これから会いにいくよ。
残酷描写まではいきませんが、一部暴力表現があります。ご注意ください。
ユリ、いいか、よく聞け。
爺ちゃんな、もう長くねぇ。
おそらくこの何日かで死ぬ。
先月まではだいぶ遠くに見えてた光る道が、だいぶこっちまで伸びてきてる。
あの道が爺ちゃんの足元まで来たら…そん時は行かなくちゃならねぇ。
去年死んだ婆さんも死ぬ前に光る道が……って言っててな。
その時はなんの事だかさっぱりわからなかった。
けど、今はわかる。
去年は見えなかった道がハッキリ見える。
そういう事だったのかって納得だ。
そうしたらユリ、お前は一人ぼっちになる。
お前にとって2度目の一人ぼっちだ。
泣くなユリ。
大丈夫、お前はもう18歳。
成人式には2年足りねぇけど、そこらにいる甘ったれた18歳じゃねぇ。
苦労した分、誰よりも優しくて強い子だ。
爺ちゃんの自慢の孫だ。
だから、しっかりと頑張ってこれからを生きてけ。
なに、ユリにはこの先たくさんの楽しい事が待っている。
ユリは母さんに似て美人だから、そのうち恋人もできるだろうし結婚もするだろう。
だがな、その時は相手の男が本当にユリを大事に想ってくれるヤツなのか、よくよく見極めるんだぞ。
いいか、男は面じゃねぇ、心だ。
爺ちゃんみたいな男を選べ。
わかったな。
それからな、ここからが大事な話だ。
涙拭いてよく聞け。
ユリ、まず仏壇の奥に茶色い封筒がある。
婆さんと貴子の位牌どかしてその奥の…
そう、それだ。
ユリ、その封筒の中には爺ちゃんが死んだ後、このあばら家と土地をどうするかが書いてある。
そうだ、遺言書だ。
ちゃんと、お偉い弁護士先生に頼んで作ってもらった書類だから、これさえあれば親戚連中だって何も手出しできねぇ。
爺ちゃん、財産なんて大した代物はねぇけどよ、広いだけが取り柄のこの土地売っぱらえば多少の金になる。
その金はみんなお前のものだ。
ユリが本当に困った時、ユリが良い人見つけて嫁に行く時、そういう時に使ってくれ。
なに?
この家を離れたくない?
爺ちゃんが死んでもここで1人で暮らす?
ああ、ユリ……ありがてぇけど、それは駄目だ。
情けねぇ話だが、あいつら……親戚連中は腐ってる。
みんな揃って金の亡者だ。
普段、爺ちゃんやユリに顔を見せるどころか電話の1本もよこさねぇくせに、爺ちゃんが死んでユリが1人になったら、ハイエナのように寄ってくるだろうよ。
それでうまい事言って騙してよ、純粋なユリなんざ身ぐるみ剥されて放り出されちまう。
だがな、そんな事、爺ちゃんが絶対させねぇ……!
だからユリ、爺ちゃんが死んだらすぐに金を持ってここから出るんだ、いいな。
ユリ、封筒の中にもう1つ。
お前名義の通帳があるだろ?それを見てごらん。
ははは、驚いたか!
爺ちゃんな、思いがけずお前と暮らせるようになった11年前からコツコツずっと貯めてきたんだ。
たいした額じゃねぇけど、この金で引っ越しすればいい。
泣くなユリ。
お前は本当に昔から泣き虫だ。
それで、その、これからのお前の行き場所なんだがよ。
どこか特別住みたいところがなけりゃ東京に行け。
都会の方が働く場所も多いだろうし、それに……おまえは7歳までは東京に住んでたんだ。
まったく知らない土地って訳でもねぇだろ。
……うん、そうだな。
わかってるよ。
お前にとっては恐いところだよな。
でも……爺ちゃんの最後の願いを聞いてくれねぇか?
