3.機械棟、あと英雄。
タイトル通り異世界?の主人公である英雄さんが脇役並に影が薄くなってしまった・・・
相棒であるサウザンド・デビルを制服に仕込んで、サイズをチェックして、まだ仕込めそうなら仕込む、といったことを繰り返したヘイズの制服は見た目では分からないが中身は完全に武器庫になっていた。二本あるベルトのホルスターは武器を入れられるようになっている。しかし突然武器が現れては怪しまれるだろうと思い、敢えて何も刺さず開けている。その気になればサウザンド・デビルで作った剣でも刺しておこう。
『マスター、その制服、前閉めたらすごいダサいので開けておいてください』
「わかった」
今まで着たことのない制服に少し心が踊るのが分かる。学園生活、友達、なんていい響きだろうか。
『年甲斐もなくはしゃいじゃって・・・』
「今は17だ」
『制服の中に武器を仕込む17歳がいてたまりますか』
「警戒してるんだ」
『警戒する前にちょっと楽しみにしてるでしょう。マイペースですね本当に』
悪いか、と一言だけ言う。その拗ねたような言い方にフレナは笑った。
外がにわかに騒がしくなる。聞き耳をたてるとじゃんけんをしている声が聞こえた。何をやっているんだ。
「じゃーんけーんぽんっ!」
「あら、私だわ」
「行ってらっしゃい!」
「俺も見てみたかったんだがな」
コンコンとドアがノックされる。それに返事をすると今度は大人らしい雰囲気の女性が入ってきた。既に起きている俺を見てにこやかに微笑む。
「おはよう」
「おはよう?」
俺もおはようと返して首を傾げる。少し間の開いた後にドアの向こうから笑い声が聞こえてきた。
「今日は学園を案内するわね」
「わかった」
ベッドの上におざなりに置いていたヘッドセットを首にかけて彼女が手招きするドアの向こうへ足を運んだ。狭かった視界が一気に広くなったような錯覚に陥る。
「・・・おお」
「ようこそ、傭兵育成学園『グランド』へ」
俺が居たのはある建物の三階。それなりの高さから望む学園の敷地はあらゆる学生が歩き回って、笑いが途絶えない場所だった。部屋しか見ていなかった目が広さに慣れない。緑が目に染みる。
まあ、有り体に言えばわくわくしていた、ということだ。
「どう?」
「広いな」
真っ先に窓から外を見ていたせいで何かあるのかと思われたようだ。横から覗き込んでくる顔に手短に言葉を返した。良く見てみればその人は今日の朝早くに来た女の子だ。
「ここは医療棟。傭兵っていう職業上、怪我は絶えないからね。ここでは医学関係を専攻する生徒と教師が常時交代で詰めてるんだよ。病院って言った方がいいかな?入院する場所は別で、ここは研究のために使われてるんだけど」
「あそこに行きたい」
説明を聞き流して窓を開けて大きく開いた広場の向こうを指さす。ここからでも見える一番大きな棟だ。かなり大きな時計塔が印象的でもある。
「ちょっとー話聞いてる?」
「聞いてる。ここは医療棟」
窓から身を乗り出してきょろきょろと辺りを見回す。ここから見る限り医療棟から広場を挟んだ向かい側に時計塔と大きな棟があってその左右にまた小さな棟。さらに高いところから見ればもっと多くの棟が乱立しているのだろう。
さらに身を乗り出すとこの医療棟の隣に機械音が鳴り響く別棟があった。
「あれはなんだ?」
「あっちは機械棟、乗り物とか武器とか開発してる人がいるよ。ついでにこの学園に出入りする入り口はあそこだけなんだ。任務で怪我した人が最初に運ばれる場所でもあるから医療棟と通路で行き来出来るようになってるんだよ。暗黙の了解で非常事態じゃない限り行き来しないんだけどね。衛生面的な意味で。」
「やっぱりあっち行きたい」
