昼休みを満喫しよう
昼休みというものは学生たちの至福の時。午前の授業という戦いを勝ち抜いた者の一時の休息。
しかし、彼らにとっては戦いの時間となる。
このお話はある学校のあるクラス。昼休み5分前から始まる。
「なあなあ、オマエは昼はどうすんだ?」
紹介しよう。彼は“西木徹[ニシキトオル]”。4限目を犠牲にして昼休みを戦う男の一人だ。ただ単にサボって寝ているだけとも言える。
「今日は学食に行こうと思ってる」
彼は“佐伯達[サイキトオル]”二人目のトオル。西木徹とは違い、真面目に授業を受け、学問を戦いとする者だ。ちなみに徹とは席が隣で友人だ。
「じゃあ一緒に行こうぜ。オマエがいると心強いんだが」
「学食のデッドヒートは面倒なんだよなぁ…」
そう。昼休みの戦いとは昼食にありつこうとする全校生徒との学食争奪戦だ。
「じゃあジュース奢るからさぁ」
ジュース如きであの戦場に赴くとは思えん。
「よし、その任引き受けた!」
学生にとってジュースは大きかったようです。
「流石オレの親友! 話が早いぜ」
「そうと決まれば気合を入れねばならんな」
口調が古風になっているが気にしてはいけない。
「チャイムが鳴る1秒前に行くぞ。準備しろよ」
「任せておけ。私にかかれば食堂のおばちゃんなど取るに足らん!」
無駄に心強い達くんでした。
「さぁ行くぜ」
キーンコーンカーンコーン♪
「行って来るぜ担任!」
作戦通りに1秒前に席を立ち、担任に挨拶をしてから教室を飛び出す。
「おう。がんばれよ〜」
物分りのいい先生でよかったね。
「おい、西木。先客がかなりいるぞ」
学食の様子が窓からふと目に入る。
「やっぱり教室が近いクラスは早いな」
彼らのクラスは3階の一番右端。食堂は1階の左端。そこそこ遠いのである。
「しかし、私にとってあの程度の軍勢などいないに等しい! 彼らより恐るべきは学食のマスターだ」
達が最も警戒する男。それは学食の管理人ことマスターだ。
「確かに。マスターに勝たねぇと飯にはありつけねぇ」
マスターがどんなものかは後に自ずと知ることになるだろう。
「で、達は何買うか決まってるか?」
この戦に勝利するには作戦とスピードが要求される。前もって買うものを決めておかないと直ぐに売り切れてしまう。
「無論だ。狙うは難攻不落の砦! ヤキソバパンのみ!」
ヤキソバパンが食べたいわけではない。マスターに完全勝利したいのだ。
「やっぱりそうきたか。俺はカレーパン狙いだ」
カレーパンはヤキソバパンに続き、2番人気のパンだ。
「なるほど、西木もなかなかの勝負師だな」
徹はカレーパンが食べたいだけだ。
「さぁここからが本番だ」
彼らは食堂にたどり着く。そして中に足を踏み入れる。
「よっしゃ! いくぜ!」
彼らは前の生徒達をバッタバッタとなぎ倒し、カウンターに到達する。
「おばちゃーん! カレーパンあるー?」
カウンターの前に行き、喧騒に負けないように大きい声で言う。
「マスター。ヤキソバパンはまだあるか?」
学食内の時間が止まる。誰もがおばちゃんに注文する中で一人だけマスターに注文する。これがどれほど勇敢な行為かは学食慣れしていれば誰もが知っている。この学校の学食特別裏メニュー。それはマスターと勝負して勝利すれば好きなメニューを半額で食べられる。しかし、勝負の内容はマスターの気分で変わり、負ければ倍の値段で指定したものを買わなければならない。挑戦した者は数知れず、勝利したものは一人もいない。
「着やがったなぁ。佐伯」
奥から40代後半と思われる男性が姿を現す。
「おう。マスター久しぶり」
達とマスターの回りにただならぬオーラが漂い、そんな光景を学食にいる全員が見ている。
「ヤキソバパンが欲しければ俺に勝ってからにしな!」
マスターは不敵に笑う。
「上等だよマスター」
マスターが色んなパンが入ったトレイを持ってくる。
「ルールは簡単だ。このトレイの中のヤキソバパンを見つけてゲットすればお前の勝ちだ。制限時間は1分。1分以内に俺から獲物を奪えなければオマエの負けだ」
