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行ってしまったホニャ先輩  作者: 鈴木智一
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先輩に会えたぁーっ!━━という喜びも束の間、なぜかこんなことに

 学校の校舎は、各学年ごとのクラスがある南校舎と、職員室や各種実習室・部室などからなる北校舎とに別れている。

 放課後、ぼくは一人で北校舎の三階へと向かい、その端の端へと歩いた。

 本当に一番端の、突き当たりの薄暗い空間に、河童の木像が置かれていた。

(ああ、可愛らしいイラスト的なやつじゃなくて、本格的な、妖怪図鑑とかに載ってそうなリアルなやつだったか)と、内心独りごちる。

 視線を上に向けると、確かに『河童部』のプレートがあった。なんとなく、カッパ部とカタカナ表記を予想していたのだが、どうやらそのような生易しいものではないということか。

 剣道部などよりも、こちらのほうに二の足を踏むべきだったかもしれない。今からでも遅くはないので、引き返そうか……そう思った矢先に、その人は現れた。


「館山宙太郎くん、こんにちは」


 うっすらと笑みを浮かべて、慈しむような眼差しを向けられ、息が詰まる。

 その輝くような毛髪と、存在そのものによって、辺りの薄暗さが和らいだような錯覚にさえとらわれる。

 目の前にいるのは、間違いなく、女神だった。

「あ、お、おひさしぶりです、ホニャ先輩!」と、意を決して言葉を吐き出す。鼻から吸い込んだ空気には、ほんのりと楽園の花畑を想起させる匂いがあった。


 他との差別化を図りたい、という欲求があったために、ぼくだけが呼んでいる、先輩の呼び名に彼女は笑顔を返す。

「ど、どうていしたんですか?」慌ててしまい、道程したんですか?あるいは童貞したんですかなどと言ってしまい、恥ずかしさに体温が上昇する。

 それでも、ホニャ先輩は訂正したり聞き返すということをしない。たとえもっと酷い言い間違いをしたとしても、ホニャ先輩の頭脳をもってすれば、意を汲むことなど造作もないだろう。


「わたしは部室に忘れ物を取りに来ただけなの。館山宙太郎くんは、見学にいらしたのでしょう? どうぞ、一緒に入りましょう」そう言って、ぼくが躊躇う間もなく扉を開けると、入るように促す先輩。

 誰に対してもフルネームで呼びかける、その理由こそわからないが、だからこそ、素敵だ。もう、他の女子とはなにもかもが根本から違う。異次元レベルの美しさは、おそらく神が造った最高傑作であるだろう。

 ホニャ先輩のあとにつづいて、ぼくはその部屋に足を踏み入れる。


 電気はちゃんと点いているし、蛍光灯が切れているわけでもないのだが、部室の場所が場所だけに全体的な薄暗さは払拭しきれていない。そんなところも、どこか河童部の河童部たる特徴なのだと思えてしまう。

 そんな室内には、すでに活動中だった部員らが数名いて、その視線がすべてこちらへ向けられていた。

 注目されるのに慣れていないので、緊張してしまう。が、冷静に考えてみると全員、ホニャ先輩を見ているに決まってるいるのだが。ついでになんか、もう一人いるんじゃね? くらいの認識に違いないとは思う。

 まあ、ぼくとしても彼らではなくホニャ先輩だけを見ていたかったのだが、そういうわけにもいかない。

日比野春風(ひびのはるかぜ)部長、こちらは見学にいらした一学年の館山宙太郎くんです。お手数ですが、以後のお世話をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 なんとなく、身内感覚で紹介してもらったような気がして、ぼくは幸せな気分になる。

 そんなぼくを、一段高くなっている壇上で腕組みしている女生徒が、鋭い眼光で見つめる。彼女が部長さんなのだろう━━女の子としては平均的な身長であるが、男に比べればやはり小柄ではある。だけど、そんな身長を大きく見せようとでもしているように、壇上に堂々と君臨している様子には、リーダーの風格がある。