「・・・君から見て広場の右側は武術棟。武術に長けた人たちが日々訓練してるよ。それで左側は魔術棟。機械棟とは犬猿の仲なんだけど喧嘩するほど仲が良いっていうの?お互いに良いところは認めあってるから不思議だよね。それで真ん前の大きな時計塔がある大きな棟がこの学園最大の本棟。生徒会と風紀委員と教員の本部があると同時に生徒の全員が通わないといけない基礎事項の授業は全部あそこで行われてるんだ。ダイレクトにこの学園の頭脳で中枢なんだよ」
「そこも」
「もしかして、もしかしてだけどーーーー結構楽しんでる?」
「すごく」
『マスター・・・』
目に写る全てが珍しくて目移りしてしまう。機械棟で見学も良いかもしれないが武術棟で相手を探すのも悪くない。魔術棟に行けばここの魔術についてある程度教えてくれるだろうしこの医療棟ではいい人と出会えそうだ。街灯も見たことのない形のものだ。どのように動いているのだろう?機械技師とも話してみたいな。
「グレン、君とは大違いだね」
「まったくだ」
自分と同じ声に後ろを振り向けば自分と同じ顔・・・というより自分の兄とそっくりな男がいる。周りの仲間たちは全員苦笑していた。一人一人よく見てみると全員があのパンフレットに乗っていた英雄とその仲間だ。と、なればここにいる全員が生徒会なんだろう。なんて豪華。
しかし、今の今まで存在を無視していたのだが良かったのだろうか。
「初めまして、俺はディーアっていうんだ。よろしく」
「よろしく頼む」
英雄の隣に居た男が気軽に挨拶をしてくる。差し出された手を握って握手するとそのまま肩に手を回された。あっという間に確保されたが敵意は無さそうなので良いだろう。今も楽しそうに笑っている。視界の端では英雄が苦い顔をしていた。
「いやー、無表情だからどうかなって思ってたんだけど意外と面白いんだな!」
「そうか」
「あ、俺と友達になろうぜ!」
「いいぞ」
「なーんて・・・いいの!?」
「ああ、案内、早く」
「あっ・・・そゆこと」
首に手を回されたままに歩き出そうとする俺をディーアと名乗った男は止めた。反射的に首が絞まって変な声が漏れる。
「まあ、待てって。皆でいこう、な?」
「ん」
後からぞろぞろと見覚えのある人とない人がやってくる。やはりみんな生徒会なんだろう。
「あなた」
びしっと指差された。何かと思えば小柄なツインテール少女がこちらを睨み付けている。後ろではさっき説明してくれていたボーイッシュな女の子があちゃーと頭を抱えていた。
「そんな能天気で、今あなたが置かれてる状況分かってるの!?」
「ん?」
「あなたは!この世界の英雄と!同じ顔なのよ!?」
「・・・」
ふんすっと鼻を鳴らして胸を張る女の子を尻目に周りをさっと観察する。・・・まあ、確かに厄介なことに巻き込まれそうな匂いはする。
「分からない?説明してあげ・・・」
「『魔王』を倒した後に現れたそっくりな男。『魔王』を倒したばかりで欲目が出ている周辺諸国を押さえるには邪魔だな。そしてその男は警備の厳重な『グランド』に突然現れた。しかし気絶している。
目的が分からない、何ができるかも分からない。そんな不確定因子を放って置くわけがないな。つまりお前たち生徒会というのは全員、俺の監視なんだろう」
「そこまでわかってるのになんで」
「監視?どうでもいい。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「・・・もういいわ、下手な行動はしないことね。もししたら風紀委員がしょっぴいてやるんだから」
「俺としても遠慮願いたい。善処しよう」
早く行こうとディーアに催促する。監視と分かってそれでも側に置くことに疑問があるのかディーアは戸惑っていたが素直についてくるようだ。
