第2話 私たちはミューズ・レディ
マッピを抜くと衣装はブラウスとスカートに戻り,ユーフォニウムも消えた。…私,本当に変身してたんだ。擦りむいた膝の痛みから,どうやら夢ではなかったらしい。現に美智帆ちゃんの顔色も悪いし。
「美智帆様,大丈夫ですか?」
濃霧さんも心配そうに声をかける。まさかあのコウモリが濃霧さんの正体なのだろうか…でも口調は全然違うし…。
「大丈夫よ,休めば平気。あおい先輩の家,分かるわね?」
「当然でございます」
いや,何で私の家知ってんですか,とは突っ込まずにおく。家(実家生だ)から電車で40分ほどかけて通っているが,車なら20分ほどで帰れるのだ。ただでさえ遅くなったのだから,この申し出は有り難い。
後部座席に美智帆ちゃんと乗り込む。外から見ても高級そうな車だったが,内装も高級だ。シートの手触りなんかうっとりしてしまう。
「それで先輩,何から話しましょう……」
いつもはっきり物を言う美智帆ちゃんにしては,珍しく口ごもった言い方だった。まだ回復しきってないせいだろうか。
確かに私もどこから説明を求めていいのかわからない。
「うーん,とりあえず,あの蛇はなんだったの?」
「わかりません。」
そこは言い切るんだ……。
「ただ,先輩が狙われたということは事実です。それも,かなり強力な存在に」
「なんで私なんかが?うち,お金とかないよ??」
「先輩が回復奏者だからです」
「回復奏者?」
「回復奏者は,とても珍しい存在なのですよ」
運転席から濃霧さんが口を挟んだ。
「美智帆様,レディ・フルートは打撃奏者ですし,これまでに切断奏者,遠距離奏者,防御奏者は確認されています。しかし回復奏者は,私も初めてお目にかかりました。」
「待って待って。その,奏者って何なんですか」
急についていけない語が増えてしまった。
「これは失礼致しました。では,私共の正体からお話致しましょう。我々は,この世界の存在ではないのです」
「えっ……?」
「我々は元々ミューズと呼ばれる女神に使える存在。しかしミューズの座を奪わんとする勢力によって,ミューズは自身の身を人間に変え,この世界へと降りたのです。我々はミューズを探して,この世界へやってきました」
てことは,美智帆ちゃんもこの世界の存在じゃないってこと…?思わず美智帆ちゃんを見やる。
「私は普通の人間ですよ。そして,先輩も」
私の表情を読んだかのように美智帆ちゃんが言う。
「ミューズを守る存在が,ミューズ・レディ。ミューズに仕える楽団であり,ミューズのボディガードでもあります。しかしミューズが人間界へ下りたことにより,ミューズ・レディたちも能力を失ってしまいました。残ったのは奏器のみ。だから私は,奏器を扱える人間を即席のミューズ・レディとしての能力を与えています。ミューズ・レディ10名が全て揃えば,この世界にいるミューズを見つけることができると信じております」
「ようは,そのミューズって人を探す,手伝いをしろ,と」
なんだかますますアニメみたいな展開になってきた。
「ミューズ・レディは個人の特質によってその能力が変化します。あおい様はレディ・ユーフォニウムとして,回復の能力をおもちになったということです。先ほども申し上げました通り,回復奏者はとても珍しい存在です。これで美智帆様も,ますます戦いやすくなるでしょう」
「待って,戦う,って何とですか?さっきの白蛇と関係が?」
「先ほども少々申しましたが,ミューズの座を奪わんとしている存在がおります。そやつもミューズと同様人間界に降り,人間となったミューズを狙っているのです。幸いにも,そやつにも今のミューズの姿は分かっていない様子。我々はそやつより早く,ミューズを見つけ出さねばならないのです」
「その存在にとっては,ミューズのボディガードであるミューズ・レディも邪魔な存在。だから,私たちも狙われるんです」
ずっと聞いていた美智帆ちゃんが口を挟んだ。顔色もだいぶ戻っている。どうやら回復したらしい。えっ,あんなのに狙われ続けるの?
