7.戦うことも感情表現も難しい
これからまた忙しくなりそうだじぇ
※色々変えました。合同訓練が6日後になりました。
部屋に戻って何事もなく就寝する。ほぼ一日喋らなかったフレナのおやすみなさいを聞いて明日はしゃべらせようと心に誓いながら目を閉じた。
『おはようございます。マスター、朝ですよ』
「・・・ん、おはよう、何時?」
『4時です』
「分かった」
学園の必須授業が始まるのは9時。1時間早く来てくれというのを加味してもそれまで4時間の猶予がある。まだまだ暗い外を見て学生服に着替えて持っていくものを持ち、静かに部屋を後にした。そのときに部屋を綺麗にするのも忘れない。やはりと言うか静まり返って暗い洋館内を心なし静かに歩く。
「春だからかまだ暗いな」
『これから明るくなっていきますよ』
「夏が待ち遠しい・・・」
受付のいない正面玄関を抜けて裏手に出る。昨日の内に被せておいたシートを剥がして中からいろんな物を取り出した。
『土いじりですか?』
「ああ、流石に薬草は育てられないが野菜ぐらいは育てようかと思ってな」
『これが終わったらどこに?』
「図書館が朝早くから空いてるから見に行こうと思う」
『なるほど』
黙々と作業を進める。肥料を撒いて、少し水を撒いて、水はけの確認。その後に買ってきた種を撒いて終了だ。特別な気使いが必要ない初心者向けの種を買ってきたおかげでもある。
『何を植えたのですか?』
「この花壇にはリーフレタスとルッコラとアイスプランツとホウレンソウ」
『葉物ばかりじゃないですか』
「そう思ってピーマンも育てたかったんだがあれは雨ざらしにすると落花するからな・・・春に植えたくなる作物は何故か葉物が多い」
『他にはどんなものが?』
「サツマイモとかミニトマトとかキュウリとか」
『それにすればいいじゃないですか』
「珍しそうな物を植えたら花壇が一つじゃ足りなくなった」
『左様で・・・』
「花壇は後七つもあるんだ。もう一つぐらい春に植えるものに使っても良いだろう」
『ということは?』
「もう一つの花壇にはミニトマトとキュウリとナスビとダイコンを植える」
『大盤振る舞いですね』
「花壇がデカいし環境の制御がしやすいからな」
二つの花壇の整備を終えて一息つく。最近ではビニールハウスなんかで気温を制御するから夏野菜が簡単に冬に手に入るが季節に合わせて栽培したい。やっぱり自分の力で作ったものは美味しく感じる。芽が出てなくても分かるようにそれぞれ立て札を付けて完成だ。
『マスター、図書館が開きますよ』
「もう5時か・・・」
『学園まではバスで1時間かかります。7時までには戻らないといけませんよ?』
「問題ない。図書館まではそんなに時間がかからない。そこで時間をかけるつもりもない」
手を外付けの水道で洗う。再度玄関から中へ入り誰もいない食堂の扉を開けた。中には小さなホワイトボードが貼ってあり、そこにカレンダーのような表が書かれている。週の初めには住人の名前が書かれてある。多分食事当番だろう。今月の俺の当番は免除されているようだ。ホワイトボードの横にはコルクボードもあり、住人それぞれのモチーフの手作りピンが端に1列に並んで刺さっている。昨日取り忘れたのか緑色のフラスコで留められたメモには目覚えの無い字で『午後は部屋で調薬するから部屋には来ないで』と昨日の日付付きで書かれている。すぐに誰が書いたかわかる。コルクボードの上には寮長の字で『何かあったら書くこと!』と書かれていた。連絡板だな。
「メモ・・・と、ペン」
『ちゃんとマスターのピンも用意してありますよ・・・ふふっ、可愛らしいですね』
持ってきていたはずだと上着の中を漁っているとフレナがそう言った。言われて初めて気づいたがウサギのピンにヘイズと書かれている。
