強敵! 迷宮ギルド受付嬢
ドアのカウベルを鳴らしながらギルドの建物に入ってみると、中の様子はそこそこな清潔さで、座席テーブルと立式テーブルが数卓と、軽い食事や酒も飲めるカウンターバーなども隣接されていた。
「あるじ、あとで食事もしてみようよ~」
「そうだね。宿屋の朝食も値段のわりに美味しかったしね」
そんな会話をピクちゃんとしてると、まだ気配を薄めたままなのに、なんか凄い綺麗なお姉さんが声をかけてきた。
「ようこそ迷宮ギルド中央本部へ。お客様はこちらにお越しになるのは初めてございますね。ご依頼でしょうか、それとも探索者へのご登録でしょか」
探索者や冒険者の荒っぽいヤツラをさばくギルド受付嬢ってのは、ただ座ってニコニコしてるだけでは勤まらなそうで、それなりの資質と能力の裏づけが必須の、いかにもデキる女ってかんじなお姉さんだ。
「こんにちわ~、お姉さん」
「ようこそ、妖精さん」
「こんにちわ。。請けてもらえるか分からないけど、依頼ですよ」
「えっと、アールジ様? でしょうか、お名前を承っても?」
ピクちゃんが俺をあるじって呼ぶのを聞いていて、受付嬢がそんなふうに言ってきた。
ふむ、アールジか――いいね、これからはそれで行こう。
「じゃあ、アールジで」
「……今、じゃあって、言いましたよね」
受付嬢にツッコミ入れられたので、フウ~っと息を吐きあらためて名乗る――適当に。
「長いよ? 正式にはコノギ・ニュウナ・ニイッテ・ルンダワケ・ガワカ・ラナイゾです」
「はい承りましたコノギ・ニュウナ・ニイッテ・ルンダワケ・ガワカ・ラナイゾ様ですネッ」
「うおっ、マジかっ!」
「スゲェッーーー!! まさか一発で覚えるなんて、ピクびっくりだよ」
「ゴ、ゴメンナサイ、嘘です。アールジでお願いします」
「受付嬢スゲ~、あるじはさっきのもう一回言える?」
「いや、自分で言っといてなんだが無理だな」
「あのっ、アールジ様、先程おっしゃったこの部分、“ギ・ニュウ”とはナニを指しているのでしょう」
二コッっとするギルド受付嬢――こ、こぇぇ。
「あ、あ、あれだっ、適当に言ったから別段なにってわけでも、ハハハッ」
「え~っと、どれどれ、この偽乳――分らないぞって、あるじ~……」
「アハ、アハハッ、ちょ、調子に乗りました、すみませんっ」
受付嬢の笑顔は崩れてはいないが、お面を貼り付けたようなとは、こういう表情のことなのだろう。
「お姉さんは美人なんだし、気にすることないとおもうな~、ピクは」
「ピクちゃん、違うよ。美人だからこそ弱みを見せられないんだ」
「どゆこと?」
「非の打ち所の無い相手に、目に見える明らかな弱点があると、そこを攻撃目標にさだめて集中砲火してくるから止むを得ずなんだよ」
「なるへそ~、出る杭は打たれるってことなんだね、あるじっ」
「そうっ! もう打たれすぎてペッタンコだ」
「あの、お客様、ピク様……こ、この男ぶっ飛ばしてもよろしいでございますでしょう、かっ――ギリッ!」
「キャハハハッ」
他人の奥歯がギリッって鳴るのを初めて聞いた俺は感動をおぼえた。
脱線した話を軌道修正して依頼の内容を受付嬢に言ってみる。
「はあ、迷宮見学のためのガイドでございますか」
「うん。ほら、そっちの方に一層二層程度なら目隠ししてても回れるだろう屈強な探索者サンがたくさん居るじゃん。あの人たちにガイドを頼んで連れて行ってもらうことはできないのかな?」
「冒険者としての経験と、そしてさらに探索者登録されませんと迷宮への立ち入り許可はおりませんので」
「別に深層までってわけじゃないし、こっちも多少無理言ってるのは理解してるから、依頼料は奮発させてもらうけど、駄目ですかね?」
「駄目ですっ。ハイキングやピクニック気分で迷宮内へ入るなどと言われても許可できるはずありません」
「軽くチャチャチャ~って感じで、どう?」
聞き捨てならん! って感じで、バンッとカウンターを両手の平で叩き、立ち上がってキッっと俺たちを鋭く睨みながら声を荒げる受付嬢。
「駄目に決まってます! いいでしょう、私が話して差し上げます。この冒険者組合迷宮探査部門、またの名を迷宮ギルド成り立ちにまつわる、聞くも涙語るも涙な物語を」
えぇっーーー意味分らん! っとまわりを見回してみると、周囲の探索者やほかのギルド員たちは、アイツ地雷踏み抜きやがったと言わんばかりに目を逸らしソッポ向いて、巻き込んでくれるなよというような態度だ。