「美智帆ちゃん,ずっと一人で戦ってきたの?」
「初めてミューズ・レディになってから,かれこれ4年ほどになりますかね。」
「いや長くない???」
ベテランじゃん!!ちゃんと少女の頃から魔法使って変身してんじゃん!!
「美智帆ちゃん,現役だったよね?」
「来月二十歳になります」
「そんなに長い間,戦ってたんだ……」
「いや,戦ってんのは去年くらいからですよ?」
「えっ?」
「ミューズが人間界に降りたのは4年前,私は当時高校生だった美智帆様をミューズ・レディとし,ミューズを探しておりました。しかし3ヵ月ほどたった時,敵が急に活動を辞めたのです。ミューズの近くにいるか敵に襲われるかしないと,奏器はミューズ・レディの能力を与えません。そんなわけで3年間ほど,私と美智帆様は動くことができませんでした。しかし去年,美智帆様が大学にご入学されてから,急に敵の活動が増えました。どうやらそやつは仲間を得て,力を取り戻したようなのです。しかし同時に,ミューズ・レディの力を持つ者も増えてまいりました。ミューズを見つけられる日も近いかもしれません」
「他にも変身できる子がいるの!?!?」
うちの部活で10人だったら,けっこうな確率で変身できる子がいることになるけど!?!?
「私が直接奏器を与えたのは,美智帆様とあおい様だけです。しかし奏器が勝手に力を与えることもあります。今までにどの奏器を使うミューズ・レディが見つかっているのか,私には見当がつきません。今までにレディ・サックスとレディ・パーカッションは確認しています」
「えっ,パーカッションって……」
レディ,つまり女の子は,4名中1名しかいなかったはずだ。美智帆ちゃんと同じ2回生の……
「はい。苺も奏者です。後,サックスは衿紗ですね。」
「衿紗ちゃん!?」
「衿紗もアニメとか好きなんで,案外ノッてましたよ」
いつもニコニコしているが中身は黒い,もとい,キツイことを言う苺ちゃんはともかく,おとなしいというか,みんなの盛り上がりを一線引いて見ている感じの衿紗ちゃんは意外だった。どんな格好でどんな決め台詞言うんだろう…。冷静に考えると気になる。
「とりあえず,後6名はミューズ・レディがいるがはずです。それもこの吹奏楽部に」
「それ,けっこう絞られるよね?」
「案外そうでもないですよ。残りのパートは女子が2人以上いますから」
「いや,50%でもけっこう高確率だよ?」
「まぁそんなことはいいんです。とりあえず先輩,今後気を付けてくださいね。先輩が狙われたのは,回復奏者だからっていうのは大きいですよ」
「そっか。襲われるかもしれないんだ」
「回復奏者は珍しい存在かつ,仲間にいれば大変頼りになる存在です。恐らく敵も,できることなら自分の側に引き入れたかったことでしょう。でも我々の邪魔が入ったので,それならばとあおい様を亡き者にしようとしたと思われます」
「私そんなに危なかったの!?!?」
急に物騒な話になってきた。
「レディのお力を得た今のあおい様なら,敵に襲われても命を落とすということはないでしょう。それでも演奏に支障をきたすほどの傷を負うことは十分考えられます。いくら回復奏者といえども,演奏が出来なければ回復は不可能ですから」
「それに,回復奏者である先輩の戦闘力は,0に等しいですよ」
今なんと……?
「到着です」
濃霧さんが車を停め,ドアを開けてくれる。
「先輩の戦闘力は,ほぼ0です。もし敵に遭遇したら,他のレディが来るまで耐えてくださいね」
そう言い残して,2人は去っていった。
1人残されて空を見上げる。明日も雨になりそうだ。私,本当に変身しちゃったんだ。アニメの主人公みたいに。……二十歳超えて。
「……とりあえず,レポートやるか」
そうつぶやいて私は玄関のドアを開けた。