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空に逃げた英雄  作者: こーか
Chapter1.英雄と無くした青春
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6.本棟、あとこれから。

目の前にそびえ立つのは学園最大の本棟。一番高い時計塔が目印で全生徒が一同に会する機会がある場所だ。


「ここは全員に必要最低限の知識を与えることを目的とした本棟。つまりは常識と初歩的な専門知識が学べるよ。入学後一年は色んな授業を渡り歩いてどの研究をしたいか、何を勉強したいか選ぶことが出来るんだ。そして選んだ後は手続きをしてそれぞれ希望の別棟に登録される。機械技師志望なら機械棟って具合にね」

「1週間に1回のペースで合同の戦闘訓練があるな。魔物の脅威は何処にでもあるからそのために全ての職種の人が受けることを義務付けられてる。魔物と戦う術や逃げる方法を学ぶんだ。一気に全員は無理だから時期をずらしてやるけどな。あ、新入生は入学後の一ヶ月は免除だけどな」

「簡易的ながらも全ての棟の機能が備わっている訳か」


それはここまで大きくもなる。むしろこれでも足りないぐらいではないのだろうか。しっかりした教育制度とその柔軟性の高さに素直に驚嘆する。


「中は入り組んでるよ。地図は道中にないからいつもパンフレットを持ち歩くか良く行く場所は覚えておいて」

「・・・外敵対策か」

「そうそう、最奥部にこの学園の中枢である生徒会と風紀委員の本拠地があるんだ。そして先生たちの部屋もあるからそうやすやすと突破される訳にはいかないんだよ」

「最大にして最後の砦ってことだな。そう考えれば簡易的にでも他棟の設備が備わってることもわかる。いざと言う時、ここだけで全て済ませられるんじゃないか?」

「そのとおりだよ」


深く入り組んだ道をまた曲がりくねって進む。意識していなければ戻ることも難しいだろう。どこへ行っても変わらない廊下の柄や色も迷うのに拍車を掛けていた。


「新入生は基本的に午前中に必須科目を習って、午後はこの本棟で行われてる簡易的な個別授業を取ることになるよ。と、言っても今は入学の季節じゃないから途中参加ってことで目立つだろうね。」

「あといくらでも授業を受けられる、とは言ったが転入する分時間も減る。定員も決められてるから人気の所は早めに決めておけよ。」

「全部見て回るには時間がかかるし残りはパンフレットで確認してね」

「わかった」


通りすがりの生徒たちが教科書を持って、談笑している。これぞ学校って感じがする。何となく羨ましくなった。いずれもっと友達を作ろう。


「寮は色々あるけど・・・今空いてるのは不人気なとこだけなんだよね」

「どこだ?」

「ここ」


パンフレットの地図で指された場所は点在する寮の中で最も古く、本棟からも別の棟からも遠いところのものだった。交通が悪すぎて確かに不人気なのも頷ける。


「不人気な分入ってる人も少なくて逆に過ごしやすいとは思うんだけど・・・」

「構わない」

「食事は寮に食堂がついてるからそこで食べてくれ。まあ、後は寮によってルールが違うから寮長にでも聞けばいいさ。既に寮長に連絡はしてるから歓迎はしてくれると思うぞ」

「バスが運行してるからそれに乗って行ってね。バス停はあそこ」


指し示された方角を見るとロータリーのようなところにいくつかバス停が並んで番号分けされている。パンフレットを見ると別の地図に番号で区分けされ、さらにアルファベットで番地分けされていた。寮の場所は2-Fらしい。


「バスは無料だよ。あと何も持ってなかったから寮の部屋に必要最低限の物は置いてあるから。お金も多少なりと置いてあるけど早めに自分での資金確保をすること!それと、明日から生徒として授業を受けてもらうから!クラスは1-Bね。」

「授業料は監視の名目上ないけど出来れば払ってくれ。じゃ、俺達は仕事があるから。・・・ああ、明日は授業開始の一時間前に来てくれ。ほらレナとリンも降りて」

「えー」

「またねー!」

「ああ、なにから何まですまない。ありがとう」


少し軽くなった体を動かして2番区に向かうバス停に並ぶ。しかしかなり学園の中心から離れている区画だけあって並んでいる人も少数だ。そもそもの立地が悪い。

すかすかのバスに乗り込むとすぐに扉が閉まって揺れ出す。2-Fに到着するまでパンフレットでも見ていようかと広げると、影が映った。見上げると前の座席の人が背もたれ越しにこちらを見ていた。俺と目が合うなりその目を輝かせて身を乗り出してくる。


