コレジャナイ聖女生活
思いついてしまった上に書いてしまったので、続編を投稿してみました。
前回同様、あらすじの内容を一部再掲載します。
※この作品はプチスランプに陥った作者の血迷った息抜き作品の続編です。スランプ解消を主目的に書き始め、イラストレーターでいう落書きみたいなものであり、完全にノリと思い付きで書いたナニカになります。
※引き続き、男性は閲覧注意です。ちょっとした微ホラー描写が含まれています。
※コミカルっぽさを意識しましたが、仕上がりはよくわからないものになっています。作者の妄想が暴走したと思って、生温かい目で見てやってください。
※なんかごめんなさい。
では、本編をどうぞ。
「ふわぁ~ぁ! …………むにゅぅ」
窓から差し込む暖かい日差しと、控えめな小鳥の鳴き声を目覚ましに、私はあくびをしながら布団から起きあがる。
朝は昔から弱かったから、意味のない言葉がポロッと漏れるほど寝ぼけているのも、いつものこと。
「んぅ~……、っ、ん~~っ、っと!」
しょぼしょぼする目をパジャマの袖でクシクシこすり、腰から下を隠していたかけ布を取っ払って背伸びをした。
少しずつ眠気が収まっていくのを感じつつ、まだ半分眠ったままの頭を働かせながら布団をぱっぱと畳んで、部屋の隅に寄せる。
ないよりマシ程度の厚さしかない敷き布団と、『旅装のマントかよ』とグチったくらいは薄い掛け布一枚の寝具に慣れて、だいぶ久しい。
最初は日本のベッドが基準だったから、『こんな固い布団で寝れるか!』って文句タラタラだったのにね。地面の固さが背中に直で伝わるから、朝起きたら体がすっごく痛かったのはよく覚えている。
とはいっても、三日もすれば平気になってたから、私の体もたいがい丈夫だ。健康な体に生んでくれた両親に感謝だね。
今じゃ本当のマントで身をくるむだけで、ゴツゴツした岩場でも平気で野宿できるほどたくましくなった。
いや~、この世界にきてすぐの私って、マジで箱入りのお嬢様だったわ。布団や枕が変わった程度で眠れないとか、今の私が聞いたら『甘ったれんな!』って『相棒』で一喝してるね、確実に。
っと、布団はもういいや。
室内をフラフラ歩き、私の胸の高さほどある水瓶に張った水で顔を洗い、寝癖を適当に整えたところで完全に目を覚ます。
「おはよ~」
それから普段着に着替えて、枕元の壁に立てかけていた白杖に声をかけてからさっと手に取る。
そのまま一度家の外に出て、くるくるとバトンのように白杖を右手でもてあそび、縦・横と片手で振るってからの両手で全力フルスイング!
ブォンッ!! と空気を潰すような快音を耳にし、ついでに朝日を反射してキラキラ光る白杖の様子を確かめ、頬が緩んだ。
「よしよし、今日も調子いいね」
これは日課、というか一種の癖だ。
この世界にきてから始めたことで、体の調子と白杖の機嫌を確認するため、今じゃ毎日欠かさずやってる体操みたいなもの。
白杖の音が悪いと一日体がしんどく感じるし、白杖の握った感触(機嫌)が悪いといまいち威力が乗り切らないんだよね。
あくまで私の感覚的な話だけど、これがなかなか馬鹿にできない。一撃で相手をぶちのめすのと、二発以上ぶん殴るのとでは、体力に大きな違いが出るし。
「さって、朝ご飯、朝ご飯っと」
続けてうろ覚えのラジオ体操でいい感じに体をほぐして屋内に戻り、数日前に森からかっぱらった果物を乾燥させたドライフルーツをつまみ食い。うん、甘くておいし。
次に昨日同じ森で引っこ抜いた野草――火を通すとしょっぱくなる謎植物を出し、量に気をつけて水を入れた小さなお鍋に投入。
簡素な竈にお鍋をセットし、火打ち石でつけた火種から薪で火を大きくして、グツグツ煮込んでいく。
で、適当にあった食材をぶち込んでなんちゃって塩ゆで。意外にしっかり味がしみこむから、こういう謎仕様は調理が楽で異世界様々だ。
後はお店で買ったコンソメっぽい固形調味料を入れて、しばらく煮詰めればスープの完成。
お料理らしいお料理はそれだけで、残りは保存食の代わりにもなる固いパンと、飲み水があれば完璧だ。
割と簡素に見えるけど、この世界の一般的な平民ならかなり豪勢な部類に入る食事に、ただただ満足だ。スープに具があるありがたみをかみしめて、っと。
「いただきま~す」
手を合わせてから、パンをスープでふやかしながら朝食をパクリ。
……うん、可もなく不可もなく、って感じだね。花嫁修業で身につけた技術は、日本の文明社会から放り出された今も私を大いに助けてくれている。
昔の私、ぐっじょぶ!