「うん、わかったわ。あんた、そこの空いている席に座りなさい」

 なんだか怖そうな先輩だったので、命令口調も似合っていたし、反抗心もなかったため黙って従うことにした。それでも心細さから、すがるような目をホニャ先輩のほうへ向けたけれど、本当にただ忘れ物を取りに来ただけだったらしい先輩の姿はすでになかった。

 がっくりと、肩を落とす。

 しかし、先輩ほどの天才でも、なにかふとしたタイミングで忘れ物をするのだと思うと、愛嬌があってさらに好感が持てる。あるいは自分に会うための、計算された忘れ物だったのかもしれない。先輩レベルだと、そんなことだって無きにしもあらずなのだ。


 さて、それにしても席についたはいいけれど、ぼくは本当に入部するつもりなのだろうか?

 極論を言えば、先輩の去ったこの部室にはすでになんの興味もなかったけれど、だからといってすぐに退出できるような雰囲気でもなかったし、そもそもぼくにそんな度胸はない。


 では、話のつづきに戻る━━そう言った部長さんが、話しはじめた。どうやら話を中断させてしまっていたらしいと気づき、申し訳なく思う。


「なので、今年最初の校外実習として辺根地亜川(べねちあがわ)へ行き、そこで捕獲作戦を決行することにした!

 これには部員全員の参加が必須であり、欠席することは認められない。なので、今のうちから万障お繰り合わせのうえで体調管理を怠らず、来るべき日に備えてほしいと思う。

 本日の連絡は以上だ━━さて、どうやら新入りが来たようなので、それぞれ自己紹介でもするとしようか」

 突然、部長さんがそんなことを言った。

 あれ? なんか、すでに入部したみたいな言い方をされた気がする……。あくまでも見学に訪れたつもりだったのだが、誤解されているようだ。


「諸君、わたしの左手側から順に、新入りに己が何者であるのか説明するように━━それでは、はじめ!」

 誰もなにも言わなかったが、部長さんの言葉には有無を言わせない迫力があった。部員たちも大人しく従うようで、一番端の席に座っていた女子が音もなく立ち上がった。

井園(いその)……衣楚子(いそこ)です」かろうじて聞き取れるくらいの声量で、彼女は言う。

「なんだイソコ、それだけか!せめて趣味くらいは教えてやってもいいだろう━━変な趣味じゃないならな」

 部長の言葉に、ビクリと身体を揺らしてから、再び口を開く井園さん。

「趣味は……ええと……読書、です」

 そして、俯いてしまった。

「なんだ、エロ本か? 読書ってだけなら、その可能性もあるからな! よし、次」

 どうやら、部長さんは少しおかしな人のようだった。あまり、この年頃の少女が言わないような言動も、平気でするらしい。


 次に、坊主頭で小太りの男が立ち上がる。まるで小動物でも殺害しそうな暗い目をした男で、ぼくとしてはこの男がホニャ先輩目当てじゃないことだけを願うが、その願いは叶わないかもしれない。

 顔に似合った陰湿そうな声音で、なにやらぼそぼそ言いはじめる。

山田(やまだ)……萎靡奇(いびき)。虫を潰すのが趣味です」

 やっべぇぞ、おい━━マジくそヤバいやつじゃないですか、あいつ。うそだろ、本気かよ。ちょっとぼくは生理的に受けつけられないものがあるな。絶対に、目を合わせたくないぞ。

「くそヤバいなお前、逮捕される前に自首するように━━では、次」

 思いっきりストレートな評言を発し、さらりと流す部長。もしかすると大物なのかもしれない、と感想を改める。

 言われた山田がチッと舌打ちをしたのが気になるが、気にしないでおこう。係わりたくない。


 そして自己紹介は三人目に移ったのだが━━実はこの人物が一番気になっていた。

 なかなか視線を向ける勇気が出なかったので、ずっと視界の端で観察していた。

 その男は、なにしろ金髪が剣山のごとく聳え立っているので、気にしないほうが難しい。そんな彼が、自己紹介をはじめる。

「オレぁ高橋ケイジ、趣味は喧嘩と妖怪退治だ━━おいお前、オレぁ他のやつらと違って本気でやってっからよぉ、河童ナメくさって手ぇ抜いたりすんじゃねーぞ? オレの足引っ張ることがありゃ、おめぇ、そん時はわかってんよな?」と、威嚇してくださった。

