11話 牧羊犬ならぬ牧コムハク(?)
11話 牧羊犬ならぬ牧コムハク(?)
昼ごろ草原に到着した。 遠くの方にコムの群が見える。 赤い横縞がほとんど動かずに、優雅に草を食んでいるようだ。
「先に昼飯を食ってから、作業にかかるぞ!」
タムから降りて、森と草原の境に杭を打ってタムを繋いで並べていく。
丁寧にタムの繋ぎ方を教えてくれているキムルに聞いた。
「木に繋げばいいのに、なぜわざわざ杭を打って、タムをつなぐんだ?」
「木に繋いだら、タムが自由に動けません」
キムルはいつも俺に対して敬語を使ってくれる。
「杭などすぐに抜いてしまうんじゃないか? 自由に動くと困るだろう」
「ああ、そうでしたね······ご存じの通りタムという生き物は思った以上に凶暴で、ギギでも自分から向っていって蹴り殺します。 だから、肉食獣は滅多にタムには近付きません。 ああやって繋いでおけば、タムが森から来る肉食獣から俺達を守ってくれるんです」
「そうか。 襲ってきた時のために?」
「そうです。 木に繋いでしまうと、襲われた時にタムが身動き出来ませんよね? その点杭ならそんな時簡単に抜けて、思う存分攻撃出来るんです。 それに普段は、杭につないでいる間は動いてはいけない事を知っていますから、逃げることはないです」
「そういえば、海でも同じ光景を見たな」
「漁をしている間に後ろからギギに襲われたら大変ですからね。 タムに守ってもらっているのです。 特に西の森には肉食獣が多いんですよ」
「来る途中、二度ほど隠れているギギを見た」
「はい。 チルルの群れもいたのに気付きましたか? 草食獣が多いんです。 だからそれを狙う肉食獣も多いのです」
そんな話をしながらタムを繋ぎ終えて、ミルを口に運んだ。
食事が終わると、ガルヤが合図を送る。
みんながタムから降ろした荷物を広げた。 持ってきた網を棒にくくりつけ、何やら柵のような物を作り始めた。
俺は言われるままに作業を手伝いながら、キムルに聞く。 今回はキムルが指導係で、1から10まで教えてくれる事になっている。
「これは、柵か?」
「柵です」
「コムを捕まえるのだろう? こんな柵で壊されないか?」
「コムは大人しいですし、必ず群で行動します。 ボスのコムを捕まえてこの柵内に入れる事さえできれば、他は勝手にボスについて来て大人しく自分から入ってくれるんですよ」
「へえ~」と、感心した。
簡単な柵と言っても、それなりの物を作る必要があるので、結局柵作りが終わった頃には、そろそろ二つ目の太陽も沈もうかという頃だった。
ガルヤが満足そうに頷く。
「よし! 出来たな。 明日の朝、日が登ると同時に追い込みを始める。 今日は早めに飯を食って寝るぞ」
「今日は、タムの上で、寝るんです」
「乗ったままで?」
「火を焚くとコムが逃げてしいます。 しかし火を焚かずに地面で寝ると、肉食獣に狙われる危険がありますからタムの上で寝るんです」
「ケント、寝ぼけてタムから落ちるなよ」
ガルヤが面白そうにそう言いながら横を通り過ぎる。
「自信はないが寝てみるよ。 ガルヤこそ落ちるなよ」
ガルヤはそんな事の心配はいらないというように、手をヒラヒラさせながら離れていった。
夕食を終え、タムを森から少し離して杭を打ち直してから繋ぎ、そこで寝た。
俺は体が小さい分、タムの背中は充分な広さがあり、鬣に顔をうずめると思ったより心地よく眠りにつけた。
◇◇◇◇
タムの動きで目を覚ますと明るくなりかけていて、すでに何人かは起きていた。
「落ちなかったな。 朝飯を食っておけ」
ガルヤが言ってきた。 責任者の彼は忙しげに動き回っている。
ミルと水を出し、アンには干し肉を投げてやった。
全員が食べ終わった頃合いをみて、ガルヤがみんなに向かって言う。
「よし! では始めよう。 俺とツーラがボスのコムを捕まえる。 後は頼んだぞ。 ケントはキムルについて行け。 よし、行くぞ!」
「「「おう!」」」
ガルヤとツーラ以外、二手に分かれて移動を始めた。
俺はゆっくりと移動しがら、キムルから説明を受けた。
「今から俺達はコムを脅かさないようにゆっくりと回り込み、コムの群を包囲します。 ガルヤとツーラがボスコムを見極めて、捕まえ始めると同時に槍を振り回し、大声で叫びながらコムが散らばらないように囲います。 ガルヤ達がボスコムを捕まえれば、後は簡単です。
