聖女と勇者
「きさまっ、何者だっ! ここは許可無くば立ち入ることの許されぬ聖域の、さらに深潭へと向けて分け入った淵寂なる魔の領域だぞっ」
「いや、おまえこそ誰だよ、金ぴか……」
聖女や勇者の素性を知らない振りしてとぼけながら俺がそう聞き返すと、それまでは警戒心をあらわにしながら険しい表情だった金ぴかが、とつぜん満面の笑みを浮かべながら変なポーズをとりつつ名乗りを上げだした。
「クックックッ、そうかそうか知りたいか。知らぬなら名乗らねばなるまい。聖なる黄金を纏いし大陸最強と謳われる比類なき太陽の化身、この俺こそが北の勇者だぁっーーー!!」
それを聞いた俺とピクちゃんは思わずガバッっと顔を見合わせてしまい、ピクちゃんなどは、すでに涙目で頬がプルプルしてしまっている。
「プハッ、キャハハハッーーー!! あ、あるっ、あるじぃぃ~。聞いた? ねぇ今の聞いた? あの人自分で勇者だぁって、ゆ~しゃだーーーって、真顔で名乗っちゃったよぉっ!」
「ギャハハハッ! 状態異常笑い過ぎ、腹が痛い、呼吸困難。この大陸で初めて俺らにダメージを与えるとはさすが勇者。その雑魚臭といい噛ませ臭といいただ者じゃないな」
「キャハッ、あるじ見て見て、あの腰に差した剣のゴテゴテ金ぴか悪趣味装飾。アレってもしかしてだよね」
「まさかっ、カリパー!? カリパーなのか!」
とうの勇者君はというと、自身がカッコイイと思っていた名乗りと、装備していた金ぴかプレートアーマーに加えて、持ち手に金・銀・宝石までつかって装飾されたこれまた金ぴかソードとその鞘を、真正面から俺らにこき下ろされ、今まではそんな経験などなかったのか、ぼうぜんとして固まってしまっている。
そこで、とうとう見かねた聖女と呼ばれていた女が割り込んできたのだが、しかしここでまさかの燃料投下。
「も、もうやめてあげて! 勇者様のライフはもうゼロよ!!」
「「「ギャハハハハハハッ」」」
オイ聖女! トドメ刺してどうする。
おまけに後ろで控えていた騎士の一人がこらえ切れずに俺らと一緒に笑いだすし、ほかの騎士たちも口もとを押さえながらとなりの同僚の肩をバシバシ叩いていたり、腰を折り向こうをむいてプルプル震えて笑いをこらえていたりと、先ほどまでの完璧な統率での一糸乱れぬ陣形が乱れに乱れている。
――オイオイ大惨事だな。
もし、この世界での旗印的立場の人物たちは、あの趣味のわるい格好がデフォなのだとしたら、異世界の人たちとは感性が違いすぎるので距離を置くことにするつもりだったが、騎士たちの様子を見るとそういうことではないらしい。
そういえば聖女の方は比較的落ち着いた感じの衣装でまとめているな。
あっ!? ま、まさかな……いや、しかしこれは穿った見かたをしすぎだよな、気のせいだよな。
だが、俺の視線を感じとった聖女が、スッっと視線をそらした瞬間に確信してしまった。
うわっ、やっぱりそうだ。聖女のヤツは自分がアノ金ピカ悪趣味衣装を着たくないもんだから、勇者を生贄に差し出しやがったんだ。
「黒いな聖女。真っ黒だ」
俺のボソッっと漏らした言葉が耳にはいったのか、聖女がこちらに両手を突き出して手の平を向けて、違う違うと手をブンブン振りながらアワアワしている。
その必死な仕草が逆に微笑ましくかんじて思わずニヤけてしまう。
「と、と、とにかくソチラの御二人、と言っていいのかしら――に、少しお話を聞かせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「あるじ、あの女の人さ~、なんか焦ってるね。鬼気迫るって感じだよ」
「アハハ、まあ少し話しをしてみようか」
聖女と呼ばれていた女が近づいてきて周囲をうかがいながら小声で話しかけてくる。
(「貴方たち稀人よね」)
(「ん、そうだが」)
(「あるじ、みんな稀人って言うけど転移者や転生者とは言わないんだね」)
(「異世界転移者・異邦人・来訪者とか、ここではないどこか他所の人ってのを、ひっくるめて表す言葉だからね」)
おや、自分から言い出した癖に、なんだか聖女がほうけてるな。
(「どうした? 聖女さん」)
すると、3人で顔を突き合わせて小声でナイショ話をしているそこに、勇者君が近づいてきて声をかけてきた。
「お~い、聖女ど「キャァァッーーー!!」オワァッ! なんだなんだ。男っ! キサマ、聖女殿に何をしたっ!!」
