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第2章 暴走フライボーダー


 日暮れまではまだ時間のある午後の帰宅道。亨と恵は少女を預けた寺へと向かっていた。

学校からは、遠くない道のりを亨はズキズキ痛む身体を推しては足を推めていた。そうして寺へとたどり着くと、本堂へと続く短い階段を登りそのまま奥へと進んだ。

 木々の下を行き、屋外に吊るされた梵鐘を横目に和尚達の住まいである母屋に前に立つと、恵と亨が口を開いた。

「和尚さまー!」

「おーい、御前さまー」

それぞれに和尚を呼んだ。すると、すぐにでもドタドタと母屋の奥の方から足音が響いたと思うと引き戸の玄関扉がガラガラっと開いた。

「おぉ、来たか、亨に恵ちゃん」和尚がシワシワな顔で言った。

「和尚さま、あの子は?」

「華蓮のやつが看ておるが、まだ寝てるようじゃ・・・」

「なぁ?俺達のちょっと様子見てもいいか?」

「あぁ、もちろんじゃ・・・ほれ、あがったあがった」

二人からの問に簡潔に応えた和尚は、母屋の中に上がるよう促した。

亨と恵は、お互いに目を合わせると一度頷いて、母屋の中へと進んだ。


 和の造りそのままの長い廊下を抜けて、和尚の案内のままに亨と恵はひとつの襖の前にたどり着いた。襖の向こうからはテレビでも付いているのか、ガヤガヤと騒がしい音がしている。

「華蓮、入るぞ」と和尚は呆れ気味な声で言って襖を開けた。

 そこは広い和室なのだろうが、家具や荷物でごった返しており足の踏み場もないくらいになっていた。そんな雑多な和室の隅には大きなベッドがあり、そこにあの少女が横になって眠っていた。

 そしてその脇ではテレビをつけスナックを貪る袈裟姿の女性がいた。スマートフォンをいじりながらに、テレビは特に見るでもなく下品に「わはは」と笑っていた。

「華蓮!!」それに和尚が怒鳴った。

「・・・はいぃ?なんだお父さんか」華蓮と呼ばれた女性は鬱陶しそうに和尚を看ては応えた。

「なんだじゃない!ちゃんと看ておらんか!!」

「看てるわよ。ただ寝てるだけだし休憩よ休憩――・・・あ、亨に恵ちゃん!いらっしゃい!」あっけらかんと返す華蓮は、和尚の後ろにいる亨と恵に元気よく挨拶した。

 この、袈裟姿の華蓮なる女性は和尚の娘で元看護師である。今は看護師をやめて僧になるため修行中らしく、寺に常駐していることが多い。

「華蓮さん、その子寝てるだけなんですか?」

「え、あ、うん、そうね。まぁよっぽど疲れたか、大きなストレスでもあったんじゃない?」

「・・・生きてるんだよな?」亨がぼそりと言った。

「当たり前よ!元看護師を舐めないで!気になるんなら、ほれ!亨!これあげてみなさい!」ムッとした表情を見せた華蓮が、近くにあったスティック状のお菓子を一本、亨に渡すと、それを少女に「差し出せ」と指をさした。

そんなよくわからない行為に、亨は首を傾げて頷くと足場に気をつけながらにベッドに眠る少女に近づいた。

 緑みかかった長い金髪は煌めくようで、透き通るような白い肌が可愛らしさを際立たせる。そんな少女の綺麗さに息を呑みながらも徹は、ゆっくりお菓子を近づけてみた。

パク!

「ッ!?」

突然動いた少女に亨は瞬いた。

なんと少女は眠ったままでお菓子を食べだしたのだった。

驚く亨をそのままに少女はパクパクとスティック状のお菓子を食べ続け、そして。

ガブ!

