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メタル・ライフセーバーズ  作者: オリーブドラブ
着鎧甲冑ドラッヘンダイバー
15/35

天坂三姉妹の悩み

『アカデミーから誕生した世紀のヒーロー、伊葉和士。彼がいなければ、今頃は尊い多くの人命が失われていたことでしょう。彼こそ、真の英雄です。今回は彼というヒーローを輩出した学び舎、ヒルフェン・アカデミーで取材したいと思います! 玄蕃(げんば)さん?』

『はい、こちら中継の玄蕃です! 今日は彼の活躍について大接近したいと思いますっ! まずはヒルフェン・アカデミーでの訓練風景から――』


 都内有数の高層マンション。東京の大都会を一望できる、その最上階に住まう一人の少女が――ジュースを片手に無防備な薄着姿で、大画面のテレビを観ていた。

 有名なキャスターやタレントが声を揃えて賞賛するヒーロー、伊葉和士。その背景を追う取材番組が放送されていたのだが――日本中が注目しているはずのその番組を観ている少女は、どこか腑に落ちない表情を浮かべている。


「……違うなぁ」


 芸術的なまでに整われた目鼻立ちに、透き通るような柔肌。艶やかな黒髪のショートボブに、見るものを虜にするであろう桜色の唇。

 そして――小柄な身長に反して、豊満に飛び出した双丘。その巨峰をたわわに揺らしながら、彼女はジュースを飲み干し、もう一杯注ごうと腰掛けていたソファから立ち上がる。


 すると――このリビングに繋がるドアを開くもう一人の美少女が現れ、テレビに視線を送った。そして、つまらなさそうに鼻を鳴らしている巨乳の持ち主に目線を移す。


「あれ? 結衣(ゆい)お姉ちゃん、この番組楽しみにしてたんじゃ……」

「ダメダメ。まぁた伊葉和士さんの特集ばっかり。アカデミーの様子も何度か映ってるけど、結友姉のお目当ての人が出てきそうにはないわ」

「海原凪さん、だよね。伊葉和士さんと入学式の日から一緒に居たんなら、ちょっとくらいテレビに出てきても良さそうなのに……」

「そう、それよそれ。結友姉を体張って助けてくれるくらいの人なのに、それらしい人なんてちっとも映らない。伊葉さんの人気にあやかろうとしてるハイエナ染みた奴らは、散々友達ヅラしてインタビューに答えてるってのに。……まるで、海原さんだけ意図的にハブられてるみたい」