「案内はディーアとエイダに任せる。俺は本棟に戻ろう」
「わかった。でもいいのか?グレン、こいつのこと知りたかったんだろう」
「俺と同じ顔が馴れ合っているのを見るのは不愉快だ」
そう言って英雄が仲間を伴って歩き去っていく。随分と声が刺々しかったが過去に何かあったのだろうか。まあ、俺には関係ない。
「すまん、あいつは基本あんななんだ」
「一人で行動したがるんだよね」
「思春期ならしょうがない」
「思春期っ・・・英雄を思春期呼ばわり・・・っ!」
笑いながら案内するよと言われてディーアが先を歩く。身長が少し高いことに若干の敗北感を味わいながら大人しく後ろをついていった。
医療棟と機械棟を繋ぐ通路は無機質だった。完全に隔離するためか金属で上下に開く自動ドアだ。ガラスの向こうに機械棟が見える。ここまで機械化されていると電光掲示板のようなものがないのが逆に不自然だ。
「扉は機械なのに電光掲示板のようなものはないんだな」
「つい最近まで魔王のせいで世界的な通信障害が発生してたんだ。魔術も機械の電波も全然だめ。だから電気端末にデータを保存出来ても何処かに送ることなんて無理なんだよ。だから通信系統だけ発達しなくって今でも基本は紙媒体。電光掲示板なんて設置したら毎朝情報の更新のために学園中を生徒会が走り回っているよ」
「なるほどね」
「もちろん魔王が居なくなった今、通信障害は起きてないな。だから機械棟は通信技術を急ピッチで作り上げてるところなんだ。だけど魔王が生まれたのは何千年も前で技術の大半は廃れて消えちまってるんだけどな。」
「早く実現するといいな。早い情報伝達は便利だ」
扉に近寄るとドアが音を立てて上下に開く。その扉をくぐるとそこはもう機械棟の管轄だ。さっきの静かな医療棟とは違って、機械を組み立てる金属同士の擦れ合う音と試験運転でもしているのかゴオオォと大きな音が渦巻いている。
なるほどあの扉は防音機能付きか。
「だけど『魔王』を知ってるのに通信障害のことは知らなかったんだね。有名なんだけど」
「ああ、俺の知ってる『魔王』とここの『魔王』が同じものか分からなかったからな」
「・・・情報を集めてるってわけね」
「大体ここが俺にとってどういう所かは検討がついてるけどな」
「確証が得られたら教えてくれる?」
「信じてくれなさそうな内容だぞ」
「それでもいいよ。僕たちも君の正体には興味を持ってるんだ」
「明らかな不審人物を囲おうとする辺り、そこら辺は理解できる。まあ、難しい話は無しだ。俺に機械棟を案内してくれ」
機械音が鳴り響く廊下を歩く。通りすぎる生徒たちは俺の顔を見てはぎょっとしてたりしてなんだか面白い。左目の傷と髪の色と目の色だけが違うのだから当然とも言える。ディーアが一つの扉を開けた。
「ここは俺達生徒会が懇意にしてる機械技師。何か困ったことがあればこの人に聞いて」
扉の担当者にはレナと書かれている。ここでは生徒の一人一人に研究室が与えられているのだろうか。
「機械棟では優秀な人には専用の研究室をもらえるんだ。成果を出せばどんどん設備も充実していくようになってるんだよ。まあ、ほとんどの場合は研究室の垣根なく設備貸してーって乗り込んでくるんだけどね」
最後に変人の巣窟だから・・・と言ったのを聞き逃さなかった。止める暇もなく猛獣の檻でも開けるように研究室のドアが開けられる。まるでスタンバイしていたように中から犬の獣人の女の子が飛び出してきた。小柄なのか首もとにぶら下がってくる。
「はろーはろー!すごーい!そっくりなんだね!ねえねえ、友達になろ?気に入っちゃった!頼んでくれたら何でも作るよーーー!」
