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行ってしまったホニャ先輩  作者: 鈴木智一
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そしてとうとう、行ってしまったホニャ先輩

 運命の日━━約束の、夏祭りの日がやってきた。

 本当に偶然なのか、少しだけ疑っていたが、偶然にも今日が、ホニャ先輩が地球を去ることになる、約束の日なのだった。

 でも、やはりぼくはまだ、信じていない。いや、半信半疑だ。ホニャ先輩は嘘をつかない。だが、信じたくない。

 そんな葛藤がつづいていた。今日までずっと、答えも出せないままに。


 町内のみならず、近隣の市町村からほとんど全住民が集まったのではないかというほど、公園付近の人口密度は異常な高さになっていて、例年と比べて倍以上の来客があったようだ。

 岸川でゅいんでゅいん公園という、ちょっと、いやかなり変わった名前のその公園は、けして狭くはない。むしろ、近隣でもっとも面積のある公園だった。にも関わらず、東京のスクランブル交差点よりも密集した人々で、すれ違うのも困難なところも、場所によっては発生していた。

 どうしてこんなに人が集まったのか━━おそらく最大の理由としては、アイドル歌手のステージが予定されているということが一番だったろう。

 その手のアイドルのファンは当然集まるとしても、それ以外にも多くの一般客がそれを目当てに集っていた。聞くところによると、そのアイドルというのが元々町の有名人だったとかで、地元のファンがとても多いという話なのだった。ぼくも地元の住民なのだけれど、そのような有名人がいただなんてこと、今の今まで知らなかったので、限られた人たちの間での有名人だったのではないかと思う。

 で、そんな中でも、ぼくが一番驚いた情報が━━そのアイドル歌手と、我が河童部のアイドル(?)部長・日比野春風が親友だということだった。

 これは、日比野部長から直接聞いた話で、その部長本人も、現在、祭りにやって来ている。

 というか、一緒に歩いていた。


「すごいな、この人数は。毒ガス撒かれたら、どこにも逃げ場はないぞ」

「いや、部長、なんて想像してるんですか」

 浴衣姿が思いの外似合わない日比野部長は、ホニャ先輩との付き合いもそれほど短いわけではなく、高校で一緒になる前から互いを知っていたということが意外だったし、ぼくはまったく知らない話だった。

 少なくとも中学生時代に日比野部長を見たことはなかったし、見ていれば覚えているはずだ、こんな変な人であるなら。


「部長さんって、やっぱ変な人だよね」

 耳元で百合香が囁くが、どう返答していいかわからない。同意したいのは山々だけど、それも部長に悪い気がして、なんとなくできなかった。

 結局一緒に来ることになった親友の黒人ハーフ、暗黒ダーク黒豆太郎もグループの一員として一緒に歩いていたが、百合香はどうにも馴染めないようで、ぼくの側から離れない。

 日比野部長は初見のはずの暗黒ダーク黒豆太郎にも、もちろん臆することなく上から目線で先輩然とした態度で接していたのは、さすがだった。見上げる高さの黒豆太郎に対して「デカいなお前」と言って「もしステージが見えない時は、わたしの(やぐら)になってくれるか?」などと訊いていた。

 黒豆太郎も「いいっスよ。肩車ですね」なんて気さくに答えていたので、案外気は合うのかもしれない。


「にしても、ホニャ子はどこに?」

 そういえば待ち合わせはしているはずだが、場所を知らされていない。

 ぼくはなにも聞いていなかった。ただ、一緒に祭りを楽しむという約束は、間違いなくしていたので、その点では安心していたが。

 ホニャ先輩は嘘をつかないし、約束も必ず守る人だ。

 最後の約束━━だからこそ、大切な約束だった。もう今日で会うのも最後なのか。そう思うと、なぜだか会うことが怖くなり、感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。


