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ACT2:蘇る死神

 摩天楼がそびえ建つ大都会の中心においても、その建物は周りのビルとは比べ物にならないくらい、見上げる者を威圧的に睥睨していた。

地球連邦政府ビル――、最高層にある一室。すべての窓のブラインドが下ろされ、灯り1つ点されていない壁面には巨大な画面スクリーンがあり、真っ黒いレンズのサングラスを着けた金髪の若者が映し出されている。画面の前のテーブル席には、顔のまったく見えない5人の男が座っていた――。

「使えなくなったのであれば、切り捨てるのが筋では?」

「捨てるのであれば、【彼】は処分の対象…という事で宜しいのですかな?」

「…まぁ諸君、そう結論を急ぐ事はあるまい?何よりアレには、まだまだ利用価値が残っている。廃棄するにはもったいないよ。どうだろう?しばらく適当にリハビリさせてみるのは」

「では、そのように対応致しましょう。大統領閣下ミスター・プレジデント




 トーマとソフィアの2人が死んでからというもの、ヒカルは抜け殻のようになってしまい、困り果てた連邦政府の幹部達は、彼を一時前線から外す事を決定した。リハビリと称して、彼に士官学校アカデミーの銃器取扱い教官の任を与えたのだった。

 航宙歴:574年。ヒカルが教官を務めて、早3年。今年彼にとっては、少しだけ変化の年でもあった。彼と同い年の人間が、連邦軍に入隊して来るからである。

入隊式、式典前の教官ルーム。珈琲を片手に、教官達がお喋りをしていた。

「いやぁ~、毎年この季節のなると、自分の歳を感じますなぁ」

「いよいよカトー教官と同い年の連中の、連邦デビューですな」

「はあ…」

「しかも!今年の新人には、あのアーダン提督の弟さんがおられるとか」

「ほぅ!それは楽しみですなぁ。さぞや切れ者なのでしょう?」

「アーダン提督の弟さんなら、きっと連邦宇宙局に行くんでしょうなぁ」

(アーダン提督って、誰だよ?)

 緊張感のかけらもない教官達の話を耳にしながら、ヒカルは空を行く雲を見上げるのだった。


 式典が始まり、新人達を前に大佐が挨拶をする間、他の教官に比べ若いヒカルは、新人達からの好奇の視線を浴びていた。今年で3度目だから慣れたとはいえ、やはりいい気はしない。傭兵部隊からここへ来て、ヒカルは自分が童顔で歳より若く見えるという事実に、初めて気付いたのであった。

1年目の新人の時はきつかった。明らかに年下のヒカルの言う事を、候補生がまったく聞かなかったからで、実力行使に出る機会が度々生じたのである。

(今年は同い年だし、あの時よりかはマシだろう。…きっと)

邪眼イビル・アイを隠す為のサングラスを指で押し上げ、つくづく思うヒカルなのであった…。

 毎年ヒカルは一癖も二癖もある、変わり者が多い組の担当教官に指名されていた。ひとえに、上層部からの圧力によるものであろうが、本人は至って気にしていない…と言うより、眼中にないと言った方が適切だろうか。


 教官室に戻り担当者名簿を渡されて、思わず眉をひそめてしまった。朝、話題に上がったアーダン提督の弟が、ヒカルの組に居るのである。ヒカルと同じ金髪で、キツイ眼差しを挑戦的にカメラへ向けている…。シグルド・R・マフィー:ソウル太陽系地球・USA地区出身。成績は極めて優秀と、名簿には記載されている。

 隣りの席の教官が名簿を覗き見て、ヒカルに渋い声を掛けた。

「おっ!提督の弟さんは、カトー教官のクラスですか」

「何でよりによって、俺の担当なんでしょう?特に問題児には見えませんが…」

「これはチャンスですよ。彼にゴマをすって、出世街道まっしぐらですよ!」

「出世…ねぇ」

(容姿端麗、頭脳明晰ときて俺の担当って事は、性格に難ありって事だろうな)


 ヒカルの予想は、決して的外れではなかった。例のシグルド少年は、周りが期待をすればするほど、ヘソを曲げてしまう頑固者で、提督の名前が少しでも出ようものなら、大激怒して手に負えないのだから、他の教官達の出世への甘い夢は、見事に砕かれてしまった。けれど連邦の士官学校に居るのだから、提督の弟という看板が付いて回るのは仕方のない事で、それが返って彼の性格を意固地にしているようだ。

出世の事なんて考えていないヒカルは、他の候補生達と分け隔てなく彼にも接していたのだが、被害者意識に凝り固まった彼には、ヒカルも他の教官と同じにしか見えていなかった。

 最初の衝突は、初めての顔合わせの時だった。グラウンドに集合して点呼を取ろうと、ヒカルが話し始めた時だ。ヒカルの言葉を遮って、彼が質問をしたのだ。

「おい、あんたが俺達の担当教官なのか?見たところ、俺達より年下みたいだけど?」

「年下じゃなくて同い年だ。それと、俺はお前さんの上官だから、あんたって呼ぶのはよろしくないぞ」

「お…同い年だって!?」

「僕、年下とばっか思ってたよ」

「マジかよ~」

 口々に話す候補生達へ、ヒカルは続けて言う。

「こう見えても、俺は10年以上のベテランだ。担当教科は銃器取扱い、舐めて貰うと痛い目をみるぞ」

「なんだ、10年以上って事は地球系ヒューマンじゃないのか」

「それなら安心だな」

 他のメンバーは、どうやら納得顔をしているが、件のシグルド少年だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

