3日目(2)
弧を描いたコンクリートの壁が、視界の限り一直線に続いている。欠けや染みが多く、開通してからかなりの日数が経過しているようだ。一定間隔で側面に取り付けられた蛍光灯が、不揃いに点滅する。壁の亀裂からは黒い水がちょろちょろと染み出し、地面に並べられた枕木の間へと染み渡っていく。二本並んだレールは盛り上がった茶色い錆に覆われており、もう車輪が乗らないのは明白だ。
サクを追って訪れたのは、追加エリアである地下鉄跡だった。残りのガーディアンのうちの一体が出現するとされている場所ということもあり、入り口は討伐パーティーで混雑していた。
そんな中を、仲間も連れずに一人で進んでいくものだから、怪訝な目で見られながら足を踏み入れることになった。一人のヤツも多いんだな、なんてパーティーメンバーと話している人がいたが、ヤツというのはサクのことかもしれない。だとすれば、彼らが入り口にいる間に彼女がダンジョンに入ったのだから、あまり時間が経っていないことになる。案外すぐに見つかりそうだ。
腐っていた枕木を踏み抜き、不快さを感じながら奥へと進む。地図を見る限り、スタート地点となる駅から三本の道が分岐しており、ほとんどは一本道だが、ところどころで連絡道によって交わるような地形になっている。
一本道なので、他のパーティーとすれ違うことも多い。モンスターと戦闘しているパーティーの横をすり抜けた。このエリアもモンスターは強い。バランスの取れた構成のパーティーのようだが、かなり苦戦しているようだった。
戦闘せずにだいぶ奥まで進んできたが、それもここまでのようだ。弓使いの目に、逃がすつもりはないとでも言いたげに、トンネルの真ん中で待ち受けているモンスターの姿が映った。黒色の短い棒が幾重にも重ねられ、ティアドロップのシルエットをした蓑虫のような形をしている。
敵に気づかれないように、静かに矢筒から矢を抜いて下向きにつがえる。矢尻に情報の塊を詰め込もうと思ったが、止めた。チートを使える人間を炙り出すためにガーディアンが作られたという、亮の言葉を思い出したのだ。
弓を体の前に構え、パラライズアローのスキルをセットする。まだこちらは発見されていないようなので、避けられる可能性は低いはずだ。当たれば麻痺の状態異常を与えることができ、有利に戦うなり、避けて進むこともできる。
放たれた矢が、湿った薄暗い空気を裂いて一直線にモンスターへと向かっていく。
体を構成する棒が弾き飛ばされ、四方に飛び散った。矢がコンクリートの壁へと突き刺さる。
ただの弓の一発で、モンスターを倒してしまったらしい。
「やったか……?」
ピコンと、メッセージが届いたことを示す電子音が鳴った。
何か黒いものが視界を通り過ぎた気がした。足元に水しぶきが上がる。顔についた金属臭い水を拭う。
視線を落とすと、短い棒がレールの間に突き立っていた。円柱状のそれは、先程倒したモンスターの一部に他ならなかった。
ただならない気配を感じ、身構えて周囲を見渡す。トンネルの壁に映った縞模様の影が動いている。夕焼け空を背景にした鳥の群れみたいに、無数の棒が壁沿いを飛んで押し寄せている。
モンスターは倒せていなかった。そもそもあの蓑虫は一体ではなく、構成する体の一部一部がモンスターだったのかもしれない。
前方に弓を構えた左手の指の間に三本の矢をつがえ、即座に射る。飛んでいる棒のうちの二本を撃ち落としたのを見届け、次の矢を引く。全く戦況は変わらない。矢筒の中の矢を全て撃ち尽くしたとしても倒しきるのは不可能だ。戦い方なんてものを考える前に、逃げるべきだった。
踵を返そうとした俺の横をすれ違って、黒いマントが駆け抜けた。