メモに書くことを書いてそのピンでコルクボードに留めた。
『早めに学園に行くことになっているから朝食は要らない。あと裏庭の右端の花壇二つに野菜を植えてるから気をつけてくれ。・・・なんで黒ペンじゃなくて青ペンで書いたんですか?』
「ちょっとしたお茶目心だ」
『真顔でふざけるのやめません?ただでさえ冗談なのかどうか分かりにくいんですから』
「反応がおもしろいからいやだ」
『あなたの場合はそれにたまに天然も入ってくるから厄介なんですよ』
「・・・そうか?」
『そうです』
くだらないことを話しながら寮を出て図書館へ歩く。そんなに遠くはない距離だ。道中にある家や店はやはりまだ空いていない。静まり返って冷たい空気を堪能していればすぐにそこに着いた。結構大きな図書館だ。学園の本棟の側にある図書館が一番大きく蔵書量も多いようだが簡単なことを調べるには事足りるだろう。
「ふあぁ〜あ、どうも〜朝っぱらから元気ですね〜」
「ああ、すまないな」
中では眠そうな司書が受付をしていた。間延びした挨拶を受けてそれに返しながら通過する。通過しきったところで後ろからぶつぶつと何が聞こえたが無視して本を漁ることにした。
「魔物図鑑、生態学、薬草事典、世界の武器、最低限のマナー、世界地図、国の歴史、鉱物一覧、国ごとの特産品、ふむ、後知りたいのは流石に無いか」
『何が知りたかったんですか?』
「各国の資源埋蔵量と分布に軍事関連の技術開発進行度」
『流石にそれは国家機密でしょうよ・・・』
「だろうな、期待はしてなかった」
必要な物を持って席に着く。ぱらぱらと捲って目を通しながら次々と本を閉じていく。1冊読むのに5分とかかっていない。本当に読んでいるのか疑わしくなってくるほどの速さだ。と、いうか実際にきちんとは読んでいなかったりする。
『読めてるんですかそれ』
「ななめ読みだ。フレナがんばれ」
『やっぱり私が記憶するんですね・・・』
言うなればヘイズは意味を記憶しているのではなく文字配列を記憶しているような状態だ。意味は理解せずに淡々と写真をデータとしてインプットしている。もちろんヘイズには瞬間記憶能力というものはない。ただそれに似た現象が起こせるだけでそれは普段めったに使わないものでもある。だからフレナを連れてきた。フレナならいつでも情報を引き出せるし記憶出来る。機械ならではの特権だ。
「読めたか?」
『出来ましたよーマスターは私をこき使い過ぎです』
「要所で頼っていると言ってくれ」
『聞こえは良いですね』
未だに小声で愚痴るフレナを余所に図書館を出ていこうとする。
「何も借りないでもう行くんですか〜?」
「ああ、調べ物は出来た。世話になった」
「いえいえ〜また来てくださいね〜」
手を振る司書に軽く会釈をして外へ出ていく。やっぱりグレンさんじゃなかったですか〜と残念そうな声が聞こえてきた。似ていてもはっきり判別は出来るようだ。
「思いかけず時間が余ったな・・・」
『まだ6時ですけど本棟に向かいませんか?遅れるよりは良いでしょう。ぼちぼち店も空いてる事ですし道中でサンドイッチでも買いません?』
「そうだな。確か昨日紹介してくれたパン屋さんが6時開店だったはずだ。そこで買おう」
6時にもなればちらほら人が増えてくる。徐々に増える賑やかさに一日の始まりを感じながら路地を抜けてパン屋さんへやってくる。
「失礼します」
「いらっしゃい。昨日のヘイズくんか、今日はバイトじゃないだろう?」
「サンドイッチでも買おうかと思って」
「なるほどね、それじゃこれをあげよう」
「代金は・・・?」
「それの感想ってことで。試作品なんだ」
「ありがとうございます。コーネさん」
「いいさ、明日は待ってるよ」
「はい」