「何だ?他にも何か言いたそうな顔だな?」

「いいえ、別に」

「そうか?それなら軽い自己紹介も済んだところで、最初の点呼を取るぞ。名前を呼ばれた者から返事をするように――」


 それからも、何かとシグルドとヒカルは、事がある度に衝突をしていた。衝突と言っても、シグルドが一方的にヒカルへ絡むだけなのだったが…。クラスメートもそれが日常化するにつれ、挨拶程度に思うようになっていた。

「ほらほら、ペースが落ちてるぞ?シグルド・R・マフィー」

「ふ…フルネームで呼ぶな!――あんた、俺だけを特にしごいてないか?」

「あんたって呼んだから減点1。別に特別扱いはしてないぞ。他のメンバーと比べて、お前さんだけ体力が劣っているんだから、当たり前だろう?お前さんみたいなのには、基礎を徹底的に叩き込むのが一番だからな」

「ちっ…くしょう…!!」

「悔しかったら、他の連中より好成績を上げる事だ」

 2人のやり取りを見ていた同班のメンバーが、失笑している。

「おい、また始まったぜ。あの2人」

「けどシスの奴、何でカトー教官にだけ、あんなムキになるんだろ?カトー教官って、他の教官よりいい人なのにさ」

「さぁね!それよか教官…、いつも楽しそうだよな」

「それがシスのプライドを傷付けてんじゃねぇの?」

「ハハハ、言えてる!」

 その時、ヒカルの鋭い声がメンバーに飛んだ。

「そこ!!無駄口を叩くな。そこの3人はグランド10周追加だ」

「「げっっ!!」」

「うわっ、マジかよ~」

「お前のせいだからな、ロディ!」

(あの3人…、シスと同室だったな)

 グラウンドを全力で走って行く3人を見ながら、ヒカルは名簿に視線を移す。

(ロディ・ハーマイン:医療チーム希望、リー・マクスウェル:連邦宇宙局希望に、ボブ・コーネル:同じく連邦宇宙局希望か…)

 ヒカルは更にメンバーの履歴を見ていく。

(このロディとシスは、小学校ジュニアスクールからの知り合いか。腐れ縁ってやつだな)

 不敵に笑うと、シグルドとロディの所に、大きく赤丸を入れるヒカルであった…。


 ヒカルの授業内容は他の教官達とは異なり、大概が教科書に載ってないような事柄ばかりを教える事が多い。だが、それは決して無駄な知識ではなく、いざ戦闘状態になった際、充分役立つ知識であった。

 今教えている授業も、本来であれば“最新式火器の取り扱い時の注意点”を教えるはずが、“サバイバル時の生き残り方”というマニアックな内容になっている。これはこれで実に興味深い内容で、クラスのメンバーは充分に楽しんでいるのだったが…。

「……仲間と一緒の場合、仲間を見失わないのは当然だが、それと同時に重要なのが敵との位置関係だ。これに関しては、ほとんど野生の勘が頼りになる場合が多い。だから日頃からの精神鍛錬も、重要になるんだ」

「そんな、野生の勘だなんて…。コンパスとかあるでしょう、色々と?」

「手動なら兎も角、機械マシーンを信用し過ぎるのは良くないぞ。軍が派遣される星なんて、衛星も上がってない未開の地がほとんどだ。GPSコンパスなんかたいていのジャングルじゃ使い物にならんし、相手がバイオロイドなら尚更だ。あいつらにAIは、自分の居場所を教えてやるようなもんだからな。文明が進んで色々と便利になるのは結構だが、それが返って命取りになる場合もあるんだ」

「ゲ~、嘘だろ?」

 ヒカルの台詞に、候補生達は大袈裟に驚いている。

「まぁ、作戦ミッションでジャングルに入る場合は、ちゃんと装備をしてるから心配ないが、遭難した場合の緊急対処法を、今日は教えるぞ」

「緊急対処法ですか?」

「そうだ。一番重要な事は3つ!…1:人命尊重、2:食料の確保、3:安全な寝場所の確保だ!」

「そんなの、当たり前の事だろう。何を偉そうに…」

 憮然と呟くシグルドへ、サングラスの下からヒカルは鋭い眼を向けた。

「その当たり前の事が緊急時には出来ないんだよ、シス君。特に熱帯雨林なんかじゃ、虫に要注意だ!地球ホームでも、古代にこんな事例がある。…民間の旅客機がジャングルに墜落した。幸い、森の木々がクッションとなり、乗客達のたいがいが事故直後には生存していたにも関わらず、3日後、捜索隊に救助されたのは、14歳の少女1人だけだったそうだ。…何故か解るか?」

「怪我の出血じゃない?」

「燃料が引火して、火事に巻き込まれたとか」

「違うな」

 口々に言う候補生に、ヒカルは首を横に振って否定した。

「虫に殺されたんだよ。それも、森に棲む小さな蟻に…な」

「蟻?蟻って、その辺にもいる蟻ですか?」

「ああ、みんなも良く知ってる蟻だ。…乗客のほとんどが獣を恐れ、墜落後、木から降りなかったんだ。蟻っていう虫は肉食で、乗客は格好の餌食という訳さ。身体の肉を食い破り、生きたまま食われて行くんだ。恐ろしいもんだ」

 グロテスクな光景を想像したのだろう、候補生達の顔は真剣なものだった。一番前の席の候補生が、生唾を呑み込みながら訊いた。

「じゃあ、少女だけが木から降りて助かったのですね?」

「木から降りただけじゃ助からんな。少女が助かったのは、彼女に知識があったからだ。…少女の父親は昆虫学者で、幼い頃から虫の怖さを教えられていたそうだ。熱帯雨林の湿った木は、たいがい蟻どもの巣になっている。もしジャングルで遭難した場合、木から離れて河を探せ…と、教えられていたんだ。河の中に入ればたいていの虫から身を守れるし、そのまま河に沿って下って行けば人里に辿り着く。まぁ、肉食の魚に襲われるかもしれんが、噛まれた時点で岸に上がればいいからな。また、傷から寄生虫を出しながら、同時に傷の洗浄も行える。正に一石二鳥だろう?人なんて、2~3日は水だけでも生きてゆけるしな」

