2.たのしいがくえんせいかつ
翌日、朝日に当てられ目を覚ますと相変わらず白い部屋にいた。昨日と全く変わりない。朝日と思ったそれはまだか細く、太陽は外の街の情景から顔を出し始めたところだった。つまり、かなりの早朝である。
『おはようございますマスター。ちょうど朝の鍛練をするために起きる時間ですよ」
「・・・今日は止めておこう。下手に外出して文句言われるのは嫌だ」
『そうですね』
当然のように起きているフレナと話をする。外からこつこつと硬質な足音が聞こえる。それはドアの前で止まるとしばらく部屋の中を把握しようとしているようだった。じっと息を殺してはいるがその気配に敵意は無いので恐らく敵ではないのだろう。
しばらくして判断を下したのかドアが開く。俺は既に上半身を起こしてそちらを見ていた。視線が交差すると同時に相手方が硬直する。その手には紙袋を持っていた。
「・・・っ、びっくりしたぁ・・・全然気配を感じないから逃げ出したのかと思ったよ」
「逃げ出したら後ろ暗いことがあるのかと勘ぐられる」
「それもそうだね」
昨日見た医師とはまた違う、ボーイッシュな女の子だ。常にこちらを伺うような目線が若干面倒くさい。既に監視は始まっているということだ。
女の子が紙袋をこちらに突き出す。
「これ、学園に通うための制服と校則を書いた本だから。転校生ってことで今日は見学。教科書は入ってもらう寮に置いてあるからね。今日は見学して、その日の終わりに宿舎の部屋を案内するよ。これからはそこで寝泊まりしてね」
「わかった。ありがとう」
中を見ると動きやすそうな黒ベースの服が入っている。懐かしい教科書を並べて中身を見て、少し落胆した。そしてそのことに驚いた。落胆するほどに自分は授業を楽しみにしていたらしい。もっぱらする方だったから大人数で授業を受けるということをしなかった。個人的に教師が付けられて勉強していた。通りすがりの子供たちが教室で知り合った友達と遊んでいるのを羨ましく思っていた記憶がある。そのどれも、遠い昔の記憶だ。
「朝も早いからもう少し寝ておくといいよ。9時に迎えに来る」
それだけいって女の子はそそくさと出ていく。校則や学校の特徴を記している本を開いて読むことにした。既に目が冴えてしまっている。
『マスター、私にも見せてください』
「ん」
ヘッドセットを首にかけて、カジュアルな配色がされている本を開いた。部屋の設備を見る限り電気機械系統はかなり発達しているようだが、電子媒体みたいなそういう端末は無いのだろうか。そこら辺が不便に思う。
読み耽るうちに既視感を覚える。とりあえずはそのことを頭から追い出して、学園の内容を頭に叩き込むことに集中する。普通の学校と変わり無いが、特筆すべきは傭兵としての任務が課されるということか。そして成績優秀かつ能力も申し分ない生徒にはナンバーズと呼ばれる称号が与えられて、一生徒には与えられない任務の遂行や授業で教師をする責務が与えられる。同時に学園内であらゆる便宜を図ってもらえるという優遇措置もあった。学園内には二つの法的組織?があり、ナンバーズのすべてがその生徒会か風紀委員に属している。まさにエリート集団というやつだ。目をつけられないよう祈ろう。
そしてまた見所が一つ。
「『魔王』を倒した世界の英雄も未だ『グランド』の生徒として在籍!英雄を間近で見られるのは今だけ!」
『これ・・・』
「おとぎ話のような話を聞くなんて、夢にも思わなかったな」
客寄せパンダのような扱いにまだ見ぬ英雄に同情すると共に、『魔王』という言葉が目に焼き付けられる。無意識に胸の辺りを擦った。断定出来ないが、でも、もしかしたら、あれは、本当に。
『ヘイズ、戻れない世界のことを考えても仕方ありません』
「そう・・・だな」
ピシャリと言ったフレナの言葉に思考の海に沈みかけた意識が浮上する。気を取り直して次のページを捲って・・・絶句した。
でかでかと映し出される英雄の姿。硬質な髪、その顔立ち、髪の色や目の色は異なり、片目を縦に引っ掻く裂傷はないもののそれは確かに
『マスター・・・?』
自分の姿そのものだった。そして、ヘイズにとっては見覚えのありすぎる人。
「兄さん?」
○●○●○●○●○●
Side.生徒会
「おかえりーどうだった?」
陽気な仲間の声にほっとする。朝一番なのに気配さえ感じれず焦って入ったかと思えば本人はベッドの上でこちらを見ているだけ。ある意味心臓に来る経験をしたものだ。緊張で強ばった体が緩んでいくのが分かる。
「ぜんっぜんわかんない!」
旅・・・というべきなのか、それにしてはあまりに短く終わった旅の仲間たちが一同に集合している中でそう報告する。
「何もわかんないはずなのに堂々としてる。かと思えば教科書を開けてはしゃいでたり、マイペースなのか大物なのか、それともどこかの回し者なのか本当に分かんない。表情は基本的に皆無だし、はしゃいでるってのも憶測に過ぎない、何を考えてるのか理解も出来ない。雰囲気は常に凪いでいて特定の言葉に反応する素振りを見せない・・・」
