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今年こそ

作者: Shio


帰り道、ちらりと校舎を振り返る。

私と彼が卒業した学校。

そんな事をしても彼には決して会えないけれど。

それでも今年こそ。

今度こそ。



3年前の中2のバレンタイン直前。

私は好きな男の子に告白された。

それは、とても幸せな事で、しばらく顔の赤みが消えなかった。

三日間返事を保留にしたまま私は浮かれに浮かれた。そして冷静さが戻って彼へ返事を返した時、ほんの少しだけ、悔しいなと思った。

私からバレンタインの日に告白しようと思ったからだ。

自分よりも早くに行動を起こした彼に対して私は嫉妬したのだ。

その地味なプライドで私はその年のバレンタインの日にはチョコをあげる事ができなかった。学校にチョコは持って行っていたのだ。

親に内緒で付き合い始めたから母親が買い物に行く間の短い時間。

それでもチョコの匂いが残ってたから多分うすうす感づいていただろうが。

でも、渡す事ができなかった。

プライドのせいでもあるし、少し前、友達から聞いたのだ"バレンタインの前に告白するのって明らかにチョコ目当てだよね"って。

何と無く彼を試してみたかった。

渡さなくても私の事をまだ好いてくれるか・・・

丁度期末テストと重なっていた事を口実に結局その日は渡さなかった。


次の日の放課後、偶然彼のクラスで数人の男の子が話していた内容が聞こえた。

ちょうどその時、彼が話しかけられてた。

"お前はもらったか?"

一瞬見た彼の表情は困った顔をしてた。

彼が何て答えたか聞きたく無かった。

急いで昇降口まで走った。


自分で自分が嫌になる。

今からでも渡そうか?

でもいつ作れば良いのか。

こんな時、親が共働きなら良かった。でもそうでなくても彼との関係は言えない。

彼は告白してくる時、誰にも内緒だと言ったのだ。



彼はクラスでいじられっ子の立ち位置にいる。

だから恐らく告白して、付き合う事になったらそれをネタに弄られるのだろう。

私はそれに了解した。

だから、親にはどうしても言えない。気恥ずかしいのもあるからだ。



何でこんな私に告白してくれたんだろう。



その後の一年はずっとそんな事を思ってた。



もしかしたら、嫌がらせの一環で?

そんな失礼な疑いを持つ時もあった。

でも、何度かその後も彼がほとんどお散歩のようなデートの誘いをしてくれたからその疑いは無くなった。

それに彼はそんな他人の気持ちを踏みにじるような人では無い。

小学生の時に中学と同じように、それ以上に弄られていた彼はきっと人の傷つく気持ちが良く分かるはずだ。当時の私は彼に何と慰めればいいのかわからなくて、笑い飛ばしてそんな事をするのは可笑しい、気にしたら負けな情けない行動だ、としか言えなかった。

