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恋、  作者: 常二遊々
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しています。

 首への一撃は外れたが、胴を深く抉り黒い軌跡を描いた。

 側近の悲痛な叫びを掻き消す、その咆哮に城その物が震え上がる。 

 玉座の間にいる者全て等しく威圧は冷気と化し叩き付けられたが、尻込みする者などいない。好機とばかりに距離を詰めようとした剣士へ低く鋭い声が静止させた。

 「デュライ様!」

 黒く濡れた剣を手に前に駆け出すその寸前から後方への大きな跳躍に切り替えた。

 熱気。

 青白い炎が剣士――デュラトイースの眼前を通り過ぎた。

 視界が熱光で塞がれる、僅かの間。剣士が耳にしたのは地鳴りのような唸り声、負けぬとばかりに凛と響く少女の声。

 次いで、金属が打ち合う不協和音。

 

 

 おのれ、忌女いみめ……!!



 淡い白光が複雑な文様を重ね、貴婦人を飾る意匠の如く浮かび上がりデュラトイースと醜悪な形相の大男を隔てていた。

 禍々しい鱗を顔に点々と貼り付けた男が先に吐き捨てた罵倒の正しい意味をデュラトイースは拾えない。言語どころか種族さえ異なり、未だ嘗て共存したことはないのだ。けれど、今までの積み上げた知識、繰り返された経験からの憶測。まず、間違いはない。

 彼らにとって彼女は忌女――弑逆者。自分たちにとっては一縷の望み。無二の英雄。

「よくやった、聖女!!」

 守護陣が空気に溶け消えてしまう前に細身の剣に炎を纏わせた青年が褒めるにしては尊大な口調で声をあげて、大男に切り込む。大男は蛇のように息を吐き鉄塊と見紛う大剣で連撃を防ぐも、僅かずつ鱗が焦げていく。

「ライさん!!」

 陣を織り上げた声に振り返ることなく、世界の敵、魔王へと駆け出す。



 

 世に蔓延る魔が唯一崇め讃え、祀られし者。

 魔王と呼ばれるそれは魔を率いて種族を仇なし、世に暗黒を齎す。

 選ばれし勇者に何度となく打倒されて、尚、現れて繰り返される歴史。

 魔王を倒す唯一絶対の条件。

 魔に属さぬ者達の一筋の希望の光。




 「終わりだ、魔王」

 魔の―――女だろう、小柄な術士が必死に腕を取り、この場所から連れ出そうとしているのを知ってか知らずか、黒い血溜まりに片膝を付き荒い息の魔王に相対する。

 殺意に濡れた目で術士が魔王を背に間に割って長く赤い袖を振り回して叫び始めたのを、他でもない魔王が横に薙ぎ払った。

 ゆらり立ち上がり王杖を片手で構えたその姿は始めからすれば、隙が見て取れる。

 向こうからすれば、デュラトイース達の疲弊が目に見えて分かるだろう。実際、一人の術士は叡力えいりょくを使い果たし慣れぬ剣を手に自衛すら及ばない。一人の剣士はデュラトイースを庇って術の直撃を受け聖女から癒しの術を受けて命こそあれ、意識が戻らない。聖女は二人を守り、まだ戦う他の者達に守りを授けるのに力を割いて、中々攻撃に転じれずにいた。身に纏う鎧や衣も、英霊の加護を授かる聖女の真白の衣を除くと酷い有様だ。デュラトイースとて例外ではなく、鎧は傷つき爛れ、自身も少なくない血を今も流している。

