4.魔術棟、あと魔術馬鹿。
※神聖術についての記述を追加
大きな建物が目の前にある。周りの棟と代わり映えしない建物は他とは違ってとても静かだ。中に入ると分厚い壁に覆われた部屋がいくつもある。中では魔術の実験をしているようだ。大きな爆発が起こっているのに廊下までは届かない。また防音か。
「一階は詠唱魔術、二階は魔方陣魔術、三階は讃歌魔術、四階は幻法魔術、そして最後、五階はこの棟の棟長ーーー棟の代表者だねーーーが主催する新たな魔術形態を編み出そうとする魔術馬鹿の集いだよ。」
「言い種が酷いな」
「寝ても覚めても魔術ばかりなんだもん。ヘイズも見れば分かるよ」
肩をすくめるエイダとディーア。この学園にはかなり濃い面子が揃っているようだ。
魔術について、少し説明しよう。魔術は大きく分けて四形態と後一つが存在する。四形態はつまり先程の詠唱魔術、魔方陣魔術、讃歌魔術、幻法魔術だ。それぞれに特徴が存在し、一概にどれが優れているかは決め辛い。
一つ目、詠唱魔術はもっとも広く使われていて、その汎用性も高い。詠唱を組み換えるだけで細かく条件を変えられるその変化性が魅力だ。熟練した者なら『解放の詞』のみで事象を発言させることが出来る。しかし、あまりに難しい介入は難しい。幻術を見せることは詠唱魔術ではほぼ不可能だし、急激な治癒も詠唱魔術では出来ない。
ちなみに『解放の詞』とは全ての魔術に共通する魔術の名称のことだ。現世に事象を具現化するための固有名・・・早い話、必殺技名を叫ぶあの感じだ。無ければ発動しない。
続けて二つ目、魔方陣魔術。これは声でなく文字に魔力を込めた代物で他の魔術とは違い、長い年月維持し続けられる事が魅力だ。何せ文字さえ無事なら魔力を捧げるだけで発動するのだ。これは主に魔術具、特別な加工を施した物体に特定の魔術を付与することに用いられる。ただ刻み込む材料の入手が難しく魔術具はかなり高い。さらに魔術陣の出来と刻み込み方が顕著に威力や精度に反映される。
三つ目、讃歌魔術。歌う詠唱が印象的な、かなり使い所が限られる魔術だ。これだけなら詠唱魔術と同じだが真価は別にある。歌う魔術者を増やすことで魔術自体の強化をすることができるのだ。他の魔術と比べ、術者を揃えて行った讃歌魔術の威力は絶大である。しかし、こちらは歌を合わせるという関係上、『解放の詞』だけで終わらせると失敗する確率が上がり、さらに威力が著しく低下する。讃歌魔術は他の魔術以上に詠唱への依存度が高く、歌があってこその讃歌魔術だ。そしてまた、魔術が発動するまでの時間が長めである。そんな都合上、これは詠唱魔術では治せない傷の治療や戦争などで一回相手の軍に一当てするときに使われる。つまり、時間と労力に余裕があるときにしか出来ないと言うわけだ。
四つ目、幻法魔術。これは直接的に身体、精神に影響する。一番分かりやすい話が幻覚だ。人の意識に介入し、内部からじわじわと侵食していく類いのものである。医療面ではカウンセリングで使われ、または捕虜の自白を引き出すためにも用いられる。また、熟練者は他者意識に入り込むこともでき、種族間の言語の壁を越えることができる。つまり魔物を使役することができる。・・・俺は魔物を見たことがないので良くしらない。しかも言語での会話でなく感情での会話なので慣れないと難しい。それに意識への介入というとびきり難しいことをするため扱える術者が少なく、必要魔力量がかなり多いのが難点だ。
そして残りの一つとは、すなわち"固有魔術"既存の魔術の常識に当てはまらない、少数の人間のみが持つ圧倒的なまでの魔術。その特性は持っている人の数だけあり、中には理論的にあり得ないことを実現させるものもある。これは常識では図りきれない、だからこそこの"固有魔術"持ちは警戒され、また重用される。
ああ、あと神聖術というものもあったのだが・・・まあ、話す価値のない魔術だ。
「ここが最上階、魔術馬鹿が集まる魔術の園だ」
「魔術馬鹿?ふん・・・誉め言葉だな」
「みーちゃんやっほー!」
「みーちゃん言うな!何してるんだ」