「痛ッ!!」最終的に指を噛まれた亨が声を張り上げて涙目になった。

そんな光景に「でしょ?」と笑う花蓮だが。彼女の手にも歯形が付いていた。和尚は呆れて額に手を当てている。唯一、恵だけは心配そうな顔を見せていた。

「な、なんて器用な・・・」痛さに指を振りながらに呟く亨。

その時だった。

ガバッ!と少女が上半身を起こしたのだった。

その光景に全員が驚愕し、声を失った。

「・・・お姉ちゃん、今のはあんま美味しくなかったな、あのねやっぱりあそこコロッケがね―――」

少女は目を閉じながらに喋っていた。全員が呆然として、少しの沈黙を作った。そして静けさの反動なのか、少女はゆっくりと目を開くと霞がかった思考を元に戻すように辺りを見渡した。

「・・・あれ?・・・え、と、ツールの片付けしてて・・・?それで、たしかバリア装置が倒れて・・・――???」

ようやくきっちりと目が覚めたようで、少女を何かを思い出しながらに、目に映るモノをあれこれと確認しだした。しかし、それでもどこか漠然としない様子で首を傾げていた。

「え?あれ?なんで?ここどこ?私、いったい・・・」

「ねぇ!」

と、どう見ても混乱しがちな少女に華蓮が亨を推し抜けて詰め寄った。

無論、少女は目先に迫った袈裟姿の女性に面を喰らって声を詰まらせた。

「起き抜けに悪いけど、あなた名前は?」

「え、エール・・・です。はい」思わず敬語になったみたいで、少女はエールと名乗った。

それに華蓮が「ふむふむ」と笑みを作っては頷いた。

そんな後ろでは亨が恵の側にまで戻って「おい外国人だ」と囁いていた。

「・・・それで、エールちゃん?お家はどこかな?」

「家?メーザードですけど・・・」

瞬間、またしても全員が固まった。そして僅かな沈黙を破って、亨が「メーザードってどこだ?」と恵に聞いたが、首を横に振るだけの回答しか帰ってこなかった。

「め、メーザー・・・って、どこにあるのかな?」

「どこって・・・そりゃ――」と、言いかけた少女エールだったが何かにハッとしたような顔を見せてベッドに上に立ち上がった。

「もしかしてここ、ミータッツ太陽系じゃないの?!」そう叫んだが、またしても皆は声を失っていた。

「――そうか、きっとあのガラクタツールの中にワープ装置でも混ざってたのね・・・博士め、ワープ装置の個人での使用は禁則なのに・・・」

ひとり、何かに合点がいたようにエールはつぶやき始めた。そして、ポンと手をたたくと華蓮達に向き直った。

「あの、助けてもらったみたいでありがとうございます。わたし、魔法惑星メーザードのアージェナルド家の者です」

「は、はぁ・・・」華蓮が気のない声を漏らした。

「アージェナルド・エール・コーリィです!」

腰に両手を当て、バン!と胸を張った少女エール。長い金髪を揺らしてフフンと自慢げな顔を見せたが、華蓮や亨達の唖然としたままの表情に肩透かしを喰らった。

「・・・あれ?反応薄くない?アージェナルドよ?ミータッツ太陽系大統領の家系よ?ちなみに大統領は私の叔父さんで・・・・―――???」あれこれと喋ったが、未だに呆然のままの華蓮達を見て、エールは押し黙ってしまった。そうして、僅かに地目した跡で引きつった顔をしながらに再び口を開いた。