ユリの母親……爺ちゃんの娘の貴子は高校を卒業した18歳で上京したんだ。
ちょうど、今のユリと同じ歳だな。
貴子はこんな田舎で一生を終わらせたくない、なんて生意気言って勝手に寮がある東京の会社に就職決めてきちまいやがった。
爺ちゃんはな今思えば淋しかったんだ。
できればずっと貴子をそばに置いておきたかった。
でも、素直にそれが言えなくてよ。
貴子が東京へたつ前の晩。
爺ちゃん、貴子をどうにかして引き止めたくてな。
『本当に行く気か?そんなに東京が大事か!俺や母さんよりも大事か!だったら明日の朝じゃなく今すぐ出ていけ!二度と帰ってくるな!』
って、怒鳴っちまった。
もちろん、それは本心じゃない。
ただ、そう言えば上京を諦めてくれるとかと思ったんだ。
でも、結果は違った。貴子は目を真っ赤にして、
『お父さんは、昔から私を否定してばかりだね』
って、言い残し出て行っちまった。
貴子が出ていってから10年。
貴子はその間1度も帰ってこなくてな。
爺ちゃん、本当は貴子に会いたくてたまんなかったんだけど意地になっちまってよ。
時折婆さんが貴子んとこにコソコソ電話してるのを寝たふりして聞き耳たててな。
本当に馬鹿な父親だ。
なんであの時、
『今の電話は貴子か?』
と聞けなかったんだろう?
なんであの時、
『ちょっと代ってくれ』
と言えなかったんだろう?
今更こんな事言って、後悔しても始まらねぇけどよ、でも、やっぱり、そう考えちまうよな。
あれは真夏のクソ暑い日だったと思う。
家に東京の警察から電話がきたんだ。
『……田所貴子さんはお宅の娘さんで間違いないでしょうか?』
ってよ。
タドコロタカコ?
貴子といえば俺の娘と同じ名前だが、うちは“藤田”だ。
タドコロタカコなんて知らねぇよ。
『……旧姓“藤田貴子”さん。現在はご結婚されて“田所貴子”さんですよね?』
結婚した……?
なんだそりゃ!
俺はそんな事知らねぇぞ!
『ご家族の方ですよね?娘さんの結婚をご存じではないですか?……失礼ですがお父様で?ああ…そうですか。では落ち着いて聞いてください。……先日、東京都H市で殺人事件がありましてね。それで、被害者の方の健康保険証などを確認したところ、娘さんの貴子さんである可能性があります。一度確認をお願いしたいので東京まで御足労願えますか?』
その電話を切ってすぐに、爺ちゃんは婆さんと2人で東京の警察の行ったんだ。
道中、婆さんに貴子が結婚したの知ってたのかって聞いたけど、婆さんも驚いててな。
ここ何年か連絡が無くて手紙を出しても戻ってきてた。
こんな事なら早くにお父さんに相談すればよかったって、震えながら泣くんだよ。
だからな、
『じゃあよ、人違いじゃねぇか?いくらなんでも結婚したなら連絡の1本くらい寄越すだろ。警察も人の子だからよ、そりゃ間違いくらいあるさ。とりあえずここまで来ちまったし警察に行くだけ行って、人違いを確認したら、本物の貴子のところに寄ってみるか。突然俺らが行ったらアイツ驚くぞ!土産は貴子の好きな苺がのったケーキにしよう。ケーキ屋で1番でかくて1番高いのを買ってやるんだ。今なら…ほら、なんだ。勝手に上京した事許してやったっていい。そうだよ、あれから10年もたったんだ、時効だよ……』
馬鹿みたいだろ?
爺ちゃんも婆さんも貴子がどこに住んでるかも知らねぇのによ。
でもな、あの時はとにかく貴子が殺されたかもしれねぇなんて事は信じたくなくってよ。
東京に着くまでの新幹線の中で、会えもしねぇ娘の話ばっかりしてたんだ。
警察署に着くと爺ちゃん達は遺体安置室に案内され、すぐに遺体の確認をさせられた。
台の上で……白い布が人の形を作って膨らんでいてよ。
背中を向けた刑事さんが合掌を終えて振り返ると、
『確認お願いします』
って、白い布の顔の部分をめくってくれたんだ。
爺ちゃん達な、最後の最後まで布の下にいるのは、よその家の気の毒なお嬢さんだと信じてた。
貴子がそんな事件に巻き込まれる訳がねぇ。
ずいぶんと会ってねぇけど便りが無いのはなんちゃらって言うだろ?