――二つの剣閃。湾曲した刀身が縦横無尽に薙がれる。刃から火花が上がる。黒い棒が真っ二つに割れ、こつんと音を立てて枕木の間へと落ちる。まるでマシンガンの嵐と光の壁。無数の弾丸は目にも留まらぬ速さで打ち落とされている。
俺は口を半開きにしてぽかんとしていたが、我に返って弓を構えた。幸運にも太刀筋を逃れ、旋回している棒を撃ち抜く。
仕留め切れそうになかったモンスターの群れは、黒いマントが来てからあっという間に絶やされていた。
少女は爪先立ちになってレールの上に器用に着地した。フードがずれ、艶がかった黒い髪が露になる。大胆な戦い方とは反して、顔はうつむきがちになっている。
サクが自分のコンソールを指差して、見ろと合図を送っていた。先程の着信は、彼女からのものらしい。仕方なくコンソールを開いてメッセージを確認した。
『それ、フラグだよ』
メッセージを読んで顔を上げると、視線こそ合わせないものの、眉と口角を上げてドヤ顔をしていた。
「助けてくれてありがとう。なんでピンチだって分かったんだ?」
メッセージは見なかったことにして話しかける。
『偶然。さっきモトハルがログインしてるのに気づいたから、地図見ながら来たの( ´_ゝ`)b』
返事はメッセージで送られてきた。昨日のガーディアンとの一戦の件で、ぎこちなくとも直接話せるようになったと思ったのだが。
「またメッセージに戻ってるけど」
『昨日はノリで喋れたけど、やっぱり怖いみたい……』
子供の頃から体に染み付いたトラウマは、そう簡単には克服できないということなのだろう。こうしてメッセージでやり取りしている方がサクらしい気もする。
「そっか。まぁ、だんだん慣れていけばいいんじゃないかな」
感情の分かりにくい顔だが、ほっとした表情が浮かんだ気がした。
「それで、なんで追加エリアにいたんだ?」
『レベル上げしてたの。ガーディアンの出現エリアが一番経験値の効率がいいんだ』
廃神の口から、レベル上げなんていう庶民じみた言葉が出てくるとは思わなかった。俺は苦笑いを浮かべた。
「それ以上強くなってどうするんだよ」
『一昨日の戦いも昨日の戦いも、モトハルの足を引っ張っちゃってるから(´;ω;`)』
この謙虚で健気な廃神は、ハッキングの力だけで勝ったと思っていたらしい。頭を撫でたくなって歩み寄ったが、サクは転びそうになりながら後ずさった。
「そんなこと言うなよ。デッドロックもイテレータも、サクがいたから勝てたんだ。二人で倒したんだ」
サクは目を丸くした。
『こんな私でも、役に立てたんだ……』
「そうそう。どっちかというと、俺がオマケみたいなもんだよ」
胸を張って言えることではないが、昨日も今日も、助力がなければ道中のザコでゲームオーバーになっている。
「レベル上げの必要性がなくなったところで、これからどうする?」
『さっき、ガーディアンを見つけたんだけど(*゜∀゜*)』
近所でゴールデンレトリバーを見たんだけどくらいの軽い感じで、唐突に名前が挙がったことに驚いた。そういえばこのダンジョンは、ガーディアンの出現エリアだった。
「戦ってきたのか?」
『ううん、ひっきりなしにパーティーが来るから、遠巻きに見てただけ』
サクなら一人でも戦えると思うが、ボスを占拠するのはネットゲームのマナーではグレーゾーンなので、自重したのだろう。
ユータやサクラに謝るために探し始めたガーディアンだが、二体を倒した今は、彼らと戦うことに義務感のようなものも感じ始めている。多分サクも同じだろうと思う。
「俺も見てみたい……」
『いいよ、一緒に行こう』
サクが踵を返し、トンネルの奥へと向かう。一面に散らばった棒の破片を踏みしめ、俺も黒いマントの後を追って歩き出した。
トンネル内に重い金属音が反響している。剣戟のようだが、音から判断すると、得物は剣ではなさそうだ。