厚意に甘えてサンドイッチを受け取りパン屋を後にする。また道中で飲み物を買って最寄りのバス停からバスに乗った。人がまばらだが座っている。通学のピークを避けて通う生徒達に紛れてバスに揺られていた。
『・・・あれ、何処に行けばいいか聞きましたっけ』
「聞いてないな、そう言えば」
『抜けてますね』
反論できずに押し黙る。フレナは少し点滅しながら面白そうにふふふと笑った。ため息を吐く。少しばかりの意地悪を兼ねてヘッドセットに付いている水晶体を軽く叩けば嫌がるように激しく明滅した。
『やめてくださいよー』
「フレナ、情報は図書館でほぼ取得出来ただろう。オペレーションシステムを8時からの10時間、【デフォルト】から【メモリア】へ変更。この世界がなんなのか解析しろ」
『了解しました。オペレーションシステム【デフォルト】停止します・・・オペレーションシステム【メモリア】起動します。データベース接続・・・クリア。データ移送・・・クリア。情報取得範囲の拡大を要請します。』
「許可する」
『声紋判定・・・【グランド総統 ヘイズ・ディオニス】。最上位権限の施行により拡大を実行します。・・・クリア。最終調整を行います・・・オールグリーン。全ての起動プロセスが終了致しました。【メモリア】正常稼働しました。
これより解析に入るためスリープモードとなります。それではマスター、限りない幸運を』
「ああ」
赤く輝く水晶体・・・フレナのコアが少し暗くなる。それきり喋らなくなったフレナを置いて、外を見た。
「変更し忘れてたな・・・」
気づけば本棟は目の前だ。
「ヘイズ!」
「・・・リンリンか」
「そだよー、こっちこっちー」
バス停から降りるや否や横から何かにぶつかられる。それはリンだった。尻尾をピンッとたてて腕を引くのに従って着いていく。
「どこに行くんだ」
「第三屋内体育館だよー」
本棟に入り、迷路のような通路をくぐり抜けて体育館に出てくる。そこには見知った顔が並んでいた。ディーアにエイダ、ライオネル、レナ、レーヴェ、メルディウス、ミーシェル、名前は知らないがツインテールの少女もいる。それにグレン。壁には無数の武器があり、所々に傷もある。
「来たか」
静かにグレンが言葉を発したことで場の空気が一気に変わる。さすがは英雄と言ったところか。ライオネルが前に出てきて手招きをしてくる。
「お前は戦えるのか?」
「問題ない。戦える。」
「じゃあそこの武器から好きなの選んでくれ。その後・・・」
ライオネルが直剣を構える。好戦的な笑い方をして軽く刃先を上下に揺らした。それは挑発だ。
「俺と模擬戦だ」
「・・・」
深呼吸を一つ。平静を保つことを最優先にしながら武器を軽く見渡した。目当ての物を見つけてすぐに取りに行く。手に取るのは片刃の剣に一本の銃だ。それを取った時に周りの空気がガラリと変わる。
「それでいいのか?」
その問いかけに無言で頷いて左手の銃を構える。あまり目立ちたくはないが、かと言ってこの顔である以上才気がないと思われたくはない。顔が下手に似ているせいで目の敵にもされかねないのだ。最低限の自衛は出来るという事を証明せねばならないだろう。目の前の相手は強くない。この年では感嘆に値するほどの強さである事は確か。だが、無意味だ。
「私は、強いぞ?」
自分の中で決定的なスイッチがオンになったのがわかる。手加減はする。だが油断はしない。それが相手への最大級の敬意で、自分の出来る最高のことだ。
「魔法使用可、武器使用可、模擬戦はじめ!」
グレンと同じ武器を手に取り、こちらに銃口を向けるその人はグレンとは決定的に何かが違った。無表情だった顔が途端に生き生きとする。口元には笑みを浮かべ、先ほどまでの淀んだような言うなれば退廃的な雰囲気は消し飛び、鮮烈な闘気を感じる。人が変わったようだ。
「はじめ!」