「ごちそうさまでした」
新たな朝日を拝めたことに感謝しつつ、かむ回数を多めにしておなかを満たし、すぐに後かたづけ。
「ほい! っと」
心臓あたりから温かい『熱』を移動させ、手のひらから『白いもや』を浮かべて形を整える。
雑巾ルックな布っぽくなった『白いもや』を手にし、汚れた食器を軽く拭っていくと、あら不思議~。
食器についてた汚れが全部なくなり、洗い物用の水を節約できました。
「この『手品』も、ずいぶんこなれてきたなぁ、私」
『白いもや雑巾』を空中に投げると一瞬で霧散し、いそいそと食器を片づけていく。
最初に『手品』って言ったから、そのまま『手品』扱いしてるけれど、本当は『魔法』的な何かだとは薄々感じている。
誰かから習ったわけじゃなく、白杖を握ってたら不意に出てきた『白いもや』の操作を練習してたら、白杖なしでもある程度はできるようになったのが『手品』だ。
いまだに『白いもや』の正体はよくわかんないけど、いろんな汚れにめっぽう強い『白いもや』は掃除に苦労する主婦の味方である。
最近ではその働きに親しみと敬意を込めて、『白いもや』のことを『重曹』と呼んでいる。
どんなにしつこい油汚れも『魔法』のように落としてくれる『白いもの』といえば、『重曹』しか思い浮かばなかったんだよね。
水垢みたいなアルカリ性の汚れにはクエン酸がいいんだけど、『白』のイメージだとやっぱ『重曹』しかないでしょ。
異世界にくる前は、よくその二つでうちの掃除してたなぁ~。
「さてと。今日も一日、元気にやってくぞ~」
おー! と白杖を片手で掲げ、仕事道具を入れた鞄を身につけた私は、ちょっと前まであばら屋だった我が家を後にする。
すると、すでに起き出していた村の人たちとすれ違う。
「よぉ、ルリ! 相変わらず小せぇなぁ!!」
「うっさい! アンタらがデカすぎるだけだっつーの!!」
「その言い分は無理がある。ルリだけだぞ? 出会ってからずっと見た目が変わってないのは?」
「うぐっ! ……わ、私の体はまだ発展途上なのよ! いつかきっと、アンタらを見返すくらいグラマラスな美女になってやるからね!!」
「へぇ~? そいつは楽しみだな。ま、そん時に俺らがヨボヨボのじいさんになってなきゃ、相手してやるよ」
「はんっ! 誰がアンタらみたいなオッサンどもにすり寄るもんか! 私の体はカビの生えたパンみたいに安売りしてないっての!!」
冷やかし混じりに声をかけてくるのは、だいたい30歳以上のオッサンが多い。
会ったら必ず身長を引き合いに出す農家のオッサンに、民間療法レベルだが村の薬師をやってるオッサン、ないよりマシ程度な村の自警団に所属しているなんちゃって兵士のオッサンなどなど、次々話しかけられてはつばを飛ばしていく。
端から見れば喧嘩のように思えるかもしれないが、これが私たちの通常運転だ。
流れ者でへそ曲がりだった私を受け入れてくれた村の連中は、口こそ悪いが根はいい人ばかり。
ここにくるまでいろいろあったものの、この村の一員になってあれこれ教わりながら生活して、仲間に認められたからこその気安いやりとりだ。
だからみんな、私たちの怒鳴り合いに笑ってはいるが止めに入ったりはしない。私たちの感覚じゃ『おはよう』と同じだから、止める必要がないしね。
「ルリ! ちょっといいか!?」
「ん? 何~?」
それからもオッサンおばちゃんを中心に挨拶を交わしていくと、一つ毛色が違うお声がかかった。
振り返ると、顔なじみの狩人のオッサンが手を振っていた。傍らにはオッサンとよく似た顔立ちの男の子がいる。
「今日の狩りなんだが、うちの息子と一緒に行ってやってくれねぇか?」
「……あ~、いつものアレね。っていうか、ここ最近ずっと私の持ち回りじゃない? 私がくる前は、アンタら男衆の役目じゃなかったっけ?」
「そう言うなよ。ルリがやってくれた方が効果的だろ? 生意気なのは特に」
「ったく、どいつもこいつも……。そういうのばっかり私に押しつけてくるの、本当に迷惑なんだけど?」
「頼むって。今日の取り分は多めに持ってっていいからさ?」
「いらないっつの。私、かなり小食だし。おいしい部位を優先的にもらえるなら、考えてもいいけど?」
「乗った!」
状況にいまいちついてこれないらしい息子をよそに、私と狩人のオッサンはとんとん拍子に話を進めていく。
結局、今日とれた獲物の美味しい希少部位を優先的に回してもらうことで手を打ち、狩人のオッサンと別れた。
「ってわけで、アンタのお守りを一日任されたんだけど、何か質問ある?」
「……誰だよ、お前?」
おっと、お前ときたか。
まあ、この場に残った息子の方が背は高いし、最近は村の子どもよりオッサン連中とばかりつるんでいたから、私のことを知らなくても無理ないか。
「私はルリ。見ての通り、どこにでもいる普通の女の子よ。仕事は村のオッサン連中に頼まれた雑用をちらほらやってて、アンタのお守りも一応仕事ね」
「はぁ!? 何でお前みたいな女のチビが狩りの監督役なんだよ!? お前に頼るんなら、まだ親父に教えてもらった方がマシだ!!」
「ほっほ~う? 言ってくれるじゃないひよっこが。むしろ、アンタのお父さんが私に頼んでくれたのがラッキーなんだけど?」
「何がラッキーだ!! 弓も鉈も持ってねぇちんちくりんのお守りを押しつけられたのは俺の方だろうが!!」
「弓とか鉈とか使ってる時点で半人前だっつってんの」
ぴーちくぱーちくさえずるひよっこちゃんを微笑ましく思いつつ、私は右手に持った白杖を肩に担いで、にっ! と笑う。
「ま、もう決定事項だから。さっさと諦めなって。ほら行くよ~」
「おい、待て! ふざけんな!!」
反抗的な態度を崩さないひよっこちゃんに背を向け、私はどんどん村の外へ歩いていく。
それとなく背後のひよっこちゃんがちゃんとついてきているのを確認し、ちょっとだけ歩く速度を上げた。
さってと! おいしいお肉のために、今日はお守りに励むとしますかね!!