生徒会長の椅子で書類に埋もれる彼をみる。世界を救った英雄様は現在も『グランド』の経営のために書類に終われているところだった。
「ここまでグレンに似てたら勘繰りたくもなるよねぇ」
「・・・そんなに件の人物と似ているか」
「そりゃーもう!びっくりしちゃった!」
生徒会長兼世界の英雄はその端正な顔をしかめる。パソコンで資料を作る手は止まらせないもののきちんと議論には耳を傾けていたようだ。
「何?グレンの生き別れの兄弟?」
「そんなものは居た覚えがない」
「そう言うなって親だって居たんだし、ね?」
「あれは、親じゃない」
苦虫を噛み潰したような表情に仲間全員が顔を見合わせる。本当に素直じゃない。ようやく見つけた父親は父親で最近やっと見つけた息子との距離感に戸惑っているようだし、彼は彼で孤児院に居た頃一度だけ会いに来てくれた父親との数年越しの出会いに酷く困惑しているようだった。ついでにその身分にも。
「王だぞ、あれは」
「それでもグレンの父親だろ」
やはり英雄は顔をしかめて認めようとはしなかった。予想外に深い親子間の溝にみんなで頭を抱える。二人とも、憎からず思ってはいるはずなのだ。ただし親子である前に学園の有力者と一国の王であるという関係性が二人の間を邪魔していた。
「そ、れ、よ、り。あの闖入者のことだよ!はっきり言って謎過ぎる!でも探るには僕たちの技量が足りない」
そう言いきった女の子に英雄が目を丸くした。続いて白衣の男性も続けて同意する。
「私も正直に言うと私たちの手に負えない人材なのではないかと」
「魔王を下した私達でも!?」
黙って聞いていた仲間の一人が言った。それに唯一彼と接触した二人が首肯する。今度こそ生徒会室の全員が絶句した。
「実力の底が知れないよ・・・手に負えないけど、敵に回したくもない」
「適度に囲って好きにさせるのが最善じゃないかと。全く、こうも立て続けに問題が発生すると頭が痛くなりますね」
「何よりの問題はあの顔だよ!ふらふら何処かで歩き回られてちゃいちゃもんつけられる!」
「勝手に親族と勘違いされて勝手に人質に取られて勝手に殺されては目覚めが悪いですからね。魔王の次は危険人物の保護ですか。波乱万丈な人生だ」
「・・・人質にさえならないと思うのは私の勘違い?」
「いえ、言ってて逆に殲滅しそうだなと私も思いました」
二人の言葉にみんなが意識を切り替える。闖入者のイメージを今一度変換し、注意が必要な危険人物と書き換える。それぞれが自ら出来ることを探して動き出す様は例え未成年の少年少女であっても立派な傭兵だった。そんな実力ある彼らでさえ注意が必要だと感じさせる闖入者は一体どれほどのものなのかと英雄も密かに気を揉んでいた。
○●○●○●○●○●
「グレン・ディオニス・・・名前も、ファミリーネームまで一緒・・・!?」
それはこの世界にヘイズが来て初めて表した感情だった。それは困惑。もう見ることのない兄の面影をこの世界の英雄に見出だした彼は酷く狼狽していた。彼の兄の死こそ、彼の人生の分岐点であり、彼の人生の幕開けだったのだから。
『・・・ますます、この世界が分からなくなりました』
「これは兄、なのか?しかし・・・」
『情報が少なすぎます。元居る世界の平行世界にしろ断定するには早計かと』
冷静なフレナの言葉にヘイズも徐々に落ち着きを取り戻す。彼の手元の本には変わらず茶髪茶目の英雄の姿がある。黒髪黒目の彼とは配色が違うがそれは顔の造形を隠すほどではない。
「赤の他人として接するか」
『そのほうが無難です』
忌まわしい記憶を封じて一つため息を付いた。・・・この世界は思ったよりも面倒なのかもしれない。
ヘイズ・ディオニス
あまり名前の出てこない主人公。チートの代名詞。元の世界では正体不明の何かと戦い、致命傷を負って死んだ。そしたらなんか異世界?に送られた。死んでしまった双子の兄がいる。
フレナ
ヘイズ自作の人工知能。ヘイズのサポートを主とし、時に相談相手を引き受ける。
グレン・ディオニス
異世界?の英雄。ヘイズの兄にそっくり。現在、ひょっこり現れた父親との距離感に悩む思春期中。
???
異世界?の英雄の父?。父なのか確定していないが周りの人物と彼にとっては既に確定事項。一国の王だがその国は中々曲者。・・・ヘイズにどれだけの影響を及ぼすことやら
伏線整理
主人公について。
『ラプラスの悪魔』『マクスウェルの悪魔』『フレナの自動メモリー消去機能』『グランドの権力把握』『母に似ているフレナの声』『兄の死』
状況について。
『おぞましい声』『速すぎる主人公の囲いこみ』→やっべぇこいつ英雄にくりそつじゃん!囲わなきゃ何かの悪巧みに巻き込まれる!