『まだプレイヤーがいるみたいだね』
サクからメッセージが送られてきた。この音の出所にガーディアンがいるらしい。
地面に目の細かい金網が張られた、人一人しか通れない狭い通路を進む。こうした連絡道は、平行した地下鉄同士を繋いでおり、これまでにも何度か通過している。通路を抜けると、トンネルよりも幅広く開けた空間に出た。電車の車庫だったようで、錆びたレールが何本も平行に張り巡らされている。一端はコンクリートの壁で遮られ、一端は土砂で埋まって行き止まりになっている。空洞の大きさに比べて蛍光灯の数が少ないので、一層薄暗い。
車庫の一端を覆う大きな壁の前に、金属音を発しながら、うごめく影がある。
暗さに慣れた目に映るのは、赤色掛かった透明のクリスタル。体の中央に位置する一番大きな結晶は扁平で、黒曜石のように鋭い破断面が対称につけられた二丁のハサミと八本の足が両脇から伸びる。尾部から一本に繋ぎ合わされた小さなクリスタルの先には、鋭い針が見える。生物に例えるならサソリが相応しいと思うが、その頭の位置には黒い正八面体が浮かんでいる。
三体目のガーディアン、火のデストラクタ。
デストラクタが身をよじらせて、自分一匹で暴れているのかと思っていたが、違う。足元には小さな人影があり、果敢に武器を振り回して戦っている。弩がつくくらいの前衛のようだが、それを支援する白魔導士や黒魔導士の姿はない。他のパーティーメンバーは全滅してしまったのだろうか。
柄頭に鈍い刃が放射状つけられたメイスに、遠心力を乗せて力強く振り回し、ガーディアンのハサミによる攻撃を捌いている。前髪を揃えたショートボブに囲まれた顔には、戦いを楽しむ狂気の表情が浮かんでいる。身に着けているのは見覚えのある、薄黄色の細身のワンピースと黒い革の軽鎧。
「ゲッ!」
戦っているのは、リードタウンで会った柄の悪い小学生だった。
『知り合い?』
「知り合わない方がいいと思う。街でちらっと見ただけだ」
こちらに気づいた様子はなく、少女は戦い続けている。白魔導士に戦闘スキルは無かったはずだが、一振り一振りに全力をこめた戦い慣れた動きのお陰で、近接戦が成り立っている。しかしメイス一本では、二丁のハサミによる攻撃を防ぐのに精一杯だ。すぐにスタミナが切れてやられてしまうだろう。
『困ってるか聞いてみる?』
サクは助力を必要としているかどうかが気になるらしい。聞くのは俺になるのだろうが。
「大人しく待とう」
リードタウンで見た男達のように、怒鳴られるのが関の山だ。積み重なっていた車輪の上に腰掛け、隣を指差した。タタタと足音が近づいてくる。
均衡が崩れたのは、直後だった。息切れによって若干振り遅れてしまったメイスが弾かれる。間髪入れずに尾の先についた針が迫る。
さらに近づく足音。俺とサクの横を通り過ぎて、一直線にデストラクタへと向かっていく男。
クリスタルの足の間に自身の足を交差させ、近すぎるくらい接近した位置に着地して地面を踏みしめる。腰をひねって思い切り引かれた腕が、逆方向へと開放される。振り抜かれる拳。地面を通して衝撃が伝わるほどの強打。欠けた胴体を散らして、デストラクタが仰け反った。
「あぁ?!」
少女が驚いた顔をして見上げた。彼女の横には、右拳を戻す中年男性の姿がある。
肉が少なく骨々しい顔には、フレームの小さな眼鏡をかけている。レンズ越しに見える目は目じりが下がり気味で、優しそうな印象を受ける。短髪は黒いが、若干左右のおでこが広がり始めているようだ。ネットゲームではあまり平日見かけない、働き盛りのはずの四十代に見えるおじさんだった。
おじさんは左拳を突き出した。細かな氷の欠片がきらきらと光を反射しながら舞い落ちる。打撃に水属性を添加する格闘家のスキル。