そう必死に思い込もうとしてたんだ。
でも現実は甘くなかった。
布の下から現れたのは顔全体が紫色に腫れあがり、目は潰れ、鼻は陥没し、あまりにも変わり果てた姿の貴子だった。
途端、普段物静かな婆さんが発狂したように泣き叫びだしたんだ。
それはもう手が付けられないくらい暴れてよ。
で、そのまま気を失っちまった。
婆さんを警察署の医務室で休ませてもらっている間、刑事さんから事件の事と、爺ちゃんの知らない貴子の10年間を教えてもらったんだ。
とは言っても警察で調べて分かった事だけだから、それがすべてではないけど……
それでも爺ちゃんにとってはすごく貴重な話だった。
貴子が上京して2年目の冬。
妊娠がきっかけで同じ会社の男と結婚したはいいが、そのあとすぐに亭主がリストラで会社をクビになっちまったんだ。
これから子供が生まれるっていうのに亭主は職を探しもせず、酒とギャンブルに溺れ、おまけに借金まで作ってよ。
いくら言っても働かない亭主のかわりに、貴子はユリを生む直前までパートに出て働いてたんだ。
たいした額稼げるわけじゃねぇのに、そのわずかな金すら亭主が使こんじまうんだからたまったもんじゃねぇ。
そんな亭主だから、とてもじゃないけど幸せな結婚とは言えなかった。
だから苦労の連続だった貴子にとって、生まれてきたユリだけが唯一の希望だったんだ。
事件当日、貴子の最後の日。
朝から浴びるほど酒を飲んでいた亭主は、些細な事に腹を立て貴子を殴った。
そんな母親を助けようとユリ、お前が貴子の前に立ちふさがってかばってくれたんだよな。
だが、亭主は、そんなユリの勇気も優しさも踏みにじり、ユリが吹っ飛ぶ程の力で蹴り飛ばしたんだ……!
気を失いぐったりとするユリを見て、貴子は慌てて119番に電話をした。
だが、運の悪い事にその日は近所で夏祭りがあってな。
そのせいで道路は渋滞し、救急車到着までに34分もかかっちまった。
やっとの事でアパートに着いた救急隊員がドアをノックするも誰も出てこねぇし、ドアノブを捻っても鍵がかかってる……どうも様子がおかしい。
そこで隊員の1人が裏の窓から中を覗いてみると、そこには気を失ったユリと、すでに息絶えていた貴子、それから両の拳を真っ赤に腫らした亭主が、ひどく怯えた様子で座り込んでいるのが見えたんだ。
貴子は救急隊員が到着するまでの34分間、ユリを守ろうと命がけで闘った。
亭主の……奴の自供じゃ、貴子は119番通報した後、奴をユリに近づけまいと両手を広げて盾となった。
それを見た奴が笑いながら貴子の頬を何度も打った。
だが、どれれだけ殴ってもどれだけ蹴っても、その日の貴子は頑として引かなかった。
いつもみたいに泣きもしないし怯えもしない。
ただユリの盾となり燃えるような目でじっと見るんだ。
奴はだんだん笑えなくなった。
何発目かの拳が貴子の顔面にめり込んで鈍い音がした。
拳をどけてみると明らかに貴子の鼻が陥没している。
さすがに奴もやりすぎたかと焦ったものの、燃える目はそのままに声も上げず盾になり続ける貴子に、奴は悲鳴を上げながら貴子の首を絞めたんだ……!