 ヒカルの話を聞いて、教室内はしんと静まり返っている。

「…病人が出た場合、主に虫を主食にしている蜘蛛を探すといい。蜘蛛は気付け薬になるからな。見た目は気持ち悪いが、味はビター・チョコレートっぽい感じで、結構いける」

「マジかよ~っっ!」

「結構いけるって、…カトー教官、食った事あるのか?!」

「…昔な」

「うわ~っ!!俺には無理だぁ~!!」

 ロディの悲鳴にどっと笑いが起きて、クラスが和やかなムードに包まれたのも束の間、その雰囲気をかき消したのは、やはりシグルドであった。

「有り難い話、大変勉強になりましたが、今日の本来の授業である最新火器の取り扱い事項の授業は、して貰えないのか?」

「場の空気が掴めない奴だな、シス。それとも、まだ俺を上官だって認めていないのか?…みんなもよく聞け。最新火器の取り扱いだの、銃器の組み立てだのって話は、ここを卒業してから嫌ってほど、毎日訓練でさせられるよ。説明も、耳にタコが出来るくらいにだ。俺はそんなくだらない事より、実践で絶対に役立つ、俺にしか教えられない事を、みんなに教えて行こうと考えている。俺が今、何を言ってるかなんてのは、卒業して軍へ正式に配備された時点で解るだろう…。それまでは、俺のやり方に着いて来て貰う。解ったな!」

「「「「「はい!」」」」」

 候補生達の返事に、ヒカルは満足げな顔をシグルドへ向けた。

「返事は?シグルド君」

「……はい」

「宜しい。じゃあ、続きを始めるぞー」

 ヒカルから目を逸らし俯くシグルドの顔は、恥辱に歪んでいた―。


「…ったく、何が“俺にしか教えられない事を”だ。偉そうに!」

 夕刻。寄宿舎へ戻るなり、怒りをベッドに向けて爆発させるシグルドに、ロディが呆れた顔を向けた。

「解らんのはお前の方だぜ、シス?何でいつもカトー教官に歯向かうかねぇ」

「何もかも気に入らないからだよ!あいつ、どう見ても地球系のくせに、俺達と同じ歳で在籍10年以上なんて胡散臭い。それに、あの似合いもしないグラスはなんだよ。童顔を隠す為か?俺達と目を合わすのも嫌だってか?!ふざけやがって!!」

 一気に喋るシグルドに、ロディは納得気に返す。

「なんだ。要は、それが気に入らないのかよ」

「だから!何もかも全部だって言ってるだろっ!!」

 ムキになって怒鳴り返すシグルドに、同室のメンバーの1人・リーが頷いている。

「まぁ、確かに胡散臭いよね」

「「リー?」」

 手にした小型端末パソコンのディスプレイを見ながらリーが呟くので、部屋に居るみんなが画面モニターを覗き込んだ。そこには、各教官達の経歴が表示されているのだが…。

「ほら。他の教官達は、軍の入隊日からキッチリ履歴が書かれてあるのに、カトー教官だけ…」

「何だよ、この“閲覧にはレベル:6以上のIDが必要”ってのは?」

 リーの横から、ボブが素っ頓狂な声を上げた。

「レベル:6って言えば、たしか大佐以上の幹部だけ。それも、一部の人間に限られるぞ」

「おっ、さすがシス!で、例えば誰のIDだよ?」

「例えば………、ウチの兄貴だな」

 嬉々として訊き返すロディに、シグルドは苦々しく答えた。彼の言葉に、ボブは茫然と化している。

「アーダン提督か。そんなクラスの人しか見れないなんて…」

「怪し過ぎる」

「やっぱり気に入らないな」

 シグルドは腕を組んでしばらく考え込んでいたが、何を閃いたのか、リーに端末の操作をさせる。

「リー。今のデータも一般閲覧用サイトじゃなくて、どうせ軍のホストにハッキングしたんだろ?だったら明日の合同演習で、あいつに恥をかかせてやろうぜ」

 まるで悪戯っ子のような笑顔をみせるシグルドに、リーが訊き返す。

「何をする気だ?」

「明日、演習で使う機械に、罠を仕込むんだよ。軍のデータベースの中だ、軍事演習用のデータとかあるだろ?それと演習用ソフトを入れ替えるんだ。慌てるぜ、みんな」

「面白そうだな、やってみよう」

「おいおい…、不味くないか?バレたらただじゃ済まないぜ、シス?」

 次々と切り替わる画面を見ながら心配そうに呟くボブに、シグルドは不敵な笑顔で応じる。

「ただじゃ済まないのは教官達の方さ。大丈夫、気にするな」

「シス、いいデータがあった。こいつをプログラムに書き換えるよ」

「上級ランクのデータか?…いいだろう」

「俺は知らないぞ。誰かもし怪我でもしたら…」

「大丈夫だって、ロディ。練習用ソフトだぜ?安全に作られてるよ」

「…だといいけど」

 深く溜息を吐いた彼に、シグルドは苦笑を洩らした。

「お前。本当、昔から心配性だな?」

「お前が度胸あり過ぎなんだよ!」





 明けて翌日、他組との合同演習の朝。何も知らない教官達は談話室ミーティングルームで珈琲を飲みながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。今日行われる演習は、候補生達だけで戦闘の模擬デモ練習をする事になっていた。限りなく実際の戦闘に近い形で演習を行う為、銃器ももちろん使用するが、実弾ではなく空気弾が出るようプログラムされている。当たれば多少の痛みと、痣が出来る程度のものだ、事故など起きる筈もなかった。

