第二話 召喚士官
大陸歴一二五六年 五月一五日 早朝――
鉛色の雲が垂れこめていた。
「――いい天気だ」
何と言っても血の雨でない事が素晴らしい――とレオンは内心で皮肉る。
視線を地上に戻すと、約三十 C(三八八八m)先で陣を構えている大勢の人影が見えた。
彼らは、ラグハイム帝国――通称、魔族帝国や只の帝国と呼ばれている――の兵士達だ。
「クライス少尉」
背後から声がする。
歳は十八歳ぐらいだろうか。駆け寄ってきたのは女性の皇国軍人。
「プラシュマ軍曹」
茶色の髪を後ろで纏めている、黒い瞳と細い顎をした凛々しい顔立ちの美人。
彼女の本名は、カリーナ・フォン・プラシュマ――レオンの副官を務めていた。
「敵情偵察ですか?」
「まあ、そんなところだ」
カリーナが隣に来る。
「確認できるだけでも五万はいますね」
「これに召喚士官の召喚兵士が合わさるとすれば、六万近い軍勢になるだろう」
召喚士官とは、不死の兵――召喚兵士を魔力を用いて顕現させ操る千人に一人の特異存在。
「第二戦線を抱えるに関わらずこの動員兵力は流石帝国と言うべきだな」
帝国はエルヴェル皇国以外に、北部のアスグリン王国とも交戦状態にあった。
「加えて厄介なのは、召喚兵士の殆どが騎兵だと思われることですね」
レオンは頷きを返す。
「通常は歩兵、弓兵、騎兵、銃兵の順に従って消費する魔力も増加する傾向にあるが、召喚適性――種族適性と個人適性の有無によってはそれが変化する」
召喚適性とは、特定の兵科を召喚する際に消費魔力を抑えられる固有技能のこと。
「魔族の種族適性は騎兵系統」
種族適性による消費魔力軽減率は五割減。
「召喚兵士は感情なく命令に絶対服従で、死んでも召喚者が存命の限り、一カ月の間隔を置いて何度でも復活できる。それらの特性から騎兵との相乗効果が絶大だ」
召喚騎兵に対する有効的な戦術が編み出されるまで、種族差はそのまま戦争の戦力差に直結していた。
召喚士官がこの世界に誕生して約五十年――この種族適性の力によって帝国は大陸に覇を唱えた。
「対して我が皇国軍は七万人――私達、召喚士官の召喚兵士を加えても九万には届かないだろう」
帝国の召喚士官数は皇国の約三倍。
第二戦線の王国と潜在的な敵国であるアカツキ連邦に三分の一を割いていると考え、この戦場に従軍している召喚士官は皇国とほぼ同数と予想されていた。
「我々人族の種族適性は歩兵系統。歩兵の魔力消費は最小値ゆえに歩兵主体の編成ならば三万を超える増援を召喚する事も可能だが」
レオンは肩をすくめる。
「しかし、平地で戦う以上、主導権は騎兵を大量運用できる帝国にある。我々も騎兵戦術に対応できる兵科を主体とした編成にならざるをえない」
召喚兵士に有効的な攻撃は魔力攻撃のみ――従って召喚兵士を殺せるのは同じく召喚兵士か召喚士官のどちらかだけ。
「皇国の定石なら歩兵の上位兵科である召喚槍兵の集団戦術になるだろう」
召喚兵士の銃や弓といった装備の特性は、主である召喚士官の知識に依存する。
仮に召喚士官が最大射程二百の弓しか知らない状態なら、弓兵の装備で具現化可能なのはその弓だけという事になる。逆に射程三百の弓の知識があれば、その弓も具現化可能だ。同じ召喚弓兵でも召喚兵士の知識の差――装備の差で優劣が付くのは通常の軍隊と同様。
当然、各国は召喚兵士が登場する以前より新兵器開発に尽力して、兵器性能はここ近年で目覚ましい進化を遂げた。
そして、馬のような生き物の場合は、その生き物の習性もトレースされる。
「馬は尖ったものに突撃するのを嫌がる習性があるからな。騎手である召喚兵士は槍を恐れなくとも、その足を止めてやれば騎兵の無力化はできる」
他の戦術で騎兵に有効的なのは、銃兵の集中運用などがあるが。
しかし、三割も削れば敗走する人間の騎兵と違い、召喚騎兵は召喚兵士が死を恐れない以上、その衝撃突破力を削減するには文字通り殲滅でもしなければ止まらない。