「・・・うそ?オッド叔父さんの事も知らないの?そんな遠くに飛ばされたっての?――まさか銀河の果てとか?」

「あの・・・エール、ちゃん?」ぶつぶつ呟くエールに華蓮が、様子を伺うようにそーっと話しかけた。

「悪いんだけど、さっきから言ってること全然わからないんだけど・・・」

「ええええ?!」エールが驚いてベッドの上で後ずさった。

「嘘でしょ!?ちょ、ちょっと本当にここどこよ!?なんて星?!」

「・・・星?地球・・・だけど」

急に慌てだしたエールに向けて、亨が警戒しながらに応えた。

「ち、チキュー・・・?聞いたことない――ね、ねぇ地図ある?」

「地図?世界地図なら、その辺に転がってたと思うけど」華蓮が雑多な床を漁ったがエールは首を横に降った。

「世界地図ってこの星のでしょ?」

「別の星のがあるかよ、火星の地図でも欲しいのか?」亨が言った。

「違うわよ!どこよカセーって!銀河地図よ!せめてこの太陽系のでもいいわ!」エールが叫んだ。

まったく話が噛み合わない状態に華蓮、亨、恵、そして和尚とそれぞれに視線を合わせたて『どうする?』と合図をしたが、全員が首を傾げるだけだった。

 と、そこで恵が動いて自分のスマートフォンを取り出すと、素早く画面を操作して、とある映像を映し出した。

「あの、これ・・・天体映像です」スマートフォンに地球を取り巻く天体の映像を、動画サイトから映し出して、エールに向けて見せたのだった。

それに、エールはベッドから飛び降りると、ズイズイと恵に近寄ってスマートフォンを食い入るように覗き込んだ。

「これが太陽で・・・その周りを地球を含む8つの惑星が公転しているの」

「俺の中では冥王星は消えていない」「私もよ!」横で亨と華蓮がヤジを飛ばして、和尚から「黙っとれ」と怒られている。

「なにかわかる?」

「・・・まったく見たことのない太陽系ね・・・それに文字が殆ど読めないし・・・古代文字に似てる・・・?」

しかし、小うるさい野次を無視して恵とエールは動画を見続けるが、少女の欲しかった情報とは違ったようで首を横に振るだけだった。

「ねぇ、これってもっと広域にできないの?」

「え?・・・できてもあとは銀河が広がってるだけだよ?星座を調べたりとかに使ったりはするけど――それに、だいたい銀河の地図なんて無理だよ。人類が有人着陸したことあるのは地球の衛星の月だけだもの」

そう説明した恵は、エールが目を豆にして驚いてるに戸惑った。

「い、いまなんて言ったの?この星の人間は、自分の星の衛星にしか行ったこと無いって?」

「『しか』ってなんだよ?凄いことなんだぞ?偉業だぞ?アポロと宇宙は浪漫なんだぞ?」

亨が、華蓮からスティック菓子をもらい頬張りながらに言い、横では華蓮が「んだんだ」と頷いていた。

「と、いうことは・・・宇宙船なんかホイホイ転がってるってことは?」

「・・・ない、かな」恵が「あはは」と乾いた笑いとともに応えた。

「嘘でしょ!?どうやって帰れってのよ?!」

と、エールは頭を抱えて叫ぶと、散らかった部屋をぐるぐると歩き回り始めた。

 華蓮は慌てて、転がっていたDVDや化粧道具なんかを買い集めて避難させた。すると、そんな光景に和尚がズイッと前に出ると息を大きく吸い込んだ。

「そこまでぇ!!」瞬間、和尚の怒声が部屋中に木霊した。

「うるさっ」

エール、亨、恵と思わず耳を塞ぐ中、華蓮だけは慣れたような口振りで舌打ち混じりに、荷物を移動させていた。

「・・・エールちゃん、だったの?今度はこちらから話を聞かせてくれんかな?」

大声のせいで静寂となった、エール達に和尚はニッコリ笑みを作って問いかけた。

「・・・は、はい」

それにエールは思わず敬語で返答するのだった。


                     ※


 エールへの質問は、そのまま華蓮の部屋で行われた。和尚は、茶菓子を持ってくると退室し、華蓮もやる気が無いのかスナックを食べながらに亨達を眺めていた。

そして亨と恵は、改めて少女エールと向き合って、あれこれと質問を投げかけて、ある程度は彼女の言うことを理解していた。

「なるほどなるほど、つまり君は、ものすごく文明が発達した遠い宇宙からやってきた魔法少女エールちゃんというわけだ?」

「その通りだけど、あんた馬鹿にしてるでしょ?」

「いや、凝った設定だが盛り過ぎかなって・・・」

「設定ってなによ!」エールが憤慨して通るに詰め寄った。

「ちょっと、亨、真面目に聞きなさいよ!ごめんねエールちゃん?」

恵に言われて少し落ち着いたエールは、亨からプイと顔を背けた。

「そ、それでねエールちゃん・・・本当のお家はどこかな?ご家族が心配してるんじゃないの?」

「あなたも信じてないのね?!だから家は魔法惑星だって!そりゃ家族は心配しているだろうけど、連絡のつけようがないのよ!こんなどことわからない銀河の果てじゃスマートツールの電波も届かないし」

恵の問いかけに、また少し苛立ったエールだったが、そのまま溜息を漏らしてへたり込んだ。エール、恵とお互いに「どうしたものか」と暗い表情になってしまっている。完全に抉らすぎた痛い外国人コスプレイヤーにしか見えない。