雰囲気に呑まれてはならない。相手は本気だ。開幕早々にその場から身を投げ出すように離脱すると寸分違わずさっきの場所に銃痕が出来る。それをきちんと確認する間もなく動かざるを得ない。銃口がこちらを向いている。完璧にこちらを補足している!それによく見れば相手は開幕から一歩も動いていない。・・・近づけさせない気だ。
「っち!」
急速に方向転換、タックルする勢いで相手に突っ込む。その行為に相手は片眉を動かしただけですぐに剣を構えた。銃での応戦を放棄して、しかし片手で構えたままの剣をこちらに向ける。単純な力勝負ではこちらに分があるはずだ。体格が違いすぎる。
「・・・はぁ!?」
しかしその予想は裏切られる。受け流すでもなく片手で、腕一本で止められた。相手はそれこそ表情一つ動かしていない。それを証明するように切り結んだ刃を無理やり弾かれた。技術なんて何処にもない。ただ単なる力押しだ。それだけなのに愛剣を通してものすごい力が襲いかかる。まるで大型の魔物の攻撃をまともに受けた時のような圧力に剣を手放した。弾かれた剣が床に突き刺さる。
震え一つない剣が首筋に突きつけられた。
「勝ちだな?」
「・・・勝者、ヘイズ」
雰囲気がまた戻る。何を考えているのかわからない無表情がこちらを見ていた。曖昧な雰囲気が強さを覆い隠し、また底知れない恐怖を抱くような状態に戻る。
「膂力がおかしいだろ・・・どうなってんだ」
「秘密だ」
絶句している観客を見て、ただ1人ミーシェルのみがこのタネに気づいているようだ。それでも信じきれないのかこちらをちらちら確認している。その片目が翡翠から金色に染まっていた。
「ミーシェル、色が変わっているぞ」
「え・・・あ、気づいていたのか」
「変色していたら流石に気づく。・・・魔眼か」
「ああ」
魔眼は固有魔術の1種であり、常時発動型の物が大半だ。それゆえに魔眼の持ち主は総じて所持魔力総量が高い傾向にある。
「俺の目は「魔力の可視化」が出来る」
「気づかれるのは必然ってところか」
「やっていることはわかる、実際目の前で発動もしている・・・だがそれは本当に人にできるのか?我ながら本当にそうなのか確証がないんだ」
「出来る。理論上出来るなら人にも出来る。そういうものだ。」
「・・・おもしろい、放課後、待ってるからな」
「ちょっとミーシェル、1人で納得してないで教えてよ」
エイダの問いかけに教えてもいいのかという目を向けてきたので軽く首肯する。説明する手間が省けた。座り込んでいるライオネルに手を貸す横でミーシェルがみんなに種明かしをし始める。
「あいつがやっていたのはいわゆる『無声魔術』。賛歌魔術の1種だが理論のみで実行できる人は存在しないまさに机上の空論とも言うべき魔術だ。お前達も知ってるだろ?なぜ実現不可能な魔術と呼ばれているのか」
「確か・・・自然の音を詠唱に用いるんだっけ?でもそれは不確定要素が多すぎて出来ないって話じゃ」
「そうだ、風の音、葉擦りの音、波の音、何一つ取っても同じものなんて一つもないし、必ず詠唱に用いられるものとも限らない。それにたった一つの音で魔術の性質が一気に変わったりもするんだ。それに合わせて今まで積み上げてきた詠唱を不意にしかねない。瞬間的にその音を認識し、詠唱を構築することは人間では不可能・・・出来ても目当ての魔術が出来るはずもない。不可能のはずだったんだ」
みんながヘイズを見る。当の本人は意にも介さず武器をホルスターへ収めていた。不可能を可能にした男。不気味さが一層際立つ。
「今もあいつの周りには色とりどりの魔力を纏った音がなっている。あいつはずっと衣擦れの音や人の話し声を糧にして魔術を織り込み続けていたんだ。そしてあの受け止めた瞬間。刃のかち合う音を『開放の詞』にして身体強化を発動した。昨日からずっと続いていた詠唱を元に強化をしたんだ。」
