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城へは一人で行くといったのだが、ヘリオスは無理やりついてきた。門番に事情を話し、私だけ城の中へと入る。ヘリオスは外で待っていると言っていた。
まさか二日連続で城へ行くとは思っていなかった。この景色に昨日は感動したが、今はなぜか不安しか感じない。
アイルは先ほどから一言も喋っていない。
昨日と同じ部屋を訪れると、椅子に座っているフィーリアがにっこりとほほ笑んだ。
「突然呼び出してしまって、ごめんなさいね。どうしても、確認したいことがあったものだから」
「いえ、大丈夫です。……確認したいこととは、何でしょうか」
ぎゅっと手を握りしめ、緊張しながら私はそう聞いた。
「その精霊のことよ」
やっぱり、と思わずそう言いそうになる。
「昨日、色々と考えたのだけれど……やっぱり、あなたの精霊は何かおかしいわ。もしかして――喋ったりするんじゃないかしら」
そう言われて、どう返事をしていいのか迷っていたら、アイルが口を開いた。
「その通りだ。しかし、なぜそのことを知っている?」
フィーリアは驚いた様を見せると、楽しそうに笑った。
意外な反応に私は戸惑う。
「やっぱり、そうだったのね。実は昔、同じような精霊を見た事があるのよ。いつだったかは忘れたけど――あなたは自分の正体を彼女に話したのかしら」
「あぁ、もちろん」
「そう。なら、話は早いわね。……テラスと言ったかしら。実はあなたに、頼みたいことがあるのよ」
真剣な顔になってフィーリアはそう言った。
「な、何でしょうか」
「彼女達の――魔法使いの封印を解いてきてほしいのよ」
予想もしなかった言葉が出てきて、思わず私はアイルと顔を見合わせた。
「どう? やってくれるかしら」
「それは――なぜ私に?」
願ってもないことだった。しかし、どうしてわざわざそれを私にやらせるのだろう。
「理由も聞かせてもらいたいものだな」
フィーリアは諦めたかのようにため息をついた。
「やっぱり、最初から説明しなきゃダメよね……」
そう言うと、彼女は兵士たちに目配せをした。兵士は部屋を出て行く。
静かにフィーリアは語りだした。
「百年くらい前、この地に封印されている魔法使い達を誰かが見つけたの。と言っても、肉体はないし、自我があるものもなかった。主をなくしてさまよっている、魂みたいなものだったのよ。そして、当時の王がそれを利用することに決めたのよ」
「利用?」
「そう。この大陸は、とても小さいでしょう? 城は一応あるけれど、国と呼べるほどのものでもない。昔は、今よりももっとそうだったのよ。いつかは滅びてしまう可能性だって十分にあったの。だから、国を活性化するために精霊を作った」
「精霊を……作った?」
驚愕の表情を浮かべて私はそう言った。
「そうよ。見つけ出した魔法使いの小さな力と、生き物とを融合させて作ったもの。それが精霊。結果的に、その精霊のおかげで国に新しく住むひとも増えたりして……まぁ、成功だったらしいんだけどね」
「融合って……そんなの、どうやって」
「それは私にも分からないの。記録が残っていないから……。それに、融合させた割には歪な形のものが多いと思わない?」
アイルは何も言わず、ただ黙って話を聞いている。
「でもね、私は思うの。もとは人間だった人達を、私達は今、奴隷のように扱っている――それは、どこかおかしいんじゃないかって。だから、私はあなたに封印を解いて来てもらいたい」
「お前が行けばいいことなんじゃないのか」
「私はこの国で唯一の王家の人間よ。ここを離れるわけにはいかないわ」
「だとしても、こんな小娘よりも、腕っ節の奴らを集めて送った方が成功率はあがると思うが?」
「……こんな真実、教えられるわけないじゃない。彼らは今、精霊無しでは生きていけないような生活
を送っているのよ」
アイルは呆れたように笑う。
「何とも都合の良い話だな。お前にとっても、こちらにとっても」
「そうだと思って、この話を持ちかけたのよ。どう、やってくれるかしら」
「もちろんやるだろう、テラス。犯罪にはならないみたいだしな」
おちょくるようにそう言うアイルを睨んで、
「えぇ、もちろんやらせていただきますとも。……でも、一人同伴者をつけたいんですけど、よろしいですか?」
その言葉に、フィーリアは嬉しそうに頷いた。
「なるほど。そういうことになったわけか」
城下町へ向かって歩きながら、今までのことを私はヘリオスに話す。