 すると、そんな脇で亨は華蓮へと話を相手を変えていた。

「華蓮さん、なかなか手強いんですけど、どうにかならないんすか?」

「うーん、別に私カウンセラーだったわけじゃないしなぁ・・・でも、特別嘘ついてるようにも見えないけど」

「・・・精神が肉体を凌駕するってやつですね」

「上手いこと言うわね」

亨と華蓮がお互いニヤリと笑うが、すぐに亨は背後から恵に小突かれてエール側へと戻されてしまった。

恵は苛ついたように眉を潜めると、小声で話しかけてきた。

「亨、あれよ、あの円盤よ・・・あれのことが分かるんだったら――この子の言ってること少しはわかるかも・・・」

「本気か?いったいどこを信じればいいんだよ?」

「じゃ、あの円盤のことどう説明できるのよ?いいから、ほら貸して!」

そして、恵は亨のカバンから無理やり円盤を引っ張り出すと、それをそのままエールへと見せるのだった。


「え、エールちゃん?これ、なにか分かるかな?・・・朝、あなたと一緒に落ちてきたんだけど・・・」

円盤の表面を見せ恵が問うと、エールは不思議そうに首を傾げてそれを見やった。

「なにって・・・、『フルサポーター』って書いてあるじゃない」

「書いて・・ある?」

思いがけないエールからの応えに恵と亨は驚いて目を合わせると、円盤へと同時に視線を向けた。

 円盤の中央部分の解読不能文字だ。なにやら書かれているがまったくもって見たことのない文字列。。英語、ロシア語、フランス語、中国語、ヘブライ語、他様々な言語を当てはめてみたが・・・花蓮や恵をもってしてもテレビや他のメディアなどで見たことのある文字とはどれも違っていた。ただやはり英語に近いようにも思えるが、はっきりとはわからないままであった。

「・・・お前、これが読めるのか?」

「はぁ?読めるのか・・・?何言ってんのよ宇宙共通言語でしょ?あんたたちだってさっきから喋ってるじゃない」

「俺達のは日本語だ!それにお前だってさっきから日本語喋ってるだろ!」と、亨が静かに返した。

それにエールは何度か目をパチクリさせながらに恵の方をじっと見つめた。

「ニホン語・・・?―――私が・・・?」固まった表情を見せたエールが呟いた。

「――!!もしかして!」

すると、急に何か思い出したのか自分の首元に手を伸ばした。

パチン、と、首に嵌めていた紅いチョーカーを外して一度、険しい表情を作るとそのまま恵と亨に向けて口を開いた。

「◯△□☓✰∈―!!」

瞬間、エールはわけの分からない言葉で叫んだ。

 無論、それに亨と恵、そして華蓮も驚いて肩をすくめた。突然、聞いたことのない言葉で喋り始めたエールに戸惑う面々。亨は外国人の本領発揮かと少々面白がった顔をしていたが、すぐに恵に叱責を喰らってしまった。

「へぇ・・・こっちが母国語なのかな?と、いうことはさっきの日本語すっごいうまかったってことね」華蓮がスナック菓子を頬張りながらに言った。

そうして、何がなんだかわからない言葉を怒涛の勢いで放っていたエールだったが、疲れたのか深呼吸をすると、再びチョーカーを首元に嵌め直したのだった。

「あ、あー。あー。ゴホん!」エールの声がさっきまでの聞き慣れた雰囲気に戻って、ちょっとの咳払いをするとニヤリと笑った。

「やっぱりね!私が、そのニホン語とかを喋れるのはこのチョーカーのおかげよ!さすが私が作っただけはあるわね!」

ドヤ!と首元のチョーカーを見せびらかすエール。それに亨と恵は不思議そうな目を向けるだけだった。

「私も一応、メガット博士の生徒だからね!あ!それでね、これね・・・本来は言語を持たない種族や動物なんかと会話するために作ったんだけど――・・・」チョーカーの説明をしようと嬉々とした顔に変わっていたエールの表情が曇り、言葉が途切れた。

