俺は一生彼女ができない
「カップルが一組、カップルが二組、カップルが三組、カップルが…………」
夕方過ぎのファーストフード店内にて、暇つぶしに俺は店内の男女の数を数えていた。時間帯ということもあってか、学校帰りの高校生がやけに蔓延っている。しかもなぜかほとんどの高校生が女同士であるか、男女のカップルときたもんだ。
「ふぅぅー」
口からは能動的にため息がこぼれる。
そして机の上に置かれている広告を右手でぐしゃりと握りつぶす。
「おいおい、何いらついてんだよ誠一。ほらよ、お前の注文通り買ってきたぜ」
いよいよいらだちが絶頂へと達しようとしていたとき、横からよく知っている声が届いた。
俺は一言礼を告げ、横に立つ男が両手に持っているトレーを片方受け取る。
そしてもう片方のトレーを机に置き、俺の正面の席に座るのは、去年に続き同じクラスに所属することになった、片瀬 明だ。こいつは高校で一番気の合うやつで、高校ではこいつと接している時間が一番長い。今日もこうして、二年になった進級祝いで飯を食いにきているくらいだ。
「なんか俺、ここにいるとすごいストレスを感じるのだが」
「まあ、そりゃあその気持ちわからんでもないな」
明は店内を一度見回して苦笑する。
「俺はできた人間だから何も感じないが、お前にとっちゃきついだろうな。この時間帯はカップルが多いいからな」
「どういう意味だ。こら」
「まあまあ、怒るなって。ジュースが飛び出しそうだぞ」
明の忠告通り、気がつけば手に持っていたドリンクを力任せに握っていた。あと少し力を入れていれば、中の液体と氷が宙に舞っていたことだろう。
「そんなに他人が幸せなのがうらやましいのか?」
「はぁ? お前は何を言ってるんだか。俺が彼女を作りたいとでも思っているのか?」
「逆に聞くが、思っていないのか?」
「そんなこと思っているわけが――」
「そうだ、正直にならないと彼女はできないと思うぞ」
「――あるに決まってるだろ。俺超彼女欲しい」
そう言い終わった後でハッと、自分が明の手のひらで踊らされていたことに気づいた。明の顔を見ると、クスクスと薄気味悪い笑みを浮かべている。
「お、お前俺をはめたな」
「なんつうかお前はバカというか、天然というか、正直者というか」
うんうん、と腕を組みうなずく明。
俺よりも成績が悪いくせに、こいつには本質的な部分で負けているような気がする。根本的に相性が悪いというか、こいつは俺の天敵だ。
「彼女がいるっていうのも、そんなにうれしいことでもないんだぜ」
うらやましいだろ、と言わんばかりの自慢げな表情の明。本当にこいつは俺を怒らせる天才だな。
「へっ、勝ち組の理屈なんてびた一文にすらなりゃしない。いいか、お前ら勝ち組の理屈が俺たちに通じると思うなよ」
「はいはい、弱い犬ほどよく吠えるとは、このことだぁね」
これ以上言い返したとしても全てが裏目に出る、そう悟り俺は反論の言葉を口にとどめる。
そんな俺を見て「つまらないな~」と一言明はぼやき、ドリンクを口に入れる。
それからしばらく、俺たちは雑談話に花を咲かせた。
明は彼女がいるくせに、本当によく俺にかまってくれる。今日だって彼女と進学祝いを行けばいいのに、俺とこうしてファーストフード店に来て、恋愛のアドバイスと称した俺いじりをしたりと、こいつのことは付き合いが長い割にはよくわからん。
だがなんとなくだが、こいつと話していると時間の経過が長く、家でゲームをするよりはよっぽど楽しい。明は不思議な奴だ。
「あっ、そうだすっかり忘れてたが、今日はお前に見せたいものがあったんだ」
そう言い明はがさがさとリュックをあさり始める。
俺はてっきり女の子でも紹介してくれるのかと、百パーセント有り得ないようなことを想像していたのだが、やはりそんなことはなかった。
明がリュックから取り出したのは、一部の新聞だった。
「ほらよ、今日発行されたばかりの学校裏新聞。知り合いに一部もらってきたんだよ」
見せびらかすようにして新聞を持つ明。
今明が手に持つ学校裏新聞とは、極秘裏に集まった裏新聞部(学校側は認めていない)が不定期に発行する新聞で、生徒が喜ぶようなスキャンダルや、教員勝手にランキングなどなど、レッドゾーンぎりぎりの新聞を発行する集団だ。
なによりその行動事態が謎なため、裏新聞を手に入れることは学校の定期テストで一位を取るくらい難しいと評されている。
「なんでお前に裏新聞なんてもらえる友人がいるんだよ」
「心外だなぁ、俺これでも交友の輪は広いほうなんだぜ」
心の底から湧き出てくる明に対する暴言や皮肉を俺は全て押し殺し、笑顔で明に対応する。
「それで、それをもちろん俺にみせてくれるんだよな?」
「もちろん、ほらよ」
意外にもあっさりと明が、裏新聞を渡してくれたので正直驚いた。一瞬偽物ではないかと疑いをかけたが、裏新聞部のロゴが裏ページ一面に載せられている。間違いない、これは本物だ。
実際裏新聞を手に取るのは初めてだが、うわさではよく聞いていた。まさか裏新聞を読める日がこようとは、今日ばかりは明さまさまだな。
「早く表を見てみろよ。今回の一面はおもしろいぞぉ」
せかす明に悪い悪い、と適当な返事を返し、くるりと裏新聞をひっくり返す。
「……………………」
なんだろう、よく知っている人物の顔が一面を飾っている。目の部分に黒い一本に線が引かれているが、こんなものがあったとしても、俺はこの人物が誰だか一瞬で理解できた。
この人物とは毎朝左右反転した世界で会う。俺がにっこりと笑えばこの人物も俺とまったく同時にっこりと笑う。
うん、この一面に載っているのは俺だ。
ふむふむ、写真の横には大きく冠印がついて、一位となっているではないか。なにかのランキングかな? うんうん、一生彼女ができなそうな奴ランキ……………………
「このくそ裏新聞部がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー」
そのすぐ後、俺たちは店員に注意を受け、気まずい空気で店を後にした。