~~・~~・~~・~~・~~・~~
ひよっこちゃんをつれて、村の近くにある森の奥へどんどん分け入っていく。
ここら辺の植物はたくましいようで、生意気にも私の身長より高い草が多い。いちいちかき分けるのが面倒だ。
「ちっ! この、っ! 待ちやがれ!」
手や白杖で草木を薙ぎ払いながら森を進んでいたけど、足が遅くなったせいでひよっこちゃんに捕まった。
頭を鷲掴みにされて。
「ちょっと! レディの頭を乱暴に触るな、どこの野生児だアンタ! さっさと離せ図体だけの唐変木が!」
「少なくとも、身分の高い女がお前みたいな毒舌吐かねぇことくらい知ってるよ! っつか最初から上から目線で何様だチビ! ちょこまか動いて手間かけさせやがって!」
さすがにお守りで預かったひよっこに手を出すわけにもいかず、頭から手を離すように口を尖らせる。でも、聞いちゃいないなこの様子じゃ。
「それはアンタが私に追いつけなかっただけだろーが。自分の能力の低さを棚に上げて、私の責任にするんじゃねーよ」
「いちいち生意気なチビだな、お前!」
「生意気なのはお互い様だっての」
いっちょまえに怒ったひよっこの隙を衝いて鷲掴みから逃げ出すと、私たち以外が立てた物音に耳をそばだてる。
「んだとぉ!? てめぇ、痛い目を見ないとわかんねぇ――」
「静かに。何かいる」
まだヒートアップしたままのひよっこちゃんが喚こうとしたが、私は白杖の先端をひよっこちゃんの口元に突きつけて黙らせる。
すぐに意識を耳に集中させ、ガサガサと鳴く草を頼りに方角を見極めると、ひよっこちゃんをかばえる位置に移動して白杖を構えた。
「な、ぁっ!?!?」
瞬間、私たちの頭上からデカい熊が顔を覗かせた。四足歩行から二本の後ろ足で立ち上がったらしく、やけに上の方に頭がある。
かなり至近距離まで野生の熊に近づかれたからか、ひよっこちゃんは声もまともに出せないようで固まっている。
が、これは単なる熊じゃない。
体から『黒いもや』を出しているのが見えるから、魔物だ。
動物と魔物を区別する方法はただ一つ。『黒いもや』があるかないかだ。これは私だけが見えているものじゃなくて、みんな見えるらしいから判別は簡単。
そして、魔物は動物の何倍も凶暴で、気性の荒さに相応しい生命力や筋力などを有している。戦闘訓練を受けてない普通の人間が出会ったら、まず間違いなく命を落とす。
あ、じゃあひよっこちゃんはこの熊が魔物だから声も出せないと?
はっはーん。生意気な態度ばっかりだったけど、なかなかどうして、かわいいところがあるじゃないか。
私が魔物と初遭遇した時と比べたら、ずいぶんと初々しいね。ついつい口角が緩んじゃうよ。
「なに? ビビった? ビビっちゃった?」
「(お、おおおおま、おまえ、なによそみしてんだよ、ばかかぁ!?)」
ぷーくすくす、とからかい混じりにひよっこちゃんの青ざめた顔を見上げると、むっちゃ焦った小声でわたわたしていた。
私に絡んでた時の威勢はどこいった?
まったくもう、情けないぞ、男の子。
「大丈夫だって。私を誰だと思ってんのよ?」
「大人とばっかつるむ、妙にませたチビだろうが!」
え? 周りからそう思われてんの?
あのオッサン連中にすり寄ってると思われてるなんて、心外~。
グオオオオオォォォォォ!!!!
「うひゃぁ!?!?」
すると、ひよっこちゃんのさえずりに反応したのか、熊の魔物が思いっきり威嚇しだした。その迫力に気圧され、あっけなくひよっこちゃんは尻餅をつく。
『うひゃぁ』だって。本当にかわいいひよっこちゃんだな。
「大人ぶっただけのガキに、『ませたチビ』とか言われたくないっての!」
威嚇と同時に振り上げられた熊の手を見上げながら、私は白杖を体の前で垂直に立てて構えた。
そして、白杖のご機嫌な白い光沢を確かめつつ、私の中から『重曹』を引きずり出して。
『黒いもや』ごと呑み込むように、魔物の熊へ『重曹』をおっかぶせた。
「うわあああああっ!?!?」
で、ひよっこちゃんはあまりの眩しさに驚いたか、顔を腕で覆って悲鳴まで上げていた。大げさだな~。
それからゆっくり時間をかけて『重曹』の光は収まっていき、森はいつもの静けさを取り戻していく。
「もう目を開けていいよ~」
しばらく経ってもうずくまったまま動かないひよっこちゃんに声をかけ、危機は去ったと伝えてあげる。
「っ、…………は?」
それでも、おそるおそるといった具合に腕をどかして視界を確保すると、ひよっこちゃんはすぐに目をまん丸にして口をぽかーんと開け放っていた。
「どしたの? そんなバカ面さらしちゃって?」
「え? あ、いや、だって……」
おや、どうも様子がおかしい。
もしかして、私の『重曹』がひよっこちゃんの威勢まで消し飛ばしちゃったか?