そこからなし崩しに受付嬢の語りが始まってしまうのだが、俺みたいに迷宮を舐めてそうなヤツが訪れるたびに何度も何度も語って聞かせたのだろう、かたり口調が非常に小気味良く、ともすると物語りに引き込まれてしまいそうになる。
最初は変な女に絡まれた程度に思ったが、ピクちゃんも受付嬢の話をそれなりに楽しんでいるようだ。
話がすすみ、ギルドの礎をきずいた先人たちが深層領域へ足を踏み入れ迷宮の脅威度を確認しつつも半壊してあえなく撤退する、物語の最大にして最期の山場に入るころには、かれこれ1時間は経過していた。
わりぃ~、こうなると俺らも止められん。
もう少しで終わるから付き合ってやってくれや。
ご愁傷様ぁ~。
他の探索者たちも彼女がこの物語に対して、並々ならぬ憧れと思い入れをもっているのを知っていたようで、年に何回か起る名物イベントを肴に酒を飲んだり、語りを一緒に聴き入ったりしてる。
こ、こいつら……泣かしちゃっても俺わるくないよな。
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【語部《かたりべ》:ギルドの受付お姉さん】
※この物語の中では、冒険者はまだ探索者とは呼ばれておりません。
今でこそモンスターハウスという大部屋の存在は周知の事実なのだが、その当時は無駄に広い部屋程度の認識でしかなく、常にトラップが発動するというわけではないので、発動全滅情報なしか不発平穏情報なしのどちらかであり、ある意味この大規模攻略遠征部隊が半壊撤退したことにより、大部屋の特性とトラップが発見観測され冒険者たちに情報がもたらされたのです。
眼前に広がる光景に威力偵察をかねた先行部隊として、大部屋中心部へ進行していた誰もが言葉を失う。
数万、いや数十万の魔物たちが蠢き犇いているのだ。
一瞬の間の後、すぐさま撤退の判断をし行動を起こした冒険者たちを誉めるべきなのだろう。
しかし、彼らはすでに舞台へ主役として上ってしまっている。
敵と相対した時点でこの演目のストーリは変更不可となっていたのだ。
蹂躙・虐殺・殲滅と……
「くそっ!? 伏せてやがった、囲まれる!」
誰かが声を上げ、誰もが覚悟を決める――やるしかないと。
そしてリーダーはすぐに魔法担当へ目で合図を送り、長年苦楽を共にした魔法使いも意図を察し火系魔法シグナルファイア――威力は最低だが射程が長く信号弾的使い方をされる――を拠点に向かい発射した。
逃げろっ! と思いを込めて。
「なにをっ!」
冒険者の1人が魔法使いを一度見てリーダーへ問いただすと、すぐに答えが返ってきた。
「このまま俺達が梨の礫になって、心配した奴等が様子をうかがいに来て巻き込まれるなんて糞展開、お断りだしカッコ悪すぎるだろうがっ!」
それを聞いた他の冒険者達が凶悪な笑顔を見せ横から次々に声をかけてくる。
「はっ! いいね。しかしお前、ここで死ぬつもりなのか? あっ、そうだ俺一度言ってみたかったセリフがあるんだが言っていいか?」
「あ? なんだよ、言ってみろ」
「取り合えず撤退戦になるわけだが、別にアノ糞ども返り討ちにして皆殺しにしちまっても良いんだよな?」
「ククッ」
「おっ、そういうことなら、俺この作戦が終わって田舎に帰ったら結婚するんだ~」
「「プハッ、お前が結婚だあ~」」
「俺チョット波の様子みてくるわ」
「「「オイッ、雨降って無ぇ~だろがっ!」」」
「ワハハハッ、お前らいい加減にしろよ。この状況で楽しそうな俺たちを見て敵さん不気味がってるだろうが!」
「「「「こりゃまた失礼しました」」」」
「よーし、敵――いやお客さんだな。お客さんにはココで足止め、もとい俺達に付き合って休憩をかねて遊んでいってもらおうじゃないか! お前ら、いくぞっ!!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
この居残り冒険者達の驚異的な抵抗・粘り・奮闘により、待機組みが撤退するさいに追っ手の掛かりが遅れて、貴重な迷宮内情報を持ち帰ることに成功したという云われには、誰も異を唱えることはないだろう。
一方その頃、待機組みにも多少の動きは見られたのだが、いまだ今後の探索行動指針が定まっておらず、続行と撤退で意見が二つに割れ、事が事だけに重大すぎる判断をリーダー1人にゆだねるにはむずかしい状況にあった。
続行を主張している者も、さらなる高いリスクに二の足を踏んでいて、撤退を考えている者も、それを口にするということは先行偵察組みを見捨てて切り捨てることに他ならず、言葉にすることができずにいた。