最後に奴は言っていたそうだ。
貴子は死んだはずなのに……
目の前の貴子の遺体から、陽炎みたいに輪郭のはっきりしない、もう一人の貴子が抜け出して、倒れてる子供の前で両手を広げ再び盾になった、と。
泣くなユリ。
貴子が死んだのはお前のせいじゃない。
みんな爺ちゃんが悪いんだ。
爺ちゃんが貴子と喧嘩別れをしなければ……
爺ちゃんが意地にならずに貴子に戻って来いと言えていれば……
もっと婆さんの話を聞いてやっていれば……
そうすれば、貴子はユリを連れてこの家に逃げてこれたんだ……
それが出来なかったのは、みんな爺ちゃんの責任だ。
ユリ、嫌な事を、恐かった事を思い出させて悪かったな。
でもな爺ちゃんも婆さんも、あの日、貴子の死を知ってすごく悲しかったけど、同じ日にユリというかわいい孫がいる事がわかって本当に嬉しかったんだ。
おまえを引き取るのに迷いはなかったし、当たり前の事だと思った。
貴子に代わってたくさんの愛情で育てよう、どんなものからもユリを守っていこうって、生きる力になったんだよ。
おまえがいてくれて本当に救われた、幸せだった。
ユリ、ありがとうな。
ユリ、さっき爺ちゃん、この先は東京に行けと言ったよな。
それで…実は一つ頼まれてほしい事があるんだ。
お前にこんな事を頼むのは心苦しいんだが、お前にしか頼めない事でもある。
よく聞いてくれ。
東京に行ったらどこか部屋を借りなけりゃならん。
それで、その部屋なんだけどよ……
11年前までユリと貴子が住んでいたアパートで、あの時と同じ部屋に住んでほしいんだ。
ああ、待て待て!
最後まで聞いてくれ!
爺ちゃんの話最後まで聞いて、それでも嫌なら断ってくれていいから……
あの時の部屋……
貴子の最後の住処だったのかと思うと、どうにも気になってな。
色々と調べてみたらとんでもねぇ事がわかったんだ。
貴子が死んで、またあの部屋を貸し出すようになって11年。
その間に入れ替わり何人かの入居者がいてよ。
でもな、みんな住み始めて1か月もしねぇうちに出て行っちまうらしいんだ。
そこで大家が元の住人達に話を聞いてみると、みんな揃って部屋に殺された女の幽霊が出る、って言うんだとよ。
ああ、ユリ、そうだ。
その幽霊ってのは間違いなく貴子だろう。
話によると部屋の住人が男なら、顔の潰れた女の霊が燃えるような目で睨みつけ、逆に女なら、かばうように覆いかぶさってくるらしいんだ……
それ聞いて爺ちゃん、泣けてきてな……
貴子はいまだに成仏できてねぇんだ。
あの部屋に縛られちまって、ユリを守る為に殺されたあの日を……痛くて苦しかった貴子の最後の日を……この11年ずっと繰り返してる……!
貴子にとってあの日は終わっちゃいねぇんだ。
爺ちゃんなぁ、そんな貴子が不憫でたまらねぇ。
1日でも早く成仏させてやりてぇ。
貴子は命と引き換えにユリを守りきったんだって事をちゃんと教えてやりてぇ。
楽にさせてやりてぇんだ。
だから頼む……ユリ!
東京に行って、貴子に……お前の母さんにユリの無事な姿を、立派に成長した今の姿を見せてやってくれねぇか…?
◆◆1か月後◆◆
この町の桜は遅い。
辺りはまだ薄暗い三月終わりの早朝の無人駅。
私は誰もいないホームで、花も葉もない桜の木をぼんやりと眺めながら、始発電車の到着を待っていた。
行先は東京都H市。
先月に亡くなった爺ちゃんの遺言通り、11年前に住んでいたアパートへと向かうところだ。
遠方からの引っ越しでは、内覧をせずに賃貸契約をすませ、引っ越してから初めて部屋を見る、という事も珍しくない。
私も先週H市の不動産会社に電話をし、今度H市に引っ越すので部屋を借りたいのだけど、現住所が遠く、そちらまで行けないので郵送で契約がしたいと伝えると、快く手順を説明してくれた。
でも……希望物件のアパート名と部屋番号を伝えると途端に態度が変わり、やめた方がいいとか、おすすめできないとか……とにかく全力で反対された。
それでも食い下がりどうにかこうにか、やっとの事で契約できたのだけど、担当してくれた女性の営業さんが携帯の番号を教えてくれて、入居後何かあったらいつでも電話してきていいとまで言ってくれた。
あの営業さん、すごく優しかったな……
きっと今まであの部屋トラブルとかいっぱいあって、それで私の事心配してくれたんだ……
なのに、ごめんなさい……
そのトラブルの原因って女性の幽霊が出るからですよね?