少女を助けたのかと一瞬思ったが、それは違う。彼女には目もくれずに、デストラクタを倒すつもりでスキルを繰り出している。
『横殴り?Σ(゜Д゜)』
ちゃっかり顔文字入りのメッセージを送ってきたサクも、俺と同じ結論に至ったようで、乱戦に見入っていた。
他のパーティーが戦闘中にもかかわらず、モンスターを倒そうと横槍を入れる行為は横殴りと呼ばれ、運営からも禁止されている。とはいえ、ネットゲームには往々にしてこういう男のような人間が現れるのだ。
使っているスキルから、ジョブは格闘家であることが分かる。ハッキングして数字に読み替えなくても、パラメータが低いのは一目瞭然だ。しかしこのおじさんも身体能力が高い。加えて、まるで敵の攻撃を読んでいるような動きをしているので、まともに戦えている。
小さな頭に氷の欠片が降り注いでいる。ぽかんとしていた少女の顔が、みるみる激昂の表情に変わった。
「なんやおっさん、邪魔すんな!」
メイスを大きく振り回し、おじさんごとデストラクタを薙ぎ払う。彼は直前で気づき、慌ててバックステップを踏んで避けていた。
「それはこちらの台詞だ。これは遊びじゃないんだ、子供は帰りたまえ!」
「ゲームなんて遊びやろ。訳分からんこと言うなや!」
突き出されたハサミを避け、デストラクタに体を向けたまま二人が睨み合う。険悪な雰囲気が漂っていた。
車庫に入ってから傍観に徹していたが、そろそろそうもいかなくなってきた。サクの方を見るが、目を逸らされた。
「あのう、すみません――」
意を決して、二人の背後から話しかける。
「なんやお前!」
「第三者は黙っていてくれ!」
案の定二人から怒鳴られ、くじけそうになった。
目で得た情報から判断すると、おじさんはゲームを始めたばかりのようなので、ルールやマナーが分かっていないのかもしれない。とりあえず客観的に見て正しい方を味方につけようと思った。どちらからも敵という認識をされたままでは、一方的に拒絶されるだけで会話にならない。
「おっしゃる通り第三者ですが、あなた達が喧嘩を始める前からずっと見ていました。差し出がましいようですが、今回はあなたが悪いと思いますよ」
俺がおじさんを指差すと、少女は間の抜けた表情を見せた。彼を共通の敵とすることで、モトハルは少女の味方になり、拒絶される理由がなくなった。
「お、おう。せや」
「ゲームを始めたばかりで知らないかもしれませんが、人が戦っているのに敵に攻撃することは、横殴りと呼ばれていて、マナー違反の行為なんです」
もちろんおじさんから見て敵のままでは都合が悪いので、理由を明確にしてフォローを行う。
「そうだったのか。それは悪いことをしたな……。しかし――」
会話を遮り、デストラクタは針の生えた尾を少女目がけて突き出していた。少女はメイスを顔の前で構えて防ごうとしている。
「受けたら駄目だ!」
おじさんが血相を変えて叫んだ。
怪訝そうな顔をしながら、少女がメイスで受ける。
針の当たった場所から柄頭が半透明になり、柄へと広がっていく。メイスはどんどん色が薄れ、握られている手から滑り落ちた。地面に当たった瞬間に、無数の白い光になって四散する。
少女が使っていた凶悪な形状のメイスは消滅していた。
「おお?! うちの武器が!」
「だから言ったんだ。奴の尻尾は武器破壊攻撃!」
身を守る術のない少女の左右から、赤いハサミが襲い掛かる。
二本の閃光が地面と水平に走り、激しい金属音を立てて、ハサミを弾く。サクが両手に持ったシャムシールで受けていた。
「スマン、譲ちゃん。助かったわ」
どう見てもサクよりも白魔導士の少女の方が幼く見える。嬢ちゃんなんて呼ばれているのは、不思議な感じがした。