「・・・ちょっと待って。いくらなんでも共通言語を知らないってあり得るの?見たところ原始的種族ってわけでもなさそうだし」

「誰が原始人だ」

そこへ亨が割って入った。ぶつくさ独り言を言っていたエールも声を止めて、彼に向き直った。


「で、だ、その翻訳首輪とこの円盤はお前の言う発達した文明の製品なのか?」

亨が円盤とエールのチョーカーを交互に指差して言った。

「製品?ってわけじゃないけど・・・どっちもヒィアートツールよ。そのサポーターは博士の発明の1つね。それにこのチョーカーは私作で魔法族仕様よ!それにね翻訳首輪なんて硬い呼び名で呼ばないで、もっと可愛い名前を付けるつもりなんだから!」

ケントの問に強気な姿勢のエールがズイッと前に出て忠告した。

するとそんなやりとりを、ボケっとした表情で見る恵がいた。

「すごい、動物と喋れるなんて・・・まるで魔法みたい」

「でしょう?」フフンとエールが笑った。

「あのな、ただ単に日本語がめちゃくちゃ上手いってだけの演技派少女かも知れないだろ?」亨が陥落しそうな恵に「おい!」と叱咤したが、エールが反撃のように溜息を漏らした。

「あぁ・・・もう!面倒臭いやつね!ほら、それ貸しなさい!」

瞬間、エールが指先を軽くヒョイと動かした。するとその途端、亨達が持っていた円盤が彼等の手を離れふわりと宙に浮かび上がったのだった。

「!!??」

当然、亨、恵、華蓮と衝撃的な光景に顔をひきつらせた。

そうして浮かんだままの円盤は、ゆらゆらとエールの眼前にまで漂ってゆっくりと動きを止めた。

「・・・それ、と」エールがまた軽く指先をヒョイと捻ると、目の前に浮かぶ円盤が半回転。その身の後ろを彼女に見せる形なった。

「えーと、なになに。このフルサポーターは介助、介護を目的とした極細フレームによる全身包容形のサポーターである・・・―――あぁ・・・はいはい」

そうして円盤の裏に合った文字を読み終えてエールは頷くと、今度は宙を押すように指を動かした。それによって再び円盤は宙空を漂い、やがてゆっくりと亨の手に舞い戻った。

「それ、介護用サポーターよ。よくあるタイプね。リハビリなんかに使ってるわ。体中に糸みたいなやつがウワ~って伸びるやつ。ま、健常者が使うものじゃないし、使ったら勢い余って吹っ飛ぶんじゃない?」

ペラペラと説明し終えてエールが息をついた。

だが、部屋内は亨を始めあとの二人を驚きの表情のまま固まっており、静かになっていた。

そうしてゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたかと思うと、華蓮が張りつめた空気を引き裂いた。

「すっごい!本当に魔法だ!魔法使いだ!」

「だからそうだって言ってるじゃない。まぁ魔法族自体は有名じゃないんだけどね」

華蓮が嬉しさと興奮のあまりにエールに飛びついた。その目を爛々としていた。

一方で、亨と恵は顔を見合わせていた。

「円盤のこと・・・納得だな・・・」

「それより、ふわ~って浮いたのって・・・」

お互いに声を詰まらせてからもう一度エールの方を見た。

 華蓮に頬ずりされて、困り顔の彼女。長い金髪に青い瞳。そして特徴的な文様入りの服装。今しがたの光景や聞いたことのない単語の数々に、二人は彼女の言っていたことが現実味を増してきたのを感じずにはいられなかった。

 しかし未だに困惑気味の二人へと、華蓮を引き剥がしたエールの声が飛んだ。

「そうだ!そのサポーター、私と一緒に落ちてたって言ったよね?」

「え、えぇ・・・うん」恵が頭を縦に振った。

「きっとワープにツールごと巻き込まれたのよ!ということは、他にも落ちてるかも!そうしたらその中に帰る方法があるかも!」名案を思いついた、と言わんばかりにエールが指を立てて言うとあたりをキョロキョロしだした。