 オペレーター室から、最終チェック完了の連絡が内線で入ったので、教官達はモニター室へと移動して行く。演習を行う施設は、完全に外部から遮断されているので、教官達はモニター室から候補生の動きを、観察するようになっているのだ。

「いやぁ、やはりトップで終了するのは、優秀なDチームでしょうな」

「いやいや、他のチームも侮れませんぞ?」

「カトー教官はいかがですかな?自分の教え子の予想をするなら?」

「ドベでも構いませんよ。つつがなく終わってさえくれれば」

「そうですか?」

「しっ!始まります」

 尚も話し掛けようとする教官を、ヒカルは制した。モニターに映される候補生達と、敵役の機械を、注意深く見つめている。

ZZ…『演習開始時間スタート1分前です。演習に参加するA班・B班・C班・D班のメンバーは、エントリー終了次第、スタートポジションに着いて下さい』

 関係者が見守る中、演習は開始された。モニターの中で候補生が一斉に動き出すのと同時に、敵機械も陣形を作り出して行く。

モニターを見ながらヒカルは、開始直後から妙な違和感を覚え、端末の前に座るオペレーターに声を掛けた。

「あの1番と3番の動き、おかしくないか?モニターに出してみて」

「は?」

「いいから早く!」

 モニターを食い入るように見つめる彼に、他の教官達は怖々と声を掛ける。

「あの…、カトー教官?」

「こいつら…、演習用の動きじゃない!?オペレーター、すぐにシステムのチェックを!違うプログラムが混ざってるかもしれない」

「了解です」

「そんなカトー教官。3日も前から準備をしていたのですよ?不備なんてある訳ないじゃないですか」

「ははは…、少神経質になられているのでは?単なる演習です、心配には…」

 軽く笑い飛ばす教官達の台詞は、しかしオペレーターの鋭い声に遮られた。

「プログラムの一部にバグ発見!すぐにモニターへ出します」

 ヒカルの目の前のディスプレイに浮かぶ緩やかな曲線は、かつて嫌というほどお目に掛かった、独特のある曲線であった。それを見たヒカルの背中に緊張が走る。

「このマンモグラフ…間違いない、バイオロイドの脳波パルスだ」

 ヒカルの言葉に、教官達の顔から笑みは消え、血の気が音を立てて引いていく。

「バ…バ…、バイオロイドですと?!そんな馬鹿な事が!!」

「どこからそんなプログラムが入り込んだんだ、一体!?」

「まさか、バイオロイドによるテロか?!」

 慌てる教官達を余所に、ヒカルはオペレーターに詰め寄った。

「すぐに緊急停止だ、急げ!」

「やってますが、こちらからの操作を一切受け付けません!緊急停止不可能です!!」

「停止が無理なら、電源を切るしかないな…」

「それは絶対に出来ません!」

「何故?」

「そんな事をすればすべてのシステムが沈黙し、施設内に酸素の供給も出来なくなってしまいますよ!?」

「外からじゃ、打つ手無しか…」

 苦々しく呟くヒカルに、教官達はヒステリックな声を上げた。

「そんな!!それじゃあ中の候補生達はどうなるんです?!彼らに実戦の…、しかもバイオロイドを相手に出来るだけの知識と技術はありませんぞ!?」

 そんな事は言われなくとも、ヒカルにも解っている。彼は厳しい口調でオペレーターと続けた。

「プログラムのバグは、どの程度の規模なんだ?」

「はい。攻撃アタックプログラムだけに留まっていますが」

「要は敵を全部撃破出来れば、問題ないんだな?」

「そう言う事になりますが、攻撃ランクが最上級に自動補正された為、敵:ユニットの数が1000から3000に増強。また、攻撃モードも実弾に変更されています!」

「3000だと?!今、中に居る候補生達の数は20人なんだぞ!!そんなの無理だ…」

 愕然とする教官達を無視し、ヒカルは自分のロッカーを開けて、1人武装を開始した。それを見た他の教官は、思わず声を掛けてしまう。

「カトー教官、一体何を?」

「敵を殲滅すればいいんでしょう?俺が行きますよ」

「えっっ、本気ですか?!聞いたでしょう、敵ユニットの数は3000。実弾を使う相手に、幾ら銃器取扱い教官の貴方でも無謀だ!」

「無謀?それは俺に言ったんですか?…バイオロイドの知能を有しても、所詮は偽物。だったら楽勝ですよ」

 何という自信であろう。ヒカルの浮かべた不敵な笑みに、その場に居た全員の背後を、冷たい何かが走り抜けた。今までの温厚な彼とは、明らかに別人だ。

武装を終えたヒカルは、ロッカーの奥に仕舞われていた、ボロ布の巻き付いた旧式銃を手に取ると、腰のベルトに納めて、教官達を振り返り急き立てた。

「何やってるんです?あなた方も早く用意をして下さい」

「「えっっ、我々もですか?」」

「当然でしょう」

「いや…その…我々は…、君とは違って前線で何も出来ないから、ここで教官を勤めているのであって…、急に言われても…」

 しどろもどろに答える老教官を忌々しげに睨み付けると、ヒカルは大きく息を吐いた。

「敵は全部、俺が対処しますから!誰が候補生達を誘導するんです?全員でなくとも結構です。貴方と貴方、それに万が一、怪我人が出たら困りますから、医務官もご一緒願えますか?」

