第八話 八人目
違和感。
(そう、違和感だ)
レオンの脳が疼く。
(エルネスト方陣に迂回が失敗することを、帝国が全く想定していないなどあり得るのか?)
第一ザラント会戦――帝国は皇国の編み出したエルネスト方陣の前に大敗を喫した。
当然、リベンジに燃えている帝国はエルネスト方陣を研究してきただろう。
実際、その有用性を認め、正規軍では模倣までしている。
(迂回が通用しないことは、帝国にとって想定外だとでも?)
「……」
レオンは思考の海に囚われる。
すると、隣のカリーナが叫び声をあげた。
「敵に増援が送られてきました!」
「――なにっ」
俯いていた顔を上げると確かに敵騎兵部隊の背後から、砂塵をあげて近寄ってくる一団が見えた。
「……増援は召喚騎兵八百というところか」
――元々の帝国騎兵が千五百騎。
皇国のエルネスト方陣に応撃され三百程は倒した。
救援に来た召喚騎兵と合わせても二千。
対して皇国召喚魔導軍、第三旅団は約三千。
「……依然として我が軍が優勢だ。これだけの援軍では戦況は変わらない」
――だが、その予想は脆くも崩れ去る。
軍装まではっきり分かる距離。
レオンは敵影を凝視する。
――救援の騎兵部隊は各々、小銃を装備していた。
「――竜騎兵だと!」
レオンが目を見開く。
竜騎兵は、通常騎兵四倍もの莫大な魔力と、騎兵と銃兵両系統の種族、個人適性がなければ召喚することすら出来ない最上位兵科――
しかも、実戦の運用には、召喚兵士の練度がA以上かつ、能力値の筋力と器用共に90以上を要求される。
それでも騎馬と銃――機動力と最大攻撃力の組み合わせは召喚コストに見合うだけの物があった。
「竜騎兵部隊――散開して突撃を開始しました!」
カリーナの報告通り、敵が小隊単位に別れる。
これが通常の騎兵であったなら、散開しての突撃など只の愚策でしかなかっただろう。
「――ッ」
小隊単位から、更に分裂して四人一組となった竜騎兵部隊。
一目で洗練されているのが分かる。
召喚兵士は機械の如き正確さでの部隊行動が可能だが――それは召喚士官か、召喚指揮官の正しい命令があってのこと。
相対距離二 C(一九四m)を切る。
もうすぐ有効射程というところで、敵は騎乗したまま射撃体勢に入った。
「――まさか!」
戦場に両軍の銃声が轟く。
放たれた無数の弾丸が空中で交差し、互いの敵を迎え撃つ。
バタバタと倒れる皇国の召喚銃兵に対して、幾つかの落馬で済んだ帝国の竜騎兵部隊。
どちらが優勢なのかは一目瞭然であった。
「――なぜ我々が押されているのですか!?」
カリーナの悲鳴とも思える困惑の声。
「――単純だ」
レオンは顔を歪ませる。
「皇国と帝国では火力が違う」
「ですが、小銃の数は殆ど変わりません!」
「――数字上は、な」
確かに第三旅団の銃兵と竜騎兵部隊はほぼ同数の約八百。
「だが、第三旅団の正面に配置されている銃兵は精々二百」
エルネスト方陣は四方に銃兵を配置して隙が無い陣形。
だが、それは同時に、戦力が分散していることでもある。
「ですが、我々の一斉射撃に対して敵は馬上からの射撃です。命中率まで皇国の方が悪いのはどうしてでしょう?」
「両軍の陣形だよ」
竜騎兵部隊が分散したことで、皇国とっては的が小さくなり狙いを絞りにくくなる。すると必然的に命中率の低下を招く。
「そして、我らは密集した陣形だ。不安定な足場からの各個射撃でも的が大きければ当たってしまう」
確かに馬上からの射撃な以上、特定の誰かを狙った命中率はご察しだろう。
しかし、そう言った意味での命中率など最初から必要としない。弾は無数にある的の内、どれか一つにでも直撃すればそれで十分なのだから――
「で、では此方も方陣をやめて散開すれば――」
「無理だ。この状況でエルネスト方陣を中断すれば敵の騎兵に各個撃破されてしまう」
敵の召喚騎兵は後方に一時撤退しただけで、敗走したわけではない。
「皇国に残っている選択肢は――」
全軍撤退――と口にしかけたところで、改めて戦場を眺めた。
第三旅団の前線には、既に所々穴があいているのが確認できる。
そして、竜騎兵部隊の後方からは、再編成の完了した騎兵部隊の姿が――
――どう贔屓目に見ても、撤退が完了する前に戦線が崩壊してしまうことは目に見えていた。
(撤退すらも許されないのか)
「……プラシュマ軍曹」
自身の副官に呼びかける。
「ここからは、ただ生き残る事に全力を尽くせ」
地獄はまだ始まったばかりだ――
皇国召喚魔導軍、本陣――
「馬鹿なッ!竜騎兵だと!?」
ヒステリックな叫び。
伝令の報告を聞き終えたギースベルトの第一声がそれだった――
すると、隣で表情を硬くしていた副将が口を開く。
「――伝令の報告を聞く限り、竜騎兵部隊のこれ程統一された軍事行動から、複数の召喚士官による混成部隊ではないと予想されます」
厳しい表情で後を続ける。
「従って、一人の召喚士官が、全ての召喚指揮官と竜騎兵を召喚した統一部隊――と考えるのが自然でしょう」
「だが、千近い竜騎兵を個人で召喚可能となると、相手は将官級ということになるのだぞ!?」
口角泡を飛ばして絶叫する。
「帝国の召喚魔導軍に、銃兵系統の個人適性を持つ将官級は存在しなかったはずだ!」
各国の高位召喚士官――特に将官級の情報は軍事機密扱いだ。
しかし皇国は幾度となる戦いの中で、帝国将官級七人全員の個人適性を把握する事に成功していた。
そして、その中に銃兵系統の個人適性を持つ者がいないことも。
「――八人目」
ラファエルがポツリと呟く。
「八人目の将官級が、密かに帝国で誕生していたとしか説明できません」
「――ッ!」
ギースベルトがギリッと歯を食いしばる。
新たなる将官級の誕生は、帝国と皇国の間に更なる戦力差が開いたという意味に他ならない。
「ですが、今はそれ以上に重要な事があります」
「……ああ、分かっている」
伝令の報告によると第三旅団が崩壊するのは避けられないと思われた。
そして、第三旅団が壊滅すれば、この本陣に敵騎兵が雪崩れ込んでくるのも時間の問題。
「――全軍撤退の合図を出せ」
ギースベルトは皇国召喚魔導軍の総司令官として決断する。
「――敗戦だな」
「はい。そしてこれからが重要です」
苛烈な追撃が予想されるなか、戦力を維持したまま、戦線から離脱して全軍退却を遂行しなければならない。
それも相手は騎兵中心の帝国だ。簡単に行くはず無いのは目に見えている。
それでも、それを成功させなければ――皇国に未来はなかった。
召喚指揮官
召喚兵士を率いる召喚兵士。
主である召喚士官の指示を受け下の召喚兵士に命令する役割を持つ。
数百、数千の軍勢を単体で率いる場合に必要。
魔力消費量10
適性によって消費魔力が変化する事は無い。固定値。
竜騎兵
召喚には銃兵と騎兵、両方の適性が必要。
実戦での運用には、召喚兵士の練度がA以上かつ、筋力と器用共に90以上を要求される。
魔力消費量12