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行ってしまったホニャ先輩  作者: 鈴木智一
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片想いの先輩を追いかけて、ぼくはこの高校を選んだ

 憧れの先輩は超絶美人で全知全能の、まさに神のような存在だった。いや、事によると、本当に神様に準じた存在なのかもしれない。だって、なんでもできるんだもの。なんでもしっているのだもの。

 ━━そんな人間、いるわけがない。普通はそう考えるし、きっとその考えは正しい。そう、いるわけがないのだ。


 でも、あの人は実在する。それだけは、間違いようのない事実だった。


 すべての教科で完全無欠の満点を獲得し、あらゆる競技で超人のような活躍を見せ、水泳の授業では男子生徒全員がプールの中から出てこないという事態を招いた逸話を残し、教職員をも上回る知識と行動力を持つとさえ言われた、伝説の生徒。


 ぼくが中学一年の夏に、ひとつ上の学年に転校してきたのが、その人だった。

 目も眩むようなプラチナブロンドの長髪に大人も子供もおじいさんも実際に目が眩み、おばあさんは川へ洗濯にでかけ、まるで美少女フィギュアのような綺麗な肌と顔立ちに我々の常識は音を立てて崩壊し、その脳神経に直接影響を及ぼしてしまうような甘美な声色にすべてのネガティブな感情は消滅して、番長グループが優等生になるほどの大変革が生じた、歴史的な一日。その強烈な体験は、当時、あの学校に在籍していたすべての人間の心に完璧に植え付けられたし、その衝撃で性格や人格、あるいはその後の人生さえ変わってしまった人も少なくはないはずだ。

 それほどの影響力を、あの人は持っていた。なにをせずとも、周りを変えてしまうほどの、とてつもない力を。


 そして、あの人がやってきたそのあとは━━ぼくの視点だけで言えば、想像するまでもなく想像するまでもない展開になった事ばかりに思えたし、そのほとんどはどうでもいい話だ。それでも一つだけエピソードをあげるなら、当時すでに俳優として活躍していて全国的な知名度のあった、ぼくが所属していた剣道部の先輩でもあるスーパーイケメン相原舞空(あいはらまいく)が『他のみんなはダメだったけど、ぼくなら大丈夫だろう』とでもいった余裕を見せながら放課後のグラウンドであの人にクソったれた愛のクソったれ告白をしたのだが━━詳細はわからないけれど、どうやら完膚なきまでのノーを頂戴したらしく、その後の一週間ほどを休学して話題になったということがあった。

 例に漏れず、ぼくもあの人には好意を持っていたので、正直ほっとした気持ちが強かったのを憶えている。と同時に、あの人ほどの美人ともなると芸能人のイケメンをもってしてもダメなのだから、ぼくなんて……という考えがよぎった。いや待てよ、もしかすると逆に不端正なお顔が好きとかいう、そっちのパターンなのか?

などと思いもしたが、それもなかった。その点に関しては同級生の悪魔王ゲロイムブッサイクこと宵山田健二(よいやまだけんじ)が証明してくれていたので、心配はない。

 結論から言うと、あの人は恋人を作らなかった。

 ぼくが告白しなかったから? などとは夢にも思わない。

 恋人ではない。それでも、知り合うことはできたし、それだけで幸せだった。まあ、偶然にも一つ上に幼馴染がいて、さらに偶然にもその幼馴染とあの人が仲良くなった、という幸運が重なった上での事ではあるが━━そういうものを、運命と呼ぶのだろうと思う。


 そしてぼくは、そんな運命を信じているのだった。


  ☆★☆★☆


 校内のとある一室。スーツ姿の男性と、制服姿の美少女がテーブルを挟んで向かい合っていた。ちなみに、校長は同席が許されず退室済みであった。

「ミサイル攻撃への対策案ですが、わたしが直接携わりますので迎撃装置をつくりましょう。━━こんな感じの。これを、どこか高い所に設置しましょう。上空の、あらゆる方角からの飛来物をほとんど瞬間的に破壊できます。一種の、レーザー兵器です。

 これは、担当責任者による声紋認識で作動するようにしましょう。認識後、一秒以内に起動、次の瞬間には破壊レーザーが射出されます。破壊まで三秒以内です。それと、起動の合言葉は『ギブミーチョコレート』でお願いします・・・理由はありません、思い付きです。

 外見に関してですが、幼稚園児アニメキャラの臀部をモチーフにするというのはどうでしょうか? 今、思い付きました。完成には三日ほどを要します。校長先生の許可もいただきましたので、いつでも始められます。必要な材料の一部はこちらでご用意いたしますので大丈夫です」


 その四日後、富士の山頂に巨大なオシリが設置された。


  ☆★☆★☆


「よっ、チュウ太郎。まさか、ほんとに、追いかけて来ちゃうなんてね」廊下で出くわした幼なじみであり先輩でもある剣崎百合香(けんざきゆりか)が嬉しそうに言った。

「別におま……ユリ姉を追いかけて来たわけじゃないけどね」

 他の先輩方の手前、さすがに「お前」とは言えない。危なかった。

「わかってるって。憧れの“あの人”を追いかけて来たんだもんねぇ」

 中学時代からトレードマークになっているクリスタルスカルを模した髪留め(どこで買ったんだろう)を、ユリ姉はまだ外していなかった。そしてかつての中学校では、その隣にいることが多かったあの人の姿は、今はない。

 ユリ姉のおかげで知り合いになれたとはいえ、友達ともいえず、ましてや恋人などではない、憧れの先輩。

 ふと、その頃に交わした百合香との会話を思い出す。

『あの先輩って、外国の人なの?』

『いや、日本人だって言ってたけど』

 マジか。全然見えない。いや、あんな日本人いるか?