「えっっ?!はい、了解です」

 他の教官達の武装を終えるのに、更に2~3分を要し、ようやく部隊の準備が整った。ヒカルは耳に装着した通信機コミュニケーターのマイクで、候補生達に呼び掛ける。

ガーッ!『聞こえるか?銃器取扱い担当官のカトーだ。本日予定していた合同演習は、機械の故障により、ただ今の時間をもって中止する。尚、敵ユニットが誤作動により暴走する恐れがあるので、教官方が迎えに行くまで、各自今の持ち場から離れないように。以上だ』


機械マシーンの故障だって?」

「そんな事もあるんだな?」

「迎えに来るまで、ここで待機か」

「あっ、お前ら、どこに行くんだよ?」

「持ち場を離れるなって言われただろ。後で減点されても知らないぜ?」

 他班の制止の声を無視してシグルド達D班は、扉を開けて次のエリアへと先に進んで行ってしまった。だが、D班リーダー・シグルドと、ヒカルの仲が悪い事は今や全校で有名になっており、その為、自分を犠牲にしてまでも彼らを止める者は誰も居なかった。ヒカルがみんなを不安にさせないよう、事故ではなく敢えて“故障”と言った事が、裏目に出てしまったようだ。

「今の通信、カトー教官じゃなかったら、あいつらも大人しく待ってただろうな…」





「聞いたか?機械の故障だってさ。ただ少し敵のレベルを上げただけなのに、中止だって?今の俺達じゃ上のランクと戦えないってか!舐められたものだぜ」

「見くびられたな、俺達。カトー教官、もう少し話の解る人だと思ってたのによ。ガッカリだぜ」

「だから俺は、端からあいつの事なんて信用してなかったんだ!リーもボブも、あいつの肩を持つのは止めた方がいいぜ」

 鼻息も荒く文句を言うシグルド達3人に、溜息を吐きながらロディが訊いた。

「先に進むのはいいけどシス、どうする気だ?」

「よく訊いてくれたぜ、ロディ。俺達で今回の作戦をクリアして、教官達の鼻をあかしてやろう!あいつらが思うほど、俺達は弱くない!」

「いいね、それ!楽しそうで」

 口笛を吹くボブに、手元のセンサーを見ていたリーが警告する。

「敵さんのお出ましだぞ、みんな!」

「早速、出て来たか」

 敵ユニットの視覚センサー内に入った4人は、各々銃を構えて戦闘状態へと突入する。敵ユニットも発砲して来たので壁の陰に隠れると、銃弾が壁に穴を開けたので、一同は驚愕した。

