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宮廷プリンセスナイト  作者: 友浦
光と影
17/39

光と影<4>

 早朝の使用人ホール。まだ薄暗いそこに、紅色のワンピースを着た上役メイドがずらりと輪のようになって並んでいる。メイドの朝はただでさえ早い。今日は普段の時間よりさらに早い起床時間だったが、全員、緊張感にあふれていた。今日はその中に一人、ぽそっと暗い影のように、紺色袖のメイドがいる。

「番子は――ユカリコ姫様から王子様への贈り物担当」

「はいっ」

 間髪入れず返事をする。

「しっかりね」

 メイド長のチトセが割って進み出て、肩をたたいてくれた。いよいよ王子は来国。今日はデートの約束の日だった。

 作戦はこう。

 ユカリコ姫が、せっかく来国してくれる王子に、プレゼントをあまり大々的にならないようこっそり渡したくなった、という急な希望を持った体をとることにした。そして、番子が王子に見つからぬよう、西棟の最上階に慎重にプレゼントを運ぶ役。中身は我が国の工芸技術の結晶である四重奏オルゴール……と、なっているが、本当に渡したいものは番子の作る手編みの筆入れ。それを、ユカリコ姫が合図をしたら、持っていく。渡すタイミングがいつやってくるかわからないので、絶対に決められた場所でじっと待機していること、というのが建前の約束で、ユカリコ姫に呼ばれたらそのまま一緒にユカリコ姫の私室に行っても怪しまれないようにするためだ。これでいつもの仕事場に番子がいなくても問題ない。王族という、上役メイドよりもメイド長よりも、上の存在からの命令だ。しかもユカリコ姫の命令すべてがその日の仕事になるのだから、相当自由が利く。要は一日だけユカリコ姫の付き人をやるようなものである。あまりにユカリコから特別任務を任されるのも問題だが、この日これぐらいはやむを得ない。これなら去年みたいに穴をあけてみんなに迷惑をかけることもないし、直前に仮病を使う必要もない。表向きは「あたしのワガママで仕事を増やしちゃうの申し訳ないから、替えのきく平メイドのこの子にこの仕事を任せてほしいわ★ 前にローズガーデンで給仕もしてもらったしね」なんていうユカリコ姫からの指名にしてもらった。

 朝の朝礼が終わり、番子は指示通り、ユカリコ姫の贈り物を持って西棟に移動した。そこでひたすら一人、待機だ。

「静か……」

 客室棟も兼ねているだけあってそこはとても閑静だった。番子はひかれるように、去年王子と二人で踊ったダンスホールへふらりと足を向けた。ギィ……という音を立てて重い扉を開けると、そこははっと目の覚めるような広い視界。壁を飾るように、長カーテンの窓と交互に囲む何枚もの鏡は、壁に据えられたシャンデリアとともに、立ち入る者をそれぞれの角度で映し出す。番子はなんとはなしに、王子とダンスを踊った時の動きを思い出して、足を躍らせてみた。メイド服のスカートがふわっと膨らむ。回りながら、上を見上げた。天井は円形で、そこにもたくさん吊られたシャンデリアが、番子のくるくると回る勢いで、光の円のようになってみえて綺麗だった。シャンデリアか……あれ、掃除がたいへんなんだよなあ。――だなんて、ついそんなことを考えてしまうハウス平メイドのさが。クリスタルが触れ合わさって傷を作らないように丁寧に一本一本を指でつまんでとって、磨かなければならない。定期的に掃除をしないと曇ってしまって、透明感のある輝きは失われてしまう――くるくるくるくると回っていたら、エプロンのリボンがほどけてしまった。番子は立ち止まって、後ろ手に結びなおす。王子はそんなこと考えたこともないだろう。当然だ。生まれつき、役割が違う。

 番子はその場にぺたりと座りこんだ。真上の中央シャンデリアは、ホールケーキのような形になっていて、真ん中が空洞になっている。今、ガッシャーンと降ってきたら、きっと閉じこめられるな……でもちょっと綺麗かも。――なんて、とりとめのない妄想をする。きれいな檻か……。

 そのとき、体を突き抜けるような白昼夢を見た。

 城の窓から、幼いユカリコ姫と一緒に城下を見ている夢。どうやら自分も同じ年の頃。けだるい午後の空き時間。椅子を二つ近づけて、きれいに整えられていたドレスも髪も風に煽られてくちゃくちゃになりながら、ぼーっと外を見ていた。窓の外、空の下の遠くには、砂粒のような家々の連なる、城下町が広がっている。それから、低い棟の屋上の、緑豊かな庭の様子もうかがえた。そこでメイド二人が、真っ白い洗濯物を干していた。――と、彼女たちがこちらに気づいたのか、仕事を中断して手を振ってきた。これだけの距離があるのに、よく気付くものだ。夢の中だからだろうか? 反射的にユカリコ姫と手を振り返した。

「あらっ! お二人ともお手を振ってくださったわ」

「嬉しい!」

 きゃっきゃっと、まるで向こうの方が子どもの様に喜んでいる。また手を振ってきたので、また振りかえすと、また喜んだ。小さい子みたいだ。ちらりとユカリコ姫の方を見ると、ユカリコ姫も同じことを思ったのか、困ったように笑っていた。そのとき番子はなんとなく、自分たちはここでは特別な存在なのだと思った。

「ねえユカリコ……わたしも、お城の外に出てみたいな」

 遠くを見ると、遥か彼方まで国が続いているのがわかる。すべてを見渡すことが不可能なほど。

「でも、出されてしまう日は……怖い」

 そこへ、とたとたと危うげな――しかし俊敏さを感じさせる足音が聞こえてきて、空想は強制的に中断された。反射的に身構えてしまうその足音は――

「8075番! 番子、番子!」

 聞き慣れた高い声。ミイ様だ! 現実に引き戻される。ダンスホールの真ん中で、メイド服のまま座り込んでいる番子に。

「はい!」

「開けるよ!」

 言うと同時に開く扉。

「ユカリコ姫様がお呼びよ! 姫様の贈り物持って東棟にもどって!」

「はっはい!」

 番子は慌てて返事をすると、贈り物を大切に両手で抱えて立ち上がった。いよいよだった。

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