 こちらもこちらで、やはりヤバい男だった。目を合わせられない。

 唯一の救いは、こちらはどうやらホニャ先輩関係なしでここにいるらしいということだったが、それもたいした救いにはなっていない。

 やはりと言うべきか、おかしな部活動にはおかしな連中が集まるのだろう。自分もその仲間になる可能性を思うと、悲しくなる。

 ホニャ先輩は例外だけどね。

「うむ、たいへん結構。やはりお前が一番有望だな、ケイジ。それでは、下っ端どもの挨拶が終わったので、わたしの紹介をしよう」

 言い方は酷いが、あまりに自然なので不思議と反感が湧かない。

 生まれながらの女王様みたいな人だな。

「わたしの名前は日比野春風、見ての通り河童部の部長をやっている。当然ながら趣味は河童だ。その他のすべてには、それ以上の興味などない━━言っておくがわたしは、人間には興味がありません! 将来の結婚相手も、できれば河童の男性を希望している。以上だ!」

 なんと言えばいいものか、言いたいことはたくさんありそうな気がしたが、ぼくの心は無に還った。

 なんか、同じようなセリフを昔のアニメで聞いた気がするが、そのヒロインだって少なくとも人間そのものには興味があったはずだ。

 河童と結婚して、なにを生むつもりだろう?


 それにしても、ホニャ先輩を含めたとしても総勢で5人、ぼくを入れても6人か━━って、自分を入れて数えてしまった。まだ入部すると決めたわけじゃないのに。

「そうだ━━新入りはどうやら夢原女史の知り合いのようだから、紹介の必要はないだろうが、彼女もこの部の一員だ。特殊な人材なので、あまり顔を出すこともないのだがな」

 やはり、ホニャ先輩はあまり部活に出ないようだ。これで、さらに魅力が減少した。

「よし、次はお前の番だぞ━━わたしの隣に来なさい」

 言われ、渋々ながらそれに従う。とても、断れる気がしなかった。

 部長の隣まで行く。

「では、新入りの自己紹介といこうか。なお、趣味が公序良俗に反するものである場合は、言わなくてもよろしい」

 なんだか、まるで反社会的な趣味でも持っていそうな言い方をされたが、もちろんそんなことはないので声を大にして言える。言ってやろうじゃないかと思う。

「みなさん、はじめまして。ぼくは館山宙太郎といいます。趣味はホ━━」と、言いそうになりながらも、すんでのところで言葉を飲み込む。さっきの部長じゃないけれど、趣味はホニャ子先輩ですなどとは、とても言えない。

 結果、声を大にして言えない趣味だったことを自覚する。なので━━

「ホエールウォッチングです」

 一度もやったことのない、しかもどこでそれをするんだよと言われたら返す言葉のない苦し紛れの誤魔化しが口をついた。

「ほう、なかなかいい趣味をしてるじゃないか。人間観察じゃなくてよかったよ」

 そう言う部長は、本当に、徹底して人間を嫌ってでもいるようだった。

 なにかあったのだろうかと、勘繰ってしまう。

「お前とはやっていけそうだな、よろしく頼むぞ、宙太郎」

 ん?

 確かに自己紹介はしたが、もしかすると、するべきではなかっただろうか。

 すでに、入部したものとして扱われている気がする。

「あの、部長━━ぼくはまだ入部届けも」

「それなら問題ない。わたしがかわりに提出しておく。新入りの手を煩わせたりはしないさ」と、間違いなくありがた迷惑な申し出を受けた。やさしいのはよかったけれど、今、この時にほしいやさしさではなかった。

(これはマズイ……このままでは河童部に決まってしまう)

 そうは思ったものの、やはり今更断る度胸もなく━━それに、あまり顔を出さないとはいえ、ホニャ先輩が所属しているというのは間違いない事実なので、それを思うと入部することが間違いであるとも思えない。

 それに、他に入りたい部活もないしな……。


 そのようにして、ぼく、館山宙太郎は晴れて河童部の一員となったのだった。

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