「じ…、実弾?!」

「どういう事だよ、シス!レベルを上げただけなんだろ?」

 詰問するロディに、シグルドも声を荒げて返す。

「俺が知るかよ!!ヤバいな…、一旦後ろへ戻るか」

「無理だ!敵に退路を断たれている!!」

 センサーを見て、リーが慌てた声を上げた。シグルドも腹が座ったようだ。銃を構え直し、前方の敵ユニットを全部撃ち抜くと、チームのみんなに言った。

「こうなったら仕方ない。後ろが無理なら、前進あるのみだ!!」





Pi!「オペレーター、施設内の通信は有効だな?」

ZZ…『敵ユニットに、傍受の恐れはないですね。ただ、ジャミングされる心配はありますが』

「ジャミングか。通信を短波に切り替えてくれ」

 ジャミングと聞いて、ヒカルの脳裏に一瞬、過去の出来事がよぎる。それは、思い出したくもない過去…。ヒカルは頭に浮かんだ事を瞬殺し、意識を戦闘へと集中させた。

ZZ…『切り替えました』

「俺達が中に入ったら、モニターで候補生の様子を見守りつつ、敵の位置と距離を常に教えてくれればいい」

『了解です』

 通信を終えたヒカルは、背後の教官達を振り返る。

「では、突入しますよ?全員、俺の後ろから離れないように!」

「「「は…はい!!」」」

 ヒカル達が施設内に入って行くと、モニターを見ていた居残りの老教官が、オペレーターに言う。

「これは…。生きた伝説の生の戦闘を見れる、絶好の機会だ。オペレーター、カトー教官の動きを全カメラで追って、すべて録画してくれないかね?」

「はぁ、構いませんが」

「さぁ、【死神】が眠りから目覚めるぞ…」


 ヒカル達が候補生の待機するホールへ着いたのは、突入から10分後である。

灯りの消されたホールに入り、小型電灯ライトで辺りを照らしながら、ヒカルは声を掛けた。

「全員揃ってるな?各チームは直ちに隊列を組み、速やかに撤退するんだ」

「カトー教官。D班のメンバーが、先のエリアに進みましたけど」

 候補生の報告に、ヒカルは舌打ちと共に、オペレーターへ確認を入れる。

「D班って…シス達か!?…オペレーター!D班が外に出てるぞ。モニタリング、どうなってる!!」

ザーッ『D班が?…すみません。カメラの死角から外に出られたようで、こちらでは補足出来ませんでした』

Pi!「D班の現在位置と、状況の報告を」

ザーッ『はい!…居ました!!そこから3ブロック先の、倉庫内で止まったようです。倉庫内にカメラが無いので、中の様子までは解りません』

「3ブロックも先か。教官方、残弾を全部俺に渡して下さい」

 オペレーターの報告に、ヒカルは教官達を振り返った。言われた教官達は、青い顔で訊き返す。

「我々の帰りは、どうするんです?!」

「来る途中の敵は、全部撃破したでしょう?心配には及びませんよ、安心して候補生達と外へ退避して下さい」

 緊張感の漂うやり取りに、候補生達も何かを感じたらしい。

「カトー教官、何か遭ったのでしょうか?」

 シグルドに制止の声を掛けた少年が、ヒカルに声を掛けるも、先導する教官に背中を押されて連れて行かれる。

「君達は心配しないでいい。後は、カトー教官が何とかしてくれるから。さぁ、全員退避だ!」

「「「は…、はい」」」

 候補生を見送りながら、ヒカルは囁くように告げる。

「医務官は、もう少し俺と付き合って下さい」

「はい、了解です!」

 候補生達が全員退避するのを確認してから、ヒカルはD班救出へと向かう。

Pi!「オペレーター、ここからD班の居る倉庫までの敵の数は、どれくらいだ?」

ザーッ『D班が激しく交戦した為、他のエリアより続々と移動中。間もなく1000体になります』

「1000か…。無駄弾は一切使えないな」

『倉庫まで行ければ、弾の補給が可能です。カトー教官』

「了解。引き続き敵の報告を、宜しく頼む」

『アイ・サー!!』

 実弾が激しく飛び交う中、ヒカルと医務官の2人は敵ユニットを確実に仕留めつつ、先に進んで行く。壁に当たる跳弾に度肝を抜いたのか、医務官が怯えた声でヒカルへ話し掛ける。

「ひっ!!か…、数が違い過ぎる。無理です、カトー教官!ここは一旦退いて、作戦を練るべきでは?」

「話し掛けないで!気が散る。…オペレーター!」

ザザッ『前方、二時より30!』

 早口に捲くし立てて、ヒカルは鮮やかな連射で敵ユニットを倒して行く。空になった弾倉マガジンを捨て、素早く新しい物へ交換しながら、医務官を見る事なく告げる。

「医務官。弾に当たりたくなければ、俺の背中の範囲から出ない事!いいですね?」

「はっ、はいぃっっ!!」

「行きます!」


 倉庫へ無事に到着するまでの間、無我夢中でヒカルの背中を追った医務官は、頭の中が真っ白でほとんど何も覚えていなかった。ただ、ヒカルが確実に一発で敵の急所を射抜いて行き、瞬く間に飛び交う弾数が減った事だけは解っている。

倉庫の扉のロックを手動で解除して、素早く中に入った2人は、手にした小型電灯でD班メンバーの姿を捜した。

「シス!ロディ!無事か?!居たら返事をしろ」

「カトー教官?た…、助かった…」

 倉庫の奥、机やロッカーで築かれたバリケードの向こうから、顔を出したのはボブである。

「全員居るな?…どうした、ボブ?」

 ヒカルの姿を見た途端、泣き出してしまう彼に、ヒカルが訊き返した。

「カトー教官!リーが…、リーが撃たれたんだよ。血が…、血が止まらないんだ!!」

「医務官、手伝って!!」

「はい!!」

 バリケードの一部を崩し、バリケードの内側へ移動した2人は、事態の深刻さを把握した。リーは横下腹部を撃たれており、すぐにでも緊急手術の必要があった。失血により、すでに意識が無い。傷を手で押さえていたので、シグルドとロディは返事が出来なかったのだ。

医務官は素早くシグルド達と入れ替わると、服を破って傷の確認をし、唸るような声でヒカルに言う。

「駄目だ。持ち合わせの器具だけじゃ、何も出来ない。すぐにでも医務室へ運ばないと!」

 静脈注射を打ちながら、ヒカルを振り返る。

「教官。遅くとも1時間以内には、何とかしなければ…」

「俺達が突入してから、すでに20分あまり…。30分以内って事だな…」

 ヒカルは床で項垂れるシグルドに目を向けると、彼の胸倉を掴み上げて、思いっきり頬を殴りつけた。

「このチームのリーダーはお前だな?いいか、よく聞け!お前さんが俺の事を嫌うのは構わんが、軍ってのは巨大な組織だ。1人が命令を無視して勝手な行動を取ると、取り返しのつかない事態に巻き込まれる。それはつまり、仲間の命を危険に晒すという事だ!リーの今の姿を、よーく目に焼き付けておけ!!」

 シグルドも、相当堪えているようだった。殴られたにも関わらず、文句も言えずに黙ったままで立ち尽くしている。

Pi!「オペレーター、聞こえるか?緊急事態だ、あまり時間がない。一番最短で敵を殲滅するには、どうすればいい?」

ザザッ『指令を出す本体を叩くのが一番でしょうね』

「本体の位置を地図に出してくれ」

『出します。…そこから更に4ブロック先にある、メインホールの中央に陣取ってますね。…これは!』

 モニターを見ていたオペレーターが息を呑む。

「どうした、オペレーター?」

『本体を護る形で、約800の敵ユニットが待機しています』

「俺が今まで倒した数は?」

『D班が倒した数と併せて、1798機です』

「残りの連中は1202だな、解った」

 通信を終えると、ヒカルはシグルドの襟首を掴んで、そのままバリケードの外へと連れ出した。何事かと、医務官は目をむいてヒカルを見返している。

「カトー教官?!」

「は…、放せよっっ」

「医務官、30分だけ時間をください。ボブ!お前は医務官と、リーの警護に残れ。シス!お前は俺と一緒に外へ出ろ、自分のミスの責任を取ってもらう!それとロディ!お前さんも来るんだ」