「で、どこに落ちてたの?外?外ね!」

「あ、おい!ちょっと待っ・・・」

亨が引きとめようと声を張ろうとしたが既に遅く、エールは足場の少ない畳床を踏み蹴って入り口の引き戸をバン!と開けた。

「こっちね!」

そうして、皆の制止も聞かずにエールは嬉しそうな顔で寺の外へと向かって駆け出していってしまった。

「亨!追いかけないと!」

「そ、そうだな・・・下手したらタダの危ない奴で捕まるかもだしな・・・」

恵に言われて二度三度頷いた亨は、変なトラブルが起きない内にとエールを追いかけて駆け出した。

 部屋を出て廊下を駆けると、ちょうど茶菓子の準備終えて部屋へ向かっていた和尚がいた。そして。

「どうした亨?――いまあの女の子が、ぶっ!」

「悪い!御前さま!」

和尚にぶつかってしまったが軽い謝罪で済ませた亨が、駆けてゆく。その後をすぐに恵が追いかけて「ごめんなさい」と謝って駆けていってしまった。

 茶菓子とお茶をひっくり返して尻もちを着いた和尚は呆然としたままであった。

そんな光景を部屋の方から、引き戸越しに覗き込んでいた華蓮が爆笑していた。


                    ※

 

「・・・うへぇ、本っ当に銀河の果てでしょ、ここ」

母屋を飛び出したエールは、外から見えた景色に思わず呟いた。少々、小高い地に建てられたお寺からは、日暮れに近い時間帯のよってオレンジに染まりつつ町が見えていた。

 車が行き交い、人の通りもちらほらと見える。遠くには電車が走っているのだろうが、よく確認できずにガタンゴトンという連続音だけで微かに聞こえるだけであった。

「――とりあえず、都会ではないわね・・・うん」

そうしてもう一度呟いたエールは、寺の敷地内の方を見渡した。

今しがた飛び出してきた母屋と、その脇には大きな屋根の付いた何か特別製の建物が建っている。そして、その直ぐ側には青銅製の釣り鐘があった。

「変わった建物ね・・・あれもなんなんだろう?」

と、初めて見るものをじーっと見つめていると、どこからか可愛らしい声が聞こえてきた。

「おい!なんか変なのあったぞ!」

「これで遊ぼうぜ!」

「えぇ~なにそれー」

それは3人の子供たちであった。どうやらこの場を遊び場にしているようで、寺の後ろに広がる山の中からガラクタでも見つけてきたのか、それで遊ぼうと提案しているところだった。

 どこでも、子供の遊びとは似たようなものだと、笑みを作ったエールだったが、今度は後ろから肩を叩かれた。

「おい待てエル子」

享が焦り顔で言ってエールを振り返らせた。そのすぐ後ろには恵も心配そうな顔でこちらを見やっていた。

「なによ?」

「さっきみたいな浮かせるやつとか、あんまり人目のあるところで使わない方がいい。ただでさえ目立つ格好してるんだ――派手にやるとすぐに警察だの保健所なんかに引っ張られるぞ」

「警察?なんでよ?わたしなんにも悪いことしていないんだけど」

亨の言葉に、「知らない」と踵を返したエール。すると先程の子供たちの中のひとりがこちらにやってくるのがわかった。

 やってきたのは少女であった。そして少女はそのままエールのところにまでやってくるのかと思ったら、彼女を通り越して亨の元で足を止めた。

「兄ちゃん!お寺にいたの?」

「おぉ、真里まり。またここで遊んでたのか?」

なんと、亨を兄と呼んで嬉しそうな顔を見せていた。

「うん!あ、恵お姉ちゃんも一緒だったんだ!」と、真里が今度は亨の後ろの恵を見つけて声を上げた。

「真里ちゃん、こんにちは。また勇伍ゆうごと遊んでくれてたの?ありがとう。でもね真里ちゃん、男の子とばっかり遊ぶんじゃなくて――たまには」

今度は恵がニッコリ笑って少女・真里に返すしたが、その言葉をせぎって真理が首を大きく横に振った。

「ううん、大丈夫!楽しいから!それに勇伍達ってば裏山で探検してたら、なんか変なの見つけてきたんだよ!」

「変なの?」

恵が問い返すと、真里は再び元の子供の輪に戻ってそのまま手招きした。

「これー!」「おいマリ!俺達が先に遊ぶんだぞ!」「そうだよ!」

真里が何かを持ち上げていた。

ちょうど子供たちの身長と同じくらいか、奇妙な形の板状のものであった。

真里の言うとおり『変なの』を持っているなと、恵と享が歩み寄り、その後ろからエールも気になって寄ってきた。

「見て!ユーホー!」真里が満面の笑顔で言った。

彼女の持ち上げているそれは円盤状の板であった。綺麗な円の形をしているが、材質は鉄なのかプラスチックなのか見た目では判断できなかった。それに裏山の奥底からでも4引っ張り出してきたのか土や泥だらけで、正直、直接それで遊ぶのはやめて欲しい思うのが亨と恵の思いだった。

