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第1章 少女と謎のツール



 朝陽が昇って、木々の多い街を照らし始める。まだ車通りの少ない道路には犬を連れて自転車を漕ぐ老人や、早朝ジョギングをする老夫婦なんかが見えていた。

地方都市の郊外だが、それでも住宅や商店なんかは他の地方の町々よりはある方で、最近なんかは東京なんかの都会では当たり前の、有名コーヒーショップが開店して行列を作るほどだった。それが、隣の県や市にはないことで、この街の住人は少し鼻高であった。


「ねぇ、部活終わったのになんでこんな朝早く学校行くの?」

「え?あ、あぁ・・・癖だな。朝練の時間には起きちまうんだよ」

そんな中の下の発展都市に一組の男女の学生が、学校へ向けて歩いていた。学生服とセーラー服に身を包み、男子学生の方は眠たそうにあくびをしており、女子学生の方は不思議そうな顔をして、かけた眼鏡の下で目を細めた。

「朝練もないなら、早朝から学校行って何するの?」

「・・・うーん、寝る、かな」男子学生が少しだけ悩んでから応えた。

「なにそれ、だったら弓道場の掃除手伝ってよ――今週、私当番なんだよね」

「あぁ、そっか、弓道部はまだ試合あるもんな」

結局、女子学生の提案には応えず、男子学生はあっけらかんとして呟いた。

もちろん女子学生は「手伝え」と、何度もせがむが男子学生は「気が向いたらな」と返すだけで、またあくびをしては頭をポリポリ掻くだけだった。

 

 そうして、2人は早朝の独特な静けさの町中を、いつものように登校を続けた。シャッターのしまった商店の並びを越えて、横断歩道を渡り、ちょっとした路地裏では野良猫を見つけ、やがては目指していた学校の見える寺の側にまでやってきた。

 寺の敷地から歩道にまで伸びた柿の木がおおいに葉をつけ木陰を作っている。そんな柿の木の枝でできた木陰に差し掛かったとき、2人はちょうど寺の方からやってきた誰かとかちあった。

「おっと・・・!御前さま!」

「おはようございます、山川サンゼン和尚」

「おお、亨と恵ちゃんか!おはよう!今日も早いな!」

現れたのは竹箒を持った袈裟姿の老人であった。剃った頭に皺だらけの顔でにっこり笑っては朝の挨拶をする山川和尚が、2人を亨と恵と呼んで嬉しそうに頷くもすぐさまに亨に詰め寄った。

「亨、その『御前さま』ってのいい加減やめないか?え?旧い映画の見すぎだ」

「えぇ・・・子供の時からだからな。今更変えるってのもなぁ」

「とういうか、ちゃんと挨拶しなさいよ亨」横から恵が眼鏡を光らせ、亨を睨んだ。

と、その時。

ガサガサと頭上より葉が擦れる音がした。

ちょうど亨の真上、柿の葉が揺れる音だろうと思って見上げた亨だったが次の瞬間には思いがけないものが目に入った。

「・・・んな!?」「えぇ!?」「なんと!!」三人の声が一斉に走った。

それは女の子であった。急転直下の出来事に亨は思わず受け止めようと両手を広げた。

ズシィ!

「・・・うぐぅ!」

なんとか地面すれすれ、亨は少女をお姫様抱っこの形で受け止めたことに成功するも、その反動は想像以上で腕、腰、足にと相当の負荷がかかって物凄く険しい顔を作る結果になった。

「・・・空から――じゃない、柿の木から女の子が・・・」

ふんばった顔を見せている亨を横目に恵がそっと少女を覗き込んだ。

 薄黄色の長い髪をした小柄の美少女で、年齢からみれば自分たちと同じか少し幼くも見える。そしてなにより目が言ったのが彼女の服装である。とても一般的な服装には見えなかった、白のワンピース風といえばそれっぽいが、どことなく造りや雰囲気が違って見える。そして特徴的なのはところどころに装飾された模様である。見たことないようなその模様のおかげでどこかの民族衣装にも見えるが、はっきり言ってこんな模様はみたことないと恵は首を傾げた。

