1.青い、青い空
『・・・おき・・・さ』
声が聞こえる。懐かしい声。母の声に少し似ているが、無機質で、しかしそれだけではない暖かい声。
『お、きて・・・だ・・・』
だんだんと明瞭になっていくそれに違和感を覚える。なんだか切羽詰まっているような、そんな感じ。
『起きなさい!ヘイズ!』
その一言に眠気が吹っ飛び、目を開く。最後の記憶を整理し、目の前に青空が広がっているのを確認した。しかし何だか風が強い。そもそも生きてなくとも風は感じられるものなのか?理解不能な状況に混乱しかけた脳を無理矢理冷静へ引き戻す。
「フレナ、でいいのか?」
『某年某月某日にあなたに作られた女性型疑似人格フレナですよ!』
「間違いなくフレナだな」
『ああまったく!状況を少し理解した途端に英雄モードになってしまって!』
ヘッドセットの一部が赤く煌々と光っている。最後に見た彼女と同じだ。それは激しく明滅し、彼女の動揺と呆れを存分に表していた。
「完璧に把握出来た訳ではない。何があった?」
『分かりません、が。ただ一つ言えることはここはマスターの知る世界とは違うということです。』
「・・・?」
『マスターを起こしながら行った解析の結果、マスターの体にはあの傷はありません。また地上探査を狭い範囲ながらしましたが・・・私の中にあるどの地形データとも合致しませんでした。
よって我々の叡知の及ばぬ・・・異世界であると断定いたします』
彼女の言葉に表面上は冷静を取り繕う。死んだら異世界、なんだそれ。記憶を保持したままともこの体のままとも望んだことはないのだけれど。そして先程からずっと吹き付ける風に異様な予感がする。
『あと、非常に申し訳ないのですが・・・
現在上空1000mを通過致しました』
「どうりで下から風が吹いてるわけだ」
なんとか体を下に向けるとそこには雄大な地面。眼前に広がる森に圧倒される。元居た場所でも森は合ったがこの高さで視界の端から端まで埋め尽くされる森と言うのは見たことがない。
『もっかい死にます?』
「冗談はそれぐらいに、手段は」
『この時点で既にどんな方法を取っても着地時に失神相当のダメージがあることは確実です。なので最も速度の減衰量が多い、サウザンド・デビルでの翼の生成を推奨します。』
「あれがあるのか」
『身に付けていたので一緒に来たみたいですね。使わない手はないです』
ため息一つが風に拐われる。手に嵌めている金属質の指輪を握りしめて、イメージを整える。ここで失敗すれば最悪死亡だ。しかし今までこの武器と付き合って来た中で、というか武器というかもう兵器であるこれを作った段階から失敗したことは一度もない。
イメージをサウザンド・デビルに伝えて、解き放つ。俺の身体中を装飾する金属片、サウザンド・デビルそのものが浮かび上がって大きな翼を形成する。対象は自分。全長20mに及ぶ巨大な翼・・・!機械仕掛けの翼はまるで本物の翼を失ったがゆえの代替品のような歪さを伴っていた。これで完全体なのだけれども、不完全な印象を与える。所々から青の光が漏れだし、オーラを放つ。
翼はきちんと機能し、風を一身に受け止める。
「・・・っ!」
風の抵抗が一気に増して重力とサウザンド・デビルの翼の力が逆方向に働き、引っ張られる。それを見越して効果時間を短くした身体強化を何重にもかけていたのが幸となり、体は無事だった。それでも速度は人の身には未だに速く、地面はかなり近づいていた。
『大丈夫です、マスターなら死にはしません』
「失神は、するんだろう」
サウザンド・デビルの翼が木々を薙ぎ倒す。体が地面に着地する直前。翼を解除し、サウザンド・デビルをまたアクセサリー状にすることはできた。しかし受け身を取るまでもなく、衝突の衝撃で意識を失う。とりあえず野生動物に会わないことを祈っておこうか。
○●○●○●○●
「・・・」
『あ、おはようございますマスター。もう少し寝ていてくださっても良かったのに』
目を開けたときに、白い天井が目に入る。どうやら野生動物に襲われないばかりか救助されるという幸運に遭遇したらしい。死んだと思ったら生き返っていてでも上空から落下していて助けられて・・・運が良いのか悪いのかはっきりしてほしい。
「人が近づいて来ているのに寝てられん」
『救助された時はあんなにぐっすりだったのに』
「不可抗力だ」
ドアがカチャリと開かれ、白衣の男性が現れる。既にベッドから半身を起こしている俺に驚いた後に近くの椅子を引いて座った。ちょうど俺と同じ目線になる。さて、初めの課題は言葉が通じるか、だが
「私が認識できますか?」
「・・・ええ」
あ、ちゃんと通じる。言語を1から勉強し直さなくても良い安堵を覚えながら受け答えをした。所々発音しずらい所もあるが大まかな形態は同じようだ。
「現在どのような状況であるかは?」
「全く理解していない」
