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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お伽噺 1

作者: イナンナ

 昔々、ある世界のある国に魔王がいました。魔王は世界を征服するべく世界中にモンスターをばらまいて攻撃しました。

 魔王を倒せるのは昔々から勇者と呼ばれる人であると決まっていました。だから、昔々の勇者の子孫である勇者は、勇者となるべく育てられました。

 おお、よくぞ来た勇者よ。そなたこそ魔王を倒すべく運命に導かれたもの。

 王様はそう勇者に話しかけました。

 そなたはこれより世界を巡り、そなたを助けるべく運命に導かれた仲間たちと出会うであろう。そしてその仲間とともに魔王を倒すのだ。

 王様の話は、勇者が小さなころから何度聞かされたか解らないくらい聞かされた話でした。勇者は黙って頷きました。王様は満足げに手を振りました。

 行くがよい、勇者よ。運命に導かれし者よ。

 王様のその別れの言葉は、勇者には何の感慨ももたらしませんでした。

 

 勇者は世界を巡りました。だってそうです、魔王を倒すには仲間の力がいるのです。

 そして、心やさしい僧侶と、正義感溢れる武闘家と、真っ直ぐな魔法使いと、隣人を愛する盗賊と、最後にどう言うわけか派手な格好をした吟遊詩人が仲間になりました。

 世界中に現れるモンスター達を、彼らは沢山沢山倒しました。それはそうです、だってどのモンスターもみんな勇者一行を攻撃してきましたから。

 世界中で彼らはモンスターと戦いました。色々な形のものがいました。似たようなものもいましたし、他のものとはまるで違うものもいました。

 けれどどのモンスターも、倒すと霧のような闇のような靄になって消えました。

 

 勇者たちは世界を一周して、勇者が旅立った王様の城に戻ってきました。旅立った時と同じ、やたらと白い城壁は相変わらずまぶしい光を放っています。

 戻ってきたか、勇者。それが仲間たちなのだな。

 王様は旅立った時と同じように話しかけました。

 それでは魔王が住む国、魔の国へ行くと良いだろう。行けば戻れるかは解らぬゆえ、入念な支度をしてゆくのだぞ。

 それも、勇者が勇者となるべく育てられる過程の中で数えきれなく繰り返された言葉でした。

 そして勇者はやはり一つ頷いただけでした。

 勇者は城から出ると、ふと近くの洞窟の様子を見に行きました。

 旅立った時、この洞窟には沢山のモンスターがいました。それらをすべて倒したことを懐かしく思いながら勇者は洞窟へ入って行きました。

 

 そして勇者は信じられないものを見ました。モンスターが以前と同じく闊歩している光景です。命の無くなった洞窟に、新しくモンスターが侵入したのかも、とも思いましたがいかんせん数が多すぎます。

 ほんの、ほんの数カ月で、勇者の努力は無に帰していました。勇者は雷に打たれたような気がしました。

 今まで全て駆逐してきた、街道沿いのモンスターも、ありとあらゆるダンジョンのそれも。みんな同じように、元通りに?

 入道雲よりも早く湧き上がったその恐ろしい考えは、勇者にとって大事な何かの一番根っこの部分を揺さぶりました。勇者は洞窟を走って出ました。逃げるように足は動きました。

 

 城へ戻る途中の街道で、勇者は一体の小さなモンスターと出くわしました。勇者は長い長い習慣に従い剣を抜きました。モンスターもモンスターらしく、勇者に攻撃してきました。

 勇者はほっとしました。世界は何も変わっていません。相変わらずモンスターは攻撃してきて、自分はそれを倒すのです。

 モンスターを両断して、モンスターがゆっくりと靄に成っていくのを見届けながら、勇者はふとつぶやきました。

 君達は一体何なんだろう。靄になって消えてしまう君たちは。

 そのつぶやきは、答えのないまま空気に散って消えてしまう筈でした。けれど勇者の予想に反して、それに答える声があったのです。

 