コソコソと話をしている所に勇者君が突然声をかけてきたもんだから、ビックリした聖女が思わずという感じで声を上げてしまい、その声が思った以上に透り響きわたって、今度は勇者君がビックリして俺に突っかかって来た。
メンドクセェ~……
「いやいや、オマエだろ。女性の背後から突然声をかけるのは、あまり誉められた行為ではないと思うんだがな」
「グッ、しかし「しかしもへちまもねぇ~よ」」
「そもそも、今は俺と聖女さんで意見と意識の刷り合わせをしていたのに、なんでお前がしゃしゃり出てくるんだ。纏まるもんも纏まらねぇだろが」
まあ、たいした話はしていなかったがな。
「しかし俺は勇者としてだな」
「いや、知らね~し。アンタが勇者だろうが英雄だろうが、俺とピクちゃんには関係ねーしな」
面倒だし相手していても時間の無駄っぽいので、ここから移動するために後片付けを開始する。
ここで控えていた騎士小隊の隊長らしき人物が声をかけてきたので、手を止めずに話しだけ聞く。
「少しよろしいかな?」
「ん、なに」
「ここを拠点野営地にするのでは?」
「いや、俺らは街を目指して移動中で、たまたまこの場所で食事休憩を取っていただけだよ。ここがどの辺なのか正確な場所は知らないけど、東か南東方面に進めばいずれ街道に突きあたるだろうと思って進んでいるんだよね」
実際には簡易マップで位置の把握はできているけど、わざわざ教える必要ないので黙っておく。
「そうであるか……」
フフ、さすがに額面通りには受け取りはしないか。
「もし良ければ我らとご同道いただけないだろうか」
「う~ん……それは無理じゃないかな。そもそも進行方向が丸っきり逆だし、俺たちは2人で移動速度重視なのに対して、そちらは大人数で移動速度には重きを置いていない。それにね~」
暗に勇者と同行したくないむねを匂わせて、隊長さんと聖女の目配せに気がつかない振りをしながら片づけを終わらせた。
隊長も深くは突っ込んでこず聖女に任せる形で、目礼してからまだ何か言いたげな勇者を引っ張り、ふたたび控えるように下がって行った。
「んじゃピクちゃんそろそろ出発するよ」
「あいあ~い」
「あっ、あの、次、また今度お話を、お話をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうかっ!」
「そうだな。縁があれば次の機会にでもね」
「は、はい。私は――」
「あ~、さっき勇者君が北のって言っていたから、あの山脈の越えた向こう側が北で、そこで聖女って言えばアンタの事なんだろ」
「……はい」
アハハ、スゲー嫌そうな顔してるよこの子。ホントは聖女って呼ばれるのが嫌なんだな~。
「俺らは結構な移動速度でアッチコッチの土地を見てまわっていて、その内そっちに行くかもだから、その時にでもね」
「はいっ!」
「じゃあ、その時には正装も見せて貰えるのかな」
「ハゥッ……考えておきます~」
ククッ、この子のリアクションは一々面白いな。今も両肩をガックリ落として表情も憂鬱そうに“どうしよう……”みたいな感じになっている。
「フフッ、よろしくね、聖女さん。じゃあピクちゃんは肩車になって術をお願い」
「はいは~い、行くよ~、フライ!」
いつもの圧し掛かり立ち肩車の体勢になったピクちゃんに魔法を行使してもらう。
俺が魔法を使ってもいいんだが、見た目が妖精のピクちゃんが魔法全般を担当しているように装ってみた。
フワリと30メートルほど上昇すれば周囲の樹木の高さを超えられ視界を遮る物はない。
「ばいば~い」
ピクちゃんが下の連中に手を振りながら声を掛けて、俺も軽く手を振り別れの挨拶をしながら、ピクちゃんにもう一つしてもらいたい演技を小声で頼む。
「ピクちゃん、あくまでも俺という荷物をピクちゃんが抱えて飛んでいるような感じの演出で、連中の視界から外れるまでは飛行速度を遅めでよろしくね」
「ムフフ、りょうかいで~す」
下の連中はしばらく唖然としていたが、段々ガヤついてきたのをあえて無視して、そのまま東へ進路を取りゆったり進みはじめる。
2人が空中へ上昇した時に見せた連中の反応と、飛行をし始めた時の騒ぎを見る限りでは、飛行魔法は一般的ではなさそうなので、俺が魔法を使わなくて正解だったかもな。
