5.武術棟、あと決壊。
センターとかな・・・私立とかな・・・まだまだ大変なんやで・・・あとな・・・スランプやねん・・・
剣撃の音が聞こえる。棟の窓から外を覗いている人がディーアとエイダを見て目を輝かせた。何だかレナレナに似ているように見える。
「お姉ちゃーん!」
担いだレナレナが大声を上げると窓ががらりと開いた。窓枠に足をかけてそのまま人影が空中へと躍り出た。かなりの高さがあるが大丈夫か?
重力に従って落ちる人影は風を巻き込むようにくるくると回ってそのまま音もたてずに着地する。その華麗な技に思わず拍手した。肝心のその人はと言うと着地するなり立ち上がってこちらに飛び付いてきた。なんかデジャヴ。
「ねえねえこの人誰!?グレンとは匂いが違うしー。んー、でも良い匂い!」
「でしょ!」
「初めまして」
「初めましてー!レナの姉のリンって言うんだ!リンリンって呼んでね!」
「ん」
猫の耳と尻尾を持つ女の子も空いてる腕の方に抱きついてくる。やり易いようにと腕を曲げるとこれ幸いとそこに腰をかけた。片腕でお姫様抱っこしているような状態だ。
「両手に花だな」
「重くないの?」
「大丈夫だ・・・少し視界に尻尾がちらつくぐらいだな」
少し勢いが弱まる尻尾に別に困るほどじゃないと付け足すとまた勢いが復活する。それを二人は微笑ましく見ていた。気分は犬猫用のアスレチックだ。
「もうこのままでいいか・・・中、案内するぞ」
棟の中に足を踏み入れる。一際大きい棟はそれ一個だけで学園なんじゃないかと思うほどの作りだ。あらゆるところで誰かが剣なり槍なりを振るっているのが見える。
「この学園で一番大きい棟だからな。まずは第4,5室長を訪ねるか」
「また一緒なのかな」
「今日も一緒だったよー」
足を向けた方向から指導する声と金属音が聞こえる。かなり開けた広場で多くの生徒が二人で手合わせをしていた。こちらに気づくなりざわざわとうるさくなる。
「みんなヘイズがグレンに似てるからざわついてるね」
「その顔でアイドル二人を抱えてるからさらに、だな。」
「アイドル?」
「可愛いしこの学園で最年少の姉妹だから可愛がられてるんだ」
「学園祭でダンスとかさせられてるけどなー」
「人気者なんだよー!」
「すごいでしょー!」
「「褒めて!」」
「おー、偉い偉い」
両手が塞がっていて頭は撫でられないが二人の方から頭をぐりぐりと押し付けてくるので大して変わりないだろう。押し付けられた脇腹と背中が少し痛い。
「あら、可愛いお客さんね」
指導していた一人がこちらを向く。服が制服なので生徒とはわかるが生徒らしからぬ妖艶な振る舞いで優雅に首を傾げる姿はどこのご令嬢かと思うほどだ。その手に明らかに片手では持てないような大剣さえ持って居なければ完璧だった。柄に付いた兎のキーホルダーがなけなしの可愛さを醸し出している。
「第5室長すなわち末席のレーヴェ、レーヴェ・ヒルデリアよ。よろしくね」
「よろしく頼む」
ブーツの分も相まって少しだけ高い目線から顎をくいっと持ち上げられる。10cm超のブーツだからしょうがない。断じて俺が低い訳じゃない。むしろ高い方だ。186あれば高い方だよな?・・・あれ、周りでかくないか?
持ち上げられて高くなった目線の先、レーヴェの向こう側に誰かもっとデカイ人がいる。光を遮ってこちらを覗き込む顔はとても怖い。逆光で顔が見えないから余計に。
「こっちは夫の第4室長。メルディウス・ヒルデリアよ。メルって呼んであげて。無口なんだけどこわくないわよ」
レーヴェが横に退いたので件の男が目の前に写る。凄く大きい。だが手に抱えたリンリンやレナレナがリラックスしている様子から悪い人ではないのだろう。無表情で顔が動かない様子はどこのヤバい人かと思うけども。
のそりと擬音が聞こえそうな動きをして手が差し出される。ごつごつした武骨な手だ。
「・・・よろしく」
「よろしく頼む」
重低音が上から降ってくる。ぎこちない笑顔をしているがそれが精一杯なんだと何となく分かった。迷わず手を取り握手をする。少し驚いているようだが構わずに強く握った。狼狽した後にほんの少しだけ力を入れて握り返してきた。やっぱりいい人だ。
よく見れば武器なのであろう大盾の取っ手部分にデフォルメされた熊のキーホルダーが付けてある。この夫婦は持っている武器はやたらでかいのになんだか可愛いものを付けている。
「・・・学生時代に結婚出来るんだな」
「20まで生徒だけど結婚自体は18からできるんだよー」
「それでもかなり珍しいけどな」
目の前で第4室長と第5室長がいちゃいちゃしている。隣のエイダとディーアが理想の夫婦を目の前に羨ましげな目をしていた。ふと目のあったレーヴェがこちらを見てウインクをする。向かい側でレーヴェに頬を撫でられているメルディウスは俺の隣の二人をちら見してため息をついている。当の本人たちは・・・ああ、なるほど。青春だな。