「そ、それは……」


 苛立ちを募らせた表情でジュースのお代わりを注ぐ、結衣という少女は――その可憐な容姿に似合わない鋭い眼差しで、テレビ画面を射抜いていた。

 そんな彼女の殺気に当てられた、慎ましい胸の妹は「それは考え過ぎなんじゃ」と言おうとしていたのだが――その言葉が実際に全て声として出ることはなかった。


 ない、とは言い切れなかったからだ。テレビ業界を深く知り、インタビューに出ている人間の魂胆など容易く見透かしてしまう姉が、そう言っているのなら。


 ボブカットの黒髪と、人形のような白い肌を持つ、その平らな胸の妹は――己の絶壁に掌を当て、姉の表情を恐る恐る伺っていた。


「はぁ……結友姉は意中の人を見つけられない。あたしはそもそも出逢いがない。花の思春期真っ只中でありながら、春が来てるのは末妹の結花(ゆか)だけかぁ……」

「ゆ、ゆゆ結衣お姉ちゃん! 変なこと言わないでっ! (りく)とはまだそんな関係じゃっ……!」

「なぁに今更恥ずかしがってるの。両親公認のラブラブバカップルのくせに」

「ら、らぶらっ……!」

「今朝だって、早起きして弁当まで作って応援に行っちゃってさ」

「だ、だって今日から予選が始まるって張り切ってたんだもん……」

「はぁ〜……青春ねぇ……」


 ゆでだこのように真っ赤になりながら、結花は両手の指先を合わせて視線を落とす。そんな妹の姿を生暖かく見つめながら、結衣は溜息をついていた。


「ただいまー。……あら、お帰り結花。陸君の応援、終わったんだ?」

「結友お姉ちゃんもお帰り! そうそう! 陸、今日も一番だったんだよ! 顧問の先生も新記録だってびっくりしてて、スポーツ新聞からのインタビューもあったんだよ!」

「陸君、ちっちゃい頃から早かったものね。……ふふ、相変わらず自分のことみたいに大喜びね。結婚式はいつになるかしら?」

「……っ!? も、もう! 結友お姉ちゃんまでっ!」


 すると――今まで出掛けていたのか。彼女達の姉である天坂結友が玄関から顔を出してきた。意中の男子のことで喜んだり怒ったりと忙しい妹を、微笑ましげに見つめていた彼女は――結衣の無防備な薄着姿に、眉を吊り上げる。


「もう、結衣! 家の中でも上着くらい着なさいっていつも言ってるじゃない! はしたないわよ、高校生にもなって!」

「……いーじゃん別に。どうせこんなたっかいマンション、誰も覗いたりしないって」

「覗かれるか覗かれないか、って話じゃないの。あなたの身嗜みのことを言ってるのよ! ……はぁ。日本中のあなたのファンが泣いても知らないわよ、『フェアリー・ユイユイ』」

「お姉ちゃんはカタイなぁ。心配しなくたって、玄関一メートル前まで来たらスイッチ入るからさ」

「だからって家に帰ってスイッチ切れた途端、薄着になるのはやめて! それが無理でもノーブラとノーパンはやめて!」

「しょーがないなぁ……」


 恥じらいに頬を染めながら、結友は声を張る。そんなうぶな姉に溜息をつきながら、結衣は渋々パーカーを羽織るのだった。


「しょうがなくないわよ全く……ん? これって……」

「そ、伊葉さんの特集番組。この人と入学式に一緒に居たくらいなら、インタビューとかに出てくるかなって思ってさ。まぁ、全然手掛かりはなさそうだったけど」

「そうだったんだ……。ごめんね、心配かけて。結衣もせっかく久しぶりの休みだったのに」


 申し訳なさそうに目を伏せる姉に対し、結衣はひらひらと手を振りながらソファに寝そべると、テーブルのポテチに手を伸ばす。


「いーのいーの、どうせ家でゴロゴロする気だったし。パパもママも、三二一便の患者がまだまだいるから、遅くまで帰って来れないし。結友姉こそ、海原さんは見つかったの? 今日、アカデミーじゃ卒業式だったんでしょ?」

「……ううん。あちこち探し回ったけど、ダメだったわ」

「そっか……。残念だったね……結友お姉ちゃん。パパもママも、会ってお礼がしたいって言ってたのに」

「大丈夫よ、結花。海原さんには会えなかったけど、伊葉さんから聞いた話だと、今でもどこかで元気にされてるらしいから」


 心配げに瞳を潤ませ、上目遣いで姉を見つめる結花。そんな愛らしい妹の頭を撫でながら、結友は慈愛に溢れた笑みで答えて見せる。


「元気ならいいんだけどさー。それならさっさと見つけて捕まえて結婚までこぎつけてよね。そんでブーケちょうだい!」

「け、けけけ結婚!? ま、待ってよ結衣! わ、私達お付き合いどころか、まだちゃんとした面識もないのに……!」

「実物に一回会ってるんだから、写真だけ交換していきなり結婚話に移るお見合いよりマシでしょ。ねぇいいじゃん、あたしも出逢い欲しいのー!」

「現役トップアイドルが何言ってるのっ! 今年度から仕事も増えるんでしょ!」

「大丈夫だよー、マネージャーやプロデューサーなんてあたしがちょっと甘えたら、いくらでもスケジュール調整してくれるんだからぁ」

「そんな不正は許しませんっ!」


 その一方で、もう一人の妹のからかいに顔を赤らめ、憤慨するのだった。脳裏に浮かぶ、あの日感じた青年の温もりを想いながら。


 ――そんな和気藹々とした三姉妹の団欒が続くこのリビングには。天坂結衣こと「フェアリー・ユイユイ」の年間スケジュール表が飾られている。


 その一部には、こう書かれていた。


『二◯三三年八月二十日、屋久島でグラビア撮影』


「着鎧甲冑ドラッヘンダイバー」は今回で完結となります。次回からは「着鎧甲冑ドラッヘンフェザー」が始まります。

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