達はかつてマスターに挑み、あと少しというところで敗れたのだ。勝負内容は憎いことに今回と同じ。
「西木、タイム任せた」
達はいち早く獲物を捕らえる。
「よし、任せろ」
「今度こそ勝つ!」
「よーい…」
・・・
「はじめ!」
徹の合図で二人の戦いが始まる。
「貰ったぁ!」
達は早速ヤキソバパンに手をのばした。
「甘いぞ佐伯」
しかし、達が手にしていたのはカレーパン。
「何! そんなバカな!」
「そう簡単にはいかんさ」
「やっぱり一筋縄ではいかないか…」
握らされたカレーパンを徹に投げつける。
「何で俺に投げるんだよ!」
「気分だ!」
気分でパンを投げつけられる徹っていったい…。
「まだまだいくぞ!」
小癪にもマスターは先ほど達にカレーパンを掴ませたと同時に自分の近くにヤキソバパンを配置していた。しかし、達は目にも留まらぬ速度で獲物に手をのばす。
「早いな。しかしまだまだだ」
今度はコッペパンを握らされていた。
「なめやがって…」
手に持ったコッペパンを握り潰して徹に投げつける。
「だから何で俺に投げるんだよ!」
「気分だ!」
徹と話ながらも達の手は止まらない。ヤキソバパンを奪い合う。目にも留まらぬスピードで打ちつけあう拳。あまりの速さにパンが空中に浮いてるようにしか見えない。
「「うおおおおおおお!!!!」」
二人とも叫んでいるが、飯時くらい静かにしてくれという人もいるので止めておけ。
「なんて速さだ…」
「どっちが勝つんだ…」
「マスターが勝つほうに100円!」
「俺は佐伯が勝つ方に100円だ!」
野次馬が固唾を呑んで見守っている中、何人かの生徒が口々に色んな事を言っている。が、まずはあのマンガのような手の動きに誰かツッコめよ。ちなみにマンガのような手の動きとは、例えるとレレレのおじさんの脚とか本官さんが銃をブッ放してるときの脚を思い浮かべてくれると想像がつくと思われる。何で手の話をしてるのに脚で例えるんだとかいうツッコミは全力でスルーします。
「佐伯よぉ、あと10秒だぜ」
再び言うが、手は休むことなく動いている。
「おい達! そんなハゲに2回も負ける気か!」
徹の声が食堂内に響く。
「俺はハゲてねぇ!!!!」
マスターは全力で帽子を取って否定した。しかし、それが当然痛恨のミスになる。
「スキあり!!」
「しまったぁ!」
マスターのスキを見逃さず、ヤキソバパンを奪い取る。
「そこまで!」
達がパンを奪取した瞬間、終了の合図。
「ふっふっふ、マスター私の勝ちのようだな」
「てめぇ…卑怯じゃねぇか!」
「別に私が言ったわけではないじゃないか」
達はどこから出したのか、扇子で扇ぎながら椅子にどかっと腰掛けている。
「それに、戦いに私情を持ち込んじゃいけないな。なぁ西木?」
「確かにマスター…デコからちょっとずつキテるなぁ…」
徹は達の隣に座ってヤキソバパンをモリモリ食べていた。
「おい、西木。それは私のパンじゃないのか?」
「ほうはへどはひは?(※そうだけど何か?)」
「何かじゃないだろ。オマエいつの間に」
「さっき達が椅子に座ったときだ。良いとこ取りとはまさにこのこと。まあ勝ったのは俺のお陰みたいなもんだし。カレーパン美味かったし」
確かに勝ったのは西木のお陰みたいなもんだが、カレーパンが美味いのは全く関係ない。
「マスター、さっきのはやっぱり勝負師としての名折れだ。私の負けでいい。金はコイツから受け取ってくれ」
そう言い残し、達は学食を後にした。
「ということだそうだ。西木」
「マスター…負けたのはアイツだぜ…?」
マスターの威圧感に徹の顔は少々引きつっていた。
「食ってるのはオマエだよな? そして誰がハゲだって?」
「ははっ…はははは……」
・・・
「さいなら!」
食堂からダッシュで逃げる徹。しかし、昼休み中にマスターに捕まり、結局倍の料金を支払ったそうな。
おしまい
お金はちゃんと払いましょう。
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m(_ _)m