「な、なぁ真里・・・せめてそれ洗ってからにしないか?泥だらけだぞ?」

「えー!今、遊ぶもん!!」

兄の思いは妹に通じぜず、真理は星型の板を地面に敷くとそこにぴょんと飛び乗った。

「きっと空から落ちてきたんだよ!いけ!空に戻れー!」

「ずるい!」「俺たちも乗せろ!」

真里が円盤を専有して何度も、そのうえでぴょんぴょんと跳ね回っている。それに勇吾ら恵の弟達が代わってくれとせがむも彼女の独壇場であった。

 そんな子供らしい遊びに少々和やかな雰囲気に二人だったが、ふとエールの方をみるとなぜだか腕を組んで唸っているのが見えた。

「・・・うーん、どっかで見たような」エールが首をかしげて呟いた。

その目は紛れもなく真里達が遊ぶ円盤を捉えていた。

 と、その時。

ブーーン・・・ピコン!!

「へ?」

まるで電子機械の起動音のような音が聞こえて亨が思わず声を漏らした。

もちろん、他の皆も音に気がついて動きを止めていた。皆、音の出処を知りたいと思ったからだ。

「あれ?」

 すると恵が1つの異変に気がついた。

真里の踏んづけている円盤から緑の光が輝いている、まるで、そう電源ランプのように。

恵がそれを指摘しようと指を差そうとした、その瞬間。

ビー!ビー!ビー!

今度は警告音のようなものが突然響いて、全員を戸惑わせた。

しかしそんな謎の状況の中、エールだけは何かを必死に思い出そうと考え込んでいた。そうして五月蝿い稽古音の中で彼女はハッとして手を叩いた。

「そうだ!それ!フライボーダーだ!」

「は?フライ・・・なに?」

亨が突然叫んだエールに返した。

が、しかし、その質問の答えは次の瞬間に起こった事象の前には必要のないものであった。

「きゃああ!!」

刹那、真里の悲鳴が上がった。

何事かと全員がそちらに意思を向けると、なんとそこには宙に舞い上がった真里がいたのだった。

 円盤が凄まじいほどの駆動音を響かせて、真里を乗せたまま浮遊していく。それはどんどん高度をあげて行き、更には一定方向に進みだしていた。

「真里!!」亨が叫び、宙をゆく星板を追うも真下に着くだけで伸ばしたては空を切った。

「やっぱり!あれも博士のツールね!」横でエールが叫ぶが、事態は深刻化していく。

 真里を乗せたままの円盤は遂には寺の庭に生えた大松の頂点よりも高度をあげて、もはや簡単には手の届かぬ位置にまで昇っていしまっていた。

「真里ちゃん!」恵が叫び、横では弟たちも一緒になって心配の声を上げていた。

「真里!飛び降りろ!そこの木に飛び移れ!」

「無理だよぉ・・・」

下からの兄の大声になんとか応える真里だったが、あまりの高所に怯みきって身動きが取れなくなってしまっていた。

「お、おい!あれもお前がらみの奴なんだろ?!なんとかしろよ!」亨がエールに向けて怒鳴った。

「・・・そうだけど。なんとかって――」しかし、それに何故かキョトンとしたままのエール。

「―――普通に追いかければいいじゃん?さすがにフライボーダーとか、それなりの浮遊ツールぐらいはあるんでしょ?」

「あるかそんなもん!!」

「嘘でしょ?!」

再び怒鳴った亨。見上げれば妹を乗せた星板がおかしな挙動を見せていた。ガタガタと揺れだして、煙を吐き出していた。そうして、全員の戸惑いの目の中円盤は速度を上げて、その場から飛び出してしまったのだった。