『ハーフとかクォーター?』

『じゃないらしいよ』

 マジかよ!じゃあもう突然変異で決まりだな。

 と思った記憶のある、そんな会話。

 なにしろあの人は日本人離れした容姿なので、両親が日本人だとしても黙って納得できるものではなかった。とてもではないが信じられない。なにか秘密があるのではと疑うのも、当然のことだった。

 ぼくはもとより、百合香もあの人のご両親を見たことはないので、未確認ではあるのだが。もし両親も日本人なのだとしたら、間違いなく二人とも人間離れした超絶美形に違いない。それ以外の理由で、あの人みたいな美少女が生まれることはあり得ない。


 ともあれぼく、館山宙太郎(たてやまちゅうたろう)が己の偏差値の限界を突破して、この名門曇汎(どんはん)高校に進学したのは他でもない、誰もが憧れてやまない超絶美少女な先輩・夢原(ゆめはら)ホニャ子先輩を追いかけて来たというのは事実で、正直、それ以外の理由がなにもなかった。

 ただ、ぼくだけがそうだというわけではない。実際、他にもホニャ子先輩を追いかけて来たという人間を知っているし、それは男女問わず、同級生の中にいた。

 ただし、そんな中でもぼくにだけ存在するアドバンテージがある。あると思いたい。それは、幼なじみの剣崎百合香が夢原ホニャ子先輩と大の仲良しであるという事実があったことだ。この幸運を利用しない手はないし、他との差別化を図るためには重要な要素であるといえる。

 クズだとか、ゴミみたいなやつだとか思ってもらって構わない。ぼくは気にしないし、気にしている余裕はない。おそらく、こんな平凡な男には二度とは来ないチャンスだろうから。絶対に、それを逃すことはできない。

 先輩と仲良くなるためならば、そうだな、女装くらいならやろうと思う。女装をすることにより仲良くなるという状況が想像できないけれど。

 それはそうと、こんな会話もあった。

『ホニャ子先輩って、本名なの?』

『だって』

 マジか。どんな意味の言葉だろう、聞いたことがない。

『漢字でどう書くの?』

『ホニャはカタカナだった』

 マジかよ! どうしたご両親。そして、受理したのか、役所。

 このように、いろいと信じられないエピソードは尽きないが、先輩の場合、その存在自体が常識の枠外にあるようなものなので、なんでもアリといえばなんでもアリなのだが。

「ところでホニャ━━」

「ホニャ子なら海外からのサイバー攻撃に関してのなんちゃらで政府っぽい人と打ち合わせしてる真っ最中だから、残念ながら今は会えないのよねぇ〜」

 偏差値の高い学校だったはずだが、百合香の説明はだいぶアホっぽかった。

「あの子はわたしら一般人とはものが違うから、高校生ともなると国家的な役割も担っちゃうからね、残念でした」

 会えないことは残念だったが、ホニャ先輩の能力を考えたらこの程度で驚いてなどいられない。この先もたなくなりそうだから、天才ってすごいな、くらいに思っておこう。

「というわけで、残念な宙太郎に耳よりな情報があるんだけど、聞きたい?聞きたいっしょ?」

 それはもう、聞かせたい人の言い方だった。仕方がないので肯定してみる。

「うん、ただし、ホニャ子ほどではないけどホニャ子さえいなかったらナンバーワン美少女の座も夢じゃなかったわたしに感謝して毎晩寝る前にわたしのブログ〈美少女その2の報告日記〉を読むことが条件になるけどそれでいいわね?」

 なんだか友達にあるまじき発言をしたような気がするし、お前の日記なんて誰が読むんだよとは思ったが、情報が欲しかったのでおとなしく返事をする。

 絶対に見ないけどな!

 そしてクソみたいなタイトルのブログだな!

「あの子って、なんでもできるじゃない?」

「まあね、出来なかったこと、ないんじゃない?」

「そうなの。だから全部の部活に誘われたりするわけで、実際全部の部活の助っ人をやったりしたことあったんだけど、それでも正式に所属できる部活ってひとつなわけよ」

 確かに、それは聞いている。そして、必ずいずれかの部活には所属しなければいけないということも。

「そこでホニャ子が正式に所属している部活を教えてあげようではないか、というわけだ」

 なるほど、そういうことか。確かにそれは知っておきたい。


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