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Anfang  作者: 花咲薫
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「――ラス、テラス、早く起きなさい!」


 身体を揺らされ、耳元で大きな声でそう言われてしまっては、もう起きるしかない。うっすらと瞳を開き、声の主である母親を見上げた。


「……おはよう」

「おはよう、じゃないわよ。もう十時よ? 早く起きて支度しなさい。今日は、あなたの十八歳の誕生日なんだからね!」


 念を入れるようにそう言うと、母親は足早に部屋を出て行った。

 だるい身体で起き上がり、大きく欠伸をした。

 そう、今日は私の十八歳の誕生日なのだ。

 髪の毛を整え、手早く着替えを済まし、一階のリビングへと向かった。


「ほら、早く食べちゃいなさい」


 そう言う母の命令を聞き、机の上に既に用意してあった朝食を食べる。部屋の窓からは、太陽の光が注がれていた。

 小さな羽の生えた虫のようなものが、ミルクの入ったコップを私のもとまで持ってきた。

 これは、この世界では精霊と呼ばれているものである。

 人々が齢十八になるとこの国の姫から受け取ることができるもの。それが精霊。人によって姿形は違うが、大体は虫のようなものだったり、小さな犬のようなものであったり――生き物に似た形をしている。そして、精霊は不思議な力を使って大きな物を運ぶことが出来たりする。今、私にコップを持ってきたのもその力のおかげである。

 この精霊をもらうかどうかは、その人次第だ。現に私の幼馴染みで私より年上なのに精霊をもっていない奴がいる


「ありがとう、アスール」


 アスールというのは、私が勝手につけたこの精霊の名だ。

 小さくそうお礼を言うと、アスールは母のもとへと戻って行く。

 精霊は喋ることが出来ない。彼らが何を思っているのか、私達には分からない。

 私達にとって精霊は使用人のようなものだと、昔誰かが言っていた。確かに力仕事を任せたりはするが、その言い方は酷いのではないかと思う。せめて、精霊が喋ることができたら、このように呼ばれることもなくなるのではないかとは思うが、精霊は喋らない。それは、昔から分かっていることだ。

 朝食を食べ終わり、立ち上がった。


「じゃあ、行ってくるね」


 台所でばたばたとしている母親の後姿に向かって、そう言った。すると、母親はこちらへ駆け寄ってきて、私の肩に手を乗せ、


「姫様にちゃんとご挨拶するのよ。失礼のないようにね。ええと、あとは――」

「大丈夫だよ、お母さん。もう十八なんだから。それより、ちゃんとごちそうの準備して待っててよね。じゃ、行ってきまーす」


 早口にそう言うと、私は駆け足で家を飛び出した。

 気持ちの良い太陽の光が地面を照らしている。行きかう人々に挨拶をしながら、私は小さな村を飛び出し、街道沿いに進む。

 この小さな島には、私が住んでいる村と、城と城下町しか存在しない。一度他の大陸や国にも出かけたいと思ったことはあるが、何しろ船がここにはないのだ。噂によると、城の人達専用のものはあるらしいが、私達一般人が使える代物ではない。