それはつまらない――もとい、悪いことをしちゃったな。
「何で、魔物が、お前にじゃれついてんだよ……?」
ちょっと残念に思っていたところで、ひよっこちゃんに指を差されて手元を見る。
グルルルル。
さっきまで『黒いもや』と殺気を放っていた魔物の熊が、私になでられて気持ちよさそうな声を上げている。
猫なで声ならぬ、熊なで声だ。
声が低いからかわいくはないが、甘えてくる仕草には愛嬌がある。
「そりゃあアンタ、人徳よ人徳」
「ぜってぇ嘘だ!!」
ほほう? 何なら私の人徳を(物理で)頭に叩き込んでやろうか?
「まー失礼なガキだこと。ねぇ、熊公?」
「もっとマシな呼び方なかったのかよ……」
野生の熊に名前なんてあるわけないでしょうが。
熊公で十分だっての。
「ほ~れ熊公。よ~しよし熊公」
グルル。
「…………」
それからしばらく、熊公とのスキンシップを楽しんだ。
特に加減とかわからないから適当に頭とか首とかをなでくり回しただけだが、熊公は存外気持ちよさそうになすがままになっている。
そんな私たちの様子に呆れているのか、ひよっこちゃんは無言のままその様子を眺めていた。
が、そんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。
「どっせい!!」
グルアッ!?!?
私の白杖が熊公の頭をクリーンヒットしたことで。
「っておぉい!? いきなり何やってんだお前!?!?」
熊公が目をつむったタイミングで右手を振りかぶり、躊躇なくぶち込まれた魂の一撃は、熊公の頭蓋を砕く感触とともに裂傷でも負わせたか鮮血が飛ぶ。
まだまだ十代真っ盛りなほっぺたに温かい飛沫が点々と張り付き、真っ白だった白杖にも赤黒い液体がべっとりへばりついている。
私は変わらず笑顔のまま、真っ赤なお化粧をした白杖を振って余分な紅を払い落とした。
――といったところで、ひよっこちゃんが盛大に突っ込んだ次第です、はい。
「何って、介錯?」
「どういう意味だよ!? っつか、あの流れで熊をぶん殴る必要あったのか!?」
え~? ジャパニーズハラキリをお手伝いする首切りさんを知らないの?
いわゆる、武士の情け、ってやつ。
潔く首を差し出した熊公に、できるだけ苦しませないよう、ひと思いに頭蓋骨をかち割ってあげたのだ。私って優しいね。
それに、殺気立った相手を前にして殺されるー、って恐怖を覚えて死ぬよりは、わけもわかんないまま死んじゃった方が気持ち的に楽でしょ? 余計なこと考えずに済むし。
だから、熊公をなで回して安心させてあげてからコトに及んだんじゃない。
あの流れがどの流れかは知らないけど、私の行動にいっさいの矛盾はなかったはず。
なのにひよっこちゃんから文句を付けられるなんて、解せぬ。
ぐ、るぅ……。
「あ、まだ生きてた。くたばれぇ!!」
と、ここでまだ息があった熊公のしぶとさに感嘆し、すかさずとどめの一撃とばかりに白杖をフルスイング!
見事に後頭部を打ち抜いた世界をねらえる一本足打法により、熊公はようやく地面に沈んだ。
ふぅ。いい仕事したぜ。
「おおぉい!?!? 清々しい表情で額の汗拭ってんじゃねぇ!! 農作業終わりみてぇな雰囲気とまるで合致してねぇんだよ!! ここであったのは終始お前が元凶の惨劇だったろうが!! その反応はおかしいだろ!?」
「何言ってんの。こんなの農作業とそう変わりないでしょうが」
「お前の感性は狂ってやがる!!」
「アンタの考え方が脳天気すぎんのよ」
ひよっこちゃんの癇癪を華麗に聞き流し、ぴくりとも動かなくなった熊公の近くにしゃがみ込む。
「アンタさぁ、普段どうやって獲物を狩ってるか知らないの?」
「はぁ? そりゃあ、弓で獲物の急所を射ったり、罠にかかってたら鉈で首を切り落としたり――」
「それと私がやったことと、どう違うわけ?」
ひよっこちゃんの話を強引に割り込んで中断させて、白杖の補助を得た『重曹』をデカい円錐のトゲにして固めると、熊公の首にぶっ刺した。
「弓も罠も、獲物に気づかれないよう奇襲して、結局は殺すじゃない? 私の『手品』だって同じ。敵意とか悪意とかを『黒いもや』ごと吹っ飛ばして、私に懐いたところで脳味噌を潰す。手段こそ違うけど、結果は全く同じよ」
『重曹』の効果で『熊肉』を綺麗にするため血がドバドバあふれ出る首から離れ、今度は熊公を蹴り転がして仰向きにさせる。
そして、肩にぶら下げていた鞄から解体用のナイフを取り出し、景気よく熊公の腹をかっさばく。食べられるお肉の味を落とさないよう、内臓を捨てるためだ。
「私たち狩人は生きるために動物を殺して、美味しいご飯が食べられる。手段や過程なんて、いちいち気にしてらんないでしょ? 狩人じゃなくても、店から買った食べ物はどこかの誰かが殺して奪って加工した物なんだよ? どうせ結果は同じだって」
あらかた内臓を引っ張り出して捨てた後、血抜きが終わってちょっと軽くなった熊公の足をつかんで、ひよっこちゃんと向かい合う。
その頃になると、私の体は熊公の血で全身が赤黒く染まっていた。
「その過程を知っているかいないかで、アンタはこの熊公を『かわいそう』だとか言うつもり? だったら狩人は諦めて、農家か職人にでもなった方がいいよ。あ、自警団は論外ね。動物も殺せない甘ちゃんに、人を殺す覚悟なんてないでしょ?」
「…………」
口を半開きにしたまま何も言わないひよっこちゃんに構わず、私は熊公の体を引きずって横切った。
しばらくして、後ろの方からひよっこちゃんが無言で私についてくる。
ま、後は自分で身の振り方を決めるでしょ。
そんなことより、今夜は熊鍋だ~!