未だにレナレナを抱えたままの俺に訝しげな目線を向ける男。目の前の巨大な実験室から出てきていたようだ。中からは名状しがたい何かの詠唱が聞こえてくる。何かおぞましいものでも呼び出しているのか?怖いんだが
「ヘイズだ。よろしく」
「こちらこそ。ミーシェルだ」
そこでこちらの顔に気づいたのか少し目を見開いた。だが直ぐに咳払いをしてこちらの握手に応じてくれる。言動からは分からないが良い人らしい。
「中では何をしているんだ?」
「あっ・・・」
またディーアとエイダが頭を抱えている。見ればミーシェルの目が爛々と輝き、危険な光を放っていた。何となくマッドサイエンティストのような気配を感じる。
「良く聞いてくれた!この中では魔術陣と詠唱の関係性について研究をしていて・・・」
「あ、すまない、今は体験見学中であまり長い時間居られないんだ。長くなるなら今度聞く」
「・・・今度来るのか」
「必ず」
「また今度聞くは何回も聞いたが必ずとは聞いたことが無かったな・・・」
「他の人は頭が良いようだ」
「ん?お前それ」
「明日にでも寄るさ。失礼する」
「おいこらちょっとまて」
押し込んだ扉の向こうでため息が聞こえた。無理矢理会話を中断したのが悪かったのだろう。明日にきちんと怒られに行くから許してくれ。
「ヘイズ楽しそうだね」
「ああ」
こんな些細なことも楽しくて堪らない。対等の存在として扱ってもらうことが初めてだから戸惑いもあるが、かねがね楽しんでいる。魔術棟の階段を下がりながら会話を続けた。
「初めてのことばかりであれもこれもと知りたくなる」
「・・・学校に行ったことないの?」
「ないな。もっぱら家庭教師だ」
「金持ち?」
「金持ち・・・なのかもしれない。ちょっと意味が違う気がするが」
要領を得ない話にディーアもエイダも首を傾げる。俺のいた所が想像出来ないようだ。今ので想像出来たら確かに凄い。
「学校に行く年齢の頃はほとんど軟禁状態だったからな」
「は?」
「その頃は多人数と喋る機会なんて殆どなかった」
「な、なんか聞いちゃいけないこと聞いた?」
「人によると思うが・・・まあ、気にするな」
「気にするよ!?」
頭を抱える二人を横目に多分一階まで戻るのだろうと先へ行く。先ほどからずっと静かだったレナレナが尻尾の勢いを少し弱めながら聞いてきた。
「小さい頃、悲しかった?寂しかった?」
「今は楽しいから問題ない」
遠回しの肯定に耳まで伏せる。何があったのだろう。そうレナレナは思うが今までと違って目に何の感情も出さず淡々と喋るヘイズを見て、拒絶した過去なのだと首を振って聞くのを止めた。
階段上からバタバタと騒がしい音がしてエイダとディーアが降りてくる。その慌てた顔に思わず二人は吹き出しかけた。
「次は武術棟か?」
「あ、ああ」
すっかり元通りに、少し浮わついた声色と隠しきれない好奇心を携えた目をしながらヘイズは聞く。その変わりない様子にエイダもディーアも罰が悪そうに頬をかいた。
「なんか、ごめんね?」
「別に気にしてない」
素っ気なく言ったヘイズの顔が少し泣きそうに歪んだのをレナレナは知っている。それが昔を懐古しているように見えて、悪いことばかりではなかったのだとレナレナは少し息を吐いた。
「次!次ーーー!早くいこっ?」
「そうだな」
そう言うとヘイズは少し笑っていた。
次回、武術棟。主人公の過去を断片的に垣間見ることができるイベントが発生します。今までもちょくちょく出してはいますし伏線?整理もしていますが今まで以上に決定的な物を出すつもりです。
伏線が伏線になってないぐらいばればれなのは気にしないでください。筆者の頭の限界です。
伏線整理
主人公について。
『ラプラスの悪魔』『マクスウェルの悪魔』『フレナの自動メモリー消去機能』『グランドの権力把握』『母に似ているフレナの声』『兄の死』『魔王についての情報』『幼い頃は軟禁状態』
状況について。
『おぞましい声』『元居た世界と全く同じ魔術形態』『魔物が居ない元の世界』『神聖術(?)』