営業さん……その幽霊が私のママだって知ったらびっくりするんだろうな……。
『そりゃあ、びっくりするだろうよ』
そう言って隣でニカっと笑うのは陽炎みたいに輪郭のはっきりしない爺ちゃんだ。
私は大げさに溜息をつくふりをして、
「爺ちゃんが死んだ時、私あんなに大泣きしたのになぁ……」
と、言うと、爺ちゃんも負けじとやり返してきた。
『ああ、まったくだ。爺ちゃんが死んだくらいで、ユリは子供みてぇにわんわん泣いてよ。爺ちゃんな、死んだあと、あの世に向かって光る道を歩いてたんだ。なのによ、どこまで行っても後ろからユリの泣き声が聞こえてきてよ。それで、これはもう放っとけねぇと思ったんだ。だから爺ちゃん、来た道、走って戻ってきちまった。そう長くはコッチにいられねぇみてぇだけど、一緒に東京行って、貴子にユリの立派になった姿見せてよ……それで貴子を安心させたら一緒に向こうに連れていこうと思ってる』
そう言って爺ちゃんは、顔中に刻まれたシワをさらに寄せて笑った。
そして花も葉もない桜の木にふわりと寄り添い、
『なぁ、ユリ。東京はもう桜咲いてんだろうなぁ。向こうはこっちより早いらしいからよ』
「うん、咲いてると思う。今でも変わってなければ駅からアパートまでの道が桜通りになっていて、すごくきれいなんだ」
『桜の道か……いいところなんだな。……なぁ、ユリ。その桜通りって所にケーキ屋はあるのか?』
「商店街だし、あると思うよ?」
『そうか……ならよ、わがままな爺ちゃんの頼み、もう1つ聞いてやってくれねぇか?東京に着いたらよ、アパートに行く前にそのケーキ屋に寄ってよ、店で1番でかくて1番高い、苺がのったケーキを買ってほしいんだ』
「苺のケーキ……?あっ!爺ちゃん、それってもしかして……ママの好きなケーキだよね!うん、そうだね!買っていこう…!」
ガタン……ガタン……
明るくなってきた空の下、その音は遠くからかすかに聞こえてきた。
私と爺ちゃんでその方向に目をやると、ガラスの窓に朝の光が反射して、キラキラと宝石箱のような一両編成がゆっくりと近づいてくるのが見える。
「爺ちゃん、あの電車に乗るんだね」
『ああ、そうだユリ。あの電車に乗って……、』
そこで言葉を止めた爺ちゃんは、なぜかそのまま黙ってしまった。
そして何を思ったか、突然電車に向かって大きく両手を振り、叫びだした。
『おーい!おーい!こっち、こっちー!待ってたぞー!貴子のところまで連れてってくれー!やっと……!やっと、会えるんだー!俺はこれから娘に会いに行くんだー!大事な孫と一緒によー、大事な娘を迎えに行くんだよー!おーい!おーい!』
私はびっくりして爺ちゃんを見た。
朝日に透ける爺ちゃんの横顔ははっきりとは見えないけど、たぶん、泣いている。
昔から強くて優しくて……豪快に笑ってる顔しか見た事なかったのに……
………
…………
……あぁ、そうかぁ。
爺ちゃん、ママを助けられなかった事をずっと悔やんでて……
だけど、幼かった私を引き取ってから、育てるのに必死で、自分の為に泣くヒマなんてなかったんだ。
それが今、爺ちゃんからママのお父さんにやっと戻れたんだ。
やっと自分の為に泣く事ができたんだ……
私は爺ちゃんが泣いているのに気が付かないふりをして前を向いた。
そして大きく息を吸い、爺ちゃんに負けないくらい大きく両手を振りながら、おーいおーいと力いっぱい叫んだ。
そしてそのまま私達は、電車がホームに着くまで、ずっとずっと手を振り続けていた。
†††
ねえ、ママ、
11年前、命がけで私を守ってくれてありがとう。
なのに……ずっとひとりぼっちにさせてごめんなさい。
寂しかったよね、辛かったよね。
これから会いにいくよ。
爺ちゃんと二人、11年前、爺ちゃんがママに買ってあげたかった苺のケーキを持って。
だから、もう少しだけ待っててね。
了