後方からは、たぶん勇者君だろうが、クソッ! 視えない! などと言いながら騒いでいるのが僅かに聞えてきたのだが、聖女ちゃんや隊長殿に、やめなさい! 馬鹿止せっ! と、怒られながら押し留められたようだった。
――ごくろうさま。
そして、主人公たちが飛行魔法で去って行くのを見送る、後に残された一団の様子はというと――
「クソッ! やつ等ステータスを偽装していやがった。おまけに改めて視てみれば今度は全く見えやがらない。ナメやがって!!!」
怒りで頭に血を上らせて2人の後を追おうとする勇者を、すぐさま聖女と隊長が止めに入る。
「やめなさい!」
「馬鹿止せっ!」
普段は勇者を立てる様に話す隊長などは、焦りから地の言葉遣いになってしまっている。
「ここまでコケにされて黙ってられるか!!」
「だ・か・ら! やめなさいって言ってるでしょっ!」
「じゃあ、このまま見逃すというのかっ!」
「ええ、今回はこのまま別れます。次の機会に期待しましょう」
「ウォッホン。え~、勇者殿、ここはおさえてもらえないだろうか」
勇者に対して聖女は見逃すという部分へ控えめに同意し、隊長は咳払いして言葉遣いを元に戻してから、ある可能性を示唆し始める。
「勇者殿、少し考えていただきたい。あなたが突貫することによって、我等が重大な危機に直面する可能性があるということに」
「どういうことだっ!?」
「我が隊のスカウト職の鑑定能力はもちろん勇者殿の目をも完全に欺き、追加鑑定は完全遮断。更には飛行魔法のオマケ付き」
「そ、それは……」
「そして改めて熟考して頂きたいのは現在位置と彼等の異常性です。この危険地帯で、のほほんと食事休憩を取り、まるでピクニックでもしているかのように移動している者達が、普通の輩であるはずが無いのです。しかも我等とは対照的に少人数の2人でです」
「だけど俺ならっ!」
「そうですね。勇者殿が単独ならば遣り様はいくらでもあるのでしょう。ですが、我が隊の者たちには荷が勝ち過ぎます。引くことが許される状況ならば回避して穏便におさめたいのです」
「でも……」
「正直、あの2人と敵対した状況になるなんてことは、勘弁して頂きたいし考えたくありません。足を引っ張るようで申し訳ないですが」
「……」
「彼等との交渉や友誼を結ぶための話し合いは聖女殿に一任致しましょう」
「そうね。そうしてちょうだい。幸いなことに然程怒っているようではなかったし、近くに来たから寄らしてもらった、みたいな感じで顔を出してくれることに期待しましょう。ねっ」
◆
◆
◆
目の前の男から「黒いな聖女。真っ黒だ」なんて囁きが聞えてきて、おまけに“フ~ン”みたいな感じで嫌らしい笑みを浮かべて二ヨニヨしながら私を見てくる。
クッ、この男はもう気がついている。私が勇者をスケープゴートにしていた事に。
でも、だって仕方がないじゃない。ただでさえ聖女なんてガラじゃないのに、あんなゴテゴテ悪趣味衣装まで着せられてたまるもんですか。
落ち着けワタシ、落ち着けぇ~。
なんとかして会話の主導権をこちらに持ってくるために2人のそばへ寄り、男に対して周囲の人達に聞かれないように小声である質問をぶつけてみる。
(「貴方たち稀人よね」)
フフンッ、どお? 雰囲気からしてあながち間違ってないかも。これで少しは焦ってくれるかしら。違っていても仕切りなおしはできるはず――
なのに、それなのにっ! こっちの思惑をことごとく外してくる。
ちょっとちょっと、あなた、稀人って何アッサリ認めちゃってるのよっ! ここは、なんの事かな? みたいに誤魔化す場面でしょ! もっと空気読みなさいよっ!
そして、浮き足立った私は迂闊にも意識から外してしまっていたのだ。こちらには更に空気の読めないバカ(勇者)が居ることを。
「お~い、聖女ど――」
「キャァァッーーー!!」
もうっ! バカバカバカバカッ、馬鹿勇者。ビックリするじゃないっ! 背後から忍び寄るってどういうつもりっ! 不整脈が起こったらどうしてくれるのよっ!!
“活動的な馬鹿より恐ろしいものはない”って言葉が、大昔の稀人によってもたらされて聖典に残っているけど、言いえて妙だわ。うちのを言い表すのにコレ以上の表現は無いわね!
そこからは、もう最悪よ――バカが割り込んで来たせいで剣呑な雰囲気になってしまい、話しをするどころではなくなっちゃたじゃない。
ホントにもうイヤッ! だれか聖女代ってよ! うちの馬鹿ドウシテクレヨウカシラ……ぐぬぬ。