~~×~~×~~×~~×~~×~~
「……はぁ」
瑠璃がやらかした衝撃的な狩りの後。
最後までひよっこと呼ばれた少年は村に戻り、喜々として今日の獲物から希少部位をかっさらっている瑠璃を、遠巻きに眺めてため息を吐いた。
時刻は夕刻。すでに日は沈みかけており、村の中央では狩人たちが集まった獲物の解体作業をしており、明かり代わりのたき火には家の明かりに使う種火を求めた女性たちも集まってくる。
あれから瑠璃は、帰り道で巨大な兎の魔物と凶暴な鳥の魔物に襲われたが、それぞれ熊の魔物と同じ方法で返り討ちにしていた。
少年には何をしたのかわからなかったが、瑠璃が白い杖を掲げてあふれた『白いもや』を魔物へ当てると、とたんに大人しくなるのだ。
そして瑠璃は、兎の魔物は熊と同様白い杖で撲殺し、鳥の魔物は喉元を絞めて扼殺した。
その際、「よっしゃあ! 肉質が柔らかい兎肉ゲットォ!!」とか「猛禽類かぁ。肉はマズいし、矢羽根用かな」とか、瑠璃の独り言に少年はドン引きしていた。
小食と言った割には食い意地が張っているらしい。
「どうだ? お前もルリのやつにやられただろ?」
他の大人たちと楽しそうにしている瑠璃の様子を、いつもとは違う目で見ていた少年は、ふと近づいてきた父親に振り返る。
「……何なんだよ、あいつ。わけわかんねぇ」
「気にすんな。ルリじゃなくても、似たようなことは俺でもしてたさ。この村の『成人式』みてぇなもんだからな」
「は?」
事情を察しているらしい父親から出た予想外の言葉に、少年は目を丸くして隣に座った父親へ視線を向けた。
「うちの村は規模が小せぇから、村人全員が協力して生活してんだろ? だから村の子どもには、成人までお手伝いくらいの仕事を任せて訓練させてたわけだが、成人したら問答無用で一人前扱いだ。何らかの仕事をしなきゃなんねぇ」
少年は黙って頷く。つい先日、15歳の誕生日を迎えて成人した少年にはすでに耳にしたことのある話であり、疑問の余地はない。
「で、だ。うちの村では仕事の適性を確認するために、成人した子どもは全員、狩りに連れ出すんだよ。男も女も関係なくな。その働きぶりを見た付き添いの『お守り』が、そいつに向いてる仕事が『外』か『中』かを評価してんだよ」
言われて、少年は熊の魔物をしとめた後に村での仕事について瑠璃から言われたことを思い出す。
狩人だった父親を見て育った少年にとって、狩人以外の仕事は考えたこともなかったため、瑠璃からの突き放されるような言葉は衝撃的だったが、何も言い返せなかった。
「特に『外』は危険が多い。動物だけじゃなく、時には魔物や盗賊なんかも相手にしなきゃなんねぇ。そん時、ビビって何もできねぇ奴は邪魔にしかなんねぇから、早い内に見極めんだよ。『外』の仕事に向いた『度胸』があるかどうかをな」
「『度胸』……」
さらに少年が頭に浮かんだのは、無邪気にすり寄っていた熊の魔物を、容赦なく撲殺した瑠璃の姿。
やってることは動物虐待だが、殺ると決めたら殺る姿勢は迷いがなく、やり口の惨さに目をつむれば『度胸』は満点以上だ。
もしも相手が助命を懇願する盗賊であっても、瑠璃は問答無用で殺っていただろう。
瑠璃に懐いた熊の魔物が死んだ瞬間、少なからず憐憫を抱いてしまった少年とは違って。
「とはいえ、ルリの『お守り』はかなり厳しめだけどな。俺たちだったら狩人に必要な『生き物を殺す覚悟』をつけさせるくらいだが、ルリはルリの狩り方で『優しさと甘さの違い』も突きつけるだろ? あれやられて後込みした奴、結構多いんだぜ?」
それはそうだろう、と少年も苦笑する。
常に自分の優位を探し相手の警戒をかいくぐる『狩猟』とは違い、好意を向けるほど完全に無防備な相手を手にかける『屠殺』に慣れている者は、この村にはいない。
条件的に難しい酪農や牧畜などの畜産を行っていないのが一因であり、だからこそこの村の人間は『悪意なき殺意』には馴染みがなかった。
その意識を多少変えたのが、瑠璃の『屠殺』だ。
「でも、おかげで助かったこともある。お前がまだ小せぇ頃、マジで盗賊の襲撃をかけられたことがあってな。そのまま村で戦いになった時、怪我を負った盗賊に命乞いをされた奴らがいたんだ」