 僕達は願いです。

 モンスターの消えゆく口が動きました。そう言えば彼らには、姿は違えど顔が必ずありました。そう、目、鼻、口、耳。必ず備わっていました。

 僕達は、誰かの、世界なんて滅んでしまえと言う願いです。

 勇者はぎょっとすると、もっと話を聞こうとしました。けれどモンスターは靄になって消えてしまいました。

 勇者は一人で随分長い事立ちつくすことになりました。影が随分伸びるのを、勇者は呆然と見つめていました。

 モンスターの言葉は何か大きな意味を持っている気がしました。けれど、きっとあの言葉はモンスターの、勇者の心に対する攻撃なのだと勇者は思いこみました。

 だってそうでなければ、増え続けるモンスターは、だって。

 

 勇者たちは魔王の元へ旅立ちました。勇者はモンスターを倒すことを、躊躇うようになっていました。船目がけて襲ってくる沢山のモンスター達を、勇者の仲間達は蹴散らしました。

 モンスターはどうやって増えているのだろう。

 勇者は仲間達に問いかけてみました。

 魔王が作っているんじゃないのか。

 武闘家が首を捻りました。

 たぶんそうでしょう、形は様々ですが彼らは一様に靄になる。

 僧侶がそれに賛成しました。

 じゃあ、魔王はモンスターを作るたんびにちょっと力をあげてるのかな。

 魔法使いが不思議そうな顔をしました。

 それだけの余裕があると言う事なのかも知れんな。

 盗賊が腕組みをしました。

 どうしてそんなこと聞くのさ?

 吟遊詩人は興味深げに問いかけました。

 気になったんだ。

 勇者はそれだけ答えました。

 

 魔王のすみかに向かう途中にも、沢山のモンスターが現われました。さすが魔王のお膝元です。勇者たちは力を合わせてモンスター達を倒しました。

 魔王は、魔王城とか、ダンジョンとか、そういう大仰なものを何も持っていませんでした。

 何も無い広い荒野に、たった一人で立っていました。

 来たのだな、勇者。

 魔王は低く言いました。その姿は、他のモンスターと違って、完全な人間の形をしていました。

 魔王、おまえを倒す。

 勇者は勇者たるべく剣を構えました。他の仲間も同様です。

 

 魔王は凄まじく強い存在でした。

 腕の一振りでまず魔法使いが消し飛びました。

 次いで突き出された拳で武闘家は胸を貫かれました。

 その武闘家の死んだ身体を投げつけられて、僧侶がぺちゃんこになりました。

 隙を窺っていた盗賊は急に落ちてきた雷に打たれて倒れました。

 仲間は死んだな。

 魔王はやはり地を這うような声でした。勇者は魔王の強さに驚きつつも、一人でもやらねばならないと剣を構えなおしました。

 

 お前達が殺してきたモンスターの集合体が私だ。

 魔王は不意に腕を下ろすと話し始めました。

 モンスターが際限なく生まれるのは何故か考えた事はないか。

 不意に問いかけられて、勇者は戸惑いました。

 モンスターが何なのか、考えた事はないか。

 似たような問いが、もう一つ並べられました。その答えなら勇者は知っていました。嘘なら良いのにと、否定を望んで勇者は口を開きました。

 世界を滅ぼしたいと言う願いなのだろう。

 勇者の答えは、残念なことに正解だったようでした。

 そうだ。世界中の絶望と呪いがモンスターとなり世界を襲うのだ。

 魔王の淡々とした話し方は、勇者をひどく傷つけました。

 

 嘘だ、だって皆モンスターを倒したら喜んでくれた。

 勇者は剣を握りしめました。

 願いとは勝手なものだ。世界に滅べと呪いながら変わらぬ明日が来る事を無邪気に信じている。そんな人間達が作り出したのがこの私であり全てのモンスターたちなのだ。

 魔王はいっそ優しい声色で呟きました。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 勇者は聞きたくないと首を振りました。魔王は何かの感情を湛えた眼で勇者を見ました。