「横殴りとやらをして申し訳なかったが、こいつらは私が倒さなければいけないんだ!」
「あっ、コラ!」
おじさんが懲りずに横殴りを再開した。少女もインベントリから違うメイスを取り出して、デストラクタに殴りかかる。またもや凶悪な柄頭をした杖だ。
「あぁ、もう。駄目って言ってるじゃないですか!」
ヘイト値ではなく距離のアルゴリズムを使用しているようで、デストラクタはサクに向かって針を突き出している。三つのパーティーが入り乱れて混沌としていた。
サクが後方に身を翻して避ける。入れ替わって少女がメイスを振り下ろし、八面体の頭を叩き潰す。
メイスを振り切った少女めがけて、尻尾の針が迫る。
「こんの、武器破損攻撃なんて――、防げるわけないやろ!」
柄頭を支点にして素早く回し、赤い針を柄で受ける。取り出したばかりのメイスが消滅した。窮地は見逃されず、ハサミが少女の細い首を狙って閉じる。
サクが再び距離を詰める。逆手に持った二本のシャムシールをハサミの間に挟み、攻撃を止めた。勢いを削ぎ切れなかったようで、前腕の側面を赤い線が垂れる。
開いていたコンソールに表示されているサクの体力がみるみる減っていく。デストラクタの足元で、サクが崩れ落ちるように倒れた。体力ゲージの横には、ドクロマークが表示されていた。
カンスト寸前のパラメータを持つサクが、一発で倒れるはずがない。
「ハサミは即死攻撃だ」
サクから目を逸らして、おじさんが言った。ガーディアンの能力を知っていることといい、攻撃のパターンを読んでいるような動きのことといい、彼はこのゲームに精通しすぎている。普通ではない。
おじさんと少女がデストラクタから距離をとる。すると、赤いサソリは尻尾を空に向けて真っ直ぐに伸ばした。
「くそっ、また駄目だったか……」
「え?」
おじさんが言い終えるのと同時に、尻尾の先についた針が振り下ろされ、地面に突き立てられた。
赤い波のエフェクトと共に、振動が地面を伝わる。少女とおじさん、そして俺の足元を波紋が通り過ぎた。
おじさんの言葉の真意を確かめようと、言葉を発しようとする。しかし、麻痺したように口が痺れて開かなかった。
『全体攻撃は行動不能の異常付加、だ』
俺の意を察したのか、彼からメッセージが送られてきた。
八本の足を交互に動かし、しゃかしゃかと赤いサソリが移動を開始する。右のハサミで少女の胴を挟み、左のハサミでおじさんの胴を挟む。身動きの取れない二人は為す術がなく、地面に崩れ落ちた。
目に映るデストラクタの姿が大きくなる。突き出されるハサミ。そこで視界は暗転した。
俺はデスペナルティによって、リードタウンに戻っていた。街では変わらず、ガーディアン討伐のパーティー募集が盛んに行われている。
周囲を見渡す。パーティーメンバーは同じ場所に飛ばされるはずだが、近くにサクの姿はない。コンソールを確認すると、彼女の名前は灰色で表示されていた。いつの間にかログアウトしていたらしい。急な用事でもあったのだろうか。
時刻はいつもより早いが、これから一人でダンジョンに戻っても仕方がない。首を傾げながら、俺もログアウトした。
*
その夜は、停電のせいで町中が暗かった。一際大騒ぎをしていた近所の中年女性の話によれば、夕方に降った大雪によって木が倒れ、電線が切れてしまったせいだという。
女は皿に乗せたロウソクを手に、家の中を歩いていた。壁に映る影がゆらゆらと揺れている。
足を止めたのは、ドアによって仕切られた部屋の前だった。扉板には「素晴の部屋 入るときはノック」と書かれている。
ドアノブを静かに回して、少しだけ開いた隙間から中を覗いた。女は部屋の中を見回し、寂しそうな表情を浮かべた。
その夜は、リビングの端に置かれた細長い直方体は静かだった。