「真理!!」「お兄ちゃ・・・---」

亨の叫びもむなしく妹は円盤と共に空の旅路へと出航してしまった。

 ぐんぐん小さくなっていく妹の姿に完全なる焦り顔を見せた亨。すぐ様に追いかけようと駆けだしたが、ふと手に持ったままになっていた、あのツールに気が付いた。

「――そうだ!!」

瞬間、亨は閃いた。この『フルサポータ―』とやらを利用するのだ。学校の屋上で使ったときは理解できないままで制御できなかったが、いまならまだ、あの時よりかは使いかたをわかっている。なにより体の動きをサポートするためのものなら、早い話、身体能力の向上というわけだ。体力は変わらないが。

「え、と・・・真ん中を押して――」

駆けながらに胸元の前で円盤の中央部分のスイッチを押した。ピ!と起動音が響くと同時に亨の全身に細いフレームが伸びて彼を包み込む。そうしてフルサポータ―の恩恵を受けた亨が、軽く踏み込むだけで物凄い勢いを出せることを確認して「よし!」と頷いた。

「今行くぞ真里!!」

どうにか思惑通りサポーターが起動してくれた。

 なんとか空の上方に小さな点になっている妹の姿が確認できている。そうして、またおかしな挙動の円盤が揺れたのか、今度は下降し始めたのを目撃した。

「しめた!!」

ほんの僅かな希望に笑みを見せた亨は一段と強く踏み込むと、そのままジャンプを行った。

歩道を駆けていた身は、民家の屋根にまで一気に飛び上がって、駆けぬける見えないレールを家々の屋根伝いに敷くことになった。

「絶対助けてやるからな!」

兄・亨は妹救出のために未知の機械だろうがなんだろうがどうでもよくなっていた。

真里の救出が叶うのなら後でどれほどの痛みが多い掛かろうと安いものだと、また力強く踏み込んだ。

 屋根屋根を飛び交うことになった亨が、一直線に妹を追いかけた。


                  ※


「やっば・・・あれ壊れてたじゃん――私のせい・・・じゃないよね」

エールは、もはや見えなくなってしまった真里の姿を探しながらに呟いてた。

 どこか後ろめたいところがあるのか『まいった』と言った顔を何度もかしており、それを恵みにも気づかれていた。そこへ。

「ね、ねえエールちゃん、魔法でなんとかならないの?さっきの引き寄せるみたいやつで?」

恵みが不安げな表情たっぷりエールに問いかけた。

「さすがにあんだけ離れっちゃったんじゃ無理かな」

「そんな!ねぇ、なんとかならないの?!このままじゃ真里ちゃんが!」

エールがポリポリと頭をかいて言ったが、恵は今にも泣きだしそうな顔をしており、それにエールはドキリとした。

 エールから見れば、どんなのでもいいからツールなりなんでも使って空を追いかければいいだけの話なのだ。だが、この星の住人はどうにも『簡易的に空を飛ぶ術』を持っていないようで、それだけでエールを失望させた。

「うーん・・・あぁもうしかたない!私が行くわよ!」

と、必死に懇願する恵の熱視線に負けてエールは大きな声で言った。

すると、ぱぁ!と笑顔の広がった恵の顔を確認して、エールは寺の庭をぐるりと見渡した。

「え・・・と何かないかな」

目につくものを片っ端からチェックしていく。青銅の釣鐘、散歩している野良猫、風に揺れる大きな松の木、母屋の脇にある自転車、そして――。

「うむむ・・・レトロだけどこれしかないか」

エールはそう呟くと、母屋の脇に立て掛けてあった竹箒を指さすと、軽く指をふるった。

瞬間、彼女に引き寄せられるように竹箒が宙を舞ってそのままエールの手の中に納まるのだった。

その光景に子供たちは驚いて「おおお!!」と興奮していた。

「跨ぐタイプって嫌いなのよね――」

そうしてぶつくさと愚痴りながらに竹箒にまたがったエールは再び指をふるった。

同時に竹箒ごとエールの身が、ふわりと浮かび上がり、発信準備が整ったことを示した。

「じゃ、ちょっと行ってきます!」

ビシッ!と変わった敬礼をしたエールは次の瞬間には遥か上空まで上昇すると、そのまま一気に、真里を追いかけて空中を飛び出していったのだった。

 まるで、魔法使いや魔女そのものを見たようで恵も弟たちも呆然とその光景を見送っていた。


                     


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