武器を捨て、涙ながらに訴える盗賊を見た彼らは、一瞬とはいえ言葉を聞き入れ武器を下ろそうとした。
盗賊の仲間が、背後から不意を打とうとしていたのにも気づかずに。
「そいつらを、あの白い杖でぶっ飛ばしたのがルリだ。『クズに同情すんな!』とか叫んでたっけな? それからは盗賊の演技に騙される奴もいなくなり、全員ふんじばって一番近い町に引き渡した。村から死人は出ず、怪我人も少なかったよ」
だが、瑠璃の存在と『屠殺』で示した『優しさと甘さの違い』の認識がなければ、だまし討ちで死人は出ていたはずだし、最悪村は蹂躙されていただろう。
ここは特別な訓練を受けた兵士など一人もいない、辺鄙な場所にある小さな村だ。
盗賊に襲われるリスクは相応に低いが、盗賊との戦いも相応に疎い。
小さくかわいらしい見た目とは裏腹に、『何故か』人間と戦う方が手慣れている瑠璃がいたからこそ、村の被害を抑えられたのは間違いない。
余談だが、捕縛後に瑠璃は盗賊の命を見逃す代わりに、全員の玉を容赦なく潰していった。
思わず同情しそうになる悲痛なうめき声が村中に響きわたる中、『消毒完了!』とキラキラした笑みで言い切った瑠璃の勇姿は、今でも当時を知る男衆のトラウマになっている。
「本当の意味でルリが村に馴染んだのは、それからだ。隣国との国境近いこの村にわざわざ来た上に、どう見てもわけありな格好したよそもんだったからな。警戒すんなってのが無理だろ?」
「……ん? ちょっと待てよ、親父? 俺が小さい頃って、アイツ今いくつなんだよ?」
「あれ? 知らなかったか? ルリは俺と同い年だぞ?」
「はぁ!?!?」
もう『三十代の半ば』に突入した父親の衝撃発言に、少年は瑠璃と父親を交互に見やる。
「完全に俺より下だろ!?」
「そう思うだろ? でもルリは、この村に来て10年以上経つが見た目はちんちくりんのままだ。それに、ルリがいっつも持ってるあの白い杖。ここまでくれば、学がねぇ村のガキでも、ある程度予想はつくだろ?」
「まさか……」
父親の言葉を徐々に理解していった少年は、ふと何年か前に村に訪れた行商人が言っていた噂を思い出す。
曰く、約20年前に『一度だけ』行われた『聖女選定の儀』以降、リィーン教の聖女がまだ見つかっていない。
だけでなく、聖女の象徴である『聖杖』も何者かに盗まれたらしく、教会は血眼になって次代聖女と『聖杖』を探しているらしい、と。
あくまで人伝の噂であるため真実はわからないが、『学がない村の子ども』でも世界最大規模の宗教の頂点に立つ聖女のことはもちろん知っている。
膨大な魔力を持ち、常人をはるかに超える長い寿命でもってリィーン教の権威を示す、『神の代行者』とも呼ばれる存在だと。
同時に、そんな聖女が約20年も空位のまま放置されていて、リィーン教にとって至宝ともいえる『聖杖』が盗まれたことの異常性も、全てではないが理解できてしまった。
辺境の村に住む人々には縁遠い話ではあるが、言わば最高権力者である皇帝が不在のまま、臣下たちが無理やり帝政を維持しているようなものだ。
たとえ、聖女の実態がリィーン教の御輿でしかないとしても、それを知らない信徒たちはトップも至宝も長らく不在と知れば、教会への不安と不審は高まっていく。
教会上層部も情報操作などで事実を隠蔽しようとしただろうだが、もはや容易に隠しきれない年月が経過しており、下手な誤魔化しさえ利かなくなっているようだ。
こんな辺境にまでリィーン教の権勢が揺らぐ噂が届いてしまっているのがその証拠。
そんな中で『十代にしか見えない三十代半ばの少女』が、『見たこともない不思議な素材で作られた真っ白な杖』を持って、『どう見てもわけありな格好』でこの村にやって来た。
いくら頭が悪いと自覚がある少年やその父親でも、聖女と瑠璃が無関係だとは到底思えるはずもない。
「いや、でも親父。あんな物騒な女が本当に聖女様なのか? 無抵抗の魔物を平然と殴り殺すようなやつだぞ?」