「え、えっと!グレンさんですか!?あの、大ファンなんです!握手とか出来ますかね?」

「いや、すまない。似ているだけで別人だ」

「えっ?あ、ほんとだ!ごめんなさい!」

「大丈夫だ」


英雄に憧れる目に罪悪感を覚えながら否定すると慌てたように謝ってくる。それに笑いながら許すとあちらも安心したように微笑んだ。


「じゃあ、新入生だったり?」

「新入生だな。まあ、季節外れの転校生みたいなもんなんだが」

「そうなのか!俺も新入生なんだ!仲良くしようぜ!」


求められた握手に応じてこちらこそ、と笑う。快活そうに笑う彼は自分をルビア・スティールと言った。降りるバス停も寮も同じだと分かり、一気に意気投合する。この世界の常識も教えてもらいながら建物が並び立つ一帯へ降り立った。学園から1番外であるにも関わらずかなりの人がいる。学園に通う人数が人数だからだろうが、それでも中心部よりは少ないのだろう。自然もあり、緩やかな雰囲気が漂っている。思ったよりいいところだ。


「ほら、こっち」

「ああ」


先に入学して寮の場所を知っているルビアについていく。道中のお得なお店やご飯が美味しいお店について聞きながら大通りを歩いた。新鮮な経験だ。そうして談笑しながら歩くと綺麗な洋館に辿り着く。そして入口の前には女性が腕組みをして立っていた。こちらを認めると手を振って自己主張をし始める。隣のルビアは頭を下げて駆け寄っていった。


「寮長!」

「うむ、ルビアくんは入居者を連れてきてくれたのかな?ありがとう」

「いえいえ・・・ヘイズ!この人が寮長のレガさん。」

「よろしくお願いします」

「おや、とんだお騒がせ者と聞いたんだがこれはこれは礼儀正しいじゃないか。部屋まで案内するよ」


頭に?を浮かべるルビアに気にするなとジェスチャーしてから寮の中へ入る。壁にかけられた地図と入居者の郵便受けを見るに部屋はかなりの数があるが入居しているのは自分とルビアを含めたたったの3人だ。


「いやー、一番遠いもんだから入居者が少ないんだよね。ここら辺に住んでいてももっとバス停に近い所に住むからね」

「確かに少し遠かったな」

「かなり初期に建てられた建物だから味があって私は好きなんだけどね」


三階の1室に辿り着く、そこには綺麗な字にうさぎや猫のデコレーションがされた随分ファンシーなドア掛けがされていた。その隣の部屋をよく見ると剣や魔法などが描かれて装飾されたルビアというドア掛けを見つけられた。


「どうだいこのドア掛け!力作なんだ」

「可愛いと思うぞ」

「これから特徴を捉えたら新しく描き直してあげるよ!」

「ありがとう?」

「どういたしまして。部屋には日用品と教科書が一式おいてあるよ。必要なものは中に置いてあるお金で買いに行きな。あとご飯は私を入れたみんなで一週間毎のローテーションだよ。・・・料理はできるかい?」

「ああ」

「なら良かった。あとはー、そうだね、一応学園から食材代は支給されてるけどあまり無駄使いしないように!自分で食材を取ってくるのもありだね。他に聞きたいことは私にいっておくれ」

「なら、お金を稼ぐにはどうした方がいいだろうか?」

「そうだね・・・」


こちらを見始めた寮長に身体構造を見たいのかと腕を広げる。少し異様な空気が流れたがすぐに寮長は結論を出したようだ。


「そこらの雑貨屋でバイトでもするといい。その顔だ、口コミで広まって大盛況になるんじゃないかい?もし腕に覚えがあるなら学園で支給される武器で学園から出されている任務依頼を受けた方がお金は溜まるのが早いよ。その分消費も多くなるけどね」