 もちろん、この世のすべての民族衣装を知っているわけではないが、有名どころのものとはどれも違って見えた。

「・・・コスプレか?そんで家出して木の上で寝てたとか?」

「なんでわざわざ木の上で寝るのよ」

亨のコスプレという意見にはちょっと納得の恵だが、木の上での睡眠には無理があると少し声を冷ややかにした。

「・・・ふーむ、まだ寝とるみたいじゃの・・・肝が座っとると言うかなんというか――どっちみちこの子が起きねば家出かどうかもわからんしの」と、和尚もまた少女を覗き込んで意見を述べた。

「よし、とりあえず寺で看てやろう。ちょうど無職娘が暇しているからの」

「・・あぁ、華蓮さんか」

和尚からの提案を受けて亨は、どこか不安顔をしながらも抱えていた少女を和尚へと受け渡して「ふぅ」と大きく息をついた。


「さて、この子は任せてお主らは学校へ行ってこい―――帰りにまた寄ってくれれば、その時には起きておるじゃろ」

「わ、わかりました」

少女をおぶって寺の母屋の方へと向かっていく和尚。そんな彼に恵はお辞儀をし、隣で亨は腰をトントンと叩いていた。

「はぁ、朝早く来て損した気分・・・というか警察に言うべきだよな」

「それならそれで和尚様がしてくれるわよ――それより早く行って道場の掃除しないと!」

とりあえずは謎の少女の件は和尚に預ける形になった。突然のことでよくわからないこともあったが、今は弓道場の清掃が先だと恵は足踏みを速くした。

「亨、ほら行くよ」と恵は学校へむけて足を進めた。

「ちょ、ちょっと待てよ・・・まだ足がしびれて・・・」しかし亨はまだ先ほどの衝撃の反動を受けており、足の運びが鈍くなっていた。

「あぁ、もう先行って・・・」ガサガサ「え?」

恵に先に行っていろと言おうとした亨だが、またしても頭上で葉がこすれる音がしたのに気が付いて言葉を止めた。そこへ――。

ガンッ!!

「あ痛ッ!!」

――何か円盤状のものが降ってきて亨の頭に激突した。

瞬間、目からは火花を飛ばして亨は涙目になる。動きが鈍い中、なんとか当たった個所を抑えて痛みに堪える声を漏らす。

 そうして涙越しに地面に転がった、降ってきた何かを確認した。

やはり円盤状の何かである。レコード盤より少し小さいぐらいで鉄製なのかはわからないが、そこそこ硬いものである。手に取って触ってみるも、わくるのはそれぐらいで盤面に書かれている文字か模様かもまったく理解できないものであった。