他のコム達はボスの後を勝手についていきますから、周りを囲みながら柵まで誘導するだけです。 アンが暴走しないようにだけ注意してくださいね」
「わかった」
ゆっくりと大回りして、コムを取り囲んだ。
コム達は気付かないのか、悠々と草を食んでいる。
ガルヤとツーラが気付かれないように、タムの上で体を伏せたまま、ゆっくりとコムの群に近付いていく。 群の中程まで入ったが、まだコム達が気付いた様子はない。
ガルヤ達が縄を手にした。 ボスコムを見つけたのだろう。
俺達は固唾を呑んで見守っていた。
そして、ガルヤが縄をボスコムの角にかけた。 驚いたボスコムが暴れたので、ツーラが投げた縄は外れた。
ガルヤは暴れるボスコムが逃げてしまわないように、下の腕で上手くタムを誘導しながら動きを押さえている。
こういう時、4本の腕はとても便利そうで感心する。
驚いて走り出した他のコム達が散らばらないように、周りで囲む担当の者達は大声を出し、槍を振り回し、包囲網から逃げ出そうとするコムを真ん中に集める。
アンもやるべき事がよく分かっているようで、吠えたてながら包囲から飛び出そうとするコムをうまく止めてくれる。
暴れるボスコムの角にツーラの縄もかかった。
ガルヤとツーラが両側からボスコムの動きを抑え込むと、そのうち諦めて大人しくなった。
ガルヤ達がボスコムをゆっくり柵に向かって引いていくと、周りのコム達も少しずつ集まって来た。
囲う者達は少しずつ包囲を縮め、ボスについていくコムを柵の方に誘導する。 ボスコムを柵に入れると、他の11頭のコム達も自分から入って行った。
全部のコムが入りきった所で、柵の入口が閉められた。
しかしキムルが後ろを見て叫ぶ。
「おい! 3頭逃しているぞ!」
振り返ると遠くで3頭のコムが、こっちを向いて立っているのが見えた。 3頭は大きい痛手だ。 なんとか捕まえたい。 いくらボスがいてもあれだけ離れていれば、ついてこないだろう。
俺は試してみたくなった。
「まかせろ! あの3頭が来たら柵を開けてくれ。 来い! アン!」
うまく出来るかどうかは分からないが、俺はアンを連れてタムを走らせる。
ボスコムが動けないように縄を持ったままのガルヤとツーラが目を見合わせた。
「あいつ、何をする気だ?」
「さあ······」
そう言って、再び俺とアンの方に視線を向けた。
俺は遠回りをして、ゆっくりと3頭の後ろに回り込んだ。 そして頃合いを見て槍を振り回し、3頭を追い込み始める。
俺はタムの上からアンに指示を出す。 アンが右に左に走り、3頭のコムのコースを修正しながら柵の方に向かって行く。
実は牧羊犬が羊を誘導するのを見ていて、一度やってみたかった。 そこでアンに訓練を入れていたのだ。 羊じゃなくてコムを追うハクだから、牧洋犬といったところか?
とにかく暇だったから······
「柵を開けろ!」
ガルヤが叫んだ。 大きく入口を開けた柵の中に、3頭のコムが向ってきた。
俺が「止まれ!」とアンに声をかけると、アンはピタリと止まり、退路を塞ぐように伏せる。 そしてはぐれたコムが柵の中に入って群と合流したところで、急いで柵の入口が閉められた。
戻って来た俺の所にみんなが集まって来た。
「ケント様!! 凄いです!!」
「凄いです! ケントさん!!」
キムルも興奮している。
「何なのですか? あの技は?」
「じつはアンを訓練していたんだ。 まさかこんなに上手くいくとは自分でも驚きだ。 アン、よくやった」
アンも楽しかったようで、ハッハッと息をしながら盛大に尾を振っている。
ガルヤとツーラも、ボスコムのロープを持ったまま、手を挙げて叫んでいる。
「ケント! やったな!」
俺も拳を挙げて答えた。
◇◇◇◇
その後、急いでコム達の角を縄で繋いでまわった。
ボスコムを先頭に、15頭のコムが二列に並べられた。
「急いで片づけて帰る! 急がないと、明日中に村に着けないぞ!」
ガルヤがみんなを急かす。 急いで柵を片づけ、荷を整えると、すぐにコムを引いて帰途についた。
コムを引いているので、ゆっくりとしか進めない。 途中、ほとんど休憩を取らずに歩き続け、夜はまたタムの上で眠った。
ハクは、とても賢い動物のようですね!
( v^-゜)♪