彼女は果てが見えぬ眠りにつく
ナツ様の新企画『 共通プロローグ企画 』に参加させていただきました。
これ以外に、連載を二つ。短編を三つ企画参加作品をUPしています。
連載作品は、しばらく放置になるかもしれませんが。もしよかったら一度だけでも目にして頂けると嬉しいです。連載、短編共々宜しくお願いします。
夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。
一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。
音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。
男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。
力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。
女が最後に見たものはなんだったのだろう。冷たい雪か、輝く月か、煌めく星か、燃える命か、己自身か。
女の目が開かれることはない。永久の庭へ旅立つことは免れたが。泡沫の夢に浸っている。このまま肉体が滅びるまで目覚めぬかもしれないし、明日にでも目覚めるかもしれない。
己の精神を守るために自らの記憶に蓋をして、初めからなかったことにすることがあるという。
目覚めぬ女。我が妻を私はベッドに横たえる。
あの事件から、妻はショックのあまり記憶を失った。そして何かを探すように、毎夜どこかへと一人で彷徨い歩く。
目覚めろ、と思う。
だが、
目覚めるな、とも思う。
目覚めてしまえば、私は女に残酷な事実を伝えなければならない。
目覚めるな。
私はお前に傷ついてほしくはない。何も見ないまま、永久の庭へ旅立つのが幸せなのかもしれない。
目覚めないでくれ。
私はお前を不幸にしたくない。悲しみも全て背負い、苦しみも痛みも、何もかも全て私が背負うからお前には幸せでいてほしい。
記憶を失うほどの絶望を味わったお前に、その原因を作った現実を見て欲しくない。
目覚めろ。
もう一度あの、星が宿る瞳で私をみてくれ。もう一度、美しい声で私の名を呼んでくれ。
目覚めてくれ。
私はお前を愛している。喜びも、嬉しさも、幸せも、何もかも全て私がお前に与えたい。忘れた現実を上書きするような、想い出を作るから。
羽のように柔らかく積もった雪は、女を優しく包み込んでいた。冷たさなど感じぬほど、その光景は温かく見えた。妻を愛しているからこそ、私は行動に出なければならない。だが、愛しているからこそ行動したくない。
ああ、妻よ。その瞼を開け、私を見たとき。お前はなんと言うのだろうか。私はどう映っているのだろうか。
目覚めるか。目覚めぬか。
起きぬ妻を看ながら、私はただ妻の幸せを願う。
星が宿らぬ目。
目覚めぬままが幸せなのだろうか。
目覚めたほうが幸せなのだろうか。
星宿らぬ目、願いなき声。
私は目覚めぬも、目覚めるも、その時の最良だと思う道を選ぶ。
愛しき妻よ。今の私の願いは、その目に星を宿し、声に願いを込め、私を見、呼んでほしい。思い出してくれ、私の為に。
起きることはあれど、目覚めぬ妻を、私は今日も慈しむ――――……
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。