「ありがとう」

「いやいや、お安い御用さ。はい、これが鍵。私は普段1階の受付室にいるから用があればいっておくれ。」


カード型のキーカードを渡される。そして1階へ帰っていく寮長を見送って扉を開けた。中はクローゼットとベッドにシャワールーム、机と椅子があるだけの簡素で意外と大きな部屋だ。机の上には教科書とノートにメモ。クローゼットの中には普段着と寝巻きがかけてあり、タオルも収納されている。既に生活出来そうだ。机のメモは三つあり、それぞれこう書いてある。


「必須授業の時間割」

「専門授業の時間割」

「バスの運行表」


メモの裏には確かに時間割が書いてある。必須授業はともかくとして専門授業は自分で決めてから動けということだろう。確かに教科書を全部持っていくわけにも行かない。このメモ2つは大事にしよう。

今すぐ必要なものは・・・しいて言うなら武器と食材だろうか。警戒されている以上、どこからともなく現れたような武器サウザンド・デビルを使うわけにもいかない。早めに入手したい、が支給されるのはいつだろうか。食材に関してはそも監視がある以上学園の外に出られるかどうかわからないという難点がある。・・・これに関して考えはある。

食材の方からどうにかしようとお金を持ってドアを開けるとドアの前で爆笑しているルビアと鉢合わせた。


「・・・何してるんだ」

「いや、このドア掛けお前に似合わなさ過ぎて・・・」

「そんなにか」

「そんなに、どこにいくんだ?」

「ちょっと買い物」

「着いてってもいいか?」

「もちろん」


ルビアを引き連れ1階に降りると寮長が受付室で暇そうにしていた。それに歩き寄って話をする。


「重ね重ねすまない。花壇などはあるだろうか?あれば使わせてもらいたいんだが」

「ああ、あるよ、裏手に大きなものがね。何も植えてないし自由に使っておくれ」

「ありがとう」


裏手に回ると予想以上に広い花壇が置いてあった。それに開けていて体を動かすのにも向いている。近くに水場もあった。


「花壇で何するんだ?」

「花壇といえば植物を植えるものだろう?野菜を育てる」

「俺、てっきりお前も学園の任務依頼ついでに動物狩ってくるもんだと思ってた」

「それも考えたんだが色々と不都合がな・・・さすがに俺も素手じゃ・・・出来ないわけじゃないがやりたくはない」

「あ、戦えないわけじゃないのか」


土をひとすくいして状態をみる。湿り具合は良好で水捌けは良いようだがいかんせん養分が足りないように見える。だがこの程度なら肥料を混ぜるだけで済むだろう。


「荷持ち手伝えよ?」

「はいよ」

「ああ、あと良いバイト先とかないだろうか」

「近所のパン屋なんかどうだ?店主は優しいし、つい最近アルバイト募集し始めたとか言ってたぜ」

「・・・寄ってみるか」

「なんか・・・俗っぽくなったなぁ」

「人間なんてこんなもんだ。諦めろ」


肥料やじょうろを持ったままアルバイトをしたいと言うわけにもいかずに先にそこへ行くことにする。ルビアの案内で連れてこられたパン屋からはいい匂いが立ち込めていたが、道が入り組んだところにあった。


「ここ、隠れた名店なんだぜ」

「いい匂いだ」


勝手知ったる場所だと言うようにルビアが中へ入っていく。続いて入ると驚かれたがすぐに持ち直したようだった。


「おや、ルビアじゃないか。いつものパンか?」

「いいや、今日はアルバイトの希望者連れてきた」

「それは後ろの・・・?」

「よろしくお願いします」

「ほう、随分と似ているね。びっくりしたけど礼儀正しいようだし接客だけだから問題なさそうだね」

「お、やったな」

「ああ、ありがとう」

「それじゃ明日からでも行ける日を教えてくれ。できるだけ来てくれると助かるんだが」

「それでは・・・」


脳内の時間割と照らし合わせて暇な時間にバイトを入れる。必要無いと思った教科は既にピックアップしていたから直ぐに終わった。お手伝いが出来てほくほく顔の店主にもう一礼して明日からよろしくと伝えて店を出る。