「さぁな。ぶっちゃけ、どっちでも構いやしねぇよ。本当はどこの誰だろうと、ルリはルリだ。初めて遭遇した魔物にも一切怯まず、笑いながらボッコボコにするような女なんて、ルリくらいだろうしよ?」
「なんだそれ怖すぎるだろ」
カラカラと笑う父親とは対照的に、少年はエピソードだけでドン引きする。
ちなみに、当時の瑠璃は連続ヒッチハイクの疲労や生活環境が激変したことによるストレス、おまけに知り合って間もない村人からの奇異の視線などで相当鬱憤がたまっており、ぶりっこ演技さえできない状態だった。
そんな中で瑠璃はどれだけ殴っても構わない熊の魔物と出会い、久しぶりの汚物消毒でヒャッハーしたのだ。
『聖杖』がもたらす魔法力の増幅効果の影響で向上した身体能力で、肘鉄からの足払いを流れるように行い、後は死ぬまで『聖杖』で滅多打ち。
『死ねぇ、パワハラクソジジイ!!』と叫び、瑠璃は大司教を思い浮かべつつ熊の魔物を組み敷くと、壊れたように笑いながら殴り続けた。
その間、その場にいた誰も止めることができなかった。っていうか怖くて話しかけられなかった。
残ったのは全身の骨がボロボロに砕け、内臓破裂で内出血が酷い死体だけ。もちろん、同行者たちは現在の少年以上にドン引きしていた。父親もその一人である。
「お疲れ~! いや~、今日もいい仕事したな~。はい、お水飲む?」
父子の会話が詰まったタイミングで、話題に上っていた瑠璃が近づいてきた。
瑠璃の手には木製のコップが二つ、父子それぞれに差し出される。
「いや、俺は遠慮しとく」
「……じゃあ」
父親は肩をすくめてコップを押し戻し、少年はちょうど喉が乾いていたのもあって素直に受け取った。
少年の頭の中には、まだ瑠璃のぶっ飛んだ情報がぐるぐる回っており、冷静ではなかったこともあったのだろう。
特に考えもせずにコップの水を一気に呷り、瞬間少年は目を見開くと慌てて口の中身を吐き出した。
「まっず! な、んだよこれ!? お前、俺に何飲ませやがった!!」
「あっははははは!! やーい、引っかかってやんのー!!」
「子どもか。ルリよぉ、お前本当に俺と同い年かぁ?」
舌を出しながら苦々しい表情を浮かべて怒る少年に、瑠璃は心底楽しそうに彼を指さし笑っていた。
成人したばかりの息子と年を重ねても変わらない友人のやりとりを横目に、父親は呆れたようにため息をこぼす。
「別にいいじゃない。ちょ~っと『重曹』で清めた魔物の血を飲ませようとしただけだって。細かいところを気にする男はモテないよ?」
「結構だ。俺はとっくに妻も子どももいる身だよ」
「オエ~ッ!!」
長い付き合いがそうさせる気安いやりとりで瑠璃と父親は軽口を叩き合うが、被害にあった少年は飲んだ水の正体を知って顔を青くしえずいていた。
ただ、少年が飲んだ水が不味かったのは、元々が魔物の血であったこととは関係がない。
瑠璃が持つ『白の属性』がもたらした『清浄』の魔法が、魔物の血を『超純水』に作り替えていたのが原因だ。
不純物を極限まで取り除くことで精製される『超純水』は、性質だけを聞くと美味しそうに思えるかもしれないが、実際は真逆。
人が水を飲むときに感じる、わずかな味や匂いの元になる物質さえも除去されているため、『超純水』は完璧な無味無臭に近いからこそクッソ不味いのだ。
『超純水』は通常、精製にかなりの手間と資金を必要とするが、瑠璃の『白の属性』を利用すれば片手間でできるジョークアイテムにすぎない。
よって、魔物の血だろうが泥水だろうが誰かの小便だろうが、液体なら『超純水』は片手間に作れる。元がどんな液体であったかなど、瑠璃にとって飲ませる相手への嫌がらせに必要な情報でしかない。
それで言えば、瑠璃がチョイスした魔物の血は本当にイタズラレベルの軽いもの。
目くじらを立てられるほどの悪ふざけではない。あくまで、瑠璃にとっては。
「うえっ、おえっ! て、め、この、っ、『ろり』ぃ!」
しかし、少年にとってはたまったものではなく、何度もえずいたせいで舌がもつれ、瑠璃の名前を言い間違えてしまう。
それも、考え得る限り最悪な音へ。
「な!? バカやr」
父親が息子の発言に度肝を抜かれた瞬間、空気が凍った。
――ズドンッ!!!!