何故か尻尾が凄い左右に振れている。服はツナギで所々油汚れが付いている。これだときっと自分の服にも付いただろうなぁと遠い目になった。ディーアとエイダはやっぱりな、という顔をしている。
「喜んで、ヘイズと言う」
「お、レナだよ!レナレナって呼んでね!」
「わかった」
足が宙に浮いたままのレナレナを見てひょいっと肩に担ぎ上げる。ほぼ俵抱きの荷物扱いになってもレナレナは高い高いとはしゃぎっぱなしだ。揺れる尻尾が顔に当たってふさふさする。
「友達一人出来た」
「そ、そうだな」
「ますます訳がわからない」
「イエーイ!レナレナとヘイズは友達ー!」
あらゆる設計図と部品が散らかされた研究室の扉を閉める。明らかに作業中だろうと思われるのも中にはあったが本人が放りだして出てきたのだから良いのだろう。足をばたつかせるレナレナを抱えたままにディーアとエイダに向き直る。
「次は魔術棟に行きたい」
「え、それはどうするの?」
「つれてく」
「いや、今は通信技術の開発で忙しいんじゃ・・・」
「ついてくー!技術の件も目処は立ってるもん!ヘイズと一緒に行きたい!」
「もう出来そうなの!?子供っぽいとはいえ能力はやっぱり並以上ね・・・」
褒めてー!と騒ぐレナレナのために俵抱きにしたままぐるぐる回る。視界が回るのが面白いのか嬉しそうだった。
「子供をあやしてるみたいだねー」
「10歳だから間違ってないんじゃないか?」
二人共に呆れたようにため息を付きながら機械棟を降りていく。通りすがりの人々の驚き具合がさらに増したようで面白い。レナレナも面白いのかしきりにピースしている。なごんだ。
一階、人々の話し声と機械を修理する金属音が聞こえる。
「学園唯一の出入口だよ」
そういって開け放たれた扉の先には車やバイクがずらりと並んでいた。立体式なのか壁一面にバギーなどが入れられていて壮観だ。突然開けた視界だからなのか凄く広い。道端には機械棟の生徒と思われる人々が外からやって来たバイクを受け取って修理している。乗っていた人も知り合いが居るのか技師に色々と話しては笑っていた。
「ここのバイクとかは全部機械棟の人たちが作ったものなんだ。外に出る人たちの意見も聞いて改良してあるから乗り心地も抜群だし、性能も突出してるよ」
「私の作ったバイクはあそこにあるんだー」
レナレナの指さした先には大きなバイクが置いてある。見た目からしてまさしくモンスターバイクと言ったところか。馬力が凄そうだ。
「あれだけじゃない。あの一角全てがレナレナの作ったバイクで一番人気だ。だけどあのバイクだけはほとんど誰も乗りこなせなくてね。あれに乗れるのはグレンと、レナレナと、武術棟第二室長ぐらいじゃないか?」
「あ、室長ってのは簡単なランク付け。校内全体でのナンバーズとは別の各棟内部の序列なんだよ。ちなみに武術棟第一室長はグレンだね。」
「第三室長はレナレナのお姉ちゃんなんだよー」
どうやら本当に俺は気にかかるらしい。上位陣が芋づる式に出てくる。友達の友達は友達理論なのだろうか。
「レナレナ、今度俺にもおすすめのバイクを教えてくれ」
「いいよー」
「二人とも魔術棟にいくぞー」
「「はーい 」」
「完全にお守りじゃない・・・」
ディーアが呼ぶのに二人で返事をする。ディーアの後ろに付いていく俺たちの後ろにエイダが付いてくる姿は子供の監督としか思えない。騒ぐレナレナも相まって注目度が増している。いざ入学したときには随分と目立ちそうだ。
伏線整理
主人公について。
『ラプラスの悪魔』『マクスウェルの悪魔』『フレナの自動メモリー消去機能』『グランドの権力把握』『母に似ているフレナの声』『兄の死』『魔王についての情報』
状況について。
『おぞましい声』