空気の読めない弟のような人
「あがったぞ。」
不機嫌そうな声の原因は、たぶん温度調節で失敗したからだろう。
「あ、おかえりなさ…」
…え?
目の前には腰にタオルを巻いただけのルークさん。
ほぼ全裸の男性が目の前にいた。
馬鹿なの?変態なの?露出狂か何かですか?
驚きのあまり声が出せない。
「おーい、どうしたー?
俺のこの肉体美に見惚れたのかー?」
ニヤニヤしながらこちらに歩いてくる彼。
あの、来ないでください。
後ろに下がるほどの余力はなく、声もでない。
俗に言う蛇に睨まれたカエル状態である。
ジリジリと距離を詰められ、私に手が伸びる。
「いやああああああああ!!!!」
初めてこんな大声を出したと思う。
そんなことを考える程度には、頭は意外と冷静である。
彼はしまった!とでも思うような顔で、すぐに手を引いた。
きっと私が男性嫌いなのを忘れていたのだろう。
「いや、あの、からかっただけだったんだが…すまん。」
謝るぐらいならその格好を何とかしてください。
彼は軽く腰を折り、不安げに私を見る。
私の目尻に溜まった涙を指ですくっていく。
優しく優しく、割れ物でも触るかのように。
まあ、私も私で悪かったと思う。
彼の服を事前に用意しなかったのは私だし、彼には一般常識が通用しないのだし…。
今は私が唯一持ってる大きめのジャージを着てもらっている。
下着に関してはノーコメントだ。私が持っているはずがない。
それは置いといて、ジャージなのだが…。
「…これしか無かったとはいえ、これは…」
お花柄の可愛いジャージ。色はピンク。
もちろん私が着るつもりだったのだから、多少可愛くても問題ないが…。
着ているのが男性なのが問題なのだ。
ミスマッチにも程がある。
さすがに少し笑ってしまう。が、彼に失礼だと思い、口を手で覆う。
「い、いや…別に笑ってもいい。
むしろ、泣かせてばかりなのだから少しは笑え。」
顔を真っ赤にして目をそらす彼。反省はしているようだ。
…素直だと可愛いのかもしれない。
「明日、買い物に行きませんか?服とか買わないと…。」
首をブンブンと縦に振る姿が一生懸命で可愛らしい。
可愛い?
学生なのだから、年下なはず…うん。だから可愛く見えるのか?
私としては世間知らずな弟ができたとでも思えばいいのだろうか。
「ところで、俺は何処で寝ればよいのだ?」
空気の読めない残念な弟ができたようだ。
「とりあえず、今日はここで寝てもらえますか?」
案内したのは二階にある私の部屋。
残念ながらお客様用の布団などない。
しかも彼は身長がそこそこある。
ソファで寝かせようと思ったが、収まりきらないだろう。
私も今日の対応は年上としてよろしくなかった。
寝床ぐらい譲ってやらねば恥である。
「あ、この部屋のものはなるべくいじらないようにお願いします。
えっと…じゃあ、おやすみなさい。」
扉を閉めた私は、颯爽と風呂場へ向かった。
仕事で疲れていたのに、さらに謎の弟らしきものまで出来て、本当に疲れた。
ゆっくりと風呂でも入らねば、疲れが溜まる一方である。
脱衣所で服を脱ぎ、ふと鏡に映った自分を見る。
所々アザがあり、少しの火傷の跡が目立つ。
「立派な傷モノだなぁ…これじゃあお嫁にいけないね…」
元より結婚する気はさらさらないのだが。
ただ、私だって一応女の子なワケだからちょっとくらいそういうのは意識する。
真っ白な肌には憧れるし、可愛い顔立ち、メリハリのある身体だって羨ましい。
だが、鏡に映る自分はどうだろう。
傷のある肌、泣き腫らし疲れた顔、ストンと一直線の身体のライン。
はあ、とため息をつき、諦めてしまう。
どうせ何も変わらないのだから。
あんな変な電波男子が来ても、大して私は変わらない。
これも日常なのだ。
自分に言い聞かせるようにして、私は湯船に浸かった。