「…………ぁ?」
胃の中を必死に出そうと四つん這いになっていた少年は、いきなり視界へ飛び込んできた白い杖に思考が白に染まる。
運良く体が硬直していたことがよかったのだろう。白い杖は少年の鼻先、顎、そして股間に触れるスレスレの空間を一直線に貫き、股の間を抜けて地面に突き刺さっていた。
あとほんの数ミリ上にずれていれば少年の鼻と顎と股間に穴があき、下手をすれば少年の体が白い杖で串刺しになっていたかもしれない。
そんな絶妙なところへ、魔物を撲殺した凶器が投擲されていた。
「ねぇ、ひよっこちゃん? 温厚で大人しくてか弱い私でもね? 怒るときは怒るんだよ?」
――ひたひた。
「でもね? こんなナリでも三十路超えちゃってるからさ、たいていのことは笑って許してあげられるよ。たいていのことは、さ?」
ゆっくり、小さな足音が、少年に近づいてくる。
「でも、『それ』だけはどうしてもまだ反応しちゃうんだぁ。たとえ私がまっずい水飲ませたから、呂律が回らなかった事故だってわかってても、ね?」
すでに突っ込みたいことはいろいろあったが、少年は一言も口を開くことができない。
「だから、一回目『だけ』は許してあげる。私にも落ち度があったもんね。ひよっこちゃんも、『わざとじゃない』んだもんね?」
あまりの迫力に顔も上げられないでいると、少年の眼前で白い杖がゆっくりと動き出した。
「でも、次に『わざと』同じコトいったら――」
ずるずると、ゆっくり視界の上へと引っ張られていく白い杖を見つめていた少年は、カラカラになった喉につばを流し込んだ。
「――ひよっこちゃんの未来のひよこちゃんと、会えなくなるよ?」
そして、熊の魔物と相対した以上に強い悪寒に震えながら、少年は途中から土の汚れを付着させた白い杖が目の前から消えるのを見送った。
土は数十センチも白い杖にこびりついていて、どれだけの力で地面をえぐったのかがわかり、少年の体は震えが収まらない。
「……じゃ、今日はもう遅いから帰るわ。おやすみ~」
「お、おう」
だが、次に聞こえた声はあっけらかんとしていて、先ほどまで聞いていた優しいのに恐ろしい声から一変して朗らかだった。
一瞬の変わり身は父親も感じ、答える声もどこか戸惑いが強い。
そのまま恐怖の足音が遠ざかっていったのを確認して、少年はその場に崩れ落ちた。
「…………おやじ、せつめいくれ」
「あ~……、意味は俺もわかんねぇんだが、ルリは自分の名前の『ル』を『ロ』に変えられると、尋常じゃなくブチギレる。だが、前より丸くなったのは確かだぞ? 会ってすぐは冗談抜きで殺されかけたし、『チビ』でも結構キレてたからな」
「…………それ、さいしょにおしえといてくれ…………」
『ロリ』はともかく『チビ』を連呼していた少年は、しばらくその場から動けそうもなかった。
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「ふ~んふ~んふ~ん♪」
熊公やウサ公の美味しいお肉をゲットして帰宅した後、広場の種火を使ってランプに火を灯し、ついでに朝食でも使ったお鍋も火にかけてなんちゃって熊鍋を作った。
狩りの途中で見つけた山菜を適当にパクって、お鍋の彩りに添える。食物繊維補給の他、香草も入れたから肉の生臭さも誤魔化してくれるだろう。
で、食べてみた結果、普通に美味しかった。いわゆる鳥獣肉って適切に処理しないと獣臭さが結構キツいんだけど、今回はまだマシだったかな。
これは確実に私の『重曹』を使った血抜き術が効いたんだろう。やっぱ万能だな、『重曹』。
それから食器を『重曹雑巾』で綺麗にし、明日以降のご飯になるウサ公のお肉を日陰になった涼しい場所に置いておく。
この世界に冷蔵庫なんてないし、夜に保存用の処理をするのも面倒くさいしね。いざとなったら『重曹』を使えば食べれるようにはなるから、細かいことはいいんだよ。
そうして、私は今、熊公を解体したナイフを鼻歌交じりに手入れしている。
砥石でひたすらジョリジョリするこの作業は嫌いじゃない。一つのことを無心でやるのは好きだ。ターゲットの心身を徹底的に叩き潰す汚物消毒の作業に少し似てるし。
そうじゃなくても、ナイフに付いた血の汚れは『重曹』で落ちるけど、無茶な使い方をした刃こぼれまでは綺麗にならない。
10年以上狩人の真似事をやってるけど、解体みたいに力がいる作業はどうしても雑になっちゃう癖があるみたいで、よく道具をダメにしちゃってた。
今はだいぶマシになったけど、前は獲物の骨ごと肉を切ろうとしたせいで、指導してくれた狩人のおっちゃんにしこたま怒られたなぁ。今となってはいい思い出だ。
……二年前、魔物に襲われて、死んじゃったけど。
「……あ~、私らしくない! 止めよ、マイナス思考!!」
ジョリッ! と仕上げを終わらせて、ナイフの刃をランプの火にかざす。
ん~……、ま、大丈夫でしょ。切れればいいんだし。
たぶんオッケーと自己判断し、ついでに鞄の中身の確認と整理をしてから、畳んでた布団を広げた。
「さて! 明日も早いし、もう寝ちゃおうっと」
普段着を兼ねた作業服から、20年以上着続けている年季の入ったパジャマに着替えた。このパジャマとの付き合いも、もはや意地だ。
服の汚れは『重曹』で一発だから、洗濯が必要ないのも楽でいい。洗剤や漂白剤いらずなんて、やっぱり『重曹』は偉大だ。
「おやすみ、白杖」
最後に、今日も一日一緒に行動した白杖を軽くなでて壁に立てかけ、ランプの火を消して床についた。
小山内瑠璃、34歳独身。
なんだかんだで、私の異世界生活は充実している。
幼いロリは三十路のロリに進化した!!
余談として、ルリちゃんと仲良しな村のおっちゃんたちは全員既婚者です。その上、ルリちゃんがくっつくまで世話を焼いた面があり、奥さんたちとも仲良しです。
なので、中年の逆ハーレムではございません。中年同士のじゃれ合いです。決して事案ではありません。
最後に、ひよっこちゃんのひよこ(将来の子ども)ちゃん、逃げて!!