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いちご系女子

  ♣︎




「──だからっっっ!」


 ダンッ! と両拳で机を叩いたアホは、顔を俯かせてふるふると震えている。頼んだばかりのキャラメルなんちゃらが溢れたけどお構いなしだ。俺は自分のやつは避難させてるからいいけどな。


「なんで、なんで、なんで……っ!」


 声に水分が含まれてきているが、とりあえず俺はコーヒーを味わう。

 ……旨いな。深みがあって、ちょっとした酸味が重すぎずに舌を辿って味覚に抜ける。やっぱりこの喫茶店はいい。


 だが、そんなお気に入りの喫茶店を──いくら他に客がいないとはいえ──叫んで台無しにする目の前のアホはどうにかならんか。ならんな。自分で考えたことを即座に否定する。

 一応マスターに黙礼しておくと、いいよ、とばかりに手を振られた。ありがたい。


「なんで世の中には『お布団系女子』とか『ツンデレ系女子』とかカテゴリーが溢れてるのにわたしは受け入れられないのよーーーっ!!」

「『ガサツ系女子』だからだろ」


 いつもの愚痴に、慣れた口がするりとツッコミを入れると、黙れ! と怒られた。いや、この場合黙るのはお前だ。


「なんだよ、どうせまた振られたんだろ」

「どうせって言うなぁーーー! 今回は調子よかったんだから! 奇跡的に!」


 拳を握って力説する親友は、半泣きで今回の失恋を、それはそれは情感まじりの様子で語ってくれた。いや、別に、気にならんから聞きたくない。だいたい流れは他のやつと一緒だろ。そんな俺の感想なんて聞いてくれるはずがないことは、中学からの腐れ縁で知ってるけどな。あ、もう本当にすみません、マスター。苦笑するその顔がダンディです。


 アホが語ったことは、まあ要するに、あっはっは、今までとおんなじじゃないっすかー、とイマドキのチャラ男が返しそうなことだった。……職場のアルバイト思い出した。明日会ったら滅しておこう。


 会社で出会った友人との合コンで知り合って仲良くなって、いい感じになってきたところで、一日デートをしたらしい。水族館とか行ってさ、疲れたんだとさ。だろうな。無理に大人しくしてたんだろ、いつものように。で、そんな状態でバーなんて行ったもんだから酒が美味しくて、酔ったらしくって、まぁ、あとは想像の通りだよな。

 ……絡みまくってクダ巻いて、記憶をなくして、朝自宅の玄関で行き倒れ状態から覚醒した時には、スマホに『ごめん』の一言だけが残されたんだとさ。


 バッカだよなあぁぁぁ……。

「バカって言う方がバカなんだぞ! アホーーー!」


 しまった。口から出てたわ。感想が。

「いや、だって、お前。今までとほとんど同じ流れで振られてるだろうが。それを『バカ』以外になんて表現すりゃいいんだよ」


「うっさい! 傷心中の親友を慰めようとは思わないわけ!? このヒトデナシ!」

「いや、だから、慰める気があるから、毎月くらいの頻度で行われるこの、振られたアホを慰める会にちゃんと付き合ってるんだろうが。逆に優しすぎるくらいだぞ」


「わかってます! いつもありがとうございません!」

「こういう時くらい素直に『ありがとうございます』って言えよ。そしておしぼりを投げるな」


 抗議の声と同時に投げられたおしぼりをキャッチして、手の届かないところに避難させておく。さすがにアホも公共の場っていうことだけの頭は回るので、グラスや皿を飛ばしてくることはない。目の前に飲み物のグラスやケーキの皿が並んでるが、そこだけが──飲み物は少し溢れてるが──無事なのは、一応の理性の現れなんだろう。


 まったく、この中学からの腐れ縁の親友は、いつまでたっても変わらない。


 俺はアホのケーキの上のものを取り上げて、未だ叫ぼうとしている口に突っ込んでやった。




 朱い口唇に白いクリームと、真っ赤ないちご。

 それから、それ以上に色づいてくる、綺麗な頬。




 ──えっろ。




「『いちご系女子』でいいよ、お前は」


 いい加減、気づけ、アホ。




  ♢




 ……ふっ、ふざっ、ふざけんな……!


 わたしのケーキのいちごを持ったせいで、指についた白いクリームを舐めながらにやりと笑うバカに、心臓が跳ね回るのを自覚する。ほっぺただけじゃなくて首筋まで熱くなってきた。


「いっ、いちご系って、何よ」

「さぁ。俺も今思いついた」


 んっ、の! 大バカモノーーー!


 わたしは何か言いたくて、でも言えなくて、恥ずかしくて、怒ってて、どうにもならなくて、机に突っ伏した。……ああ、テーブルが冷たい。気持ちいいなー。このまま眠ってもいいかもなー。……ああ、なんて抗いがたい誘惑なのか。




 このバカとの親友歴は十年以上。──片想い歴も同じくらい。




 中学の委員会で出会ったわたしたちは、何をきっかけかもう憶えてないくらいのうちに、いつの間にか仲良くなっていた。気がついた頃には自他ともに認める親友だ。


 嘘だけど。


 だってバカはどうか知らないけど、わたしはこいつを親友だなんて思えない。ずっとずっと、それこそ出会った時から、ずっと、大好きなんだから。


 何度もアピールしてみたり他の男子と仲良くしてみたりするんだけど、こいつの反応は変わらない。何があってもいつものように話しかけてくるし、普通におちょくられるし、慰めてくれることもある。


 昔、一度だけ聞いたことがあった。好きな子とかいるの? って。


『俺、いちごが好きだな』


 こう返された時のわたしの反応を誰か理解してほしい。同性の友人に言った時は「はあぁぁぁあ!?」って怒ってくれたけど。わたしも本人にそれ言いたかった。


 もうほんとうに、意味わからん。


 他にもいい男いるよって言われて、多くの男の人と付き合おうとしたけど、やっぱり違う。だってあいつはこんなこと言わない。あいつはこんなことしない。あいつはこんなことでわたしから離れたりしない。


 そんな違和感ばかりが降り積もって、早や十年以上。


 今では毎月のように振られてはこうやって慰め会なんて開いてもらってるんだから。いやいや、慰めるより先にすることあるだろと。


 いちごは甘いのに酸っぱくて、このバカみたい。

 中学からの腐れ縁の大好きな人は、いつまでたっても変わらない。




 いつだって穏やかに笑ってて、わたしがバカしても当たり前のように受け止めてくれる。


 でも、絶対に気持ちは晒してくれないし、わたしを本当に理解してもくれない。




「あんたって、本当に意味わかんないんだけど……」


 いい加減、気づけ、バカ。




  ♣︎




 ──お前は、市野いちの皐月さつきだろうが。




 まあ、捻くれまくってた中学時代の俺の、ささやかな後悔だな。

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― 新着の感想 ―
[一言] こ、これは! 私がきゃあああ♡と悶えた、はるさんのあの不朽の名作じゃないですか!嬉しいぃ!!こちらにも投稿ありがとうこざいますm(_ _)m そして2回目なのにまたきゃあああ♡ってなりました…
2020/07/27 00:46 退会済み
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