だが、このまま手をこまねいて、いたずらに時を浪費していくのは自殺行為だと分っていても動き出せない、誰もが感じていた閉塞感が一変することが起こる。
それは先行組みが進んだであろう方向から拠点へ向けて放たれたと思われる一発のシグナルファイアで、それによって方針が決定付けられた。
「撤退する!!」
リーダーが術を凝視しながら声を荒げて宣言する。
「なっ、!? し、しかしそれでは「言うなっ!」――」
接敵したと思われる時と同じくしてのシグナルの意味を察せない愚か者はこの場には居なかった。
「こ、このっ、この作戦……うぅ、こ、ここまでの迷、め、迷きゅぅ……迷宮攻略情報を地上へ持ち帰れば我々の、わ、我々の勝ちだっ!! ウウックッ……帰るぞっ、地上へっ、急げ、速やかに撤収せよ!」
もう、誰も声を上げず喋らない。
撤収準備の音に混じって四方からのわずかな嗚咽のみがその場を支配する――俺達は英雄にはなれなかった。
だが我々は冒険者だ。
一人でも生き残れば次に繋げる。
最後に笑うのは我々冒険者だ。
【終】
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語りきって恍惚の表情を見せる受付嬢に、そろそろ良いかなと思って話しかける。
「お姉さん、それは美化しすぎだろう。ねぇ、ピクちゃん」
「うん、どうせその場に居た冒険者たちの会話ってさ“お前ら俺が逃げるあいだ足どめしとけ、うるせ~お前が餌になれ、おがあぢゃぁ~ん”こんな程度だよね、あるじ」
「そうだよな、拠点に残っていた撤退組みのセリフってのも多分こんな感じだよ。“あ~あ、あいつら死んだな、だからよせって言ったのにアホなヤツラだ、俺らだけで帰ろうぜ~”ってのがいいところだな」
「特にモンスターハウスのくだりで数十万はいくらなんでも盛りすぎだよね、あるじ~」
「んっまぁっ、んまんま、んっまぁっ! 今あなた方は、全わたくしを敵にしたと心得てくださいましっ」
「「え~、んな大げさな~」」
受付嬢さんの言葉遣いが変になっちゃったよ。
「これこれ、またやっているのかお前さんは……しょうがないのお~」
◆
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私が宰相を与るのは大陸北部中央に位置する聖王国。
勇者と聖女の2人を擁し大陸での影響力は計り知れない。
王の右腕として周囲に畏怖の念をあたえ冷淡なイメージをもたれるその裏では、そ知らぬ顔でボケをカマし人知れずほそく笑み悦に入るという高尚な趣味をたしなむ。
――先日の“「はい、何も分からないと~」”は会心であったと独りごちる――
だが、親しみをもたれたりする必要はない。
この職を担う上で舐められたら仕舞いだからなっ!!
「閣下、西からの特使がお見えになりました」
「うむ、待たせておけ。外務卿はなんと?」
そう聞くと、文官はニヤリとして答えた。
「のらりくらりと、とても楽しげでありました」
「ククッ、そうか。あの男も喰えんしな。まあ、頃合を見て顔を出すと伝えておいてくれ」
「ハッ! そのように」
大陸北西部の領土だけそこそこ保有するハリボテ大国から、特使とのたまう輩から急な面会を申し込まれたのが数日前。
西の国からの大陸南部へ向かうルートは、この聖王国か大回りして東国からのルートしかない。
なので、消失した山脈部分を南部への新たなルートとして、喉から手が出るほど欲しいのだろう。
大陸北部も荒れるやも知れぬな。
どれ、とっとと追っ払ってしまうとするか。
「…………かような訳で、我が国からも使節団を送り調査にご協力させて頂こうかと思う次第でございます」
ったく、無駄に話が長い。
「そのようなことを言っている余裕があるとは、はてさて」
「……どういう意味でしょうか」
「なにやら大陸の南のほうが騒がしいようですが南部のお友達は大丈夫ですかな? 安否も気になりましょう。なんでしたら当方でも手をつくしますが」
第二王女誘拐の件でケツに火が付かぬといいがな。
「ッ――い、いえいえ。お心遣いとても有難く存じますがご心配には及びません」
「そうですか。とにかくっ! いたずらに山脈越えをして大樹海にチョッカイかけて、今はなき旧南部王国と同じ轍を踏むのは御免こうむりたいですからなっ」
お前たちの遣っていることなどお見通しだぞと軽く匂わせると、ほうほうの体で退散していった。
――チッ、無駄な時間を取らせおってからに。




