リエネアは待ち伏せ型だ。 獲物が通る場所を特定し、黒い被毛を生かして巧みに身を隠す。
それに比べて私は忍び寄り型だ。 獲物を見つけると、風下から気付かれないように後ろに回り、コッソリと近づいて襲う。
リエネアが隠れて待ち伏せしそうな場所を予測して、隠れていないか確認していく。
しかし出会ってしまったらどうしようと、ずっと迷っていた。 友達を傷つける事など出来ない。 しかし戦わなければ先生に殺される。
そんな考えと葛藤しながら進んでいると、後ろで気配を感じた。
振り向くと凄い形相のリエネアがナイフを振り上げて襲ってきたのだ。
私は左手の防具でナイフを跳ね上げ、右手の爪をリエネアの胸に向かって振り下ろした。
リエネアは左腕で全開にされた私の爪を防御してきたが、防具を着けていないので、4本の爪痕から血が噴き出した。
彼女は慌てて飛び下がり、そのまま一目散に逃げていった。
······リエちゃん······
低木に血の跡を残して彼女が逃げていった方を見つめた。
しかし、殺気を含んだ形相で襲ってきたリエネアを見て、踏ん切りまではついていないが、少し心が楽になった。
リエネアが残した血痕を追う。 私が血の跡を追ってくることを想定しているのか、あちらこちら動き回り、たまには引き返したり川に沿って歩いたりして追うのに苦労した。
そしてやっと北側の大きな木の枝の上の茂った葉の隙間からリエネアの尾が見えた。
姿を隠して見られないように近づいている時、急に横の茂みからエルフのユリエナが出てきてぶつかりそうになった。
「きゃっ!! あぁ、ベアーテさん」
小さな声で話しかければいいのに普通のボリュームで声をかけてきた。
ハッとして木の上を見上げると、既にそこにはリエネアの姿はなく、私は息を吐いた。
ユリエナはおっとりしていて少し抜けているところがある。 何とも緊張感のない妖精だと、逆に感心した。
一応敵なので、何も言わずに立ち去ろうとしたのだが「あのう······」と、話しかけてきた。
立ち止まって振り返り顔を見上げる。
「もしアイヴィンに会ったら、出口近くの大岩の所で待っているって伝えてくださる?」
「にゃん?」
アイヴィンとは男性エルフの名前だ。
「私はどう考えてもアイヴィンを殺せませんわ。 だから彼に殺してもらおうと思って探しているのですが会えなくて。 ですからお願いしますわ」
それだけ言うと、出口の方に向かって歩いていった。
私は何も言えずに、藪の中に消えてゆく彼女の後ろ姿を見送った。
······そんな選択もあるのにゃ······悲しいにゃ······
気合いを入れ直して、再び見失ったリエネアの捜索を始めた。
先ほど彼女がいた木を見に行った。 そこでキズの治療をしたようで、その後の血痕は見つからなかった。 ウルヴァーならきっと臭いを追って見つけることが出来るのだろうが、ケットシーはそれほど鼻は効かない。
再び注意深く探し始める。
途中でウルヴァーのソニアとゴブリンのニースを見かけた。 しかし何も言わずに通り過ぎる。
◇
日が傾きかけてきた。
私の白い毛は見えやすくて不利だ。 リエネアはきっと暗くなるのを待っているのだろう。
その時、前から赤い瞳が近付いてきた。 赤い瞳はウルヴァーだ。
肩に何かを担いでいる。
それは男性のウルヴァーのイーヴァルだった。
私が少し前に見かけたソニアをイーヴァルが担いでいるのだ。 ソニアからは血が滴っていた。
恋人同士だと思っていた二人が死闘を繰り広げたのだろう。 イーヴァルもあちらこちら斬られている。
「イーヴァルさん······」
「まだ倒していないのか」
「だって······」
「妖精だと思うな、動物だと思えばできる。 早く気持ちを切り替える事だな。
そうしないとこうして担がれるのはお前だぞ」
私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「先に行って待っている」
イーヴァルは、とても疲れた風にゆっくりと歩いていった。
◇
すぐ後ろからエルフのアイヴィンが姿を現した。
「ベアーテ、見たか?」
イーヴァルが歩いていった方に視線を送る。
「うん」
「ソニアの方から攻撃を仕掛けていったんだ。 凄い戦いだった。 二人の訓練は今まで何度も見ていたが、殺気が混じると全然違う戦いに見えた」
「······そうにゃ······」
「でもやっぱり俺は無理だ。 彼女だけでも助けたい」
エルフの二人は考えている事が同じだ。 この二人もまた悲しい運命が待っているのかと思うとやるせない。
それでもソニアが待っている事を伝えると、アイヴィンは嬉しそうに走って行った。
◇
夜は不利だがきっとリエネアは動かずに待っているはずだ。
見つからないように注意しながら探し回ったが、なかなか見つからない。
高くて葉が生い茂っている木に登り、仮眠を取った。
緊張しすぎて気持ち悪くなってきたのだ。 ほんのわずかな間でも目を閉じるだけで少し落ち着いた。
朝が近付いてきて、辺りが少し明るくなってきた。
川に行って水を飲み、顔を洗った。 その時、リエネアが飛び出してきた。
不意を突かれたが、隠れていた場所から川まで少し距離があったので前回より余裕があった。
振り下ろすナイフを躱して肩口を切り裂く。 リエネアはうっ!と呻いたが、すぐにナイフではらってきたので、横の大岩をクッションにしてナイフを躱してリエネアの後ろを取った。
そして爪を全開にして頸動脈を切り裂くと血が噴き出す。
膝をついたリエネアはそれでもナイフで斬りつけようとする。 そこで止めに回し蹴りで頭を蹴ると、グシャという鈍い音で大岩に頭をぶつけて動かなくなった。
血まみれで動かなくなったリエネアを見て、私は暫くの間、動くことが出来なかった。
······友達を殺した······
······友達を殺した······
······友達を殺した······