 確かに不満を持った事はあったが、小さいころからそうだったので、特に不便はなかった。食料は城下町にたくさんあるし、城下町への道はそう遠くはない。

 しばらくすると、城下町へと辿りついた。賑やかな商店街を歩く。

 村に比べれば、ここはものすごい都会だと思う。限りなく小さな島だというのに、たくさんの人が住んでいる。


「テラス!」


 名を呼ぶ声が聞こえ、足を止めた。商店街の一つ、武器屋の店から知っている顔の人物が出てくる。


「ヘリオス。久しぶりね」


 彼は幼馴染みのヘリオスだ。最も、最近は城下町に出向く機会も少なくなり、会うのは久しぶりだったが。

 茶髪の髪の毛に、整った顔立ち。周囲の人達からの評判も良いらしい。年は、私の二歳上だ。

 彼の近くに、私の母親の精霊と同じような形の精霊がふよふよと浮かんでいた。水色の光を放っている。


「お前、今日誕生日だろ」

「そうよ。しかも、十八歳の」

「――これ、やるよ」


 そう言って突きだしてきたのは、リボンのかかった小さな箱だった。


「何これ、誕生日プレゼント?」

「……一応」

「やったー! ありがとう」


 私はそう言うと、早速箱を開ける。中には、綺麗な小さな鍵がついたネックレスが入っていた。


「可愛い」

「そうか? なら、良かった」


 私はネックレスを早速つけ、笑顔を浮かべた。


「どう、似合う?」

「――まぁ、似合う」

「何よその中途半端な言い方。――あ、早くお城に行かなきゃ。ありがとうね、ヘリオス」

「あぁ。気をつけてな」


 ヘリオスの言葉もろくに聞かず、私は走り出した。

 商店街を抜け、城への一本道を進む。ここまで一人でやってきたのは、初めてだ。

 城門が見えて来た。どきどきしながら、兵士に話しかける。


「今日、十八になるテラスです」


 そう言うと、兵士は手元にある資料のようなものを眺める。そして、


「通っていいぞ。姫は、入口を入って真っ直ぐ歩いた部屋にいる」


 と短くそう言って、門を開けた。

 ごくりと唾を飲み込み、城のなかへと足を踏み入れる。

 まるで田舎者が都会に出て来たかのように、私はあたりを見回した。

 シャンデリア。レッドカーペット。高い天井。左右に続く長い廊下。兵士、メイド――

 はっとして、私は歩きだす。城へは見学に来たのではない、姫に会いに来たのだ。

 言われたとおりに真っ直ぐに進むと、階段が見えてきた。それを上ると、大きな扉がある。扉の隅に立っていた兵士は私のほうをちらりと見たが、何かを言ってきたりはしなかった。