「強化をしなくても受け止められたけどな」
「嫌味か?」
「事実だ」
一切グレン達を見ずにホルスターに収まった武器の具合を確かめている。興味がないと示すように。逆に言えばそんなことに気づいたところでまだ勝つことは出来ないと言っているようだ。
「他にも何かあるのか?」
「秘密だ」
調整を終えたヘイズがやっとこちらを見る。言外に肯定されたそれにぞっとした。何があるのか想像したくもない。警戒度を高める自分たちに向けて静かにヘイズが言葉を紡ぐ。
「力ある者もまた人である」
「?」
「その心配、しすぎるということはないと思うが良心を信じてみてもいいと思うぞ」
言うことは言ったとばかりに端の方に佇む。何故かその言葉には重みがあった。まるで、経験してきたかのようなその言葉。過去に何があったのか想像もつかない。
「お前は一体何を見てきたんだ?」
「・・・話す価値があるほど面白みはないさ」
同じ顔が相対する。一方は眉をひそめ、一方は無表情のままそれに答えた。満足のいく回答を得られなかったグレンは不機嫌そうにそのまま立ち上がる。
「付いてこい、職員室へ案内する」
「分かった」
「他は元の仕事に戻っていてくれ」
そんなに時間を使わずに武器を手に入れた。スタスタと歩き出すグレンに付いていく。容姿が、というかカラーリングが自分の双子の兄に似ているせいかどうしても他人とは思えない。何処かで気にかけてしまう。
「お前は・・・なんなんだ?」
他の役員は居らず、人通りの少ない道のせいでグレンと2人きりだ。過去を聞いて答えられなかったことを考えて敢えての質問だろう。言うべきか言わざるべきか。しかしその思考はグレンの純粋な目を見て消し飛んだ・・・いや、話したくなったんだろう。若い英雄である彼に。
「昔は夜明けの英雄と呼ばれていた。今は・・・ただのヘイズ・ディオニスだ」
「夜明けの英雄?」
「聞き覚えはないだろう?」
「ああ、ない」
「だろうな」
もう話さないと判断したのかグレンが再び前を向く。そろそろ職員室が見えてくる頃だ。若い英雄に忠告したいことがいっぱいあるのをぐっと堪えて、ただ一言言うことにする。
「後悔はするなよ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味でしかない」
職員室の前でばったり誰かと出会う。白衣を来たボブカットの女性だ。こちらを認めるや否やこちらにやってくる。
「君がヘイズくん?」
グレンが軽く頷いて自分の背中を押す。女性の前に突き出されて手を取られる。すうっと女性の笑みが深くなった気がした。
「私はネイシィ・ルーティスよ。あなたが入ることになる1年C組の担任なの。色々大変だと思うけどこれからよろしくね」
「よろしくお願いします」
そういう気配は直ぐに消え去り、柔らかな笑顔を浮かべる。・・・好奇心か、それとも何かあるのか。判別は付かないがとりあえず握手する。その後、その腕を引かれるようにして教室までやってくる。
「おはようございますー」
手はそのままに教室の中まで入った。中では既に集まっている生徒が固まっていた。世界の英雄が一介の先生に手を引かれながら一般生徒のクラスにやってきたらそりゃ驚くだろう。教壇の上までやって来て肩に手を置かれる。
「転入生のヘイズくんよ。仲良くしてあげてね」
「・・・よろしくお願いします」
生徒は固まったままだ。だが1人だけこっちを手招きしている人物がいる。ルビアだ。手招きされるがままにそこへ行き、隣の席へ座る。背中をベシベシと遠慮なく叩かれた。
「一緒のクラスだな!」
「そうだな、よろしく」
