天使が家からいなくなった
「あれは悪魔です。話を聞いてはいけません」
帰り道、突然天使がそう言い出した。
「西嶋先輩のことか?」
天使はゆっくりと首を縦に振った。
こればかりは俺にも、見過ごせるはずがなかった。
「それなら先輩にも羽を見せてくださいって、お願いすれば黒いお羽でも見せてくれるのかねえ」
少々悪乗りが過ぎたかもしれないと、発言の後に気づいたが、
「ふざけないでください!」
少しばかり遅かった。
そして唐突に天使が大声を立てるもんだから、俺は思わず急ブレーキを踏んだ。
「べ、別にふざけてるわけじゃねえよ」
「いいえ、その言い方はふざけてます」
その言葉に俺は少し、カチンときてしまった。昨日一日とはいえ、まったく違う生活へのいきなりの入れ替わり、着実にたまっていただろうなにかが、つい飛び出してしまった。
「…………どうして会ったばかりのお前にそんなことがわかるんだよ。だがな、正直に言ってやる。俺はふざけてる。俺は別にお前が天使だろうがなかろうがまったく気にしない。だがあんなにいい先輩を非難するような奴を俺は断じて認めない」
「そうですか、私の事は信じられないと」
「ああ、信じられないね」
別にそんなことはどうでもよかった。信じようが信じまいが、正直どっちでもいい。だが俺のつまらぬ意地が、ここで引くとう選択肢を与えてはくれなかった。
「だったら、あの悪魔に彼女作りを手伝ってもらえばいいじゃないですか」
「ああ、そうだな。こんなおてんば娘なんかよりもよっぽど頼りになるよ」
俺はそう言って、ペダルに再び力を入れた。
天使がどんどん後ろに遠ざかっていくのが、振り返らないでもよくわかった。
「悪かった」
無意識にそんな言葉が飛び出した。
しかし、当然返事はなかった。
「お前も馬鹿なやつだな」
電話越しに明が言った。
家に帰ってすぐ、後ろに天使がいないことをはっきりと確認し、俺は少し慌てて明に助けを求めたのだ。
「何が馬鹿なものか。元はと言えばあいつが悪い」
「違うな。明らかにお前が悪い」
どうしてだと、聞くと明は少し静かになった。何かを考えているのが、電話越しではあるがよく伝わってきた。
「本当に言ってもいいのか?」と返してきたので、俺は迷いなく肯定する。
「お前は女と付き合う経験が足りないってことさ」
「…………本当に関係があるのか?」
「ああ。お前から聞いた話を統合するとだな、要は西嶋先輩とやらに接してお前は好意を抱いたんだ」
「そ、そんなことあるわけないだろ」
「いや、あるね。俺の方がそっち方面では先輩だからな。俺にはよくわかる」
それでも俺はなんとか否定する体勢を取ってみたものの、奴の弁論の前に俺はたちまちひれ伏した。
「話を戻すぞ。お前はそれで、自分が好意を持つ相手が非難されたもんだから、つい直情的になって、こう、幼い女の子に手を出してしまったわけだ」
「手は出してないぞ!?」
ははは、と笑いながら明は話をそらしたが、なんとなくきちんと理解しているかは怪しいものだ。
「これでお前が悪いってことがはっきりとわかっただろ?」
「うん、よくわかった」
「うそだな」
即答で明がそういった。
さすがは俺の天敵。
少し俺が関心している間に再び明が、
「お前に女と付き合うことを理解できるなんて思っていない。でも、とりあえず天使ちゃんは迎えにいってやれ。今頃、どうなっているかもわからん」
「嫌だね」
そう告げて、強引に俺は電話を切った。
第一勝手にいなくなったのはあっちだ。俺の知ったことではない。
それにどうせ、晩飯になったらひょっこり現れるだろう。
どうせたらふく食べて、寝て、状況について一向に語らないのだろうな。