・・・もう少しマシな言い方があっただろうに、と今でも落ち込む。

それに、きっと彼がそういった現状甘んじているのはそれが合理的にクラスにいられる方法だと思っているからだ、と思う。尊厳を傷つけられたらきちんと反論しているのだ。


・・・少し話がズレたが、どんな形であれ恐らく告白というのはとてつもないエネルギーが必要な事なんだろう。

私には想像つかない。

そんな行動を起こしてくれた彼は本当にすごい。

中学に上がってから冷めた考えに陥りがちな私にわざわざ告白したんだから、振られる可能性の方が高いと分かっていたはずだ。

それなのに、私は・・・


一年後。

ようやく高校受験が終わって彼といつもの待ち合わせ場所まで行った。チョコを持って。

お互い受験のため、なかなか会えず言わずもがなバレンタイン当日も無理だった。

だがこれからは、高校生になるのだから。だから、きっと未来は明るい。

未知の高校生活で既に彼氏という存在がいる私はとても大人なような気がした。

そんな明るい気分で、初めて彼にあげたのは簡易トリュフと市販のチョコを溶かして固めた物。

トリュフはレシピにあるようなカステラを使わずにふわふわな生地が売りのパンを千切ってチョコと一緒に混ぜて丸めた物だ。

本当は生クリームとかが必要なんだけど、親の居ない3時間ぐらいでチョコを作って、彼に会って、とすると時間が無い。

必然的に手抜きのような物が出来てしまった。

入れ物は前々から買ってた可愛い袋に入れてお粗末な中身が見えないようにした。


彼にそれを渡す。

でも、その時の彼の表情は分からない。恥ずかしくて、でも、やっぱりもう少し良い物を作れば良かったという罪悪感で一杯だった。

来年こそは、来年こそはきっともっと良い物を作る。

幸い、このあとで親には自分が彼と付き合っている事がバレた。

そしたら、もうこんな面倒な気遣いをしないですむ。


この時から、私は彼の事を"彼氏"という存在としてしか見ていなかった。

休みの日の使い方をあまり知らない私は彼と思うように時間を共有する事ができなかったし、受験もあって会わない日が多かった。

今回作ったチョコも義務のような意識で持ってきたのだ。

私が一生懸命に作った。

まだ、次の機会がある。

その時には立派な"彼女"としてきちんとしたのをあげよう。


けれど、それから一年もしないうちに・・・私は彼と別れた。

彼とは高校が別れていた。

そして、私はゆったりした部活に入ってたけど、彼は運動部でとても忙しい生活を送ってた。

何度かメールをしたけれど、夏休みが近づくにつれて彼とのやりとりが少なくなった。

今にして思えば彼は運動部の大会が近づいていたのではないか。

私はその時学校の校外学習としてクラスとの親交を深めていた。


自分の、環境の変化しか意識していなかった。

彼の生活なんて、考えてもいなかったんだ。


別れの言葉はメールで伝えられた。

何て言えば良いのかわからなかった。

直接、本人から声が聞きたいのか。

聞きたく無いのか。


それでも、何と無く彼とは終わりにしたくなかった。

まだ、彼と会いたかった。

"そう言うのは直接言った方がいいんじゃないの?"

無駄に高いプライドで激しく嘆くのが嫌で、でも彼と会う機会を失いたくなくて・・・そんな矛盾した気持ちのまま、ろくに考えずメールを送ってしまった。


後悔した。

彼は自分勝手の理由で私に別れを告げた訳では無いのに。

"たぶん会えないと思うから"

確かに彼が部活にかかり切りになっているのが原因なのかもしれないが、それを察する事が出来なかった自分があまりにも子供で嫌気がさした。


敏い彼は気付いたのだろう。

私がもう、彼の事を"彼氏"としてしか見ていないのを。僅かでしか彼自身を見ていないのを。

私は馬鹿だ。最低だ。

そう悟るのにその後、また一年掛かった。




3年後のバレンタイン。


その前の年は部活の子達にマフィンを作って渡した。

喜んでくれた。ちょっとだけ自信がついた。

今年はクッキーをあげようと思う。



そして、今度こそ、今年こそ。

私は彼に手抜きではない。トリュフを、渡したい。

唯一自信のある、彼に喜んでもらえそうなトリュフ。


2月に入り、寒さが厳しくなった。

でも、今の私は手が悴んでても顔が熱い。身体が熱い。


彼を呼び出した。

彼は高校ではいじられっ子を卒業してモテているらしい。

もしかしたら、沢山チョコをもらったりするのかもしれない。

・・・もしかしたら、もう新たな彼女がいるのかもしれない。

でも、私は。

優しい彼に、どうしてももう一度・・・。



あれから彼を考えない日は無かった、とは言えない。

けれどふとした拍子に彼との日々を思い出した。

そして、私が彼の事をどうして好きになったのかを思い出した。


頭の悪い私は話がとても下手だった。周りの子は馬鹿な子だ、と流してた。

でも、彼だけは。真剣に、時には一緒に考えて、話を聞いてくれた。

周りの空気を読めない馬鹿な私なのにそうやって私を安心させてくれた。


これを、執着と捉えられてもいい。

もしかしたら、他にも彼のような人がいるかもしれない。

また、彼に自己中の私のせいで嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

でも、だから。

今度はあいつと同じ立ち位置に立って・・・


足音が近づいて来た。

私の待つ公園の砂利が擦れる。


目が潤む。

顔が熱くなる。


来てくれた・・・

嫌な奴なはずなのに、来てくれた。

リップを塗って潤ませた唇を意味もなく舌で舐める。

からからに乾いた口の中ではあまり意味を成さなかったが。



無駄なプライドはかき捨てる。

どんな言葉を、どんな視線を向けられても立ち向かってやる。


今度こそ、今年こそ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の執着心にぞくっとしました。 可愛らしい恋心のように見えて狂気を含んでいるような文体が面白かったです。
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