自称天使が舞い降りた1
俺は現在異様な場面に出くわしていた。
「天使です」
少女はただそれだけで言うと、美しく地に頭をつける。
家の扉を開け玄関へと入った瞬間に俺を迎えてくれたのは、礼儀正しそうに正座で頭を下げる15歳くらいの少女だった。よく手入れが行き届いていそうな長い銀髪がぺたりと、地面に広がっている。ちらっとしか顔は見えなかったが、普通にかわいいと言えるほどの美少女だ。
「こ、ここは俺の家だぞ!」
「はい、わかっていますよ」
あまりにも清々しい笑顔で返事を返してくるので、俺の心には反論をするという選択肢が出てこなかった。まるで自分が正しいに決まっていると思い込む、純粋無垢な少女そのものだ。
「お前は誰だ」
「天使です」
「親御さんはどうしてるんだ」
「天界でゆっくり隠居生活中です」
「……………………はぁ」
心の底から湧き出る大きなため息が口からこぼれ落ちる。
なんつうか、一定パターンしか記録されていないロボットと会話をしているような気分だ。
俺は現在絶賛一人暮らし展開中のため、何時でもこの少女との対話を楽しむことはできるが、それは社会的地位の抹殺に近い。なるべく早くこの少女を親御さんの下に届ける必要がある。
まずは状況の整理からはじめよう。明とたわいもない雑談をしていたせいで、帰宅をしたのが夜の八時。一人暮らしの家なのに、なぜか玄関の明かりが点灯していて、恐る恐る家の中に入ってみたら自称天使と名乗る美少女が家の中に待機していてって――これなんのエロゲだこらっ!
「あのっ! 私の話聞いてますか!」
「あ、悪いまったく聞いてなかった」
気がつけば自称天使が小さなほっぺたをふぐのようにふくらませ、背伸びをして必死に俺の視線に目線を合わせようとしてくれていた。
正直この自称天使が何を言っているかまったく耳に入ってはいなかった。なので「悪い」と一言告げ、もう一度自称天使に言い直してもらう。
「いいですか、私はお腹が空きました。なにかおいしいものを欲しています」
「そうか、じゃあ早くママとパパのところに帰らないとなぁ。ええと、住所はわかる?」
「子供扱いをするのはやめてください! 私はこれでもあなたよりも年上なんですよ。ことしで確か…………一世紀生きたことになるのでしょうか」
「わかった、もうそれ以上は言わなくてもいい。お前もきっといろいろあったんだろうな」
なでなでと子供をあやすようにして、俺は自称天使の頭をなでる。
そして当然の如く自称天使はある種の拒絶反応でも起こすかのように、俺からハンドから逃れようと少しの距離をとる。
「ここで大声を出しますよ」
「はぁ? お前は何を言っているんだ」
「もてない高校生に拉致監禁されて、あんなことやこんなことをされそうだと、大声で叫び続けます」
「ふむふむ、お前の言い分はよくわかった。とりあえず落ち着け。ゆっくり話し合おうで――」
「きゃぁぁー、もてない高校生にらちふぁふひん。ふぁ」
俺は突然大声でありもしない妄想でっちあげストーリーを読み上げようとする、自称天使の口を必死で口で押さえ込む。これは不可抗力であってけっして俺は女性に手を出すようなしない。
「わかったわかった。家にあるもんで何か作ってやるからとりあえず落ち着け」
「ふぉんほうですか。ではとくと堪能するとしましょう」
それから俺は家にあるものを適当にかき集めて、本当に適当なものを作った。料理を目の前にして、天界魚のさしみや、高級天界肉を存分につかったソテーが食べたいなどとほざいていたが、まあ子供の戯言だと思えばかわいいもんだな。
いまさら思うのだが俺はこの少女の将来が非常に心配になってくる。この歳から自分は天使だと信じ込み、この世にないものをご所望するときたもんだ。これは少し親御さんに一言告げる必要がありそうだ。
「ごちそう様でした」
自称天使は俺が用意した料理(少し多めで三人前くらいの)を全て平らげた。その食べっぷりを見ると相当腹が減っていたのだとお見受けできる。
「そうだ、とりあえず俺の名前だけでも教えとくな、俺は永井 誠一だ」
「知っています」
絶対嘘だろ! と言いたいところだが、いちいち要所要所で突っ込んでいてはきりがない、俺はぐっと気持ちを押し殺す。
「そ、そうだ飯食べたんだから、そろそろいろいろ教えてくれよ」
「そうですね、腹ごしらえも済んだことですし、そろそろ本題に入りましょうか」
「本題? いや、普通に住所とか名前を教えてくれるだけでいいが…………」
少し困り口ごもる俺にはまったく触れず、自称天使はきっぱりと言い切る。
「私は現在彼女がいない誠一さんのために、彼女を作るためのお手伝いをするためにここにきました」
「……………………はぁ?」