 体に無駄な力が入っていることに気づいた。緊張しているのだ。

 ゆっくりと深呼吸をして、私はその扉を開いた。

 部屋の奥の王座に座っている人物が、私に向かって微笑んだ。


「こんにちは」


 と、一言そう言われた。

 なんと返したらいいのか分からなくて、私は思わず立ちつくしてしまう。

 綺麗な薄い金色の髪の毛が、ゆらりと揺れた。身にまとっているドレスは、可愛らしい顔によく似合っている。

 彼女の名前はフィーリア。年齢は二十五歳。この国の王女である。


「……緊張しているの?」


 その言葉ではっとして、私は慌てて姫に近づいた。


「え、えっと――」


 口が渇いて、うまく言葉を言う事が出来ない。

 そんな私を気遣うかのように、フィーリアは穏やかな笑みを浮かべる。


「今日は、あなたの記念すべき十八回目の誕生日ね。おめでとう」

「は、はい。ありがとうございます」


 私の顔に、自然と笑みが浮かぶ。


「では、早速――」


 そう言うと、部屋の隅から兵士がすっと出てきて、フィーリアの手元に小さな宝箱のようなものを差し出す。それを受け取り、


「精霊を渡す前に、一つ。……あなたは精霊に名前をつけていると聞いているのだけれど、それは本当かしら」


 アスールのことだろうか。私は頷いた。


「そう。……あなたは、精霊をどういうものだと思っているのかしら? あぁ、心配しないで。これは個人的な質問よ」

「えっと――友達みたいなものだと、思っています」

「……友達」

「は、はい。……友達では、いけないのでしょうか」

「いいえ――そうね。何でもないわ。さて、それじゃあ精霊を授けるとしましょうか」


 心臓が高鳴る。やっと、私のもとにも精霊がやってくるのだ。


「あなたに仕える精霊は、一体どんな色をしていて、どんな形をしているのかしらね。……あなたのその手で、これを開けて」


 差し出された宝箱に、私は手を伸ばした。そしてゆっくりとそれを開くと――

 途端に眩い光が発せられ、思わず目を閉じた。

 少しして、目を開く。


「……え?」


 思わず、そんな声が出た。

 目の前に現れた「それ」は、丸々とした瞳でこちらを見ている。

 宝箱にすっぽりと体が入っている。私の精霊となる「それ」は、まるで猫のような――いや、猫そのものだった。手のひらサイズの、小さな黒い猫。それが私の精霊だった。


「……猫?」


 そう声を発したのは、私ではなくフィーリアだ。

 猫――ではなく、精霊は何か言いたげな顔をして、私をじっと見つめてくる。私はそっと、手のひらを精霊に向ける。ぴょん、と精霊は飛び乗って来た。

 そして、まじまじと私の顔を眺め、肩に乗ってくる。


「……不思議な精霊ね。今まで、生き物のような形をしていたものは何回も見てきたけど、生き物そのもののような形は初めて見たわ。……本当に、不思議ね」


 フィーリアの顔から、笑みが消えたように見えた。


「――あぁ、もう帰っていいわ。これで儀式は終わり。お疲れ様」


 素っ気なくそう言われ、私は小さく頷いた。




 城下町を歩きながら、私は貰った精霊を手で抱きかかえ、まじまじと眺める。精霊もまた、こちらをじっと見つめていた。


「……なんか、姫様、機嫌悪かったわね。あなたのせいかしら」


 そう独り言をつぶやいた。

 ――緊張の糸がほどけたからなのだろうか、何だか疲れてしまった。視界の隅に店の手伝いをしているヘリオスが見えたが、素通りする。精霊を見せるのは今度にしよう。

 村へと戻ると、数人の人が私に駆け寄って来た。皆、顔なじみの人ばかりだ。


「お帰り! もしかして、それがテラスの精霊?」

「わー。猫ちゃんだー」

「猫? 本当だ、猫みたい。ていうか、猫そのものじゃない」

「不思議な精霊ね。ね、触っても良い?」


 色んな言葉が飛び交う。私が一つ一つ返事をしようと思った時に、肩にのっていた精霊が地へ下り、すたすたと歩いて行ってしまった。

 私も慌てて、


「ごめん。何か、姫様と会ったら緊張して疲れちゃって――精霊のことは、また今度ゆっくりね!」


 そう言うと、精霊を慌てて追う。


「ねぇ、ちょっと――待ちなさいよ」


 そう言うと、精霊は足を止めて再び私の肩に乗ってくる。


「……私の家の場所、分からなかったんでしょ」


 そう言って、私は家の中へと入った。


「お帰り! どうだった?」


 早速母親が私の元へとんできて、そう言った。私は苦笑を浮かべながら、「疲れたから、また後でね」と言うと、足早に自分の部屋へと戻った。

 思い切りベッドにダイブする。顔をあげると、目の前には精霊が座っていた。


「……あなた、さっき私の命令聞かなかったでしょ。とことん不思議な精霊ね。――あぁ、そうだ。あなたの名前を決めなきゃ。えーと、猫だから……タマとか? でもなんか、それじゃあつまんないわね。他に何が――」

「私の名前はアイルだ。変な名前をつけるな」

「あぁ、そう。じゃあ、あなたは――」


 そこまで言って、異変に気づいた。

 今の声の主は、誰だ?


「……え?」

「だから、私の名はアイルだと言っている」


 まさか――

 目の前にいる精霊が、猫が、口を開いて、そう言った。言葉を発した。

 ――精霊が、喋った?


「――っええあ!?」


 変な声で叫ぶと、私は飛び退く。

 精霊は――アイルは、愉快そうに笑みを浮かべた。


「今の反応はなかなか面白かったぞ、ご主人様」


 わざとらしく私のことをそう呼ぶ。

 私はまだ、現状が理解できていない。

 精霊が喋った? ――絶対に喋らないと言われていた精霊が?

 一体、どうなっているのか。


「……いつまで驚いているつもりだ。私はお前に聞きたい事が山ほどある」

「な、何よその言い草は」


 思わず返事を返してしまった。喋りだしてしまっては、止まらない。


「第一、それはこっちのセリフよ。私もあなたに聞きたい事が――」

「テラスー! ヘリオスが来てるわよ」


 廊下から、母の声が聞こえた。私は慌てて返事をする。

 アイルが不思議そうに首を傾げた。


「ヘリオス? お前の知り合いか?」


 そう言うアイルを無視して、私は玄関へと向かい、扉を開いた。

 目の前にはヘリオスが小さな箱を持って立っていた。彼の傍には、アスールもいる。


「あれ? 精霊は?」


 挨拶もなしに、そう聞いてくる。私はうんざりとした顔を浮かべた。


「部屋にいるわよ。それで、用件は?」

「あぁ、これ。親父からお前にって」


 そう言うと、私に箱を手渡す。開くと、そこにはお洒落な模様が入った新品の短剣が入っていた。


「まぁ、使う機会はないと思うけど、一応プレゼントらしいから受け取ってやってくれ」

「もちろんよ。ありがとう」


 ふと、猫の鳴き声が聞こえ、私は足元を見る。

 なんと、そこにはアイルがいた。思わず顔が引きつる。


「あれ? お前って、猫飼ってたっけ」


 アイルは私の肩に乗ってくると、小さく耳打ちをする。


「こいつは、お前の信用できる奴か」


 私は無言で頷いた。


「――じゃあ、俺はもう行くわ。明日、ちゃんと精霊見せてくれよな」


 そう言うと、ヘリオスはさっさと去って行ってしまった。

 私は足早に部屋に戻ると、短剣を机の上に置き、ベッドの上でアイルと対峙した。


「……あなた、精霊なのよね」

「お前らがそう言うなら、そうなんだろう」

「……」


 どう見ても猫が喋っているようにしか見えない。

 私は頭を抱えた。どうやら、この精霊は本当に喋る事が出来るらしい。しかも、自分の意思を持っていて、私の命令を聞く様子もない。前代未聞だ。これが世間に――というか村の皆に知られたら大変なことになるだろう。


「……それで、あなたが聞きたいことってなんなのよ」


 信じがたいことだが、信じるしかない。私は諦めてそう聞いた。


「いや――それはまた明日聞こう。それと、心配は無用だ。私は頭は悪くない。人前で喋るなんて馬鹿なことはしない」

「そう。そうしてくれると助かるわ……」


 深いため息をつく。

 なぜか、とてつもない嫌な予感がした。


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