それほどの銃兵を一度に召喚できるのは、種族適性が銃兵であるドワーフの国――アカツキ連邦だけだろう。
「……上位兵科の槍兵となると、小官のような軍曹――召喚士階級でいえば、伍長以下の者は役に立ちませんね」
召喚槍兵は、上位兵科と言われるだけあって、召喚するには歩兵の四倍もの魔力を消費する。
種族適性がある人族でも、槍兵を召喚するには最低でも軍曹以上の召喚士階級が必要不可欠。
「そんなことは無い。召喚歩兵にも通常の長槍を持たせればいいだけだ」
「しかし、召喚士官が具現化する長槍でなければ、敵の召喚兵士を殺せません。通常の長槍では意味ないのでは?」
「確かに、通常の長槍では召喚兵士を無力化出来ない」
レオンは首を左右に振る。
「だが、馬の脚を止めるには通常の長槍で十分だ。そして、下馬した召喚兵士との近接戦に移行する以上、歩兵しか召喚できない伍長以下の者にも出番はある」
「なるほど」
納得した様子でカリーナが頷く。
「流石は、十五歳で少尉、召喚士階級で曹長なだけありますね」
通常、召喚士官の軍事階級は召喚士階級の一階級上とされる。そして、召喚士階級は個人の総魔力量によって決められていた。
「それに、やっぱり召喚士官は生まれ持った総魔力量――召喚士階級が大きいのでしょうか?」
「……否定はしない。だが、私の初期召喚士階級は軍曹でしかなかった」
(いや、実際には軍曹どころか最底辺である伍長だ)
レオンの初期、召喚士階級は軍曹と公式にはなっている。
「プラシュマ軍曹の一つ上程度でしかない」
「しかし、召喚士官にはその一つが大きいのです」
カリーナのいうことも間違いでは無いのだろう。
召喚士官の大半――十人に七人は伍長級の総魔力量しか生まれた時点で持ちえない。一つ上の軍曹級になるだけで、五人に一人の割合にまで落ちる。
更に上の曹長にまでなると、二十人に一人。
それ程までに、初期総魔力量――召喚士階級は、階級一つ違うだけで大きな格差がある。
そして、召喚士階級は戦功を積み重ねることで昇進する。
だが、逆にいえば実際の戦争を経験することでしか召喚士階級は昇進しないということ。この特性上、召喚士官は一つ昇進するのも簡単ではなかった。
召喚士官の階級は総魔力量――召喚兵士を何体召喚可能かどうかで厳格に決められている以上、通常の軍人の如く、士官学校を卒業すれば、無条件に少尉に任官させるわけにもいかない。
その昇進の難しさを示すようにレオンと同階級の召喚士官は大半が退役間近のベテラン。
(まあ、昇進が難しくとも召喚士官であるだけで、一般の軍人以上に国から優遇されるのだが)
皇国の召喚士官は召喚士官学校を卒業すると、任官と同時に召喚士階級に応じた爵位を叙勲される。最底辺である伍長では士爵位だが、後の昇進次第でより高位の爵位を叙勲される仕組みがある。一般人より遥かに優遇されていると言えるだろう。
これは、国防の要である召喚士官を他国に引き抜かれないようにするための優遇措置だ。
「――だとしても、そんなことも言いたくなる。我々のすぐ身近には、本物のエリートがいるのだからな」
(彼女の事を知っていれば、十五歳で少尉など驚くに値しない)
「……そうですね」
暖かい風が肌を撫でた。
レオンはカリーナと共に、再び帝国の軍勢を見据えた。
召喚士階級について
(注意、以下は全て歩兵の種族適性、個人適性共に所持していない召喚士官が歩兵一体を召喚するのに消費される魔力を1と換算した総魔力量の数値)
下士官
伍長 1
軍曹 2
曹長 3
尉官
少尉 4
中尉 12
大尉 36 大尉までは固定値
佐官 (左官級は10単位での個人差あり)
少佐 108
中佐 324
大佐 972
将官 (将官級は100単位での個人差あり)
少将 3000
中将 9000
大将 27000