「夢原女史は、ステージ裏にいるはずだ。わたしの親友と一緒にいる」

 そう言ったのは日比野部長だった。

 ぼくは射的の屋台に意識が向いていて、危うく聞き逃しそうになった。

「ってことは、アイドルさんとホニャ子って、お知り合いだったんですか?」

 百合香も知らないことだったらしく、日比野部長に尋ねた。

「まあ、そういうことだ。夢原女史は一学年下になるが、わたしたちはそう思ってはいない。彼女のことを知るまでは、歳上だとばかり思っていたからな。だから、ずっとそのイメージのままだ。彼女の力に助けられたことは幾度もあるし、ずっと尊敬しているよ」

 それはとても意外な感想だった。

 まさかあの日比野部長が、これほど真っ直ぐに他者への尊敬を口にするなど、普段の様子からは考えられないことだった。

 ホニャ先輩と、極道一家の仲腹茂男さん。この二人くらいしか、尊敬してきる「人間」はいないのではないだろうか。

 きっと尊敬している妖怪はたくさんいるんだろうけれど、そちらは別に興味はない。


 ステージ裏の控えスペースは厳重な警備がなされており、関係者以外は絶対に侵入できないようになっていた。

 が、日比野部長の顔パスで、ぼくたちは侵入できてしまった。

 屈強そうな警備員に見つめられ、おどおどしながら付いていく。

 簡易なテーブルセットがあって、そこにホニャ先輩と、アイドル歌手の少女が向かい合ってお茶をしていた。

「みなさん、こんにちは」

 今日でお別れのはずなのに、まるでそんなことを感じさせないいつもの調子で、ホニャ先輩は微笑んだ。

「やっほい春ちゃん、おひさしブリュッセル!」

 さすがは日比野部長の親友ということか、アイドルの女の子も少し変な人のようだった。

 ホニャ先輩という唯一無二の存在を追いかけてきたぼくは、そのおかげでアイドルというものにそれほどの関心がなく、あまりよく知らなかったのだが、彼女はデヴュー以来右肩上がりで人気上昇中のトップアイドルらしい。

 名前は寿々木初雪(すずきはつゆき)。すでに世界的な知名度もあるらしく、そう思うとあまり知らない自分が恥ずかしくもある。

 なんでも、俳優でありアーティストでもある有名人がプロデューサーらしく(こちらもあまり詳しくない)、その楽曲は国内外音楽チャートで何度も一位を獲得しているということも聞いた。なので、やはり知らない人間のほうが少数派なのだろう━━百合香も含めて。

 そんな有名人のステージが無料で見られるというのだから、この混雑ぶりも当然のことなのだった。


「ああ、ひさしぶりだな初雪。なんだその変な挨拶は」

「これはね、フトロウくん━━プロデューサーが最近ベルギーワッフルにハマっててね、身内でこの挨拶が流行ってるのだ」

「まあ、どうでもいいが━━夢原女史、別れの日だというのに、いつも通りじゃないか。本当は嘘なんじゃないのか、迎えが来るなんてこと」

 空いている席に腰を下ろした日比野部長。

 その彼女に微笑みながら、ホニャ先輩は答えた。

「みなさんには、本当に申し訳ないのですが、迎えは必ずやって来ます。わたしは今日、この星を去ります」

 やはり覆ることはないのか。

 避けられない別れが、刻一刻と近づいている。

「このタイミングでなければ、間に合わないのです」


 ホニャ先輩は語った。

『敵』の船団が、地球を射程圏内に置くよりも先に会敵しなければならず、そのためにはこのタイミングでなければならない。

 また、ホニャ先輩たちの宇宙船が向かう方向とは真逆の宇宙空間から、もう一つの脅威が出現するのでそちらにはどうしても間に合わず、別動隊のようなものも、移動や攻撃に要するエネルギーの関係上、割くことができない━━従って、そちらは人間の力で対処してもらう、という話もした。

 聞いてもぼくにはさっぱりだったが、なんとなく、地球の危機だということはわかった。

 それに、目の前のアイドルの女の子━━日比野部長の友人も、その作戦に参加するということを知って、驚いた。

 このあとすぐに移動して、アメリカに向かうらしい。スケジュールはギリギリという話だった。そうまでして、こんな町の夏祭りに参加する理由はなんだったのか。

 おそらくホニャ先輩の存在と、日比野部長、さらには地元という理由が、最大のものだろう。でなければ、地球の危機を回避する作戦を控えて、こんなところには来れないはずだ。