周りは困惑しているようだ。別人とはいえ英雄似の男にどう接すればいいのか分からないのだろう。こういうのはいずれ時が解決してくれる。
「前途多難だな・・・」
「そんなヘイズに悲しいお知らせが」
ルビアが内緒話をするように顔を近づける。それに同じように顔を近づけて聞き取りやすくする。あ、なんかこれ凄い生徒っぽい。凄い生徒してる。
「今日さ、4月の25じゃん?」
「そうだな」
「合同訓練って、1ヶ月毎にあるじゃん?」
「・・・まじで?」
「まじっす」
「うわ・・・キツい・・・」
「ヘイズくん」
ある程度分かってしまって頭を抱えているといつの間にやらネイシィ先生がそばにたっている。そのまま肩に手を置かれる。とてもいい笑顔だ。
「君は非戦闘員かな?それとも戦闘員?」
「せ、戦闘できます」
「使うものは?」
「剣と銃です」
「ふむ、なら適当に戦闘の班に入れておくわね♪」
「適当!?」
「あなたは3班よ。仲良くしてね」
「決まるの早いな!?」
「あ、俺も3班だぜ」
「そうなのか?」
「あと合同訓練は6日後だから」
「えっ、ちょっ・・・」
言うだけ言って先生は前へ戻っていく。そのまま手を叩いて生徒の注目を集めた。そして教壇に手をついて言う。
「今日の午前の必須授業は全て6日後に向けての最終確認になります。1ヶ月苦楽を共にした仲間と一緒に是非良い成績を納めてくださいね。それでは班で集まって・・・」
「・・・初回の授業免除されたりしないよな?」
「うん、間が悪いな」
トドメを刺すような言葉にルビアが肩をぽんぽんと叩く。無言の慰めがさらに胸に来た。それと端の方から視線を感じる。気づかれないように見ると嫌な笑顔を浮かべた生徒が数人こちらを見ていた。・・・目をつけられたか
「ルビア」
「ん?」
「この学園は差別があるのか?」
「基本的にないけど・・・貴族のボンボンが権力振りかざすことはあるかな。ここは中立地帯だからどんな権力も意味は無いけど」
「なるほど、ありがとう」
気を取り直してルビアの後に付いていくともう一人見覚えのある顔がいた。その近くにはもう一人が興味深々に手に持つ薬瓶をのぞき込んでいた。
「メルーと・・・初対面だったな、この子は斥候のゼラチカ。主に短剣を使うんだったよな?」
「よろしくー」
ゼラチカは狼の獣人のようでふさふさとした灰色の耳と尻尾が生えている。腰には長さの違う短剣が2本刺してあった。
「いやーまさか合同訓練の6日前に新しくメンバー加わるなんて思っとらんかったわー。メルーちゃん友達なん?」
「同じ寮」
「ほー・・・」
やはりグレン、英雄に似た姿が気になるのかジロジロと全身を舐めるように見られる。慣れていることなのでそのままじっとしていると今度は鼻を動かし始めた。
「なんや・・・ええ匂いっちゅうか懐かしい匂いすんなぁ?それにあんた見た目通りの筋肉量やないやろ?ちょっと本気で殴ってみ?」
目の前に手の平が差し出される。・・・いくら衝撃を殺せるように身構えているとはいえ本気でやったら腕が吹っ飛ぶのは明確だ。それなりに手加減して殴るとバチンと痛そうな音がした。
「いたぁ・・・想像以上やわぁ」
「大丈夫か?」
「大丈夫やでー、そんだけ腕力あるんやったらまともに戦闘技能鍛えてなくても充分戦力やな」
「一応剣じゃなくても銃だって使えるぞ」
「そうなん?何や偉いオールマイティに・・・銃と剣?それ英雄さんが使う武器やん」
「使う武器までかぶった」
「偶然なん?偉い偶然やな?」
「せやかて」
「移っとるで」
「冗談だ」
少し笑うと目の前の顔がポカンと口を開ける。その直後にあんた笑えたん!?と言われてちょっと拗ねて見せた。感情を表現するのは難しいな。
「まぁ、色々ゆーとってもあれやし訓練しよかー。一日だけとはいえ貴重な時間や」
「すまないな」
「ええってええって気にせんとってー」