「そそそそそんなんじゃないからな!?べべべつに違う!違うって!!!」
「そそそそうだよ!」
「落ち着けまだ何も言ってない」
二人共顔が真っ赤だとは言及せずにレナレナとリンリンを抱えたままで呆れた表情をして見せる。さらに2人のあわあわが加速して面白い。夫婦の方もにこやかに見ている。先駆者としての貫禄さえ漂ってきそうだ。全員生徒だけど。
「そ、そんなことより!第2室長どこか知らない?」
「ライオネル?彼ならこの建物の最上階で1人で訓練してるはずよ」
「受け持った生徒は?」
「グラウンド10週に自主練習らしい」
「あいつらしい・・・」
「・・・ライオネル・ドレッドノート?」
呟かれた言葉にその場の学園の幹部の全員が振り向く。ヘイズがその名をフルネームで口にしていた。教えてないのに何故、渡した筈のパンフレットにさえ載っていないのに、と言う疑問は霧散する。
・・・彼自身から濃密な殺気が漂っていた。
「ヘイズ?」
「ああ・・・すまない・・・動揺した」
意を決して話しかければ彼の纏う殺気が跡形もなく消え去る。無意識に強ばっていた体が解放された。当の本人はと言うと今までと同じような掴みどころのない無表情をしている。先ほどの出来事が夢では無いのかと疑うほどだ。それが逆に不安を煽る。彼が彼自身でその感情をコントロール出来ている証拠でもあり、何かの拍子に箍が外れれば先ほどの殺気をライオネルに向けることは想像に容易いことだからだ。
「ライオネルを、知ってるのか?」
「ああ、知っている。俺が殺した男の名だ。」
「ころ、した?いや、でもライオネルは生きてるよ?」
「・・・“違う“ライオネルなんだろうな」
「どういうこと?」
「俺の殺した『ライオネル』とここにいる『ライオネル』はおそらく別人だ。」
「嘘は言ってないが、本当のことも言ってないな?」
「確信が持てないから後にしてくれ」
話を切り上げ、ヘイズが背中を向けて去っていく。階段を登って消える背中を見届けて残された4人と生徒は呆然としていた。不可解な存在、何を考えているかわからない者が初めて自分達の目の前で示した反応。それは確かに『憎悪』だった。
「ねえ、あの階段・・・」
「そうだ!屋上へ続く階段だ!」
「行く気か!?ヤバい止めないと」
消えたヘイズを追ってエイダとディーアが走り出す。そこまで遠くには行っていないだろう。しかしそれでも急がねばならない気がした。尋常ではない殺気を浴びせられた彼らだからこそ感じた焦燥感だった。
○●○●○●○●○●
「殺さない?」
「ない」
「ほんとに??」
「ほんとに、ちょっと見るだけ」
「ほんとぉ???」
「ほんとー」
屋上の扉と思われる物の目の前で抱えた2人と問答していた。ついさっきは仇敵の名前を聞いて動揺しただけで今はきちんと制御できる。それに1回この手で殺したんだから溢れんばかりの憎しみは当初より薄れている。見かけただけで切りかかるとかそんなことはない、はずだ。
「ちらって!ちらって見てからだからね!」
「いきなり入っちゃ駄目なんだからね!」
「わかった」
さっきのことで警戒心が上がった二人だがそれでも降ろせとは言わない。二人の言うとおりに薄く屋上の扉を開ける。薄暗い階段に外の光が射し込んだ。
太陽を背に剣を振るう男がいる。姿形は記憶と全て同じだ。しかし、真剣な表情も、その剣技の技量も記憶とはかけ離れている。それは余りにも未熟だった。その未熟さに逆に安心した。
「似てる、な」
「・・・大丈夫?」
「殺意は沸かない」
「物騒だね!?沸きそうだと思ってたの!?」
「黙秘で」
「湧きそうだったんだね!?」
まだ色々と話している2人を尻目にドアを開け放つ。その目に宿る意思の純粋さが、思考の回路が、まるで記憶の『ライオネル』とは違う。全くの別人だ。
これは俺の知ってる仇敵ではない。
「誰だ?」
「ヘイズ・ディオニスと言う。よろしく頼む」
「・・・ああ、あいつからの伝達の奴か」
「よく分からんが多分そうだ」
そのまま目を閉じる。ため息をついて未だに燻る憎悪を覆い隠した。この人は殺すべきではない。自らの感情に任せて問題を起こすべき時でもない。
「・・・これからよろしく頼む」
よもやこうして握手し、笑いかけることがあるとは思わなかった。生きることは、人とはだからこそ面白い。ライオネルが剣を直して俺の手を握ると同時に背後の扉が開く。息を切らせたエイダとディーアが駆け込んで来て呆然とする。
「何かあったのか?」
「いや・・・なんでもない」
訝しげに眉を顰めるライオネルに二人は首を横に軽く振った後、俺を引っ張って屋上から出ていった。腕を引っ張られて階段を走るように下り、1階の元の場所まで帰ってくる。
「安心しろ、何もしてない」
「・・・ああ」
「寮に案内するね」
二人は安堵したように息を吐いて広場を通って別の場所へ移動し始める。警戒の度合いがかなり上がったように思えるがこればかりは仕方ないだろう。一瞬我を失った自分のミスだ。