 きっとそれにも、ホニャ先輩が根回ししただろうことは、想像に難くない。


 アイドルのステージがはじまった。

 ぼくはしらなかったが、他のみんなはしっている楽曲で、大いに盛り上がっている。

「初雪ちゃーん!」

「雪んこーっ、マリダーディ!」

 などと、方々からよくわからない声援が飛んだりしている。

 ともすれば暴動さながらの熱狂に支配されたライブは、およそ一時間半にわたって行われた。


 その終盤━━わずかな人間だけが、それに気づいた。

 上空に現れた無数の光に。

 ひとつやふたつではない。数百、いや、数千はあろうかという光が、はるか上空に現れる。星の光ではない。密集した上に、多すぎるからだ。

「お別れの時間です」

 関係者席にいたぼくたちに、ホニャ先輩は言った。

 騒音の中、はっきりと、その声は聞こえた。

「夢原女史、今まで本当にありがとう、世話になった。全人類に代わって、わたしが礼を言わせてもらう」

 日比野部長が、神妙な面持ちで告げた。

 最後の言葉。別れの挨拶を。

「ホニャ子、ほんとに……ほんとに行っちゃうの?」

「はい。あなたと出会えて、本当によかった。ありがとう、剣崎百合香さん」

 その言葉を聞いて、百合香の涙腺は崩壊した。とめどもなく溢れる涙を拭おうともせずに、ホニャ先輩だけを見つめる。


 その様子を見て、ぼくも決心した。

 今さらだけど━━本当に。


「ホニャ先輩━━ずっと、ずっとあなたが好きでした!」


「はい、ありがとうございます。わたしも、あなたのことは大好きです。館山宙太郎くん」


 ああ、そうか━━気づく。

 ホニャ先輩は、誰のものにもならない。

 誰のものでもない。

 誰のものでもあって、なにものにもとらわれない。彼女は、ぼくたちとは違う。

 それでも━━ぼくは、嬉しかった。


 アイドルの最後の曲が終わったタイミングで、ホニャ先輩がステージに上がる。


「彼女は夢原ホニャ子ちゃん。この地球を救うためやってきた、宇宙の美少女!

 長年この星のためにいろいろやってくれて、今日、この星を去ります!

 ホニャ子ちゃんがいなかったら、わたしたちの未来はありませんでした!

 明日、地球がなくなっていたかもしれないんです。だから、みんなでありがとうを言おう!

 ありがとうを言って、ホニャ子ちゃんを送ろう!」


 アイドルの言葉に、驚きながらも、しかし観衆の心はひとつになった。

『ありがとう!』

 誰からともなく、声が上がる。


 ホニャ先輩が、微笑んだ。


 光が迫る━━ステージの真上に、巨大な宇宙船が浮かんでいた。

 ホニャ先輩の姿が消える。

 同時に、宇宙船が一瞬で遠ざかった━━。


 ☆★☆★☆


「ああ、ホニャ子、行っちゃった……」

「素敵な存在だった……絶対に、忘れない」

 百合香と日比野部長が、宇宙船の去った空を眺めつづけていた。


「うわーん、うわあーん!」

 なぜか号泣している暗黒ダーク黒豆太郎のおかげで、ぼくは泣けなくなってしまった。

 ホニャ先輩のいない世界に、もはや魅力などは感じなかったが、それでも、希望がなくなったわけじゃない。

 あの人が残してくれたものは、いくらでも存在する。

 そして、ホニャ先輩の星だって、ずっと遠くの、宇宙のどこかに存在する。

 もう会えないのかもしれないが、会えないと決まったわけではけしてないんだ。

 ぼくが、決めたりなんてしない限りは。


 いつか、きっと、また逢える━━。


 今は、それを信じていよう。

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