「・・・もしかして・・・あの子のか?」と思い付いて寺の方を振り返る亨。

「ちょっと!亨!なにしてるの!早くしなさいよ!」

しかし、そんな亨へ恵からの催促が飛んだ。

「・・・・・・帰りにでも返しにいってやるか」

そうやって予定を立てた亨は奇妙な円盤を手に恵を追いかけるのだった。


                    ※

キーンコーンカーンコーンと昼休みを報せる鐘が鳴って、高校では一斉に生徒たちが教室から飛び出しては思い思いに昼食の支度へと取り掛かっていく。

弁当を取り出すものや、購買で菓子パンや牛乳などを買うものなどなど、中でも購買では人気ダントツの塩焼きそばパンにはいつも行列ができる有様であった。

 しかし亨は、そういった買い物競争には参加せず。校舎の屋上で手製のおにぎりを頬張っていた。

「・・・うーむ」

昼食時は人気スポットと化す屋上。そんな何人もが食事を始めた日当たり良好の校舎の上で亨は唸っていた。

「・・・なんなんだこれ?」今朝、登校途中に拾った謎の円盤をぐるぐると触ってはまたひとつ唸ってしまう。

と、そこへ。

「―――よぉ、なんだそれ?」誰かが亨のすぐ横にやってきて尋ねた。

「・・・出流いずるか」やってきた誰かの名前を呼んで亨が振り向いた。

 さらりとした黒髪を揺らして学生服姿の青年は片手に塩焼きそばパン、片手にパックの牛乳を持っては、亨の持つ奇妙な円盤を覗き込んだ。

「お掃除ロボットか?」

「・・・にも見えるよな」

それらしくも見える円盤を出流にもよく見えるように掲げた亨だったが、次にはつんざくような声が耳を通り過ぎた。

「ちょっと!!亨!なんで掃除にこなかったのよ!!」恵であった。

「げ…」

見るからに怒り心頭の彼女は屋上の入口扉を勢いよく開いては、ズカズカと亨と出流の元まで歩み寄ってきた。

「手伝ってって言ったでしょ!」

「いや・・・教室で寝ちゃってさ・・・」

「なんだ亨、恵ちゃんの約束すっぽかしたのか?」

荒ぶる恵の怒声にたじたじの亨。出流は『いつものこと』とあきれ顔でストローでパックの牛乳を啜っていた。

 そうやって恵からのお叱りを散々に受けた亨だったが、どうにかこうにかやりくりして、やっとのことで話題を変えることに成功するのだった。


「・・・な、なぁ恵!これなんだと思う?」

「へ?・・・あぁ、それ朝拾ったやつ?」

そうだ、と亨は話題に乗ってきた恵を逃がさないとズイっと円盤を見せつけた。

「掃除ロボットなんじゃないの?」

「・・・お前もか」

恵の解答に肩を落とす亨。

無論、正解を求めたわけではないが、まったくもって話が前に進まないのに大きな溜息が漏れる。

「ねぇ、それ、なんか書いてあるみたいだけど?」

「本当だ。・・・文字か?」

と、恵と出流から新たな情報が出て亨は息を吹き返したように円盤を見やった。

二人が指を差す位置、ちょうど円盤の中央付近になにやら文字らしきものが書かれてはいる。・・・―――が、まったくもって読めなかった。

「・・・英語・・・じゃないな―・・・たぶん」

確信できないところに亨の語学力が見え隠れする。

「ふーむ、真ん中もなんか窪んでるな」

「え?どれどれ?」

更に出流がなんかを発見して円盤中央を指さした。亨はそれに特に疑うまでもなく中央部分に手を伸ばした。

たしかに少し窪んでいる。まるで何かのスイッチのようだなと思いながら、窪みに指を押し当てた。

その瞬間。

ピー!

「え?!」

突然、円盤から機械音がして、円盤ボディのところどころから緑色のランプが点灯した。

そしてそれに驚いたのも束の間、次には円盤から無数の極細のワイヤーのようなものが飛び出して亨に絡みついたのだった。

「ッ!!??」

当然、混乱の亨だが、ワイヤーは問答無用に亨の身を包み込み両手両足にまで伸びきると、最後に円盤本体が彼の背中に張り付くように収まるのだった。

「・・・ななな!なんじゃこりゃ?!」

「どどどどどうなってるのよ亨!それ!」

亨と恵が一緒になって声を荒げた。

極細のワイヤーの束は、まるで一本の太い銀の板のようだが四肢を曲げてみても、それに追従してしなやかに曲がるのだった。

「なにかの養成ギプスとかか?」出流かぼそりと呟いた。

「そんなことどうだっていいんだよ!とりあえず早くとらないと!はずかしい!」

急いでワイヤーを外したい亨は、おそらく背中部分に移動した円盤本体を触ればなんとかなるのではないかと背中に一生懸命手を伸ばすが、なかなか届かない。

そうしてもたもたとやっているうちに、思わずよろけてしまった。

「・・いッ?!」

転倒を防ごうと踏ん張って出した一歩だったが。その一歩の反動でワイヤー大きくしなり、亨はそのままパチンコのように飛び出した。

「亨!?」

ゴロゴロ!ゴツン!!