 お前もそうだ。お前は私と対になる存在。お前は世界を救いたい、守りたいと思う願いの集合体だ。そしてお前の仲間達は、私にとってのモンスターなのだよ。

 気遣うように、そっと空気中に押し出された言葉は勇者の思考を止めました。

 

 ばかな。それじゃ、僕は、勇者は…。

 魔王は勇者を見つめていました。酷い顔色の勇者の頬にそっと手を沿えました。

 私もお前も同じだ。お前が希望、私が絶望だと言うだけだ。私が勝とうがお前が勝とうが、世界は滅びないし救われない。

 魔王の眼からは涙が一筋零れました。それが何を意味するのかは勇者には解りませんでした。

 私が死んでも絶望はいつかまた魔王を作る。お前が死んでも希望がまた新しい勇者を作るだろう。たとえ相討ちになろうと、また同じ事だ。

 勇者は魔王の手が冷たい事を感じていました。目を一度閉じました。

 希望と絶望を人は同時に抱えているからか。

 魔王は小さく笑いました。

 少し違う。

 

 魔王は無防備に両手を広げました。

 この世界が歪んでいて撓んでいてそして美しいからだ。全ての絶望も希望もそこから生まれているのに過ぎない。

 勇者は目を閉じたままでした。先程の魔王のようにその瞼からは涙が流れて落ちました。

 僕らは…ポーンなんだな。

 勇者の剣は魔王の胸を貫いていました。魔王は他のモンスターと同じように靄になりました。

 風が一つ吹いて靄を散らす中、勇者は軽くなった剣を自分に突き刺しました。

 畜生、世界め、見ているかい?悔しいから、両方の願いを叶えてやるよ。

 勇者は光の粒になって消えました。虚しく転がった剣を、吟遊詩人が拾いました。

 

 見ていたよ、絶望を孕んだ希望の子。そして希望を捨てた絶望の子。

 歌うように吟遊詩人は言いました。

 そうだね、君達は全く正しいよ。希望も絶望も同時に生まれる。絶望しなければ希望の光は見えないし、希望を知らなければ絶望を知ることもない。

 剣を地面に突き立てて、吟遊詩人はその角度を測るように眺めました。

 あぁだからね、そう、君達個人がさっさと消えてしまったのはとても賢い選択だと思うね。盤上からとっとと退場するなんて。

 吟遊詩人は何時の間にか近くにあったチェスボードを眺めました。

 

 それは不思議なチェスボードでした。白も黒も、ポーンが一つずつしかないのです。そして他には灰色のキングとクイーンしかいないのでした。

 世界なんてとても簡単な作りなんだ。

 吟遊詩人はポーンをつついて倒しました。

 キングとクイーンが永遠にポーンを作り続ける。ポーンが壊れれば新しいのを作る。自分達は何もしない。

 吟遊詩人はチェスボードに一つ駒を足しました。それは本来存在しない、道化師のような駒でした。

 僕も君達の仲間なんだけどね。僕は記録係だけど。

 吟遊詩人の眼の下には何時の間にか涙型にペイントがつけられていました。口は笑っているような形に描かれていました。

 でも君達は自分が何なのか知って死ねるじゃない?僕は一体何なのかなぁ。

 道化は首を傾げるとターンしました。

 

 誰か教えてくれないかなぁ。希望も絶望も僕にはないんだし、記録ともう一つくらい持ち物があったって罰は当たらない気がするんだけど。

 くるくると道化は回ります。ゆらゆらと景色も回りました。空は良い天気です。

 今日も世界のどこかで虐げられている人がいて、どこかで大好きな人にプロポーズした人がいて、どこかでは果てなく殺し合いをしていて、どこかでは子供が生まれています。

 何も変わらない、美しく撓んで歪んだ世界。



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