正確には異世界から落っこちてきている訳だが信じてくれないだろうしこの際この世界を知るチャンスだ。存分に尋ねさせてもらおう。
「まずは、あなたが倒れているところを発見したときにあなたを中心にクレーターが出来、周りの木々が倒されていました。これの理由を知っていますか?」
「気がついたら落下していたから何とか速度を遅くして地面に着地した。その際の余波だろう」
下手に嘘を言うよりも本当のことを言ったことが良いようだ、と医師の表情から読み取る。あまりに真剣な様子に面倒なことになりそうだと心のなかでぼやいた。
「あれだけの衝撃を受け止めておいてよく無事ですね・・・」
「頑丈だからな」
「ではあなた・・・『グランド』の敷地に侵入したと言う自覚は?」
「ない」
『グランド』というものには聞き覚えがある。かつて、俺が所属していた組織の名前で傭兵の仲介組織であると同時に世界の実権を握っていた世界的組織だ。俺たちの時代では国それぞれの軍部同様、この組織の傭兵を雇い入れることが何よりの軍事的、金銭的余裕を示す最大の象徴だった。その権威は世界中に及び、表向きはそれぞれの国から中立を保っているものの裏側では全ての国が組織の恩恵を得ようと躍起になっていた。国の軍事関連を他組織に掌握されている、異常な事態だったと同時にある意味では世界の安定を担っていたとも言えるだろう。
その中立も、俺の離反で崩壊してしまったとも言えるのだが。
異世界に来てまでこの組織の名を耳にするとは思わなかった。
「『グランド』とは傭兵を育成する学校の総称です。年々、様々な子供たちがここで知識を得て、それぞれの分野へ旅立ちました・・・ここはあらゆる権威を生み出した学校です。当然警備は厳しく、容易に入れる場所ではありません。・・・そんな中、突然現れ敷地内に被害を及ぼしながらも倒れていたあなたは正直不可解極まりないです。」
「傭兵を、育成?」
俺の知る『グランド』は確かに学校で傭兵を育てて居たけれどもあくまでよい人材を発掘するためのものであり本質は戦力たる傭兵を自らの組織に所属させ、各国に送り込みパワーバランスを調整する役割をしていたはずだ。その傭兵は確かに『グランド』の学校に所属していたものばかりだったがそういう場合、誰一人として傭兵仲介所の『グランド』に所属せずに他国に士官したものはいない。そもそも傭兵を育成し送り出すことが本質じゃない。
「ええ、知らないようですから話しておくと。この学校は孤児、難民問わず子供たちを囲い込み、才能を開花させて20の成人を果たした時に世間へ送り出します。傭兵育成と銘打ってはいるものの傭兵だけでなく医師も、教員も、国に文官として士官するものもいます。皆、人類の敵である魔物と日夜戦っています」
いよいよ違うものになってきた。俺の知る『グランド』とは違うものと考えた方が良いだろう。こちらは本質が慈善。あっちは掌握と支配だ。似て非なるものである。そして、この『グランド』を俺は知っている。
「俺は、どうなる?」
「監視対象として『グランド』に通って貰います。疑う余地しかありませんが・・・まあ無実が証明された暁には正式に『グランド』の一員として卒業を認めましょう。」
「俺、26なんだが」
「何言ってるんですか。17にしか見えませんよほら」
何処から出したのか手鏡を差し出される。それに映されていたのは紛れもなく若い頃の自分だった。思わず天を仰ぐ。生き返って助けられて若返る?何の冗談だ。
「・・・沙汰は後々追って伝えますのでとりあえずは寝ていてください」
医師がドアを開けて帰っていく。色々気になることがあるが、今は動くべきではないのだろう。
大人しく、眠ることにする。
『本当にマイペースなんですから。敵地のど真ん中っていっても過言ではないんですよ?』
「・・・フレナは周囲の地形探査を続行してくれ。」
『わかりましたよ、おやすみなさいマスター』
用語集
『グランド』
ヘイズの世界では傭兵仲介所。育成も行っているが卒業した者は全員強制的に『グランド』に所属する。全世界の軍事を掌握し、世界のバランスを調節する世界の調停者。
異世界?では傭兵学校。学べる分野は多岐に渡るがそのどれもが最高水準。多くの人材を排出し、ヘイズの世界ほどではないが世界への影響力は強い。
1000と666の悪魔
主人公のチート武器。様々な破片であり、普段は主人公の身につけるアクセサリーに姿を変えている。主人公の意思に従い1000と666の武器や乗り物に姿を変える。制作者は主人公。扱えるのも主人公のみの武器通り越した兵器。超可変型工魔兵器とも呼ばれる。
伏線整理
主人公について。
『ラプラスの悪魔』『マクスウェルの悪魔』『フレナの自動メモリー消去機能』『グランドの権力把握』『母に似ているフレナの声』
状況について。
『おぞましい「貴様に祝福を」の声』『速すぎる主人公の囲いこみ』