と、屋上の床を凄まじい勢いで転がった亨は、そのまま壁に激しく激突した。

その大きな音に周りからは騒めきが起こり始め、皆の注目も集まり始めてしまっていた。

「・・・いってぇ・・・」目から火花を散らして亨が呟いた。

「亨、大丈夫か?」「なにやってんのよ!」出流と恵が駆け寄って、渋い顔をした亨に声をかけた。

「好きでやったんじゃない・・・なんか凄い力が入り過ぎたみたいな感じで」

「とりあえず保健室行った方がいいんじゃないか?」

「そ、そうね」

出流の提案に、恵が首を縦に振り、亨も「そうだな」と納得してふら付く足で立ち上がった。

そうして丁度傍にあった入口扉の取っ手に手をかけた亨だったが、なにか感触が可笑しいのに気が付いた。

バキバキ!!ドカン!!

取っ手を回した瞬間、取っ手本体は根元から引きちぎられ、開けるために押し込んだ力はドアそのものを正面方向に吹き飛ばした。もちろん、亨も道連れに。

「んが!?」

瞬間、ドアごと前のめりに吹っ飛んだ亨は、階段の壁に背中から激突、そのまま踊り場に落下してしまうのだった。そんな彼に後ろからまたしても恵と出流の声がとんだ。

が、失神寸前の彼の耳には届いてはいなかったが、傍にはワイヤーをしまいこんで背中から外れた円盤が転がっていた。


                   ※


「部活も終わってエネルギーを持て余してるのはわかるけど、もうちょっと気を引き締めた方がいいんじゃないか?亨?」

「・・・は、はい、すみません」

放課後になって職員室に呼ばれた亨は担任の男性教師に説教を受けていた。

もちろん屋上の入口扉を派手に破壊したことでの御咎めであった。メガネの似合うの壮年の教師は溜息交じりに頭を掻いては何度も同じような叱咤の言葉を吐いていた。

それに対してただただ平謝りの亨は何度も何度も頭を下げる亨。彼の背中には既に保健室で貼ってもらった湿布が独特の匂いを漂わせていた。

「・・・うーん、まぁ、もういいから、以後気を付けるんだぞ」

「はい、もちろん」

そう言われて、これが最後と深々と頭を下げた亨は、そのまま「行っていい」との指示をもらってようやく職員室から退室するのだった。


「あ、終わった?」

「やっとな」

職員室から出てきた亨を恵が迎えた。その両手にはあの円盤が抱え込まれていた。

そんな彼女に対して、どっと疲れたように大きな溜息を吐いた亨は恵から円盤をつかみ取るとグイっと睨みつけた。

「・・・こいつのせいで今日は痛い目みっぱなしだ、どっかに捨ててしまおうぜ」

「ダメよ!もしかしらあの子の持ち物かもしれないじゃない!」

恵の反論に「そうえいば」と思い出した亨は、面白くなさそうな顔しながらに、今一度円盤を

睨みつけた。

「木から落ちてきたコスプレ女と謎のワイヤー円盤か・・・わけがわからんな」

「もう、亨の頭で考えてもきっと無駄よ。さっさとお寺に寄って届けてみるべきね」

さらりと酷いことを告げる恵は特に悪ぶれることもなく、亨に帰宅を促す。

「・・・・わーかったよ・・・あれ、そういや出流は?」と、一人足りない友に気が付いて亨が聞いた。

「バイトだって」「あぁ、ファミリーパークのか」

恵からの簡潔な答えに即座に納得した亨が頷いては、帰宅のためにと足をそちらに向けた。

「あれ?恵、おまえ弓道部は?」

「大丈夫。用事があるって休ませてもらったから」

「・・・別にこんなことで休まなくても――・・・?!」

そう返した亨だったが、次には痛めた背中に恵の強烈な張り手が襲ったことで悶絶してしまったのである。

「ほら!早く行くよ!」

涙目になって蹲っている亨を置いてけぼりに恵はつかつかと校舎の外へ向かっていくのだった。

 そんな二人のやりとりを遠くから見ていた弓道部の後輩女子たちが、キャイキャイと騒いでいるのには気が付かないのであった。


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