「お…、俺も?!」

「当たり前だ!シスの暴走を止めなかったんだからな、同罪だ。…持てる限りの弾奏を装備しろ、弾が切れた時点で命取りだからな!」

「りょ…、了解ですっ」

「お前もだ、シス!」

「解った…」

 ヒカルも弾を補充すると、2人を伴い扉を開けて外へと出て行った。外に出た所で、2人に命令をする。

「いいか、今から全力でメインホールまで走るぞ?ロディは右、シスは左からの敵に注意しろ」

 ヒカルの言葉に、ロディは心配げな表情を浮かべた。

「反撃は?何もしないと俺達、撃たれちゃうと思いますけど?」

「機械は反応が遅いからな、全力で走ってれば当たらないよ。遠くから飛んで来る弾道は、放物線を描くって教えただろ?いいな、至近距離の敵にだけ撃て!それ以外は無視しても構わん」

「了解です」

「行くぞ?…GO!!」

 重い弾奏を持っているにも関わらず、一体どこにこれだけのパワーがあるのか、シグルドとロディの2人は、ヒカルに着いて行くので精一杯だ。前方から来る敵ユニットは、全部ヒカルが確実に仕留めていく。

 10分と懸からずに、目的地であり演習のゴール地点でもあるメインホールの入口前に、何とか到着出来た。シグルドとロディの2人は、完全に息が上がっている。ヒカルは手持ちの残弾数を数えながら、2人に指示を出す。

「2人とも、あまり無駄弾を使わなかったな?…今から俺が中へ突入する。シスは俺の後ろ…つまり、入口に向かって来る敵を全部相手しろ。ロディはシスのサポートだ。解ったか?」

「カトー教官が1人で中に突入するんですか?!そんな無茶ですよ。中にも大勢居るんでしょ?」

 驚くロディとは対照的に、ヒカルは落ち着いた口調で平然と返す。

「大勢居るな、約800だ。…だが頭は1つ、楽勝だ」

「はっ…、800だって?!あんたの残りの弾数じゃ足りないだろ?」

「これは、お前さん達の分だ」

「「え?」」

 意味が解らず顔を見合すシグルドとロディ2人の前に、ヒカルは肩に担いだ弾奏を下ろした。身軽になった肩を回して、1つ大きく伸びをする。そしておもむろに、腰のホルスターから旧式の銃を取り上げた。

「あんた、俺達をからかってるのか?!そんな古くて汚いショットガンで、一体何が出来るんだよ?」

 ムキなるシグルドに、不敵な視線を投げ掛けて、ヒカルは小さく笑った。

「お前さん達、運がいいぞ。俺が本気を出すのは久し振りだからな。…シリアルコード:001。起動だ、相棒」

 ヒカルの手にした銃が突如、カタカタと動きを見せた。

『声紋識別確認、起動致シマス』

 機械の合成音声と共に、シューンと風が唸るような音と同時に、銃は変形してヒカルの右腕へ直接装着されていく。

「相棒、出力:40%キープだ」

実行ラー・サー活動限界時間タイムリミットマデ20分、かうんと:1200より開始スタート…』

 ヒカルは耳に着けていたインカムを、そのままシグルドへ手渡した。

Pi!「オペレーター、このままシスをサポートしてくれ」

ガガッ『了解です。間もなく敵の第一陣:20機が、ホール前に到着します』

「シス、ロディ、カウント3から始める。3…、2…、1…GO!!」

 扉のロックを解除して、ヒカルは勢い良くホール内へと飛び出して行く。インカムを装着するシグルドに、思わずロディが指を差しながら声を掛けた。

「何だ!?」

「あれ見てみろよ、…すげぇ」

 ロディが指し示す先に居るのは、無論ヒカルであった。ロディが何に茫然と化したのかと言えば、ヒカルの銃さばき――否、その銃自体見た事もない代物で、銃身から発射されるのは弾丸ではなくレーザー状の光線で、時には曲線を描きながら、敵ユニットの急所にのみ見事にヒットして行くのだ。ここまで凄いと、返って壮観である。

「あれは――、まさかソウル・ブリッド!」

「ソウル・ブリッド?」

「兄貴から聞いた事がある。火星のカーク博士が最初に開発したのがソウル・ブリッドで、人類史上最強と言われながら結局、人類には使いこなせなかったんだ。自分の作った兵器を使える存在として、彼は一気にバイオロイドの研究に没頭して行ったそうだ…」

「おいおい、冗談だろ?」

「何でそんな代物を、あいつが持っているんだ?」

 呟くシグルドの耳に、オペレーターの警告が入った。

ザーッ『敵の攻撃範囲に入りました』

「しまった!!」

 目の前に出現した敵ユニットに動揺したのか、連射するもシグルドとロディは、最後の一機を撃ち漏らしてしまった。敵ユニットの狙いは壁に隠れる2人ではなく、真っ直ぐにヒカルを狙っていた。銃弾がヒカルの背中めがけて放たれている!

瞬間、体を沈めたヒカルのこめかみを銃弾がすり抜け、ヒカルのサングラスが弾き飛ばされるが、間一髪反転して通路の一機を倒していた。しかし、入口付近まで後退を余儀なくされたヒカルは、思いっきりシグルドを怒鳴り付ける。

「後ろは全部任せたと言っただろ!!――緊張するな!お前さんの腕前は、充分軍でもトップクラスに入る。いつもの自信はどうした?俺は、お前だから命を預けたんだぜ」

「す…すみません、教官」

 シグルドの台詞に、ヒカルは目を丸くした。

「…初めて俺を教官って呼んでくれたな、シス」

ザーッ『次、左方向より30機、来ます』

「後は任せて行ってくれ、教官!」

「――ああ」

 ヒカルが再突入して行くと、ロディは興奮しながらシグルドに詰め寄った。

「見たか?今の見た?俺、カトー教官がサングラス取った顔、初めて見た!」

「それよりロディ、銃を構えろ!左から来るぞ」

「りょ…、了解!」


 30機の第二陣を倒し、続けて第三陣、第四陣…と、相手にしながらシグルドは思う。長い……。教官は、まだ本体を倒していないのか?そんな、まんじりともしない時間だけが過ぎていく。

