第三話 エルフの少女
中隊本部――
レオンが所属する第一〇五召喚中隊の天幕に足を踏み入れると一人の少女がいた。
歳はレオンと同じぐらいか。
白髪を腰まで伸ばし睫毛は長く、碧眼の瞳がレオンを見据えている。全体的に理知的な印象だ。しかし、一番の特徴はその長い耳であろう。
見て分かる通り、彼女にはエルフの血が入っていた。
「……エルネスト大尉殿だけでありますか?」
同い年であるが、目の前の少女はレオンの上官にあたる中隊の総指揮官。
幾ら召喚士官は実力主義――能力さえあれば年齢に関係なく、それにふさわしい名誉と立場を得られるとはいえ、十五歳で大尉は皇国でも片手で数えられるほどしかいない。
現在、皇国で将来を嘱望されている召喚士官の一人だ。
「今は二人だけだから、そこまで改まる必要はないわよ?」
「……確かに、小官とエルネスト大尉は士官学校の同期ですが」
「私との関係性はそれだけではないでしょう?」
彼女の問うような視線。
「……分かったよ、テレーゼ」
レオンは肩をすくめる。
「やっぱり、立場があるとやりにくいわね」
「まあ、君は中隊指揮官になる以前から、エルネスト侯爵家のご令嬢で立場はあったのだけどね」
すると、彼女が形の整った薄紅色の唇をムッと尖らせる。
「それをいうならレオンだってクライス伯爵家の嫡男だったじゃない」
「今となっては継ぐ家もない、名前ばかりの伯爵家だよ」
レオンの父は召喚士官として生を受け、その軍事的才能と初期総魔力量――召喚士階級中尉という恵まれた素質で平民から伯爵家まで一代で駆け上がった。
(まあ、一代で成り上がって一代で没落したのだが)
没落した経緯は色々と複雑だが、一言でいうと女性関係だ。レオンには義理の兄弟が三桁に達するほど存在している。
「……嫡男であるレオンが遺産を全て相続すれば、これ程酷い状況にはならなかった筈よ」
レオンは父の戦死を契機に相続した全ての財産を義母と義兄弟全員に〝平等〟に分配した。
「嫡男であるレオンが独占しても文句を言わせない事は出来たでしょう?」
「親父の財産は全て、義母とその子供達の謝礼金でいい」
遺産を相続すると言うことは負の遺産まで付いてくることを意味する。父の戦死はそれらを全て清算するいい機会であった。
「俺は独り身だったけど、運がいい事に召喚士官だったからな」
実の母は、レオンを産んだ直後に亡くなっている。
「親父のように一からまたやり直せばいい」
その決断は間違いでは無かったのだろう。
十五で少尉――召喚士階級でいうと曹長まで昇進した事で、爵位でいえば準男爵の地位まで成り上がれたのだから。
「でも、貴方の立場はそれだけではないわよね?」
「……他に何かあったか?」
レオンの反応に眉を寄せる。
「私の許嫁という立場があるじゃない」
「いや、それこそ白紙になっただろ」
クライス伯爵家は既に没落している。レオンの実質的な商品価値は、一代の男爵位と召喚士官という事だけ。
齢の割にはそれなりの階級だが、テレーゼの付加価値を考慮すれば、レオンに拘る政治的理由は何もない。
「そう思っているのはレオンだけでしょう?お父様も破談にするとは仰っていなかったわ」
「……二十歳前に、召喚士階級を少佐まで昇進することが条件なのは遠回しな破談も同然だよ」
皇国の召喚士官が約五千人といわれる中、召喚士階級が少佐なのは三十人にも満たない。
しかも、二十代では五人だけ。二十歳未満ともなると、現皇国には一人もいない。
「でも、それが出来れば子爵位と名誉伯爵が新たに叙勲される。レオンが気にしている家格の違いだって解決するわ。そしてそれ程、将来有望な若者相手なら家中の反対の声も抑えられる」
「それが出来れば、な」
「レオンのお父様は成し遂げたじゃない?」
レオンの父は、齢十八で召喚士階級、少佐まで昇進した。これは皇国史上、最速の昇進ペースだ。
「親父と俺では、スタート地点が違いすぎる」
父の初期召喚士階級は中尉。最初から中尉など召喚士官、千人に一人の幸運だ。そもそも召喚士官が生まれるのは、千人に一人と言われているので、これを人口割合に直せば百万人に一人。
「軍事的才能、素質があるのは前提で、これにタイミングよく戦争が起きるかどうかの時運と実際に戦功を上げる武運があって初めて成し遂げられる奇跡だ」
個人の才能どうこうの話ではない――とレオンは付け加えた。
テレーゼが息を呑んで見つめてくる。
「……だったら諦めるの?」
「――諦めてはいない、そのつもりもない」
諦めなかったからこそ、この歳で伍長から曹長まで昇進できた。
しかし、まだまだ大望には程遠い。時代に愛されるほどの運が無ければ挑戦することすら敵わない過酷な道だ。
だから時々、先が見えない不安で押し潰されそうになる。
「そう」
テレーゼがそれだけ呟き、今度は別の話題を振ってくる。
「それにしても、士官学校を卒業したばかりでいきなり帝国と決戦とはね」
「これが初陣で無いだけマシなのだろうけど」
レオンとテレーゼは士官学校を卒業した直後、帝国との会戦に先立ち前哨戦に参加して初陣を済ませていた。
「……初陣では上手く動けなかったわ」
「いや、上手く小隊を指揮して、敵召喚士官まで討ち取っていたじゃないか」
現実にその初陣で、彼女の召喚士階級は少尉から中尉に一階級昇進している。
「でも、レオン程じゃない」
「確かに、多少は活躍したかもしれない」
レオンも数人の召喚士官を討ち取っていた。
「けど、あの時の君は中尉で、俺は曹長だ。求められる役割が違う以上戦功は一概に比べられるものじゃない」
「そんなことは分かっている。私が言わんとするところは、他の初陣であった者とは動きが全然違ったということ。レオンはまるで実戦慣れしているように見えたわ」
「それは……君も知っているだろ?俺がエルネスト侯爵に師事していたのは」
エルネスト侯爵は、皇国でたった三人しか存在しない召喚士階級が将官級の召喚士官だ。今大戦でも皇国召喚魔導軍の中将(召喚士階級は少将)として副将を務めている。
将官級は、最下級の少将ですら歩兵なら三千体以上の召喚兵士を召喚できる。
それ程強大な戦力故に、現代の戦争は将官級が何人いるかで戦況全体が左右されるといっても過言ではないだろう。
そして、そんな大物と面識があるのは、クライス伯爵であった頃の親父と親友であったからだ。
レオンはそのコネを利用して、幼少期に教えを乞うていた。
「一体、どんな英才教育を受ければ、初陣であんな動きが出来るのよ」
訝し気な表情を浮かべる。
「実娘の私ですら、そんな英才教育は受けていないわ」
「いや、あれは――」
(教育というより生存競争だった)
素質と才能があり、実の娘であるテレーゼを使い捨て同然――戦死する事が前提の生存競争などさせられるはずが無い。
(それこそ、俺のように素質も才能もなかった人間でもなければ)
「――何でもない」
「……」
テレーゼが探るような視線を向けてくる。
レオンはそのことに気付きながらも、それ以降沈黙をつらぬいた。
下位兵科
歩兵 1
弓兵 2
騎兵 3
銃兵 4
上位兵科
槍兵 4
長弓兵5
槍騎兵8
砲兵 100
その他
召喚指揮官 10(固定値)
以上が基本兵科です。
他にも特別な兵科がありますが、それらは本編で触れてから補足します。