44話 私の名前
44話 私の名前
私は細い路地から道行く妖精たちを見ていたが、お腹がすいてきた。
森の中なら木の実や果物があるのだが、黄色い縦縞の動物や大きい口の群れで襲ってくる動物などがいるので危険だ。
だから建物の前に並べてある美味しそうな匂いがする食べ物をいただく事にした。
「どれを食べるにゃ」
物色しながら見ている時、とてもいい匂いの白くて丸い食べ物が目についたので、一つ取って一口食べてみる。
「にゃぁ! 凄く美味しいにゃぁ!」
中に茶色い食べ物が包んであった。 いい匂いはその中の食べ物だった。
バクバク食べて、もう一つに手を伸ばそうと思った時、突然ドカッ!と背中に痛みを感じて吹き飛ばされた。
「ギャッ!!」
痛みで起き上がることが出来ない。 痛みで蹲る私を、腕を組んだ妖精が睨みつけて立っていた。 大きな顔に二本の角が生えていて、街中でよく見かける動物のような茶色い妖精だった。
「貴様ぁ! 店の物を勝手に食べるなどと許せん!!」
その後も、蹄のある足で何度も蹴られた。
動けなくなった私を見て、満足したのかその妖精は建物に戻っていった。
先ほどの妖精が言っていた事から察すると、あの建物は「店」と言い、店にある物は勝手に持って行ったり食べたりしてはいけないという事だ。
街ゆく妖精たちはどうやって店にある物を貰って行くのかは分からないが、きっと何か約束事があるのだろう。
道行く妖精を捕まえて、どうすればいいのか聞いてみた。
「かねで買うのさ」
「きんかんがいるんだよ」
「かね」とか「きんかん」が分からない。
······しかたがない。 とにかく見つからなければいいにゃ······
私は美味しそうな匂いがする茶色い食べ物を、串に刺して焼いている店を見つけた。
肌の色が緑色で自分の倍ほどある妖精が店先で焼いている。
あれがどうしても食べたかった。
店の反対側の路地に隠れて根気よくチャンスを待っていた。 すると店先に何本か焼いたそれを置いたまま緑の妖精が店に入っていった。
『今にゃ!!』
私は素早く走って行って、数本のそれを掴むとそのまま走り去る。
後ろから追いかけてくるのではないかと怯えながら走り、路地の奥に置いてある木箱の裏に隠れて息をひそめた。
聴覚と嗅覚をフル活用して追手がいない事を確認すると、フッと息を吐き、今度はこの美味しそうな物が自分の物になったのだという達成感に浸りながら、それを口に運んだ。
思った通りの美味しい味と香りが口いっぱいに広がった。
それからはお腹が空くと店の者の目を盗んで食べ物を手に入れた。 たまに見つかってボコボコにされるが、殺されることはない。 暫く痛みを我慢すれば解放されるのだ。
建物の裏に行くと、みんなが着ているような服が棒に掛けてある。 そこから自分に合いそうな服を貰ってきて着てみる。
透明な壁に自分の姿を映してみると、とっても可愛い。
汚れてきたら違う服を拝借して着替える。 選び放題だ。
夜寝る場所は、始めの頃は家の軒先や建物の床下に入り込んでいたが、ほとんど使われていない壊れかけの家を見つけ、寝る時に下に敷いたり上に掛けたりできる物を見つけてきてはその家に持ち込んだ。
こうして私はこの町で生きていく術を身につけていった。
◇◇◇◇
ある夜、眠っていると急に扉が開いて角が生えた毛むくじゃらの妖精が数人入ってきた。
「わっ?!! なんだお前は!!」
「こんな所に入り込んでいたのか!!」
「懲らしめてやる!!」
私は小屋から引きずり出されて、3人からボコボコに殴られてしまった。
あちらこちら殴られズキズキ疼いて痛くても、お腹は空く。
店先に置いてあるいい匂いがする食べ物に手を伸ばしたその時、丁度店内から出てきた店主と目が合った。
踵を返して逃げようと振り返ったのだが、後ろにいた大きな妖精にぶつかって尻もちをついてしまった。
当然店主に捕まって再びボコボコにされた。
路地に隠れて痛みに耐えていた時、「大丈夫かい?」と声がして、跳ね起きようとしたが、再び痛みで蹲ってしまった。
「逃げなくてもいいよ。 こっぴどくやられたね。 起きられるかい?」
顔を上げると、口の大きい動物と同じ顔だが二本足で立って喋るので妖精だ。 ポッチャリとした体形にふんわりとした服に前掛けをしていて優しそうだ。
その妖精が笑いかけてきたのだ。
生まれて初めて自分に笑いかけてきてくれた妖精だ。 生まれたての雛が初めて見た物を親だと思うように、私はその妖精を一瞬で全面的に信頼したのだ。
起き上がろうとしたが上手くいかない。 見かねた妖精は私を軽々と持ち上げて立たせてから、背中に負ぶって歩き出した。
「あんた、まだ生まれて間もないんじゃないのか?」
「うん」
「私はウルヴァーのルイーセ。 あんたの名前は?」
「ケットシー」
「ハハハ、それは種族だろう。 名前はないのなら私が付けてやろうかね」
「うん」
「そうだね······う~~んと······」
ケットシーはワクワクしながら次の言葉を待った。
「ベアーテってどうだい? いい名だと思わないかい?」
「ベアーテ······ベアーテ······ベアーテにゃ!」
「気に入ってくれたようだね」
「うん!! イテ······」
「大丈夫かい? もう直ぐだから、我慢おしよ」
「にゃん」
◇
ルイーセの家は飯屋をしている。 座席数が10席ほどの小さな店で、カウンターの奥が調理場になっている。
その奥に階段があり、店の二階が住居になっていた。
二階に上がると布団を敷いて寝かせてくれた。
「どうだい? 痛むかい?」
「大丈夫にゃ」
そうは言ってみたが体を動かすと激痛が走り、顔が引きつる。
「無理しないでいいんだよ。 そういえば、家はあるのかい?」
「······にゃい」
勝手に入り込んでいた建物からは追い出されてしまった。 せっかく見つけた周りに壁がある快適な場所だったのだが、また軒下か床下の生活に逆戻りだ。
「そうかい、大変だね。 どうだろう、店の手伝いをしてくれるなら、狭いけどここで一緒に暮らさないかい?」
思いもよらない言葉が聞こえてきた。 信じられない。
「本当にゃ? 本当にここで一緒に暮らしてもいいのにゃ?」
「もちろんだよ。 そのかわり体が治ったら店の手伝いをしてもらうよ」
「やったにゃ!! イテ······嬉しいにゃ、ルイーセさんと一緒に暮らしたいにゃ」
「よし、決まりだ。 じゃあ、先ずは体を治さないとね。 何か食べる物を持って来てあげるからそれまでゆっくりとお休み」
「ありがとうございますにゃ」
私は自分に家が出来るなんて夢のようだと、幸せな気持ちでいっぱいになった。