夢中で敵:ユニットを攻撃していたので気付かなかった。オペレーターの声で戦闘終了を知ったのだった。

ザーッ『敵:ユニット、完全に沈黙。カトー教官が本体を、見事に撃破しました。戦闘終了です、攻撃を中止して下さい』

「終わった………?」

『システム完全に復帰、救護班がマクスウェル候補生を搬送しました。ドクターの見解では、初期の段階で止血がなされていた為、命に別状はないとの事です』

Pi!「そうか。有難う、オペレーター」

ザーッ『こちらこそ。素晴らしく見事な活躍でしたよ、カトー教官。お疲れ様でした』

 唐突にヒカルの声も耳に入ってきたので、シグルドは後ろを振り返った。未だ茫然と床に座り込んでいたシグルドとロディに、笑顔のヒカルが手を差し出している。

「2人とも、お疲れさん。――さぁ、帰って教官室で事後報告をしてもらうぞ?」

「教官、グラスが…」

 シグルドの指摘に、メインホールの床で割れているサングラスを見たヒカルが、閥が悪そうに頭をかいた。

「ん?ああ、壊れちまったな。…弱ったなぁ」

「見たところ、視力が悪いでもないのに、何故あんな物を着けてるんだ?」

「あんまり見ないでくれ、邪眼だからな」

「邪眼?」

 元来、無神論者のシグルドには、ピンと来ない単語であった。何かを思い出したらしいロディが、代わってヒカルに訊く。

「カトー教官、ひょっとしてイビル・アイの事ですか?」

「そうだ」

 気まずそうに瞳を伏せるヒカルだったが、言われた2人は瞳を見つめている。…宝石のように神秘的な紫水晶アメジストの瞳。これの一体どこが【邪眼】なのであろうか?

「上の連中に受けが良くないんでね、微妙な立場なんだよ、俺も。……お前さん達は平気なのか?」

 訝しむヒカルに、シグルドとロディは笑顔を見せる。

「俺達、連邦宇宙局に行くんだぜ?眼の色や髪の色なんて、一々気にしてられないよ。それに、――俺的にはグラスを着けてない教官の方がいいと思うぜ」

 そう言って、シグルドはヒカルにウィンクした。

「お…、男にウィンクされても嬉しかないよ。さぁ、戻るぞ!」

 嬉しくないと言いつつ、耳まで真っ赤になりながら踵を返すヒカルに、親近感を懐くシグルドとロディであった。





 この事件を境に、ヒカルの前線復帰の話がアーダン提督を始め、連邦陸軍を中心に一気に広がり、シグルド達の卒業と共に、ヒカルも士官学校を離れる事となった。そして、ヒカルの救出行動の一部始終を撮影したディスクは永久保存され、【死神】の名前に、また1つ伝説が加わるのである(笑)。


――半年後――

 地球上空3万8千kmに浮かぶ、宇宙への玄関口:円環ザ・リング宇宙港スペースポートには人々が溢れ、大型宇宙艦の搭乗案内アナウンスが聞こえている。

『――超・光速宇宙艦:エデッサⅡに乗艦するスターフリートは……』

 一際大きな航宙艦の搭乗口の前に、真新しい軍の制服に身を包んだ、ヒカルとシグルドとロディの3人が立っていた。大きなキャリーバッグを提げたシグルドが、ゲートの外に立つヒカルと話している。

「わざわざ見送りなんてよかったのに、教官」

「馬鹿言え。教え子の中からバハムート級・航宙艦に乗るエリートが出るとは思わなかったから、記念に見に来たんだよ。しかし凄いよな、お前達も。シスは新人のくせに、いきなり副艦長。ロディも念願叶って、同じ艦の医療班に配属されるなんてなぁ…」

 しみじみと言うヒカルに、少し寂しげな表情のロディが訊き返す。

「カトー教官。アカデミーの教官を辞めるって話、本当ですか?」

「お陰さんで、俺も前線に復帰だ。まぁ、最新艦のお前さん達が紛争星域に来る事は無いだろうが、そのうち宇宙で逢えるだろうな」

「復帰って?」

「連邦地球陸軍、傭兵部隊だ」

 ヒカルの言葉に、ロディは目を丸くしている。

「戦闘に出るんですか?!」

「言っただろ?前線だって。元々、教官になる前からあそこに居たし、古巣に戻るだけさ」

「貴方は一体…」

「ほら!時間だぞ、早く行け」

 尚も訊き返そうとするシグルドの背中を押し、早く行けとヒカルが手を振るので、シグルドとロディはタラップを上がって行った。

「教官!!」

 シグルドはタラップの中ほどで立ち止まると、桟橋から宇宙港を見送るヒカルを振り返り、頭を下げながら敬礼をした。

「今までお世話になりました。俺、教官の事、絶対に忘れません!!」

 一人前に成長した教え子の姿を誇らしげに見上げ、シグルドに聞こえるようにヒカルは声を張り上げる。

「俺も、お前達みたいな優秀な生徒を持てて嬉しいよ。上との板挟みなどで辛い時もあるだろうが、お前は自分の信じる道を貫いてトップを目指せ、シス!」

「はいっ!!」

『――第3デッキより速やかに乗艦を済ませて下さい。超・光速航宙艦:エデッサⅡは、間もなく離陸準備に入ります…』

 着慣れない連邦宇宙軍の制服に身を包む、シグルドとロディの背中を、見えなくなるまでいつまでも、いつまでも見送るヒカルであった。

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