「なんだかストレートに決まったな」

「でもあの店主って誰にでも優しいけど嫌な奴はとことん重用しないからなー。よかったな気に入られて」

「・・・良かった」

「次は花屋か?」

「そうだな、そこなら野菜の種も売ってるだろう」


何事もなくじょうろやら必要なものを買って帰宅する。だいたいのものを裏手に置いて雨で濡れないようにビニールを被せる。雨よけの結界を張ってもいいがそれはまた今度にしよう。買い物に熱中しすぎて遅くなってしまったので作業は明日にする。

寮に入ると中から香ばしい匂いが漂ってきた。


「もう一人の入居者が今週の当番なんだよ。ついでに挨拶しようぜ」


洋館の大きさに比例するように大きな食堂に入ると同じように大きなキッチンの中で動く少女が見える。長い銀髪をポニーテールにした小柄な子だ。


「よっ、メルー」

「・・・ルビア」


味見をしていた少女がこちらを向く。特に表情はなく、何を考えているのかわかり辛い。こちらに目線を向けるとじっと観察した後に懐から小さな小瓶を取り出した。


「あなた、頑丈?」

「人よりは頑丈なつもりだ」

「そう、初めまして。私はメルー」


話をしながらも出来上がった料理を盛り付けた皿をダイニングへ置きに行く。手伝ってと言わんばかりに押し付けられたカレーを持ってダイニングへ行くと既に寮長とメルーは座っていた。


「あなたはこっち」

「わかった」


メルーが自分の横の椅子をぽんぽんと叩くのにしたがってそこに腰を下ろす。ルビアは迷ったようだが結局向かいの寮長の隣にしたようだ。

メルーは先ほど出した小瓶の中身を俺の目の前のカレーに注いだ。見る間に美味しそうだったカレーに不吉な物質が投入されていく様はなんとも不気味だ。液体は原色の緑色をしているのに全く色が変わっていないのがまた拍車をかける。


「何を入れたんだ?」

「毒」

「そうか」

「いやいやいやまてまて!!」


いれたものの内容だけ聞いてカレーをスプーンで掬って食べようとすると真向かいにいたルビアが腕を掴んでくる。なお寮長は笑い転げている。


「何かあったか?」

「大ありだよ!なんで入れた物を聞いた上で食べようとすんの!?新しくよそおうよ!?」

「?、せっかく入れた物を無駄には出来ないだろう?」

「普通なら感心するけど!!今はそれどころじゃないと思う!」


スプーンをカレーから引き上げるとスプーンの先が無くなっている。流石にこれには驚いた。腕を抑えたままのルビアも固まっている。


「・・・皿は溶けないんだな」

「関心はそこなの!?ねぇ、もうちょっと別のところ見よう!?」

「ん?・・・ああ、これじゃカレーが食べられないな」

「そうじゃない!」

「あはは、冗談だ」

「どこまで!?」


隣のメルーを見ると恥ずかしそうに顔を赤くして「鉄だけを溶かす薬液」と教えてくれた。だからスプーンが溶けたのかと一人、納得する。


「薬液に溶けた鉄を抽出し直すことはできるのか?」

「まだできない。これから改良する」

「ふむ、それが出来れば飛躍的に量産技術が向上しそうだな」

「まだまだ問題点も多々ある」

「頑張ってくれ、応援している」

「うん」

「なんで毒入れられたのに仲良くなってるの!?ってかなんでそんなもんカレーに入れたの!?」

「人体への影響を確かめたかった・・・」

「スプーンの鉄が溶けたもん食べたら誰だって体調崩すわ!・・・今気づいたみたいな顔しないで!?」


大変そうなルビアを尻目にカレーをキッチンへ置いて新しい皿にカレーをよそい、持ってくる。その頃には話も終わっていた。改めて食卓についてだだっ広い食堂の片隅でいただきますと声を揃える。


「新たな入居者とこれから始まる新生活を祝って!乾杯!」


寮長の音頭で全員がグラスを合わせる。チリンと寂しい音が広い食堂に響いた。明日は朝に起きて鍛錬して、花壇の整備をして、授業の一時間前に本棟へ行って、必須授業を受けて、選択科目を受けて、魔術棟のミーシェルに話を聞きに行く・・・。明日はバイトを入れてないからそれで寮へ帰る。

なかなか忙しくなりそうだ。

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