「そう。それで、明日の朝早くに船が城から出るらしいの。それに乗って行きなさいって言われたわ」
「そうか、分かった。もちろん俺も行くぞ」
予想通りの返事が返ってきて思わず笑った。
しばらくの沈黙のあと、
「……親に報告しなきゃならないの、嫌だなぁ」
「なぜだ?」
そう聞いてきたのはアイルだ。
「姫様から頼みごとをされたっていうのは早く伝えたいけど、それを言うためにはあなたのことを言わなきゃならないじゃない。私の両親、口硬くないのよ」
「なら、言わなきゃいい」
「いや、言わなきゃダメでしょ」
「じゃあ、言えばいい」
「それが嫌なのよ」
「お前は何歳児のつもりだ」
ため息交じりでアイルがそう言った。
「どういう意味」
「お前はもう十八なんだろう。なら別に、親に全てを言わなくても良いと思うが」
そう言われてみれば、そうだ。なぜそんな当たり前のことに気づかなかったのだろうか。別に、言いたくないことは言わなきゃいいのだ。
私の心の中から、不安が消え去った。
「そうね。じゃあ、あなたのことは伏せておこうかしら」
「……船で他の大陸に行ったら、まずどうするつもりなんだ」
ヘリオスが聞いた。
「えーと……確か、船はメール国っていう国に行くって言っていたわ。まずはそこの城下町に行って、色んな情報を集めたら良いかもねって」
「金は?」
「当分大丈夫な量はくれるらしいけど、それが尽きたらそれぞれの国の王や王女に相談しなさいって言われたわ」
「なるほど。まぁ、どれくらいで帰れるかも、分からないしな」
「何とも不安な旅だな」
アイルの言葉に私は小さく頷いた。
何でも協力するとは言っていたが、この大陸を離れてしまえばそんな言葉も当てにはならない。リスクが高すぎるとは、少し思った。しかし、引き受けてしまった以上は仕方がない。
「あなたもちゃんと協力するのよ?」
「当たり前だ。封印を解くためなら、どんな努力もする」
「……そんなに封印を解きたいわけ」
「当然だろう」
「私は別に、その猫の姿で一生を過ごすのも良いと思うけど。楽そうだし」
「ならお前が猫になってみるか」
「それは遠慮しとくわ」
そうこうしているうちに、ヘリオスの店の近くまで来た。
「じゃあ、また明日な」
短くそう言うと、ヘリオスは店の中へと入って行く。
私は再び歩き出した。
「あの男の剣の腕はいいのか?」
「さぁ。見たことないから分からないわ。……どうしてそんなことを気にするのよ」
私達は、小声で会話をかわす。
「今後もしかしたら、危険な目にあうかもしれないからな」
「私達が? どうしてよ」
「分かってないな。お前はこれから私達の封印を解くのだぞ?」
「そうよ。だからなんなの」
「封印を解かれたら困る連中がいるに決まっているだろう」
「そうなの? でも、封印を解いた方があなた達は幸せになれるじゃない。その幸せを邪魔する奴がいるってこと?」
アイルは呆れたように頭を抱えた。
「お前は本当に箱入り娘だな。私が幸せになるとかならないとか、そういう問題じゃないだろう」
「そう言われても困るわよ。今日、いきなり色んなことを言われてわけがわからなくなってるんだから」
「……そもそも、私達は魔法の力を恐れられて封印をされた。その封印を解くということは、即ち力を解放するということになる。しかし、その力を恐れている人々が、封印を解くのを許すと思うか?」
「でも、封印されたのは数百年前の話でしょう。今更、そんなことを思う奴がいるかしら」
「そりゃあいるだろう。魔法使いは強い。強すぎる力だからこそ、封印された。だが、この時代にもしその最強の魔法が復活したらどうなる」
「別に、どうもならないんじゃない?」
「馬鹿か。よからぬことを考える魔法使いがいるかもしれないだろう。例えば……その力で、世界を制服しようとする奴とか」
「ふぅん。じゃあ、あなたは封印を解いたら私達人間に復讐したいってわけ」
「……どうしてそうなる。今のはただのたとえ話だ」
「今の話を聞いたら、そう思っただけだけど」
途端にアイルは口を閉ざした。体を丸め、私を睨んでくる。
まさか、本当にそんなことを考えているのだろうか。私は苦笑を浮かべる。
「まぁ、あなたがどう考えようと勝手だけど、もし良からぬことを考えているなら――封印を解いたあと、私やヘリオス、もしくは国のお偉いさん達があなたを殺さなきゃならなくなるのかしらね。それは勘弁してほしいものだけど」
「……思ったほど馬鹿ではないようだな」
「当たり前でしょう。もう十八なんだから」
得意げに笑って、私はそう言った。