 だが、魔の王は。息荒く、血を流しても重圧感を伴い、肌を打つ威風が損なわれることがない。

 人住まう国の、王族としてデュラトイースはこの最期の時、初めて魔王へと敬意を持ち――――剣を振り上げた。

 迫る刃に背を向けてまで角持つ男が二魔、技もなくがむしゃらに走ってきたが、デュラトイースに振りかざした剣が生んだ風圧に吹き飛ばされた。

 デュラトイースは静止したままだ。ただ、魔王の血に染まった剣が再び脈動した。

 魔の術士は魔王へと這い寄ろうと両手を動かし踠くが、それだけだった。縫い付けられたように動かないと知るや、黒い涙を流して絶叫した。

 魔王は膝こそ付かないものの杖を支えに、牙を剥き出しにこちらを射殺さんばかりに見据えるのみ。

 先まで息つく間を与えられぬ程の術を放ち、かと思えば杖を巧みに操りデュラトイース達の剣技を児戯の如く流していた姿はない。

 その姿をデュラトイースは確信した。伝承は真実だったのだ、と。

 胸の中に深い安堵、そして絶望という相反した思いが広がった。

 真実であるのならば――――この剣には魔王の息の根を止める力がない。

 遥か遠くの昔。五人の賢者と二人の鍛冶師により生み出され、数多の英霊の加護を受けたこの剣は魔王の血に濡れた少しの間、魔の王さえ捻じ伏せる絶対の力が働く。

 だが、留めるだけなのだ。




 ―――――魔王の血では。




 「…………ノーシェ、フィーロ。ここへ!」

 今まだ脈動する剣を下して、深く息を吐いた。迷いを振り切るよう低く命じた。

 聖女ノーシェは疲労の影が色濃く顔色こそ悪いが、無意識に荒んだ声にも従って駆け寄ってきた。

 目前の勝利に表情が明るいノーシェとは逆にフィロフィランの顔には深い苦悩が刻まれていた。術も剣も卓越した技を持つ彼はデュラトイースの故国の高位貴族であり、魔王を倒す旅路の中で得難い友となった。

 彼らには自分の顔がどう映っているのだろうか。常と変わりない、陽気な術士グラウィルが「氷壁面ひょうへきづら」と揶揄するような表情を保てているだろうか。

「ライさん!早く止め、を……あの……」

 喜色に満ちた声に案じるような響きが混じる。

 魔王は倒さなければならない。

 故国だけではない。呪わしい魔を除くこの世界に生きるもの、全ての望み。

「……ノーシェ」

 少女を緑の目に捉えて呟けば、情けなくも震えた。

 理解している。魔王を倒さなければならない。成し遂げるための、最初で最後の機会なのだ、と。

 迷う時間などないと声高に訴える剣の脈動よりも、己の心臓が突き破らんばかりに強く体を打ち付けた。

「デュラトイース殿下」

 友と認め合ってからは久しく口にしなかった呼び名。

「!?え、ちょ、ちょっとフィロフィラン様っ?」 

 フィロフィランにより素早く両腕を後ろに纏められ、ノーシェが困惑してデュラトイースとフィロフィランへ視線を彷徨わせる。

「ら、ラ……っ、何を?」

 背中を抑えられて中腰から見上げてくるノーシェこそ、怒り嘆く権利があるのだ強く目を閉ざした。

「フィロフィラン様こんな時に何を!?ライさんどうして何も言ってくれないの!?」

「魔王の血に濡れたザイアトは、例外なく魔を抑える」

「だから早く止めを!」

「今のこの剣では例え魔王の首を落としたとしても、直に魔王は甦る」

 目を耳を、塞ぎたかった。立ち止まりたかった、引き返したかった。

 けれど、それは叶えてはならない望みだった。

「な、何を今更!これまでやってきたのは、ここまで来たのは何だったんだ!?」

 背に憤怒の声を受け、デュラトイースは目を開いた。

 黒い髪、黒い目。黄が薄らと溶けた白い肌。幼い容姿。故国では珍しい色彩と、顔立ち。それでも国によっては見掛ける事が珍しくもないものなのだと旅の中で知った。

 彼女が他国の娘であれば。

 共に戦うこと、旅すること、言葉を交わすこと、出会いさえなく。己の心に根付くこともなかった。

 この世界の娘として生を受けてさえいれば、聖女とはなり得ない。

 幾度も繰り返した浅ましい空想を殺し、呆然とこちらを見上げる彼女を見据えた。

「聖女の命を葬り、その血に濡れた剣でこそ魔王を倒せる」

 この伝承を知るのは、初代勇者の名を冠するこの剣の眠りを守る一族、剣に選ばれた者。

 そして、魔王の最期を見届けた者達。

 フィロフィランはその全てに当たらない。デュラトイースが近づく絶望に耐え切れず、先に明かしてしまったのだ。

「そ、んな……わっ私の事、大切だって、何より誰より近くにいてって、守りたいって」

「その思いに、嘘はない」

 想いごと潰さんばかりに剣を強く握った。

「殿下、早く事を為せ!」

「離れたくない、好きだって言ってくれて、私も同じで、だから自分の世界に帰るか、ずっと悩んでいたのに……帰り道なんて、まさか、なかったの……?」 

「魔王の骸と共に聖女は求められたのだ!」

 黒い目から溢れる一滴、一滴に切り刻まれるかのような痛みが身を貫く。

 魔を抑える力はまだ保てるが、我に返った仲間に聖女の役目を阻もうとする者がいては―――――万が一、魔王を仕損じてはならないのだ。

「聖女ノーシェ、恨むのならば私を恨め!私は魔王を打つ!!」

 勇者となるべく、デュラトイースは剣を振り上げた。

 遂に俯いたノーシェに、デュラトイースが流す一筋の涙は見えはしない。

 ノーシェを捕える、フィロフィランだけが見ていた。

 この世界に生きるもの、国を民を守る貴族、旅を共にした仲間として。

 そして何より、デュラトイースの友として結末を全て見届けねばならないのだ、と。


 その、鮮やかな一振りを。






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